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第5話 オーロ

新たな登場人物です。

よろしくお願いします。


 オーロは旅をしていた。


 長い旅路を……、長い月日をかけ……、西の辺境ガルディア王国を目指して独りで歩いていた。


 オーロは健脚で、旅にも慣れている。しかしいくら旅慣れていても1年近く旅を続ければ疲労は溜まる。それでも目的地であるガルディアが近付くに連れて足取りは軽くなった。

 オーロにとっては苦い因縁の有る土地ではあるが、今回ガルディアへ赴いたのは彼にとって有益な目的が有るからだ。



 4つの国境を超え、ようやくガルディア王国の国境の街トラスまでやってきた。しかし、ここまで来れば目的の祠のある森まではオーロの足なら10日もあれば着くだろう。


 ガルディアを訪れるのは、いつ以来だろうか?

 ここ数年は大陸の中央部を拠点にしていたので、随分と懐かしい。テラデアでは至る所で戦争が起こっているが、ここトラスの街は今のところ戦禍とは縁がなく、随分と久しぶりに訪れたのに大きな変化はない。


 トラスは、ガルディア王国第二の都市であり、隣国のファルコリスへ続く交易の玄関口だけあって、活気がある。ガルディアには他にもアムカリアという国とも国境を接しているが、9年前から戦争状態なので人の行き来は無い。よって唯一国外へ通じる交易路の要所として、国内から輸出する物資は、いったん全てこのトラスに集まり、手続きを終えてから隣国のファルコリスへ出発して行く。だから手続きを待つ商人たちや荷運びの人足、職業護衛、傭兵隊、それらを受け入れるための宿や飯場など、有りとあらゆる職業の人々が集まっている。


 オーロは喧騒のなか、一息つく為に茶屋を探して街道を歩いていた。


 街道をオーロが通ると、皆が彼を振り返って見やる。


 漆黒の頭髪は埃に(まみ)れて風になびくことは無い。胸板は岩盤のように厚く、足は丸太のように太い。全身を包む筋肉は鋼の如く鍛え上げられている。肌は長旅故に褐色で、襤褸(ぼろ)を纏っている。そして一際目を引くのは彼が隻腕(せきわん)だからだろう。彼の左腕は、上腕部でスパッと消え去り、古びた包帯が巻かれている。普通、腕を失えばその断面は丸みを帯びてくるものだが、彼の左腕はノコギリで切断したかのように平らで、その切断面を隠すように包帯が巻かれていた……。


 巨躯で隻腕……それだけでも充分目立つ。

 そのうえ彼は、凝視することさえ(はばか)られる、禍々しい武器を背負っていた。その武器は、槍のようだが穂は分厚く、湾曲した諸刃は鈍い光沢を放ち、今にも血が滴ってきそうな生々しさがあった。ーー偃月刀(えんげつとう)ーー三国志演義で、かの関羽が使っていたとされるそれによく似た武器だが、この世界でそんな武器を使う者は居ない。


 振り返る人々は、決してオーロと目が合わないように注意しつつ、見るからに重そうなその武器を『あんなに重そうな武器、どうやって扱うんだ?』とか『隻腕で扱えるのか……?』などと不思議そうに眺める。


 オーロは一軒の茶屋に入ると、荷を下ろして席に着いた。“荷”と言っても、ここまで年単位の旅をしてきたとは思えない程の軽装で、頭陀袋ひとつだ。椅子もテーブルも年季が入り、オーロの巨躯を支えるには心許ない。椅子はギシギシと悲鳴を上げている。そんな椅子を心配そうに眺める茶屋の親父に、肉と芋と水を注文し、黙々と胃に流し込んでいく。

 この世界、テラデアでの食事は、楽しむものではない。精霊と契約している選民や王族は別なのかもしれないが、一般庶民にとっては必要な栄養を摂取するためだけのものだ。だから料理と言えるようなものではなく味気ない。そもそもガルディアは海の恩恵が無いので、塩すら貴重品である。下民用の茶屋では、まず美味いものなど期待できない。


 オーロは一通り注文した食事を腹に納めると、一口水を飲んでから茶屋の親父に訊ねた。


「親父、アムカリアとの戦争はどんな具合だ?」


 茶屋の親父は、オーロの巨躯と禍々しい偃月刀をチラリと見てから答えた。


「お客さんは傭兵さんですかい?9年前からあまり変わらんです…。アムカリアからは年に2〜3度の侵攻があって、ガルディアは防戦を繰り返す…。東の大国間の戦争よりはマシなんでしょうが、死体が増えるだけですねぇ…。そんなに儲かる戦じゃあないと思いますよ…」


