閑話 ボケ爺、鳥を狩る
「新しい生活とアイザックの手紙」と予告しましたが、閑話を挟ませていただきます。
「今回の閑猟期、どーなっちまうんだろううな………?」
「ああ……、今回は本当にヤバそうだよ……今日は狩猟を止めにして、狩猟ギルドの会合で対策会議だ……」
イオリ、ヴィシュ、ミオンの3人がオーロに会いに“古の祠”へ向かった日。白弓一家にはいつもの留守番3人組、無言のヒューイ、最年少ソース、ボケ爺以外に、リーダーのバック、そしてライとレフの兄弟が残っていた。珍しく大人数での留守番である。
バックは白弓一家で唯一狩猟ギルドに所属しているが、午後から不猟に対する緊急対策会議のために狩猟は取り止めになったため、会議に行くまで中庭で手仕事を手伝っている。
「対策会議でどんな話をするか分からないけど……、西スラムの狩り場は獲物の気配が無い……。他のスラムの狩り場で狩猟する許可を取り付ける以外に思い浮かばないぜ……」
そう言って苦い顔をするバックに、ライとレフの兄弟が反論する。
「他のスラムが許可するとは思えないよ……。北スラムの狩り場だって今季は不猟だし……、西の森ほどじゃ無いけど……。本当なら今が一番忙しい時期なのに休みだからなぁ……」
「南のスラムも不猟で、あそこはガラの悪い奴が多いからピリピリしてるって………」
ライとレフの2人は、いつも小規模商人が集まる北スラムで仕事をしているから他の地域の事情にも詳しい。食材を扱う商人の手伝いをしているが、今日は不猟の影響で仕事が減って休みになったのだ。
「狩り場でトラブルが起きなきゃいいけどな………」
食べ物の恨みほど恐ろしいものは無い。だから狩猟のトラブルは大きな争いになりかねない。西、南、北のスラムにはそれぞれ狩猟ギルドの支部があり、縄張り争いが起こらないように、地域ごとに狩り場を分けて管理している。
王都の西に広がる“古の祠”がある森は西スラムの狩り場だ。北スラムは北の山岳部にかけての一帯で、南スラムは王都より東の草原地域で狩りをしている。
今季は全ての狩り場が不猟で、スラムの住人の話題は閑猟期への不安に関することが殆どだ。
「サーシャ達は? 今日は果実採集か……?」
バックが質問すると、留守番3人組のソースが答えた。
「今日はバールとクルルと一緒に沼に行くって言ってた!」
サーシャは白弓一家の最年長の女性だ。いつも歳下の仲間を連れて果実や木の実を採集しに出ている。
「ってことは……今日のメシはカエルかぁ〜……」
「贅沢言うんじゃない。何でもいいから肉を食わなきゃ仕事もできなくなっちまうぞ!」
王都の近郊で獲れるカエルは小振りなものが多く、食べるところが少ないうえに匂いもキツい。不人気食材の代表格だ……。匂いを取る香草もあるが、香草を育てる土の精霊鉱石は城市が独占してしまっているのでスラムでは手に入らないのだ。
ボケ爺を除く5人は中庭で暗い会話をしながら、乾物を干したり、籠を編んだり、猟具の整備をしたり……、分担して作業をしている。ボケ爺はいつも通り中庭の定位置で椅子に座ってニコニコしている。
作業に飽きてきたのか、最年少のソースがスリングショットの練習を始めた。
スリングショットはヴィシュが作った狩猟用で、腕に固定するためのリストロックも備わった本格的なものだ。弓より威力は小さいが、子供の力でも扱えるし、鳥や小型の獣を狩るなら充分だ。矢を用意しなくて良いので手軽に使える。腕を上げれば狩猟で大きなアドバンテージになる。
「白弓兵団の団長みたいに百発百中だったら、毎日肉が食べられるんだけどな〜……」
練習するソースを眺めていたライがそう言うと、ソースは目を輝かせて質問する。
「ライは団長を見たことあるの??」
「見たことあるぜ! バックと一緒に商人エリアに行った時!」
「ああ……、街道を行軍してたのを見た。団長のトゥカ=シルビア……凄い弓を持っていたから直ぐに分かった」
