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第23話 凱旋


 しばらくするとヴィシュが戻ってきた。


 ヴィシュを先頭に40人以上はいるだろうか? かなりの人数である。中には顔見知りの職人と……、フーラ親方までいる。親方は足の怪我で兵士を引退したと言っていたが、森を歩いてここまで来るのは大丈夫なのだろうか?


 一同は吊るされた獲物とイオリたちに気が付くと、歓声をあげて駆け寄ってきた。


「凄い! 本当に2頭いるぞ……ん? 3頭?」

「デカいぞ! 気合い入れろ! え? 多くない?」

「おいおい……運べるか? あれっ?」

「助かったな! これで閑猟期を越せる……ん?」


 などと思い思いのことを口走りながら、頭にハテナを浮かべている。


 そして、いよいよイオリとオーロの直前まで近付くと歓声は悲鳴に変わった。


「シェールまでいるぞっ……!」

「あんた大丈夫かっ! う……腕が……!」

「酷い出血だっ! 手当を!」

「これは酷い……」

「よく生き残って……」

「ど……どうやって倒したんだ……、でもあんた腕が……」


 などと、周囲の惨劇と隻腕のオーロを見回してアタフタし始めた。


 当然だろう。周囲は至るところにオーロが塗りたくったソウカクの血で赤く染まっている。そしてシェールが吊られているのだ。


 オーロは大人数に囲まれて盛大にお見舞いと質問の言葉を浴びせられている。それにいちいち『ああ……腕は元々で……』とか『いや、だ……大丈夫だ。怪我ではない……』とか答えている。


 そんな様子を尻目に、ヴィシュはイオリの前までやってきて『こりゃどういうことだ!?』と語気を荒げた。


「いや……オーロが血抜きを始めちゃって……で、その血をその辺に塗って……誘き寄せたんだ……俺のせいじゃない……」


「誘き寄せたって……それでどうやってシェールなんて仕留めるんだよ!? 射ったのか?」


「いや……なんか……う〜んと……オーロがさ……首の辺りを……こんな感じで握って……こう………ビタンッ! って感じに……」


 イオリがジェスチャーを交えて何とか説明していると、ヴィシュは固まってしまった。ヴィシュ以外なら絶対に信じてもらえない話だが、ヴィシュは前半戦の一部始終を見ていただけに疑うことができず、代わりに硬直してしまったのだろう。

 そして硬直が解けると、吊るされたシェールを見ながら『マジ……で? え? いや……ん? また素手で……? シェールを……?』とぶつぶつ言い出した。


 そんなやり取りを横で見ていた親方も『これはあの男が? 素手か?』とイオリに聞いてきた。


「ええ……。素手です。で……でも精霊の力を使える親方なら狩れますよね……?」


「あ? 無理に決まってんだろ! シェールなんて戦闘特化の火か風の精霊じゃなきゃ太刀打ちできんぞ! 俺のは防御特化の土の精霊だ。倒し切るのは無理だ。そもそも目で動きを追うことが難しいんだから! まあ……中級以上の精霊なら狩れるかもしれんが……」


 親方はシェールの危険さと精霊について色々と教えてくれた。


 シェールは動きが早くて目で追えないので遠隔攻撃で仕留めないと危険だという。だから火や風の力じゃないと狩ることは難しい。皮膚も強くて刃物も通りにくいため、風の精霊でも仕留めきれずに逃げられることもあるそうだ。中級以上の高位精霊の契約者なら属性に関係なく強力な力で狩ることは出来るだろうが、そもそも中級以上の精霊が選民の中でも10人に1〜2人しかいない。上級に至っては100人に1〜2人しかいない。だからシェールを狩るという話自体が珍しいらしい。


「それにしても……アキナから隻腕の大男が転がり込んだって聞いてはいたが……とんでもないバケモノだな……。まぁ悪い奴じゃ無さそうだが……。大型獣、しかもシェールまで入れて3頭も素手で仕留めるなんて……話が広まったら面倒なことになりかねんぞ……」


