第24話 シェール肉の即席料理
ヴィシュを中心に白弓一家の面々はシェールを捌く準備に取り掛かっていた。
オーロとヴィシュはシェールを吊るし、サーシャとクルルは桶を運び、ライとレフは刃物を用意する。バック、ソース、ヒューイは水汲みだ。ミオンは食堂へアキナおばちゃんを呼びに行っている。イオリは……邪魔にならないようにボケ爺と座って眺めるだけだ。戦力になれない自分が心苦しい……。
そんな忙しなく活気づいた白弓一家に、ようやくリーダーのバックが戻ってきた。
「おいっ! みんな! ソウカクが獲れたらしい! 明日は市場に並ぶかもしないぞ!!」
ビッグニュースを聞きつけ、急いで走ってきたのだろう。バックは肩を大きく上下に揺らし、息も絶え絶えだ。一同に笑い始めた仲間たちを不思議に思いながら、水を一口含んで少しだけ落ち着いた声で再び話し始めた。未だ吊るされたシェールが目に入っていないようで、一家の仲間はクスクスと笑っている。まあ……あまりにも見慣れないものがそこに有っても、逆に気が付かないということもあるのだろう。
「狩猟ギルドで噂になってたんだ。フーラ工房に2頭も運び込まれたって。しかも特大のヤツだから………っておい! 聞いてるのか!」
「バック! 落ち着いてよ! 皆んなもう知ってるって!」
「バック! お前こそあれが見えてないのかよ?」
サーシャとバールがバックの肩を叩き、吊るされたシェールを指差して視線を促した。視線の先には吊るされたシェールを捌き始めようとするヴィシュがいる。
「………え?」
「ヴィシュとイオリとオーロが獲ってきたのよ! このシェールはオーロが仕留めたんだって!」
「あと! ソウカクも仕留めたんだぞっ! 後でゴコクが届けてくれるんだ!」
サーシャに続いて、お子様のソースがまるで自分が立てた手柄のように自慢する。しかし、バックは理解が追いつかない。
「………え?」
「バック! いいから捌くの手伝ってくれ! 早速今夜のメシが遅くなっちまうぞ! バックの方が捌くの早いんだから!」
「………え? あ、ああ…………えっ?」
目の前の事態が理解できないまま、バックはヴィシュに言われるがまま手伝い始めた。しかし、手は自然と動いてシェールを解体していくが、やはり頭が追いついていないようだ。オーロが狩りをしている様子を眼前で見せつけられたイオリの驚きはもっと凄まじかったのだから、その何分の一かでもバックに味わってもらいたい……と、イオリは思った。
不可解な表情で解体を始めたバックに、周りの仲間たちが説明している。事態を完全に把握するまでには、もう少し時間がかかりそうだ。
獣の解体には時間がかかる。それでも経験豊富なバックとオーロが手際良く捌き、そこに途中からアキナおばちゃんが助っ人として加わり、周辺の雑務を一家の仲間たちが分担することで随分と早く進んでいる。ヴィシュは解体作業をバックに譲ると、ミオンと一緒に毛皮や骨などを分別する作業を始めている。解体する間、バックは『そんな馬鹿な………』とか『これは本当にシェールなのか?』などと言いながらオーロをチラチラと見ていた。
シェールの解体が終わる頃には、ようやくバックの頭も正常に回るようになって、イオリとヴィシュ、そしてオーロに根掘り葉掘りと尋問を始めていた。
「シェールはともかく……ソウカクが狩れるなら俺も一緒に行きたい。これで一家やフーラ工房は安泰だけど……スラム全体で見たらまだまだ閑猟期の食料は足りないからな………。どこで狩ったんだ?」
「ああ………ええと…………、祠の先……。待て! バック! 俺じゃない! オーロが勝手に行っちゃったんだ!」
「祠の先だって! 祠より先はギルドのベテランだって近寄らないって教えただろ! 先季もあそこで2人死んでる。運よくシェールを狩れたから良かったものの……」
バックが興奮し始めると、オーロはヴィシュを庇うように前へ出て、バックを宥めた。
「俺は最初からシェールを狙ってた。昔から祠の先には何度も行ってる。シェールの肉は美味いからな……お前も食えば分かる」
(フォローに………なって無いよ、オーロ………)
