第25話 リズヴェルの少女
即席で作ったローストシェールロールは、作ったイオリ自身が驚くほどに極上の味だった。特にシェールの肉が絶品だ。
イオリはテラデアに転移してきてからソウカクの肉は何度か食べた。ガルディアには塩がほとんど無いので、料理としてはイマイチだったが、肉自体は牛肉と大差なく悪くはなかった。
しかし、シェールの肉は別次元だ。獰猛な姿からは想像できない柔らかな肉質なのに、凝縮された赤身肉の旨みが詰まっている。程よく脂も入っているが、和牛のサシのようにコテコテでは無い。即席で作ったタレとチャパティにも合っている…。
(正直……貧乏だった日本時代に食べた、どの肉よりも美味い……。これならいける……!)
「おーい! 追加が出来たぞ! 食べてみてくれ!」
既にゴコクも料理を終えて、みんなと一緒に食べ始めている。イオリは先ず、そのテーブルにローストシェールロールを持って行った。テーブルにはゴコク、アキナおばちゃん、フーラ親方、オーロ、ミオン、そしてヴィシュの6人だ。
「お手並み拝見だな!」
最初に手を付けたのはゴコクとアキナおばちゃんの親子だ。食堂の主人として味が気になるのだろう。2人はローストシェールロールをひと噛みすると、目を丸くしながら咀嚼を始めた。明らかに美味い時の反応だ。その反応を見て、他の面々も手を伸ばす。
「これは驚いた! 贅沢な調味料を使っていたから美味いだろうとは思っていたけど……想像の遥か上だ!」
「あらあら……こんな贅沢な料理なんて……城市でも食べれないんじゃないかしら……」
最初に食べ始めたゴコクとアキナが感想を言い合う横で、ヴィシュとオーロは無言で2つ目に手を伸ばしている。親方も負けじと2つ目を確保する。ミオンは口元を押さえて『美味しい……』と微笑んでる。なんとも可愛らしい笑顔で、ヴィシュはチラ見のまま固まってしまった。岩塩と香辛料を提供してくれたオーロが満足そうにモリモリ食べているので、一安心である。
「イオリ! 正直言って驚いた! 後で作り方を教えてくれ! いや〜参った……、しかし……プロの料理人としては考えさせられるものがあるな……。イオリ……ちょっと後で相談に乗ってくれないか?」
「ああ、もちろん。 でもオーロの持ってた香辛料のお陰だよ……。先ずは他の連中にも配ってくるよ」
ゴコクは味への満足が半分、自分の料理への不満が半分といった感じである。
イオリはゴコクやアキナおばちゃんの反応に手応えを感じて、他のテーブルにもローストシェールロールを配ってまわり、自分もようやく白弓一家の仲間が集まっているテーブルに腰を下ろして食べることにする。
一家の仲間たちはローストシェールロールの味に大満足である。チャパティ作りを手伝ってくれたクルルとソースは『これ、俺たちが作ったんだよ!』と言ってはしゃいでいる。バックは『これは美味いな……でもシェール肉なんて今後手に入るかどうか……』なんて言っている。
その頃になると、集まっていた近所の住人は、それぞれ持参した鍋に料理を取り分けて持ち帰ったようで、だいぶ人が少なくなっていた。
(ふう………狩りでも役に立たなかったし……獣を捌くのは見てるだけ………やっと少しは役に立てたな………)
イオリは、ようやく貢献できた安心感に浸りながら、帰っていく住人たちをぼんやりと眺めていた。
すると、ぼんやりとした視界の中に、ふと違和感を覚えた……。その違和感に意識の焦点を合わせていくと、それは1人の少女だった。
1人の少女が帰路につく人の流れに逆らうように立ち止まり。こちらを見ているのだ。正確には、こちらを見ているのでは無く、こちらを向いているのだ。なぜなら彼女は見慣れない仮面を着けていた。
(なんだろう……? 見慣れない娘だな……それにあの仮面……テラデアでは一般的なのだろうか……?)