「え? 親方はアキナさんと知り合いなんですか?」


「ああ、昔っから知ってる。それに、毎日アキナの食堂から職人たちのメシを運んでもらってるんだ。ほれ、今日はちょうどゴコクが工房に届けに来てたから連れてきた」


 親方が指さす方を見ると、ゴコクが口をポカンと開いて吊るされたシェールを見上げている。ゴコクは食堂のアキナおばちゃんの息子で、イオリも何度か顔を合わせている。ただ、ゴコクは食堂にいることは少なく挨拶程度しかしていなかった。どうやら配達などで外に出ていることが多いのだろう。


 親方と会話を続けていると、ようやく質問攻めから解放されたオーロが親方に挨拶に来た。オーロを取り囲んでいた面々は、未だに信じられないようで、吊られたシェールを突いたりしている。


「あんたがフーラ親方か。面倒をかける。ありがとう」


「いや……気にするな。肉が貰えるってんなら大助かりだ。こっちこそ礼を言う」


 オーロと親方が話し始めると、職人連中もようやく困惑から抜け出して聞き耳を立てている。2人の会話は豪傑vs古豪といった雰囲気で、迫力がある。


「ああ、ソウカク1頭は持っていってくれ」


「な! 何っ! そりゃいくら何でも貰いすぎだ!半分だって多いくらいだ」



「構わん。イオリとヴィシュが世話になっている。俺はそのイオリとヴィシュに世話になっている。挨拶代わりに受け取ってくれ。職人も多いのだろう?」


「あ……ああ。そりゃこっちは大助かりだが……良いのか?」


「俺は白弓一家へ贈る分と、ミオンへの土産があれば充分だからな」


 オーロはそう言って豪快に笑うと、聞き耳を立てていた周りの職人が、驚きと喜びが混ざった変な反応になた。


「そう言うことなら有り難くいただく。工房だけだと余るが……、余る分は周りの連中にも配って、少しでも閑猟期で死人が出ないように使わせてもらおう」


 続いて親方は職人連中の方に向き直って話し始めた。


「お前ら、聞いた通りだ。今日のことが広まるとヴィシュんとこの一家の名が上がって面倒ごとになりかねん。この獲物はここにいる全員で獲ったことにして白弓一家に変な因縁をつけるやつが出ないようにするんだ。分かったな!」


「「「「はいっ!」」」」


「これでいいか?」


 親方がオーロとヴィシュにニヤリと視線をり右手を差し出すと、オーロは『恩に着る』と言って右手を握り返した。2人とも男前である。白弓一家は子供が多いので、下手な輩に目をつけられるのは避けなければならない。手柄を喧伝するのは得策ではないのだ。


 次に親方はヴィシュとイオリに向き直って、小さな声で言った。


「お前ら、あっちの方はどうだった? それが気になって足の痛みを堪えてきちまったんだ」


 クロスボウのことだ。親方が少し悪い顔になっている……。親方は武器大好きっ子なのだ。イオリとヴィシュは親方に不敵な笑みを返し、同時に返事をした。


「「バッチリだ……」」


 イオリ、ヴィシュ、親方の3人は、ソウカクを材木に括り付けている職人たちから隠れるように移動し、クロスボウの試射を行うことにした。親方は完成品を見るのは初めてだ。試射の前に、手に取って弦の張り具合やトリガーの動きを確かめている。『悪くねえ……』一通りチェックすると弦を引き、ヴィシュから矢を受け取って装填する。もう一度職人たちの方を見て、誰もこちらを見ていないことを確認すると、素早く構えて、矢を射ち出す。



 ………シュッ…………タンッッ!!