「祠の奥はしばらくシェールは出ない。シェールは仲間が殺られた場所にはしばらく近づかないからな。その分ソウカクやイッカクが取れるようになるぞ。一緒に行くか?」
バックは完全には納得していなかったが、オーロと狩りに行く約束をして、その場はなんとか収まってくれた。
(オーロの狩りを見れば……バックも納得してくれるだろう……あんなの実際に見ないと理解できないよ……)
シェールの大まかな解体が終わったと同時に、フーラ工房でソウカクを解体していたゴコクが戻ってきた。フーラ親方と数人の職人も一緒だ。
「おーい! 解体した肉を持ってきたぞ! 目立たないように何往復かさせてもらう。おい、お前ら頼む」
親方は一緒に来た職人からソウカクの肉を受け取ると、職人たちは第2陣の肉を取りに工房へ帰っていった。
「取り敢えず、いちばん美味い部分だけを選んで持ってきた。残りは後から持ってくるが……、一部は市場に出したほうがいいかもしれん。けっこう噂が広まっちまってるぜ。市場に並ぶなら混乱が少なくて済む。もし出すなら一緒に出しておくぜ? どうする?」
スラムでは噂が広まるのが早い。家屋が密集しているから物理的な距離も近いし、生きていくために情報収集に余念が無いのだ。現に狩猟ギルドにはあっと言う間に知られていた。イオリとヴィシュは、バックとサーシャに相談してから功労者のオーロに『いいかな?』と確認すると、オーロは『欲しければまた獲ってくる。親方に従っておけば良いだろう』と、まるで木の実でも摘みに行くような口調で言った。バックは一瞬呆れた表情になったが、『そうだな、親方頼む』と従うことにした。
そもそもシェール1頭でも白弓一家には持て余す量なのだ。保存食にすればしばらく食べられるが、塩の無いスラムでは肉を充分に細かくしてから乾燥させなければならないので、保存食作りも骨が折れる。だから一家が必要な分と、メンバーがそれぞれお世話になっている人に配る分を差し引いて、余剰な分は親方経由で市場に出してもらうことにした。
一通りのやり取りを終え、親方が工房に戻ろうとすると、食堂から慌ててミオンが出てきた。
「親方……、あの……シェールのお肉はこれから料理するから、親方も食べていってください………。あとシェールのお肉は工房の分も包んでおきますから……」
「おお……シェールを1頭丸ごと贈られた姫君じゃないか! それはありがたい。滅多に食えるもんじゃないからな、ご相伴に預かろう! 俺もシェールを食うのは初めてだ」
「やめてくださいっ!」
真っ赤になるミオンに笑いが起こる。ミオンは『もうっ!』と言って食堂に引っ込んでしまった。
食堂ではゴコクが腕を振るっている。いつも食堂を利用している人たちの分も作るので鍋や焼き場はフル稼働である。今夜の献立はシェール肉を芋や野菜と煮込んだ煮込み料理、薄切りにしたシェール肉と香りの強い葉物野菜を入れたスープ、あとは定番の串焼きの3品だ。串焼きは赤身と内蔵の2つの部位を使っている。
イオリは食堂の調理場へ入るのは初めてで、興味津々に器具を眺めて回った。イオリも定食屋の息子なので、同じく定食屋の息子のゴコクには親近感が湧く。
「ゴコク! すごい量だな! 何か手伝おうか?」
「ええ? イオリ、あんた出来るのかよ?」
「俺はどうやら昔、食堂で働いてたらしい」
「おお! じゃあ、もう一品何か作ってくれよ! おそらく人が殺到するぞ! 何品有っても足りないくらいだ!」
「任せとけ!」
イオリは急遽追加で1品作ることになり、シェール肉の塊を前にして腕捲りをした。
(さて………何を作ろうか……と言っても、これだけの塊肉は初めてだな………)
(ちょっと待てよ………ここには塩どころか調味料も無いじゃないか! 油も少ししか無いからトンカツも出来ないし……)
イオリが頭を抱えているとオーロがニコニコと近付いてきて『お? イオリも作るのか?』と嬉しそうだ。
「ああ、請け負ったのは良いけど、塩も調味料もなくて困ってたところだ……」
「ああ……テラデアの料理は………味がしないからな。慣れるまでは俺も苦労した……。ちょっと待ってろ」