イオリはしばらくその娘を観察していた。
真っ白な髪を肩より短く切り揃えている。。服装は珍しく、刺繍なのか模様が入った布を使った見慣れない民族衣装。そして、その服から伸びる手足は白くスラリとしている。しかし、そのか細い手足とは似つかわしくない武器が2本、腰から下げられている。ククリというのだろうか? 湾曲した短剣だ。
だが、やはりいちばん気になるのは彼女の着けている仮面だ。仮面は鼻と目を覆うような半円で、眼を覗かせる穴が無い……。どうやって前を見ているのだろうか? 少女はこちらに近付くでもなく、同じ場所を行ったり来たりし始めた。
イオリはある瞬間から、少女に視線を奪われ、目が離せなくなった。
少女の仮面が隠せていない、その口元を見てから、ずっと彼女を目で追った。
(ああ……カノンの口に似ているんだ………)
少女の仮面の下に見える口元は、病気で亡くなってしまったイオリの恋人カノンと似ていた。薄いが品のある唇は仄かにピンク色に染まり、時折少しだけ開いて空気を取り込む様子が、亡き恋人に酷似していた。
(別人だとは分かっていても……目で追ってしまう………これは治らない病気みたいなものだな……)
イオリはカノンの死と向き合えず、絶望して惰性で生きるようになった。しかし、そうした地を這うような人生に見切りをつけて転移を決心したのだ。だから、未練はあれど執着する段階は乗り越えてきた。しかし、だからといってカノンのことを忘れ去ろうとは思っていない。
(気になるものは……しょうがない……)
「君、何か困ったことでもあるのかい? 良かったら一緒に食べて行かないかい?」
少女はこちらから話しかけられたことに驚いたようだったが、少し間を開けて返事をくれた。
「良いのか? 通りすがりの私が……」
「たくさん獲れたんだ。遠慮しないでくれ。困った時はお互い様だ」
「助かる……。実は……しばらく食べていなかったんだ……」
(声まで……似ているとはね………)
少女はホッとしたように椅子に腰掛けた。周りの仲間たちは遠慮してくれたのか? 距離を置いて座っている。何人かが『リズヴェル……』『どうしてここに……?』と呟いている。
「珍しい格好だし、ここらに住んでいる訳じゃないんだろ……?」
「ええ……、人を探しに10日ほど前に山を降りてきた。南のスラムにいたんだけど……・宿代が高くてね……早くも資金が尽きてきたんだ……」
少女はミオンと同じくらいの歳に見える。でも、会話に混ざってきたヴィシュと『宿代いくらだった?』『共同部屋で……』『それはボッタくられてるぞ……』と、やり取りを始めたが、話し方は随分と落ち着いている。
イオリは残っていたローストシェールロールを少女に差し出すと、少女はヴィシュとの会話を止めてイオリに向き直った。所作には無駄が無く洗練されている。
「本当にありがとう……。私はラナ……。ラナ=リズヴェル。この恩は必ず返す……」
「俺はイオリ。この白弓一家でお世話になってる。本当に気にしないでくれ……偶然、狩りが上手くいったんだ。俺たちだけじゃ食べきれないよ」
(仕留めたのは俺じゃ無いけど……あとでちゃんと説明しなきゃな……)
イオリがラナと挨拶を交わしていると、フーラ親方が自分の皿を持って混ざってきた。
「その仮面……リズヴェルか? 里から出るなんて珍しいな。 昔一回だけ見たことがある。北の山岳地帯に軍の用事で行った時だ……」
少女は親方に聞かれると、雰囲気を硬くして小さな声で答えた。
「人を探しているんだ……」
その声色は、誰にでもはっきりと分かる怒りの感情が含まれている。仮面を通り越して伝わってくる怒気にテーブルを囲む面々が慌てだすと、ラナはハッと我に返って『す……すまない。何でもないんだ……』と謝罪した。そして自ら話題を変えるように『それにしても平地の人間でシェールを狩れるとは驚きだ……。選民が仕留めたのか?』と言って周りを見廻した。
「「いや……あいつが仕留めた」」
イオリとヴィシュがハモって答え、オーロを指差す。
「ああ……あの人が……納得だ……遠目に見て気になっていたんだ。里長より迫力がある人を初めて見た……」
オーロは、バックとボケ爺、そしてサーシャと同じテーブルを囲み、話し込んでいる。ヴィシュやミオン以外と関係を深めるのは、ここで居候する上で重要だ。イオリはちゃんとコミュニケーションを取っているオーロに安心すると、ラナに視線を戻して話を続けた。
「そういや、リズヴェルって何だい?」
「リズヴェルは北の山岳地域に住む少数部族だ……」
言葉が少ないラナに続けてフーラ親方が説明を続けてくれた。
「リズヴェルは、精霊の加護を持たないのにも関わらず、選民を凌駕する戦闘能力を持った民族だ……。中には上級精霊にも匹敵するような戦士がいるとも聞く。過去にリズヴェルを恐れた選民が、激しい差別をしたことで、リズヴェルは山から降りて来なくなった……。しかし、嬢ちゃんは俺の精霊紋を見ても敵意を示さない……何故だい?」
「確かに親の世代は平地の民の全てを嫌っている……。私も……選民は好きでは無い……。でも最近は関わりが少ない分、私たちの世代には強い敵意は無い。それに……先代の里長の言いつけで『平地の民と揉め事は起こすな』と言われているから……私たちは山で静かに暮らしている。あと、最近になって里に精霊紋を持つ商人が出入りするようになった。里長にも認められてるし、話してみたけど良い奴だった」
「ほう……商人が北の山間部まで足を伸ばすとは……。リズヴェルの里は北の山岳地域でも奥地の筈だが……あの辺りは強力な蟲獣も出るだろうに……」
そこまで会話が進むと、ラナはすっかり料理を平らげていた。
「ごちそうさま。助かったよ、イオリ……この恩は必ず返す」
そう言って席を立ち早々に去ろうとするラナを、イオリは焦り混じりで引き留める。何だか放って置けないのだ……。
「おい……もう夜だ……これからどうするんだい?」
「どうにでもなるさ……。私も狩りでもして資金を作りながら人探しを続けるよ。見つけるまで里には戻ることは出来ない……」
それを聞いていたアキナおばちゃんがズカズカと近付いてきて、叱るように言い放った。
「若い娘が遅くに出歩くなんて……! 一部屋余ってるんだから泊まっていきなさい!」
そして畳み掛けるようなオバチャン節を続け、ラナを空き部屋に放り込んだ……。どこの世界でもオバチャンは最強なのだ……。
短編でサイドストーリーを投稿しました。
過去の偉人、アイザックのお話です。
ぜひ、読んでいただければ幸いです。