 親方は目を丸くした後、『改良の余地はあるが……思ってた以上だ……』と言ってニヤニヤと笑い出した。


 試射を終えると、3人は今後の方針について軽く話し合った。そして、クロスボウのことは暫く白弓一家と親方以外には知らせないことにしようと決めた。プロトタイプ1号は予定通りバックへの贈り物にして、イオリとヴィシュ用に2挺を増産する。でも、それ以上は一旦休止だ。親方曰く『上手く出来すぎて影響が読めない』とのことだった。イオリもヴィシュも、もともと量産するつもりは無かったので完全に同意である。



 獲物を運ぶ準備も終わり、とうとう街へ向けて帰還だ。ソウカク1頭あたり20人以上で運ぶ。それでもかなり重いので、休憩しながら帰るのだ。森を抜けるところまで行けば、台車を待たせてあるらしい。素晴らしい段取りである。


 荷造り作業中に、何人かが『この人数ではシェールまでは無理だ!』と悲鳴を上げたところ、『それは俺が担いで帰る』とオーロが肩に担いでみせたことで、せっかく和らいできた雰囲気が再び凍りついてしまったらしい。皆、シェールを担いで悠々と進むオーロをチラチラと見ては青い顔になっている。40人以上がシーンと静かに行進する様子は、まるで葬式のようである。


 親方はシェールを担ぐオーロの横に並び、話しながら歩いている。


「そのシェール、どうするんだ? ひと財産だぞ」


「これはミオンへの贈り物だから、ミオンが決める」


「おいおい! それだけのシェールを1頭まるごと贈られるなんて、どこの国のお姫様だ!」


 親方はそう言って大笑いし始めた。どうやらシェールは相当に高価らしい。それはそうだろう。そもそも市場に出回らないのだ。


「牙はヴィシュが使えば良い。これ以上の素材はなかなか無いからな。ミオンには必要ないであろう」


「マジかよっ!」


 ヴィシュが驚きの声をあげると同時に、葬式のようだった職人たちもざわついている。


「これは愉快! 太っ腹にも程がある! ただしヴィシュ、後で城市から難癖つけられた時に渡せるように牙は何本か取っておけ」


 親方は途中から表情を引き締めて注意した。シェールの牙は最高級の刃物になるので選民、特に軍の関係者が欲しがるのだそうだ。もちろん工具としても優秀なので、職人たちからすると垂涎の的だ。


(後でヴィシュに頼んで1本譲ってもらおう……)




 休み休み進んで、何とか暗くならないうちに森を出ることが出来た。森の入り口には台車が2台用意してある。職人たちが台車に積み替えている間に、オーロの担いできたシェールも布で包んでしまう。人目につかない方が良いと言うことで、1人が先行して工房に戻り、布を持ってきてくれたのだ。




 台車に乗せてから工房までは、まさに凱旋だった。


 すれ違う人の全てが足を止めて『どこで獲れたんだ?』『2頭もか!』『デカイな! 市場には出すのか?』『少し分けてくれ!』などと声をかけてくる。その都度、職人たちが対応しながら進むので時間がかかり、さらに人が集まってくる。工房に着くと、既に周りは人垣ができていた。親方が『おい! 通してくれ!』と一喝することで、やっと通れるようになっていた。


 イオリ、ヴィシュ、オーロの3人は、そんな職人達の凱旋を囮にして、そそくさと布で包んだシェールを持って、白弓一家の基地へと戻ってしまう。これも親方とは打ち合わせ済みだ。


 白弓一家の分のソウカクは、工房で解体してから届けてくれることになった。そちらにはゴコクが付いている。ゴコクは食堂の一人息子だけあって獣の解体はお手の物だと言っていた。




 ヴィシュだけ先に白弓一家の戸をくぐり、イオリとオーロは外で待機する。中からはサーシャとクルルの女子2人の声が聞こえてきた。サーシャはミオンから『3人は私を置いて狩りに行った』と聞いていたようで、『何か獲れたの? ミオンが拗ねてたわよ』と揶揄うように言っている。


「それは見てのお楽しみ! 取り敢えず中庭に集まってくれ!」


 ヴィシュの上機嫌な声が聞こえ、サーシャとクルルを中庭に誘導している。イオリとオーロはサーシャとクルルが中庭に行ったのを確認してから基地に入る。すべてヴィシュの演出指示だ。


