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第3話 邂逅



(ここは入って良い場所なのか?)

(本当に異世界なのか?)

(テラデアってどんな世界なの?)

(精霊がいるって?)

(治安は良いのだろうか?)

(敵意は無いのか?襲われないか?)

(相手は子供?)


 グルグルと思考は巡るが身体を動かす勇気が出ない。

 空気は冷たいはずなのに汗が止まらない。


 ほんの少しの沈黙の後、再び少年の声が響く。


「ああ、関わりたく無いなら気にしないでくれよな! 俺は西のスラムから狩りに来てる。獲物はまだ獲れてないから、俺を襲っても何も出ないぜ! しばらく休んだら出て行くから、あんたも獲物にありつけるように祈ってやるよ!」


 敵意の無い言葉に、少し緊張が解ける。


(敵意は無さそうだし、相手は子供だ。)

(今は少しでも情報が欲しいし、大人に聞くより安心か……?)

(狩りに来ているってことは人里から遠いかもしれないし、次に人に会えるのはいつになるかも分からない)

(手紙の主が誰かも、俺に宛てた手紙かも確証は無い)

(ましてや本当に戻ってくるかも保証は無い……)


 再びグルグルと思考が巡る。


(あの少年に話しかけることが出来なければ、他の人になんて話しかける勇気は無い……)

(どうやって切り出すか……、自分のことをどう説明するか……?)


 イオリは考えがまとまる前に勢いで決心して、入り口付近で岩壁に寄り掛かる少年に話しかけた。


「や、やあ、俺は怪しい者じゃない。ここはテラデア……だろ?」


……。


(めちゃくちゃ怪しい!)

(……『オレ、アヤシクナイ。ココハ地球?』って……怪し過ぎる!)

(もっと素直に、何とかコミュニケーションを取らねば!)


 イオリは少しだけ冷静になり、再び少年に向けて話しかけた。


「す……すまない。俺はどうやら記憶が曖昧になっているみたいだ。どうやってここに辿り着いたか、ここが何処なのか分かってない。目を覚ましたらここで…寝ていたんだ」


 半分本当で半分は嘘だ。でも、これがイオリにとって現時点で精一杯の誠意ある切り出し方だった。


「おいおい? あんた大丈夫かよ? 狩の途中で頭でも打ったか? 怪我は無いのかい?」


「あ、ああ、怪我は無い。だが記憶が無いんだ。何処からどうやってここに来たのか、ここで何をしようとしていたのか、思い出せないんだ……」


 イオリは記憶喪失で押し通すことに決めた。異世界だとか転移だとかの話をしたところで信じてもらえる筈も無いし、記憶喪失だって充分に怪しいが異世界転移よりは遥かにマシだろう。

 相手の少年からはどうやら悪意は感じないし、まともに会話が成り立ちそうだ。何とか信用してもらって状況を整理しなくてはならない。それに、このままでは異世界転移して洞窟暮らしをしなくちゃならない。


「あんた…何処からどうやってって、ここに来るのはスラムの住人くらいだろ? それも覚えていないのかよ? まさか城市から祠にお参りに来る物好きなんて居ないだろうし……、ずいぶん変わった格好をしているけど、他国の商人とかか? スラムを超えて森に来る商人なんて聞いたことないぜ?」


「ああ、本当に何も覚えてないんだ……」


「名前くらいは覚えていないのかい? 俺はヴィシュ。西スラムで暮らしてる」


 そういえば名乗るタイミングも逃していた。記憶喪失でも名前くらい覚えていて不思議は無いだろう。


「ああ、すまない。名前は覚えてる……俺はイオリ。イオリ キラ」


 …ほんの少しの沈黙が流れる……


「はぁ? あんた、精霊紋も無いのに名持ち?しかもキラって! 嘘にしたってもっとまともに吐くもんだぜ!」


 ヴィシュは心底呆れた表情でそう言った。

 恐らく自分は相当に頓珍漢な発言をしているのは分かる。

 しかしイオリは自分の発言の何処に可笑しな点があるのか検討もつかない。


「精霊紋…?名持ち…?」


 イオリは呟くように、恐る恐る絞り出した…。



「おおぅ…その反応が本当なら重症だぜ……」


 ヴィシュは天を仰いだ。



ーーーーーーーーーーーーー



 取り敢えず、怪しさは拭えないまでも、お互いに敵意も無く、コミュニケーションが成り立つことは確認できた。何とか会話を進めることが出来そうだ。というより、この出会いは大事にしなければいけない。

 約4年間、人との関わりを避けてきた俺が別世界に放り出されたのだ。そこで最初に出会った相手が敵意の無い子供で性格も良さそうだなんて、これ以上ない僥倖だ。慎重に、でも臆病になり過ぎず、できるだけ情報を集めなくてはならない。