「そうか……」


 オーロは悲しげに答えて、空になった水袋を親父に渡して飲料水を補給してもらうと、茶屋を後にして王都へ向けて歩き出した。


(終わることの無い戦争…。滅びに向けて進むテラデア……。それも祠に行けば…きっと変えられる筈だ……)



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 今回のガルディアへの旅には大きな目的が有った。どうしても会わなければならない奴がいる。未だ会ったことのない奴だが……、どうしても会いに行かなければならなかった。そいつは王都の西の森にある祠に現れる。オーロも昔からよく知る…“古の祠”が今回の旅の目的地だ。


 十数年前、親友であるアイザックが予言した。この年、この時期に、おそらくそいつは現れる。どんな奴なのか…、詳しくは分からない。吉と出るか凶と出るか…それを見極める為にも、オーロはそいつに会わなければならない……。


 十数年前の予言以来、ずっと待ち望んでいた。オーロは今まで生きた長い時の中で、数え切れないほどの苦渋を舐めた。だから何かを期待することは減った。それでもオーロは、古の祠に現れるであろう奴に期待してしまう。早る心を抑えられなかった。王都までの道のりをひたすら進んだ。国境の街トラスを発ってから9日後、オーロは王都に辿り着いた。そして王都を通過して、さらに西にある森へと入って行った……。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 古の祠は、周囲の景色も、薫る草木も、何も変わっていなかった。

 ただただ、懐かしかった。オーロは浸るように静かに古の祠を眺め、ひとつ息を整えて中へと入って行った。


 親友アイザックの予言は『テラデアの未来を左右する転移者は、この年、この時期に、古の祠に現れるだろう……』で始まるものだった。

 アイザックは転移者について様々な考察を予言に加えたが、まずオーロは転移者に会わなければならなかった。そしてアイザックから託された新たな転移者への手紙を渡さなくてはならなかった。


 オーロはアイザックの予言を信じて、この古の祠を目指して来た。しかしその予言では正確な日付までは分からない……。予言の時期より少し早めに祠に着くようにと移動してきた。おそらくここで10日も過ごせば予言の日は来るだろう。それまで祠で待てば良い。そう考えて、その時を待った。


 待っている間、祠にはたまに少年が訪れた。少年はどうやら狩猟にきているようで、この祠をよく使っているらしい。

 オーロは少年を驚かせないように、気配を消してやり過ごした。



(どんな奴が転移してくるのだろうか…?)


 祠に入ってから、オーロは数日もすれば出会うであろう転移者に思いを巡らせる。テラデアにとって重要な役割を持って転移してくることは間違いない。

 強き者だろうか? 聡い者だろうか? 何にせよ、早く自分で確かめたかった。


 気を急いて来たのが良くなかったのだろうか? オーロが祠に着いてから10日が経った。しかし転移者は現れなかった。持ち込んだ食料は底を突いてしまった。


 さらに5日が経った。しかし転移者は現れなかった……。


 まるで怪物のように屈強なオーロでも、食わなければ腹が減る。そして腹が減り過ぎれば倒れてしまう。ましてやオーロは年単位で旅を続けてきたのだ。その疲労は計り知れない。

 さらにオーロは、自分の身体に『別の理由で限界が近付いてきていること』を悟っていた……。


 オーロは万が一、自分が不在の時に転移者が現れても良いように、アイザックから託された手紙と、念のために自分からの書き置きを残して、一旦食料を調達しに王都へ戻ることにした。

 手紙はアイザックの上級精霊の加護により守られているので、転移者以外が開封することも、それどころか手紙を発見することさえできないだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『親愛なる転移者へ

 アイザック』


『すぐに戻る

 ここで落ち合おう

 オーロ』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 オーロは2通の手紙を残して祠を出た。王都で食料を調達してから祠に戻るのに半日もかからない筈だった……。



 途中、オーロは水を飲むために小川へ立ち寄った。そして川面を覗き込むと、そこには女の顔が映っていた。オーロがよく知る女だ……。

 その妖艶な美女はオーロにしか聞こえない声で言った。



『すまない……。少し早いが時間だ……』



 オーロは静かに気を失った……。



次話でプロローグが終わります。

引き続きよろしくお願いします。

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