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第21話 とんでもない試射会(前編)


「ミオンの奴、膨れっ面だったな……。ああなると厄介だぜ……」


「あれはしばらく機嫌が直らないだろうな……」


「しかし狩りに連れて行く訳にはいかんだろう。ミオンには危険過ぎるし、体力も続くまい」



 イオリ、ヴィシュ、オーロの3人は、完成したクロスボウの試射会を行うため、古の祠に向かっている。白弓一家の面々には内密で作っているため、中庭で試射する訳にはいかない。それに誰かに見られると絶対に根掘り葉掘り聞かれるので今日は袋に入れてイオリが持ってきている。ミオンには、3人が一緒に出かけることに気付かれて『私も行きたい!』と食ってかかってきたが、危険なので却下したのだ。


 オーロはいつも背負っている呪啖牙(じゅたんが)の代わりに太いロープを襷掛(たすきが)けにしている。呪啖牙は予定通りにボケ爺に預かってもらっていた。オーロがボケ爺に『戻るまで預かっていてくれ……』と呪啖牙を渡すと、一瞬だけ笑って受け取っていた。ボケ爺とは会話が成立しないので、正確な年齢は分からないが、かなりの高齢のはずだ。それなのに超重量級の呪啖牙を平然と受け取っていたのが印象的だった……。


(ボケ爺はいつもオーロを眺めてるけど……2人はどんな関係なんだろう……?)




「オーロはそんなに太いロープを持っていって何に使うんんだ……?」


「狩った獲物を縛るのに必要だろう?」


「いや……それじゃ太過ぎるぜ……」


「大きな獲物が獲れたら困るであろう?」


「俺たちが行く範囲だと、獲物は大きくてもロマリーだぜ……」


 ロマリーとは4足歩行の獣で、バックが地面に描いてくれた絵によると姿形は狼や狐のようだった。ちなみに、ロマリーをスリングショットで仕留めるのは、バックでも不可能だと言っていた。威力が足りないらしい。クロスボウの試射には好都合である。問題は出会えるかどうかだ。


「ロマリーがいたら最高なんだよな〜……。毛皮の防寒性は高いし、(なめ)しても良い素材になるから!」


 そう言ってヴィシュは持ってきた矢を見せつける。フーラ親方とヴィシュの2人は、クロスボウ用に何種類かの矢を用意してくれたのだ。親方は『帰りがけに報告しろよ! 本当は俺だって行きてえんだから!』と言っていた。クロスボウの完成度が気になって仕方ないらしい。


「こないだ俺とオーロが食べ損ねたミーブはいないのか……?」


「ミーブは滅多にいないな。あれは北の山岳地域に住んでるから……たまに王都の上空に飛ぶんだけどな……」


 ミーブはガルディア3大高級食材の1つで、滅多に食べることができない貴重な鳥だ。オーロが初めて白弓一家に来た日の晩餐に並んでいたが、イオリとオーロは遠慮したのだ。


「ま、そのうちボケ爺が狩ってくれるさ!」


「期待して待つことにするか……。ソウカクは狩れないかな? クロスボウで?」


「う〜ん……試射で威力を見ないと何とも言えないなあ……白弓兵団は弓で狩ってるから、当たりどころが良ければ狩れるかもしれない……だけど危険だと思う……ソウカクもイッカクも野生のは気性が荒いから……」


「台車を引いてるやつは随分おとなしかったけどな……牧場作って繁殖でもさせてるの?」


「いや……、繁殖は殆どしてない。街で働いてるやつは子供のソウカクを生け捕りにしてテイマーが調教してる。大昔は繁殖させてたみたいだけど、餌が用意できないから辞めたって聞いたぜ。餌を育てるには土の精霊鉱石が必要だし……鉱石は選民がほとんど独占しちゃってるから……。城市では軍用のソウカクを育ててるって親方が言ってたけどな。あとは山岳地域の部族とか、国境寄りの農村とかでは繁殖させてるって聞いたことある」


(なるほど……ここでも精霊が足りない弊害か………深刻だな……)




 3人は祠に着いてそれぞれの荷を下ろした。いよいよクロスボウ プロトタイプ1号の試射だ。まだオーロには見せていないし、何を作っているかも言っていない。ここに向かう道中の会話で、薄々気付いているかもしれないが、実物を見せるのは初めてだ。