 ああ…こんなに頭っを使ったのはいつ以来だろうか…。聞きたいこと、聞かなければならないことは山のようにある。


「ヴィシュ、俺も混乱しているから変なことを言うかもしれないけど、疑わずに聞いてほしい。この辺りの事情とか……、せ、世界のこととか……色々と知りたいことがある。ここの近くで安全な、人が住む…街や村があるなら移動したい」


「そりゃ構わないけどさ、陽が落ちる前にまずはコイツいっぱいの食料を調達して帰らないといけないんだ。木の実や茸を集めながらで良いか?」


 ヴィシュはそう言って麻のような粗い布で繕った袋を持ち上げた。


 イオリはヴィシュの後について祠を出た。祠の内部とは打って変わって強い日差しと暑さが纏わりついてくる。祠は森の中の少し開けた場所に有った。

 今まで居た内部は半地下にあったようで、森の中の小広場の中心に小さなドーム状の丘があるように見える。昔習った古墳のようだ。


「話し(つい)でに手伝ってくれよな! 俺が摘むのと同じ実や茸を摘んでくれ」


 ヴィシュはそう言うと迷いなく森へ進んでいく。歩きながらも慣れた手付きで木の実や果実、茸類を袋に入れる。イオリも見様見真似で採集していく。

 採集しながらイオリは様々なことをヴィシュに聞いた。採集に意識を奪われているからか、ヴィシュも変に勘繰ることなく答えてくれた。



 曰く…


 精霊紋とは、精霊と契約し加護を得た者に発現する紋様らしい。精霊と契約した者は、その精霊名を名乗ることが許され、いわゆる“名持ち”になる。“名持ち”はスラングで、正式には選民と呼ぶように注意された。


(精霊紋か…早く見てみたいな……)


 精霊は4大精霊神である土の精霊神ガル、風の精霊神シル、水の精霊神ウル、火の精霊神カリの眷族たち、そして4大精霊神よりも高位に座す光の精霊神キラ、時の精霊神ロキがいる。

 精霊と契約できる者は限られていて、殆どは親から子、孫など親族で受け継がれる。稀に突然精霊の加護を受ける者もいるが、その場合は12歳までに精霊の方から訪れてくる。

 だから12歳になるまでは誰もが“名持ち”になれることを夢見て過ごすそうだ。12歳を過ぎても加護が得られない者はスラングで“名無し”、正式には下民と認定され、夢を失う。そう話していた時のヴィシュは少し寂しそうだった。


(ヴィシュは加護を受けられなかったのか……)


 そして『4大精霊の眷族の加護なら、たまに嘘を吐いて名を騙って捕縛される奴もいるが、流石に高位の精霊神の名を騙る奴なんて聞いたこともない。キラなんて名乗ったら、どんな罪になるか検討もつかない』だそうだ……。


(あっぶね〜! 最初に会ったのがヴィシュで良かった……)


 精霊の加護を受けると、その精霊の持つ能力を行使できるようになる。ちなみに、この森はガルディア王国の王都近郊にあるらしく、ガルディア国王は土の精霊ガルディアと契約し、その加護によって主に土に関わる恩恵を国土で行使しているのだとか。

 ヴィシュの暮らすスラムには“名持ち”はほぼ居らず、知っている範囲では2人だけだそうだ。




 そんな話をしている内に、袋は一杯になっていた。


「イオリのお陰でだいぶ早く集まったな。少し早いが今日は切り上げよう。獲物を捌いちゃうから水場へ行こう」


 そう言うとヴィシュは祠まで戻り、中に置いていた野兎をぶら下げて水場へ向かった。


(祠で話してた時は動転していて気付かなかったけど、兎まで獲ってたのか…ワイルドだな……)


 祠から少しだけ森に入ったところに小さな湧水が有った。ヴィシュは袋から果実を2つ取り出すと湧水で洗い、ひとつをイオリへ放った。


「イオリの取り分だ。この時期に採れる果実の中ではいちばん旨いプルーラだ。特別だぜ」


 そう言うと、先に一口齧って見せた。イオリも齧ってみる。濃い紫色で形も大きさも鶏卵状の果実は少し味は薄いが果物特有の爽やかな香りが立ち、採集で疲れ乾いた口内に有り難かった。確かこの果実…プルーラ…は2個しか採れなかった果実だ。ヴィシュは優しい奴なのだろう。


 果実の種をプッと吹き捨てると、ヴィシュは腰袋からナイフを取り出した。セラミックのような乳白色の、刃渡り10センチ程度のナイフは、ずいぶん使い込んでいるようで柄の部分に巻き付けてある布はボロボロに汚れて解れている。