ライとバックは嬉しそうに答えた。
白弓兵団は、隣国アムカリアの侵攻を撃退し続けているガルディア最強の部隊だ。中でも団長のトゥカ=シルビアは、他国にも名を轟かせる弓の名手で国民から絶大な人気を集めている。
白弓兵団は、狩猟大会で狩った獲物をスラムに届けるなど、下民差別をしないため、選民嫌いのスラムでさえ人気がある。白弓一家はリーダーのバックを筆頭に、狩猟に出るメンバーはスリングショットの扱いが上手い。だから弓兵部隊として名高い白弓兵団の部隊名を拝借しているのだ。
「俺も見たい! それで団長みたいに弓を上手くなりたい! それで毎日肉を食べたい!!」
ソースはスリングショットを撃ちながら無邪気に笑った。
「いくら上手くなっても獲物がいなきゃ肉は食えんぞ……」
バックはヤレヤレ……と呆れ顔になった。
5人は一通りの作業を終えると、間食のドライフルーツを分けて休憩に入った。普段は間食なんて滅多に出ないが、ここ数日はヴィシュと新入りのイオリがお土産の食料を持って帰っているので余裕がある。ボケ爺にもドライフルーツを持たせてやると、しばらくボーっと眺めた後にもそもそと食べ始めた。5人はボケ爺が食べ始めたのを確認すると、自分たちもドライフルーツを摘みながら会話を続ける。
「しかし……、このまま不猟が続くようなら閑猟期の盗みや略奪も心配だな……」
バックは先行きの不安を口にする。リーダーとして一家を守らなないといけないので心配は尽きない。
「その前にバールの機嫌が心配だよ……」
ライが困った顔でボヤく。ライはバールと歳が近いのでバールの機嫌が悪い時はいちばん被害を被るのだ。バールは昨日、執拗にミオンに食ってかかっていたが、ヴィシュが仲裁に入る前までバールを宥めようと奮闘していたのもレフだった。
「バール……昨日はすごく怒ってたよね……ミオンは確かに怪しい行動をしたけど、盗みなんてやるわけないのになぁ……」
「最近バールはカエルしか獲れてないから……ここのところずっと機嫌が悪いんだよね……」
「お前達が『またカエルかよ〜』とか言うからだぞ!」
「「「ごめん……」」」
「それにしても……昨日はヴィシュとイオリが食料を持ってきてくれて助かったよな〜!」
少しの沈黙を挟んで、雰囲気を変えようとレフが話題を変えた。昨日のミオンとバールの揉め事はヴィシュが仲裁してイオリが収めた。2人は商人エリアに行っていたらしく、普段は食べれないような食べ物をお土産に持ち帰ったので、何とか一家の空気を立て直すこともできたのだ。
『俺、パン食べたの久しぶり!』『俺も! 変わった肉もあった!』『あれは北の山で獲れる獣だな……、俺も食べたのは久しぶりだ』……6人はそれぞれの感想を言い合い、雰囲気は持ち直した。
「それにしても……イオリって何者なんだろうな?」
「記憶が無いって言ってた!」
「最初にくれたアメダマってやつ……すごく美味しかったな……」
「肌も綺麗だし……スラム出身じゃ無さそうだ……サーシャが羨ましいって言ってたな……」
「バック! ちゃんと『サーシャの方が綺麗だよ』って言ったか?」
「黙れっ!」
サーシャとバックは幼馴染だ。サーシャの方がバックより1歳上の17歳。ガルディアでは18歳以上で結婚できるので、サーシャとバックの関係を冷やかすのは最近の定番になっている。
顔を赤くするバックを見て皆で笑っていると『なんだい、楽しそうじゃないか!』と食堂のアキナおばちゃんが入ってきた。
白弓一家の基地は、通りに面した食堂の裏手にある。食堂のアキナおばちゃんはバックが幼かった頃からの知り合いで、いつも白弓一家のことを気にかけてくれている。中庭は食堂と共有しているので家族のような存在だ。
