第19話 音楽
フォンッ……フォンッ………ヴォンッ………
早朝の中庭では、演舞をするオーロの武器が風を切っている……。
オーロとの共同生活が始まって5日ほどが経ったが、この演舞はオーロの日課らしく毎朝の恒例行事である。スラムの朝は早いので特に誰も咎めはしないのだが、振るっている武器が禍々しすぎて誰も声をかけることが出来ない。ただ1人、ボケ爺だけが椅子に腰をかけてボーッと演舞を眺めている。そしてオーロはそれを気にすることなく演舞を続ける。
白弓一家の面々も、少しずつではあるがオーロに慣れてきている。それでも積極的に関わろうとするのはミオンとヴィシュだけだ。しかし今日はその2人も早くに出かけてしまった。いつも留守番を任されているソースとヒューイも今日はサーシャに連れられて市場へ行っている。閑猟期を乗り切るための肉類が足りないため、市場に出ていないか見に行ったのだ。だから今朝の中庭にはオーロ、ボケ爺、イオリの3人しかいない。
「オーロの武器ってさ……なんか凄いよな……それは金属なのか?」
5日間一緒に過ごしたことで、イオリはオーロとだいぶ打ち解けている。呼び方もさん付けを卒業した。これはコミュ力お化けのヴィシュが初日から呼び捨てだったお陰だろう。
「ああ……これは呪啖牙という……古代生物の牙で……作られている……ゼノは……この呪啖牙でしか……倒せん」
フォンッ……フォンッ………フォンッ……フォンッ………ヴォンッ………
オーロは呪啖牙を振るいながら答えてくれる。イオリはこの数日間で様々な疑問をオーロにぶつけ、オーロはそれに答えている。だからアイザックの手紙に書かれていた内容は2人の共通認識になっている。
「じゃあ、その呪啖牙を手に入れたり作ったりしないと、俺はゼノと戦えないってことか?」
「古代生物の牙が……そうそう……手に入るものか………ゼノは………火の精霊の力でも……焼くことができる」
フォンッ……フォンッ………フォンッ……フォンッ………ヴォンッ………
「俺は……火の精霊には……縁が無かった………だけの……話だっ! ふぅ……」
フォンッ……フォンッ………フォンッ……フォンッ………ヴヴォンッ!!
どうやら演舞は終わったらしい。
「ゼノってのは、具体的にどんな奴なんだ? 生き物なんだろ?」
「ああ、ゼノは生き物だ。人間に取り憑いて暴走する。取り憑く前は、黒く……ネバネバした生き物だ。ただ、取り憑くのは選民だけだ。アイザックは選民と契約している精霊を食べてるんじゃないかと言っていた」
「暴走? マジか……人を殺して回ったりするのか?」
「ああ……殺戮や破壊を繰り返す。火の精霊の加護がなければ手に負えぬ。ただ……本当に恐ろしいのは暴走せずに完全に融合した場合だ……。人と見分けが付かなくなる。この呪啖牙で探すことは出来るがな……」
オーロは続ける。
「人と完全に融合したゼノは、人の社会の上層部に潜り込む。そもそも選民は支配者層だからな……。そして人類を操るのだ。戦争を起こしたり、人が苦しむ方向にな……少なくとも30体はいるだろうとアイザックは見積もっていた」
「そんなに……。オーロはゼノを追っているんだろ? 何体か倒したのか?」
「暴走してるゼノは何度か倒している。完全融合したゼノは2体倒した。アイザック達とな……。ドーシャ王国の王妃がゼノと融合していてな……。ゼノは滅ぼしたが国は滅びてしまった。ドーシャ王国があった場所は紛争地域になっている……」
「マジか……俺、戦えるのかな?」
「いまのままでは無理だな。だから出来ることを探してやるしかない。今日も作業部屋に籠るのか?」
「ああ、フーラ親方に頼んで材料は揃ってるし、ヴィシュと共同で作り始めた物もあるからな。今のところ、俺に出来るのは物作りくらいだし……」
イオリはフーラ工房に頼んでギターに使えそうな木材や弦になりそうな素材、獣の骨や接着剤まで思いつく物はあらかた集めることができた。念願の紙もフーラ親方に頼んで入手してもらった。紙は城市でしか買えないのだ。
「ところでイオリは何を作っているのだ?」
「ああ、ひとつは……ヴィシュと共同で作ってるから秘密だ! たぶんあと2〜3日で出来るからお楽しみってやつだ。もうひとつは……ギターだよ」
「ギター? ギターとは何だ?」
(そうだった……ギターは通じないんだよな……フーラ親方もヴィシュも楽器すら知らなかったんだ……)
「ええと……楽器だよ。音を鳴らす道具で……って知らないかな?」
オーロは目を見開いている。オーロが目を見開くと非常に恐ろしい。ただ驚いているだけなのは分かるが、オーロにことを知らない人が見たら、回れ右して去って行くだろう。
「楽器? ……作れるのか?」
「えっ? オーロは楽器を知っているのか?」
「もちろん、知っている。馬鹿にするでない」
「だって、親方もヴィシュも知らなかったからさ……」
「当然だ。テラデアに楽器は無いからな。楽器どころか音楽が無い。気付かなかったのか?」
「えっ?」
(音楽が無い? そんなことがあり得るのか?)
