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第20話 弓を使わない理由


 ここ数日、イオリは作業部屋に引き篭もっている。もちろん、ギター製作のためだ。一家に納めなくてはならない食料はお金で解決して、作業部屋での製作に打ち込むことにした。



(俺にしか出来ないことだ……)



 ギターは使う木の質によって音が変わる。フーラ親方を質問攻めにし、様々な木材を手に入れた。


 音階を作るフレットは金属が手に入り難いので獣の骨を使う。ブリッジやナットは素材を触りながら決めていけば良いだろう。


 図面を引くための紙は親方に頼み込んで城市に買いに行ってもらった。高価なので節約したいが、フレットの位置を決めていくのにたくさんのメモが必要だ。


 弦は日本から持ってきたスチール弦が1セットある。ただしスチール弦はテラデアで入手することは出来ないだろうから、こちらで替えが利く素材も用意した。まずはギター2本を同時に製作する予定なので、もう1セットはソウカクという獣の腸から作った繊維を使ってみることにする。具合が悪ければ他の素材を試すのみだ……。


 ソウカクはテラデアで最もメジャーな獣なので、弦として使えるならば有り難い。牛に似た獣で、乗り合いの台車を引いているのもソウカクだし、農耕用や軍用としても活躍しているらしい。もちろん肉は食用として取引されている。


 ちなみにソウカクによく似た獣でイッカクというのもいる。ソウカクは角が2本でイッカクは角が1本なので分かりやすい。イッカクは肉質が良く食用としての価値が高いが数も少ないらしい。今季は不猟なのでソウカクもイッカクも品薄だ。当然、その獣から取れる素材も品薄で高値になっているが、親方の伝手(つて)で何とか融通してもらうことができた。

 

 クランプや万力など、まだまだ欲しい工具はたくさんあるが、無いものは徐々に集めていくしかないだろう。固定用の工具はテラデアにも有るので見つかると信じたい。見つからなければ作ってもらうことも考えなくてはならない。



 ヴィシュとフーラ親方は、イオリが次々と大量の素材を買い漁るので『買い過ぎだ!』とか『勿体ない!』

と呆れていたが、すんなり完成できるとは思えない。素材の余裕は試行錯誤の幅を生み、心の余裕にもつながるのだ。



 しかし、製作をスタートすると、予想通り序盤から使えない素材や端材が出る。保管しておけばいつかは何かに使えるかもしれないが、イオリはギターと並行して他のものも作ることにした。チョイスしたのはクロスボウだ。これは単なる思いつきではなく、ちゃんと理した由がある。



◆◆◆◆◆◆◆



 遡ること数日前、中庭で野兎の血抜き作業をしていたバックと、その横でスリングショットの練習をしていたソースに、イオリはなんとなく質問した。



「なんで弓を使わないのか?」



 答えはシンプルだった。


「弓を扱うには力が足りないからさ」


 答えはシンプルだったが、イオリはその背景にある理由に驚愕した。



 獣の皮膚を貫くためには、大きくて強い力で引く弓が必要だ。そしてただ引ければ良いという訳ではない。引いた状態を筋肉で維持し、狙いを定めて()たなくてはならない。しかし、そんな弓はとてもじゃないが下民には扱えないという。なぜなら、選民と下民では筋力が違うから……。


 弓を引く力も、物を持ち上げる力も、走る速さも下民は選民に及ばない……。ガルディア最強と名高い白弓兵団は団員の全てが選民だという。さらに驚いたのは、選民と下民では寿命すら違うというのだ。選民なら70歳は当たり前で、下民は60歳まで生きれば長生きなのだと言う。


 だから下民で弓を使う者は殆どいない。稀に村一番の力自慢で弓使い……というのはいるらしいが、それは相当なレアケースということだった。下民が大型の獲物を狙うときは、複数名でチームを組み、槍や剣といった近接武器で仕留めるのが一般的。ただし危険も伴うため、若手の狩猟者は小型の獣を狙う方が効率が良いらしい。



 選民の力で扱う弓でなければ獣が狩れない……。


 アイザックの手紙に書いてあった『この世界は精霊が溢れていなくては存続できないのに……』とは、こういう事なのだろう…。


(テラデアは、人と精霊がセットになることで成り立っていたんだ……)


 思いがけないところでイオリはテラデアの病魔の片鱗に触れてしまい、暗い気持ちになった。説明してくれたバックやソースは気にしていない様子だったが、イオリは2人にとても悪いことを聞いてしまったような気がした。そして作業部屋に戻ってから彼らに何か貢献できることはないか考えた。



(クロスボウならどうだろう……?)


 クロスボウなら足を使って背筋で弓を引くことができる。狙いを定めている間、張力を維持する筋肉は必要ない。使う素材の強度やトリガーの機構をクリア出来れば作れるのではないだろうか? 幸運にもフーラ親方という弓を作っている職人が身近にいる。矢はヴィシュだって作っている。親方とヴィシュと協力すれば作れる可能性はあるはずだ……。


 それにクロスボウが有れば、イオリだって狩りが出来るかもしれない。


 イオリはソースが使っていたスリングショットを借りて撃ってみたが、全く的に当たらなかった。白弓一家最年少のソースより遥かに下手糞で、8歳の子供に『それじゃ何も狩れないぜー』と笑い物にされる無様を味わってしまった……。クロスボウを思いついた時、その恥ずかしかった記憶を塗りつぶすように、『クロスボウなら俺だってもっと上手くやれるはず!』という根拠の無い自信が湧いてきた……。