 ついつい見惚れてしまうような素早い手付きで兎から革が剥がされていく。ものの20分程度で革と身に分けられた獲物は、それぞれ大きな葉に包まれて袋に納められた。


 細々とした作業をしながらヴィシュは問いかけてきた。

「そろそろ街へ戻る時間だけど、イオリはどうするんだ?」


 少し逡巡したあと決心してヴィシュに頼む。

「今まで一緒にいて分かったと思うけど、俺に山で生きていく能力は無い。まずは生きていくために何でも良いから仕事を探してみようと思う。安全な街まで連れて行ったくれないか?」



 ここで了承を取り付けられなければ八方塞がりだ。



「俺も流石に見捨てるような薄情はしたくないけど…、安全な街に行きたいって言っても、その変な格好じゃ安全な場所なんて無いぜ。まだここの方が安全だよ。ここらに猛獣は出ないし、猛獣より人間の方がタチが悪いからな」

ヴィシュは続ける。

「せめてその服装だけでも変えないと、アムカリアのスパイだとか因縁をつけられて吏官に突き出されるか、ゴロツキにとっ捕まって奴隷商送りだ。腕に自信は無いんだろ?はっきり言って、俺にも人を守れるだけの腕っ節は無いからな!」


ヴィシュはケラケラと笑いながら言った。


「喧嘩は負けたことは無い。だが、やったことも無い。なので分からない…けど争いが苦手なのは事実だ」


「まあ、スラムのイザコザは簡単に死人が出るから、なるべく目立たない方が良いに決まってる。明日、またここに来る。それまではここで我慢していてくれ。服は持ってきてやるから、何か服と交換できるような物は持ってないか?」


 ヴィシュはそう言ってイオリの服やカバンを上から下まで視線でチェックする。


……。


「と、言っても…イオリの服も持ち物も、何から何までイチイチ怪しいんだよなぁ……」


 イオリはそう言われると、何かこの世界で怪しまれずに物々交換に使えるものは無いか?持ち物を思い出していく。

 確かに怪しくない物は無い…。辛うじてこれならイケるか…?チノパンからするりとベルトを外してヴィシュに渡す。


「これはどうかな?」


「革のベルトか!? 作りは悪くないし革も良いな…留め具は金属か? これなら古着の1着くらいならお釣りがくる。お釣りは手間賃で構わないか?」


「勿論、世話になった恩がある。ああ、それと……」


 イオリはバッグに仕舞っていた光る石のうち、黄色く光る石を1つを取り出してヴィシュに渡す。


「この光る石は、何か価値があったりしないかな?」



「光る石? 光って無いし、そりゃ只の石ころじゃないか……」


ヴィシュに怪訝な目で睨まれてしまった。


(光って無い? 見えてない? 俺の目がおかしくなっている……? いや、きっと何かあるはずだ……)


イオリは続ける。


「そっか…、でもきっと価値がある物だと思うんだ。価値が無かったとしても捨てずに持っていてくれないか? 嫌なら明日にでも引き取るから」


「うーん…、そこまで言うなら別に構わないけど…。只の石ころにしか見えないぜ……」


 ヴィシュは乾いた笑いで返事をした。


 その後、夜に森で迷うと危険なこと。教えてもらった水場以外で水は飲まないこと。危険な獣は居ない筈だが祠から離れないこと。……などなど様々な注意をされ、まるで年齢が逆転したような感覚に陥った。


(ハァ……まるで母さんに諭されてるみたいだな……でも世話焼きの良い奴だ)


 そこで、ふと祠に置いてあった手紙のことを思い出した。あの手紙は俺に宛てた物なのか?確かに封書には【転移者】と書いてあった。それにもう1通には待ち合わせ相手へのメモ書きのようだった。ヴィシュへの言伝の可能性もゼロではない。ヴィシュが知っている人かもしれない。


「そう言えば、アイザックとオーロって人を知ってるかい?」


「え? アイザックって【偉大なる賢者アイザック】のことだろ? 知らない奴なんて居ないだろ? そこの祠に訪ねたこともあるって話だし、何か思い出したのかい? オーロってのは知らないな…」


「ああ……何となく記憶にある名前だったから……。偉大なる賢者アイザック…さんは何処に住んでるんだ?」


「え? 30年も前に別の国に旅立って、確か俺が生まれる前に死んだ人だよ。誰でも知ってる有名人だから、記憶に残ってても不思議じゃない」


(あの手紙は30年以上前の物? それともオーロって人が置いた……?)



「じゃあ、そろそろ俺は帰るぜ。日が落ちる前に街に着かないとイオリの服が手に入らないからな。最後に……」


 最後に、ヴィシュは祠の上の丘に登り、王都の方向を指し示してくれた。

緩やかに下る森の向こうに、城壁に囲まれた街が見える……。


ああ……

やはりここはテラデアだ。

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