そう言ってオーロは自室へ戻って直ぐに戻ってきた。渡されたのはピンク色の結晶と、何種類かの粉末だ……。
「これは?」
「岩塩と香辛料だ。肉に合う香辛料はアイザックが研究していたからな。旅の途中で見つけた時は採集しているのだ。だが、俺は料理は苦手だから、代わりにイオリが作ってくれ」
オーロは期待の表情でイオリを見ている。
(アイザックさんはハンバーガーしか食べなかったって言ってたな……これなら……即席だけど……)
イオリは頭の中でメニューを決めて、一気に作り始めた。まず最初に、ライとレフに頼んで市場にパン用の粉を買いに行ってもらう。パンが売っているのだから、小麦なり、他の穀物なりあるだろう。ライとレフは食材関係の仕事をしているから話が早い。“パンの材料の粉”と言ったら簡単に通じた。
次にイオリは、塊肉を煉瓦くらいの直方体に切り分ける。そして切り分けた肉塊に串で何箇所も穴を開け、表面に細かく砕いた岩塩と香辛料を刷り込んでいく。香辛料は、香りと味を確かめたが結構スパイシーだった。これなら短時間で作ってもパンチの効いた味になるに違いない。
塩と香辛料を刷り込んだ肉塊は、薄く油を引いた鉄板で表面を焼いていく。中まで火が通らないように気を付けながら全面に焼き色をつける。そこまで出来たら、大きな葉っぱで包んで、ゴコクが焼いている串焼きの炭の近くに置く。これでひと段落だ。
そこまで調理が進むと、粉を買ってライとレフが戻ってきた。結構な量の粉を抱えている。『渡した銀貨全てを使って買ってきて』と頼んだからだろう。小麦粉なんて、たくさん有っても困らないので良いだろう。これでテラデアで料理の研究が捗るかも知れない。
イオリは受け取った粉を鍋に盛って、削った岩塩と混ぜ、そこしずつ具合を見ながら水を入れて捏ね始める。そして丁度いい硬さになったところで少量の油を入れてさらに捏ねる。これで生地が完成だ。油は高価だが、大量の肉を提供しているの文句は言われない。実験するにはまたとない機会だ。使った油は後で市場で買って返しても良いだろう。
(油の種類や用途も勉強したいな………)
最後はタレだ。流石に今日知ったばかりの香辛料でタレを作るのは難しい。だからイオリは香りの強い野菜を選び、それを肉塊の表面を焼いた時の鉄板で、滲み出た肉汁と油に和えるように火を通し、塩と香辛料で味を整えながらクタクタになるまで火を通した。
(ふう………なんとかなりそうだ………)
あとは先ほど用意した粉で作った生地を焼くだけだ。クルルやソースにも手伝ってもらい、生地を円形に伸ばして鉄板で焼く。そう、これはインドのチャパティを模したものだ。どうやら上手くいったようである。どんどん焼いて、数十枚のチャパティが積み上がった。
「何これ〜〜!」
「うわ〜〜パンみたい! いい匂い!」
クルルとソースは大喜びだ。
食堂の前のテラスは既に人が集まり、ゴコクの用意した料理を皆んなが楽しんでいる。イオリは集まった人たちを眺めると、ふと実家の定食屋を思い出してしまう……。
(俺は音楽がやりたくて東京に出たけど……こんな定食屋を継ぐっていう未来もあったのかもな……。親父とお袋、どうしてるかな……。でも……テラデアを救うって決めたんだ……まだ見通しも立ってないけど………出来ることから少しずつ……)
イオリは、葉っぱで包んでいた肉塊を開いて、スッと切って火の通りを確かめる。
(おお! 上手くいったな……)
ローストビーフならぬ、ローストシェールの完成である。その肉塊を薄く切り分け、チャパティでタレ代わりのクタクタ野菜と一緒に包んでいく。イオリのメニュー、ローストシェールロールの出来上がりだ。皆んなに振る舞う前に、一切れ先に食べてみる……。
(う……美味いぞ! なんだこの肉! シェールの見た目からは想像できない柔らかさだ……)
イオリは思い付きで作った即席料理に確かな手応えを感じ、既に料理を終えて寛いでいるゴコクへと視線を向けた。
(これで食堂の息子対決の勝ちはもらったな……)
短編でサイドストーリーを投稿しました。
過去の偉人、アイザックのお話です。
ぜひ、読んでいただければ幸いです。