「おーい! オーロ! イオリ! 入ってくれ!!」


 ヴィシュの呼び声を聞いてから、2人は中庭に入った。メンバーの視線は一瞬でオーロの担ぐ荷物に向けられる。期待の眼差しだ。バック以外のメンバーは揃っているようだ。

 ライとレフの兄弟やバールから『なんだ? 勿体ぶるな〜!』とヤジが飛ぶが、それは声色で期待の裏返しと分かるものだ。サーシャも『何? 何?』と期待している。お子様たちはドキドキ顔で見つめている。


 オーロが荷物を中庭に転がし、イオリが布を剥がすと、それぞれが叫び声を上げた。


「なんだこれーーー!!」

「でっかいっ!!」

「うおー!!!!」

「にーくっ! にーくっ! にーくっ!」

「えっ? えっ? え〜っ!!」


 ミオンも怒りは収まっているようで「何? 何か獲れたの?」とオーロに聞いている。


 ヴィシュは、してやったと満面の笑みで解説を始めた。


「これは、オーロが仕留めた獲物でシェールという獣だ。オーロはこれをミオンへの贈り物にする。だが安心しろ! 獲物はこれだけじゃない! 白弓一家への贈り物として、実はソウカクをもう1頭仕留めている! しかも特大のやつだ! いま、ゴコクが捌いているから後で届けてくれることになっている!」


 ミオンへの贈り物と言ったところで困惑していたが、『ゴコクがソウカクを捌いている』と聞いてメンバーは一気に沸きたった。シェールは滅多に出回らないので、狩猟ギルドに所属していたり、素材の価値を知っている職人にとっては激レアの獲物として認識されているが、一般的にはソウカクの方がメジャーなのだ。そして仲間達にもソウカクの方がインパクトが大きかったようで、それが丸々1頭贈られるということに歓喜の声を上げている。


 ミオンだけ『えっ? 何で? えっ?』と戸惑いを隠せないでいる。そこでオーロがようやく口を開いた。


「俺は森でミオンに助けられた。だからミオンへのお礼として、この獲物をミオンに贈る。だがミオンの行動が白弓一家に迷惑をかけたと聞いた。だから一家にはお詫びと……そして挨拶としてソウカクを1頭贈る。だから俺のことでミオンを責めるのはやめて欲しい」


 その言葉に最初に答えたのは最年長のサーシャだった。


「オーロさん、ありがとう! 皆んなは見た目を怖がっているけど、直ぐに慣れるわ。あまり気を遣わないでくださいね! それに……ソウカク1頭なんて……あまり危ないことはしないで下さいね! ……でもこれで安心して閑猟期を暮らせるわ…… ほら! 皆んなもお礼しなさいっ!」


(あんまり危ないこと………か………危なかったのは俺とヴィシュだけだったな……)


 サーシャの言葉を皮切りにに、メンバーはそれぞれオーロに礼を言う。人に囲まれるのに慣れていないのだろう、オーロは困惑気味に応じている。


(皆んな基本的に良い奴らなんだよな………。ただ、オーロの見た目が怖過ぎるだけだ………。それにしてもサーシャは見事だな………流石はお姉さんだ)



 ミオンだけ、一連のやり取りを眺めて目を潤ませている。オーロの言葉と行動が、心の底から嬉しい……そういう表情だ。

 そしてミオンはオーロに向かって小さく『ありがとう……』と言った。


 その笑顔は、イオリが見たことのない花のような笑顔だった。


(あんな顔で笑うんだな………)




「よしっ! さっそく捌くぞ!」


 ヴィシュの掛け声とともに一家のメンバーがくるくると動き出す。

 と……そこでようやくリーダーのバックが帰ってきた。走ってきたようで、息を切らせている。



「おいっ! みんな! ソウカクが獲れたらしい! 明日は市場に並ぶかもしないぞ!!」




 白弓一家は笑いに包まれた。



皆様、良い週末をお過ごしください。

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