 イオリは袋からクロスボウを取り出し、オーロに見せた。


「これを作ってたんだよ……凄いだろ?」



 オーロは目を見張っている。


()かっ! 見せてくれ!」


 オーロはイオリの手からサッとクロスボウを取り上げて観察を始めている。想像以上のリアクションにイオリもヴィシュも驚いて目を合わせた。オーロは隅々まで作りを確かめている。

 

「これは凄いな………射てるのか?」


「「それを試しに来たんだよ!」」


 そう言ってイオリとヴィシュは自慢げに笑った。




 3人は的になりそうな手頃な大木を選び、早速射ってみることにする。射手はイオリだ。

 プロトタイプ1号はイオリが足を使って弦を引ける強さで作ってあるので、ヴィシュだと弦を引くのに苦労する。完成度が高ければバックにプレゼントする予定だが、バックなら問題なく弦を引けるだろう。


 イオリが弦を引いて固定すると、ヴィシュが矢を一本選んで手渡した。慎重に狙いを定めてトリガーに指をかける………



 ………シュッ…………タンッッ!!


 放たれた矢は、凄まじい速度で飛び出して大木に突き刺さった……。



(成功……だよな?)


「すっげ〜!」


 ヴィシュは歓喜しながら大木へ駆け寄り、突き刺さった矢を検分している。


「けっこう深く刺さってる! よっと……」


 刺さった矢を抜こうとするが、抜けないらしい。イオリが代わって矢を引き抜く……が抜けない。かなり威力がありそうだ。イオリとヴィシュはニヤニヤしながら見つめ合ってしまう。『成功だよな?』『成功だ! 俺も射ちたい!』……喜び合っていると、オーロがスッと矢を引き抜いた。


「素晴らしいな……威力は充分だ……」


「あ……ああ……、ありがとう………」


(何だろう………凄さが………薄れる………)



 気を取り直して、ヴィシュの番だ。弦を引くところまではイオリがやる。ヴィシュは先ほどと違う矢を装填して狙いを定める……



 ………シュッ…………タンッッ!! 


 イオリと同じように、矢は見事に大木に突き刺さっている。大成功だ。


「ヤバいぞイオリ! これは使い易いし威力も命中率もスリングショットどころじゃない! 早く親方に見せてえな〜!!」


 そうだ。フーラ親方も忙しいのに時間を割いて協力してくれている。この成果は早く報告したい。それにしてもヴィシュは大興奮だ。作り手であり、狩人でもあるヴィシュが手応えを実感してるということは大成功で間違いない。オーロも相好を崩している。


「次は実践だ!」


 オーロに矢を引き抜いてもらい、3人は獲物を探すことにした。




 しかし、ヴィシュを先頭に獲物を探しながら森を進むが、一向に獲物の気配が感じられない。たまに気配がするものの、栗鼠のような小型の獣や小さな鳥くらいにしか出くわさない……。『やっぱりいないかぁ……』と、ヴィシュは既に諦めモードである。



「もっと奥へ行けばいいではないか……?」


 ずっと黙って後ろに付いていたオーロが、不意に口を開いた。


「祠より先には大物がいるぞ。」


「いや……祠より先はダメだ。シェールが出る」


「そうだ。あれの肉は旨いぞ。昔、祠より先で狩ったことがある」


「無理だって! あんなのは選民の弓兵じゃなきゃ狩れないって! 武器だって置いてきてるのにどーするんだよ!?」


 シェールは大型の肉食獣で、人を襲うことも有るらしい。動きも素早く襲われれば高確率で命を落とす危険な獣だ。狩猟ギルドのベテランがチームを組んでも狩ることは難しい。ヴィシュがオーロにシェールの危険性を力説してる。


「いや、大丈夫だ。怖いなら祠で待っていてくれ……」


「ああ! もうっ! ヤバいのが出たら直ぐに逃げるからなっ!」


 ヴィシュは説得を諦めて、渋々歩き出した。オーロを見捨てられずに付いて行くことにしたらしい。イオリも内心はヴィシュに賛成だが、1人で祠にいるより付いて行くことに決めた。ヴィシュが『矢を装填しておけよ……』と耳打ちしてきた。大型獣と渡り合える可能性があるのは出来立てホヤホヤのクロスボウだけである。