オーロは怖い顔になって話を続ける。さっきの目を見開いた時の怖さではない。もっと……凄みのある怖さだ。
「テラデアに音楽は無い。それどころか他の遊びも一切無い。イオリは外で遊ぶ子供を見たことがあるか?」
(無い………でもそれはスラムが貧しくて、余裕が無いから……子供も労働力だから……?)
「た……確かに見たことは無いけど、それは貧しくて忙しいからじゃ……?」
「どんなに貧しくても、人が生きていく場所で娯楽が生まれないなど考えられるか? 有り得ないな。なぜ娯楽が無いのか? 分かるか……?」
オーロの眼付きが一段と鋭くなる。
「ゼ……ゼノの仕業……?」
「そうだ。世界を誘導している………。これがゼノの恐ろしさだ……」
一拍の沈黙を経て、オーロが呟く。
「だが……音楽か……久々に聴きたいものだ……」
「……えっ?」
「分からんか? 俺も転移者だ……」
◆◆◆◆◆◆◆
イオリの脳内に『オーロも転移者なのか?』という疑問はずっと有った。しかし何となく切り出せないでいたのだ。まさかオーロから打ち明けてくるとは思ってもいなかった。あまりの驚きに動けないでいると、オーロは『待ってろ……』と言って部屋に消えていき、頭陀袋を持って直ぐに戻ってきた。
「もし音が鳴らなかったら、使え……」
そう言ってオーロは袋から小さな石を取り出した。石は薄く緑色に光っている……。
「これ……せ、精霊鉱石……?」
「分かるのか……?」
イオリが頷くとオーロは少し驚いた顔で話を続けた。
「娯楽が無いのはゼノの誘導のせいだと思う。これはアイザックの見解でもある。ただ、楽器が無いのには他にも理由がある。精霊の力が無いと音が上手く鳴らないのだ。アイザックは音に関する道具を作るときは風の精霊鉱石を使っていた」
(なるほど……)
「これはイオリにやる。俺も音楽は好きだからな……楽器が出来たら聴かせてくれ」
オーロは優しい顔に戻っていた。
イオリが精霊鉱石を受け取った後は、何となく会話が続かなくなり、作業部屋へ籠った。オーロは転移について何か話しにくそうな雰囲気を纏うのだ。
(オーロはやっぱり転移者だったんだ……何となく予想はしてたけど……話したくなさそう感じもするし……詳しく聞くのはしばらく控えておこう……それにしても……毎日重要な情報ばかりで頭が混乱しそうだ……)
オーロは娯楽が無いと言っていた。かろうじて娯楽に近いのは将棋のようなボードゲームが有るらしい。これは戦争が続く中で軍略を考える選民たちが生み出したものだという。『ゼノが娯楽と判断していないから絶えていないのだろう』と言っていた。
そしてスラムのような下民が暮らす地域での娯楽は『賭け事』だけ。『どちらが大きな獲物を狩るか』『次にあの角を曲がってくるのは男か女か』『あの娘の心を射止めるのは誰か』など、あらゆる事で賭けを行うのだそうだ。流石のゼノも庶民の賭け事は止められないのだろう。
(軍事目的とギャンブルだけ…、恐ろしい世界だな……。それにしても……音楽が無い世界なんて……)
スラムを歩いている時も、乗り合い台車に揺られて街を移動する時も、共有部屋での団欒も、一度として音楽が聴こえてきたことは無かったのだ。楽器が無くたって歌うことはできる。それすら耳に流れてきたことがない。
アイザックの手紙には『ゼノが、人類を戦争へと誘導し、感情を抑制し、古い記録を隠蔽し、文化や科学の発展を阻害している』と書いてあった。この中で、今のイオリが抵抗できそうなのは『感情を抑制』だけだ。
(それは音楽の領域だ……)
(環境と材料は揃った……あとは俺次第だ……)
(テラデアに、初めての音楽を流してやる……)
イオリは『よしっ!』と気合を入れて作業台に対峙した。