(まずはヴィシュに相談だ……そのためには……)


 イオリは調達したばかりの紙にクロスボウのラフや、機構を説明できる簡単な図面を書いていく。ヴィシュと親方に説明するための資料作りに取り掛かったのだ。まる1日かけて、何とか説明資料は出来上がった。



 出来上がった資料を見せると、最初は軽く聞いていたヴィシュは、みるみる真剣な表情になった。イオリの説明を聞いては図面を見て考え込む。それを繰り返しているうちに、どんどん興奮していくようだった。


「これ、作ってみたいな……」



◆◆◆◆◆◆◆



 こうして、ヴィシュの一言を皮切りに、2人のクロスボウ製作が始まった。イオリは自分の作業部屋に籠って作業をする。ヴィシュは作業部屋とフーラ工房を行き来して、親方の意見を聞いたり新しい素材を調達したりする。そして現在、すっかりイオリの引き篭もり生活が出来上がっている。


 オーロは退屈そうだが、中庭で鍛錬したり、ミオンと話してりして過ごしているようだ。


(ミオン以外のメンバーとも仲良くなって欲しいな……)



 ギターとクロスボウは、ほぼ同時に作り始めたのだが、クロスボウの方がかなり早い段階で完成の目処が立った。やはり、ヴィシュとフーラ親方が乗り気になって協力してくれたことが大きいのだ。ギター制作でも協力してくれるのだが、クロスボウの方が用途や使い方が明確で説明しやすかったし、何より2人が興味を持ったことが原因だろう。ちなみに最も難易度が高いと予想していたトリガー部分はヴィシュと親方が受け持ってくれたし、弓の部分は親方が軍に納めている弓と同じ素材でクロスボウ用に作ってくれた。『これが上手くいったら工房でも作ってみる』と、かなり協力的に動いてくれているらしい。



 製作を開始して、僅か7日間でクロスボウのプロトタイプ1号が完成した。


 ちなみにクロスボウの製作はイオリ、ヴィシュ、フーラ親方3人だけの秘密だ。イオリの希望で、完成したらサプライズでバックに贈る予定なのだ。だからプロトタイプの試射は白弓一家のメンバーに見られないように西の森で行うことにした。



「森での試射はいつ行こう?」


「明日から3日間は工房の手伝いが無いから、明日行こうぜ! 早く試してみたい!」



 イオリとヴィシュは、中庭でオーロの演舞を眺めながら作戦会議をしていた。すると演舞を途中で止めて、オーロが会議に混ざってきた。



「森へ行くなら俺も行くぞ………2人に相談がある………」



 オーロは神妙な顔をしている。



「森で獣が獲れずに困っているだろう……? それは、俺の責任かもしれん………。いや! 全てが俺のせいという訳では無いが……少しは……、特に祠の辺りに獲物が少ないのは……俺のせいだ……」


 いつも豪胆に振る舞っているオーロが、珍しく歯切れが悪い。


「どーゆーこと??」


「俺の持つ、この呪啖牙(じゅたんが)は……獣を寄せ付けないのだ……」


 オーロの呪啖牙は古代生物の牙で出来ていて、その生物が非常に強大だったために、勘の良い獣は逃げてしまうらしい。オーロはイオリを待つために古の祠に15日ほど滞在していた。だからその期間は祠の周りには獣がいなかった。『呪啖牙の効果は強烈だからな……、かなり広範囲に影響が出ていた可能性もある』オーロはそう言って肩を落とした。最近、中庭で一家のメンバーが話す内容の半分は不猟への愚痴だ。オーロは意図せずにそんな会話を聞くうちに責任を感じていったのだろう。



「うーん……でも、もっと前から不猟だったから……オーロの責任とは言えないと思うけどなぁ……それに不猟は西の森だけじゃない。北の山岳部も、東の草原も不猟だぜ?」


 ヴィシュは冷静にオーロを宥めるがオーロは納得がいかないらしい。


「それは俺にもわかっている……、しかし少しでも責任があるなら挽回したい。それに……皆は俺を恐れているであろう……? そのせいでミオンまで責められるのは本意ではない……」


「ああ……確かに……」


 白弓一家のメンバーは確かにまだオーロを怖がっている。中庭で顔を合わせることが多いソースとヒューイは慣れてきたし、歳上メンバーのバックとサーシャはそつ無く会話ができるが、関わる機会が少ないライとレフの兄弟や、バール、クルルは明らかに怖がって避けている。ボケ爺だけはよくオーロを見つめているが……。オーロに自ら話しかけるのはミオンだけだ。イオリは作業部屋に引き篭もっていたし、ヴィシュも作業部屋と工房を忙しく往復していた。これでは完全に悪循環だ。


「だから獲物を狩って贈り物にする。どのみち今のままでは閑猟期を乗り越えることは厳しいだろう。それに……食堂の大家にも無理を言って入居したからな、恩を返したい」


(義理堅い、良い奴なんだよなぁ……見た目が怖いだけで……)


「でも、その武器は置いていって良いのか? いつも大事そうに背負ってるけど……それを持ってたら獲物が逃げちゃうんだろ?」


「ああ……、呪啖牙はボケ爺に預けて行く」


「はぁぁ〜? 大丈夫なのかよ!?」


「大丈夫だ」


「「ええぇ???」」



 こうしてイオリ、ヴィシュ、オーロ3人での試射会が決定した。


第20話に到達しました。

読んでいただいた方、本当にありがとうございます。

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