 オーロは迷わずに森を進んでいる。祠より先に進むと大きな断崖があるのだと説明してくれた。ヴィシュも『ガルの断崖だ。大昔に土の精霊神ガルが大地を割って出来たって言われてる』と説明してくれる。ガルの断崖は国土を縦断していて、断崖の先には誰も行けないらしい。


「オーロはずいぶん詳しいけど、ガルディア人なのか?」


「いや……昔、住んでいたことがあるのだ」


「へー………あっ!」



 ヴィシュとオーロが同時に立ち止まり、身を屈めた。イオリも一拍遅れて身を屈める。2人の視線の先には3頭のソウカクがいる……。そのうち2頭は街で見たソウカクより二回りは大きい。ヴィシュの目が緊張している。イオリも生唾を呑んだ……。オーロは黙ってソウカクを見ている。


「親子か……? 子どもがいる………先に子どもに当てると突っ込んでくるらしいから……大きい方を狙おう……」


(ヴィシュ……もう頭を狩猟モードに切り替えてる……凄いな……)


 イオリは静かに頷いてから呼吸を整え、既に装填してあるクロスボウを構える。試射の時と距離はさほど変わらない。このクロスボウの性能なら問題ない筈だ……。意を決してトリガーを引く。



………シュッ…………サッ…………


「あっ!」

「やばっ!」


 イオリとヴィシュは同時に悲鳴をあげた。放たれた矢は、子どもの方のソウカクを(かす)めてしまったのだ。その瞬間、大きい2頭がこちらを目掛けて突撃してくる。恐ろしい瞬発力だ。イオリは反応することも出来ずに固まってしまった。ヴィシュも尻餅をついたまま動けない。


「下がれっ!!」


 オーロの雄叫びのような声で、イオリとヴィシュはようやく金縛りから解放される。しかしもう手遅れだ。2頭のソウカクは既に半分以上の距離を詰めている。


 辛うじて数歩後退したところで、オーロは逆にイオリとヴィシュの盾になるように数歩前進した……。


 次の瞬間……



 ドンっ! ……と鈍い音が響いた……。



 そしてオーロに突撃しようと先に辿り着いたソウカクが、弾けるようにオーロの右に逸れた……

 そして次に辿り着いたソウカクは同じように、ドンっ! ……と音を立て、今度は左に弾けて逸れた……


 そして2頭はイオリとヴィシュの左右を崩れるように通り過ぎ、枝を折りながら倒れた……。


 目にも止まらぬスピードで……何が起こったか分からない……などということは無い。むしろイオリはスーパースローモーションのように、オーロの動きをはっきりと捉えていた。


 オーロは、最初のソウカクに裏拳を当て、返す刀で次のソウカクに右フックを当てたのだ……。

 つまり、パンチ2発だ。そう……、パンチ2発だ……。


 横を見ると、ヴィシュが震えながら地面を見つめている。これはきっと……信じられないものを見た時の反応だ。それはそうだろう……イオリだって信じられないのだから。


 イオリは田舎育ちだ。祖父は農家を営んでいる。だから子供の頃は、頻繁に牛を見ていた。ソウカクは、その記憶の中の牛より大きい……。それを、ゲンコツで……しかも1発で倒す男がいるのだ。しかもその男は、まさにいま目の前で、倒れたソウカクの角を握って引き摺りながら『仔は逃げたか……』と独り言を呟いている。イオリは何か喋りたいのに、何を喋っていいか分からなくなり、そのままオーロを見つめることにした。ヴィシュは変わらず震えながら地面を見つめ、『マジかよ……マジかよ……』と呪文のように繰り返している。


 オーロは淡々とソウカクの角を握って引き摺っている。そして2頭を並べると、持ってきていたロープでソウカクの脚を縛ろうとしている。そしてハッとしたようにイオリとヴィシュに声をかけた。


「おーい、片手じゃ結べん。手伝ってくれ!」


「「あ……は、はい……」」


 2人は言われるがまま、無言でロープを結んだ。終始無言の2人を見てオーロが再び声をかけた。


「大丈夫だ。もう死んでいる」



 2人が喋れるようになるまで、しばらく時間がかかった。



長くなってしまったので前後編に分けます。後編は今日中にアップの予定です

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