アキナおばちゃんの食堂は、息子のゴコクと2人で切り盛りしている。食堂と言ってもお金を取って経営している訳では無く、スラムの住人が狩猟や働きに出ている間に調理をしてくれる。代わりに、住人達は狩猟採集してきた食材を渡し、おばちゃん達はそこから自分たちが食べる分を報酬として貰っているのだ。食堂を利用している住民は多いので、西スラムではアキナおばちゃんの影響力は強い。頼れるおばちゃんなのだ。
ちなみに、アキナおばちゃんは白弓一家の基地の大家さんでもある。中庭に面した2棟と納屋を持っているが、今は1棟が空き家になっている。
「新入りの話かい……?」
「ああ、記憶喪失のイオリだ。挨拶に行ったろ?」
「来たよ……なかなかの色男だったねぇ!」
アキナおばちゃんは、どうやらイオリのような男がタイプらしい……。おばちゃんを交えると一気に場が明るくなり井戸端会議は盛り上がる。
それぞれに新入りのイオリについての感想を言い合っていると、それまでずっと黙っていた無言のヒューイがバックの袖を引っ張った。バックはヒューイに促されてボケ爺に視線をやると、さっきまで座っていたボケ爺が立ち上がり、ボーっと空を見つめている。
ボケ爺の足元には小さな旋風がいくつか立ち登り、土煙が舞っている。そしてボケ爺が見つめる遥か上空には2羽の鳥が飛んでいる。羽を広げると1メートルは有るであろう大型の鳥……ミーブだ。
「ミーブだ……、デカイぞ……」
バックが呟くと皆は話すのを止めて、固唾を呑んでボケ爺を見守る……。こういう時はボケ爺の集中力を乱してはいけないのだ。ボケ爺はいつものニコニコ顔からは想像できないほど鋭い眼付きになっていく……。
しばらくすると、見守る面々はキーーンと耳鳴りがし始めた……。急激に気圧が変わったのだ……。
耳鳴りがし始めてから間も無く……ゴゥッ! と風が動き、シュッ! という鋭い風切り音に遅れて上空からはミーブの断末魔が聞こえた……。
「「「「「流石ボケ爺っ!」」」」」
皆がボケ爺を歓声で讃える。
ミーブが2羽、真っ直ぐに中庭に落ちてドサッと鈍い音を立てた。ボケ爺は落ちてきたミーブを見ると、元のニコニコ顔に戻り、優しく小さな声で『皆で食べておくれ……』と呟いた。
「今夜はミーブだ!」
ミーブは選民ですら簡単には食べることはできないガルディア3大高級食材の1つである。遥か上空を飛ぶために、風の精霊の加護を受けた選民の中でも手練れにしか狩ることができないのだ。
もちろん味も絶品で、煮て良し、焼いて良し、蒸して良しの三拍子が揃っている。ただし鮮度が落ちると一気に味が落ちるので、直ぐに血抜きして食べなくてはいけない。高価なのでスラムでは買い手がつかないし、城市には伝手がなければ売りに行けない。
皆は『今夜はご馳走だ!』と騒いでいる。アキナおばちゃんは『少し塩を使っちゃおうかしら……』と嬉しそうだ。塩は貴重品で普段は使わない。バックは血抜きの準備だ。
ボケ爺は、いそいそと動き出す一家の面々を嬉しそうに眺め、しばらくするといつものボケ爺に戻っていた。
次話こそ「新しい生活とアイザックの手紙」です。
是非とも評価や感想をお願いいたします。
■白弓一家
バック【16歳 ♂】一家のリーダー。狩猟ギルドに所属
サーシャ【17歳 ♀】一家のお姉さん的存在。バックの幼馴染
ライ【13歳 ♂】レフの実兄。計算が得意なので、北スラムで商人の手伝いをしている
レフ【11歳 ♂】ライの実弟。北スラムで商人の手伝いをしている
バール【14歳 ♂】何でもそつなくこなす。食材調達担当
クルル【10歳 ♀】いつもサーシャについて歩いている。まだまだお子様
ソース【8歳 ♂】一家の最年少。留守番3人組の1人
ヒューイ【11歳 ♂】一家の最終兵器。留守番3人組の1人
ボケ爺【??歳 ♂】鳥肉担当。留守番3人組の1人
ミオン【15歳 ♀】
ヴィシュ【14歳 ♂】
イオリ【23歳 ♂】新人
追申
章管理を覚えたので章立てしました。
また、併せて各話のタイトル表記を変更しました。




