第14話 基地への帰還 白弓一家の揉め事
「俺、親方以外の選民って良い思い出が無くてさ……。親方と知り合った頃に、選民も良い奴なんだって思って他の選民と関わっことがあって、けっこう酷い目に有ったんだよ……。それから親方以外の選民の前に出ると話せなくなるんだよな……。でも……ディーカには悪いことしたな……」
「ディーカは気にして無かったと思うよ。それに最後はちゃんと話せてたじゃないか?」
「ああ、今までに出会ったどの選民より良い奴だった。親方は別格だけどな。あんな奴ばかりだったら良いのにな……」
「色んな奴がいるさ……。スラムにだって悪人はたくさんいる訳だし……、そう言えばボケ爺だって選民だろ?」
「あ! ああ……忘れてた! だってボケ爺は出会った時からボケてたからな」
そう言ってヴィシュはケラケラ笑った。どうやら本調子に戻ったらしい。本調子に戻ったら、今度は手元にある大金が気になり出したらしく、挙動不審になっている。そうなってもおかしく無い金額だ。イオリも緊張で掌は汗で濡れている。
2人は声を潜めて会話を続ける。『こんな大金、どうやって管理しよう?』とか『どちらかは必ず留守番しよう』とか『イオリの鞄は良いよな? 斜め掛けのやつ』とか、今後のお金の管理について話しながら歩いた。結局、『丈夫な革素材で斜め掛けの鞄を作って肌身離さず持ち歩く』ということに決めた。そんな会話をしていたら、今日の最後の目的地である工具を扱う商会に着いた。ここは下民の店だし、ヴィシュも何度か来ているらしい。
店の中はけっこう広く、様々な工具が置かれている。……とは言え現代日本のように、同じ商品がたくさんあるという訳ではない。代表的なものを陳列し、あとはオーダーメイドで作ってくれたりするらしい。イオリは一通りの工具が見たかったので1人で店内を見て回る。ヴィシュは顔見知りの店主と話し始めている。
イオリは目ぼしい工具をチェックしていく。イオリの求めている工具は精度が求められる作業に使える金属製だ。事前に言われていた通り、どれもかなりの値段だ。でも今なら揃えることができる。というか、このタイミングでないと、買える保証は無い。欲しい工具と完全に一致するようなことは無いので、代用できそうなものを何種類も買うことに決めた。『工具は資産だから……』これはマスターの言だ。
ちなみに今日工具を買うのはイオリだけだ。ヴィシュは手狭になった作業部屋の引越し先を探しつつ、親方に相談しながら決めると言っていた。イオリは現状……何もやることが無いので早めに工具を揃えて少しでも何かを始めたかったし、手持ちの大金を少しでも減らしたかった。購入する工具を決めると、イオリは店主に声をかける。店主は目を丸くしていたが、余裕の表情で『全て現金一括で!』と言って木箱に工具を詰めてもらった。日本では経験できなかった“大人買い”を、とうとうテラデアで経験できて妙な達成感に浸ってしまう。
しかし金属工具は本当に高い……。まさか1日で大金貨2枚以上の出費である。
接着剤や材木はフーラ工房を通して買えるので、明日以降に揃えることにして、今日は土産を買って基地へと帰還である。スラムでは売っていない珍しい果物やパンのようなものを買ってから乗り合いの台車に乗った。
西のスラムに着く頃には、だいぶ陽が落ちていた。2人は急いで基地へ戻る。基地の前まで着くと、中が何やら騒がしい。誰かが揉めているようだ。
基地に入ると仲間たちはヴィシュを見るや否や“何とかしてくれ……”とSOSの視線を送ってきた。揉めているのは悪ガキのバールと、いつもは大人しいミオンだった。先に口を開いたのはバールだ。
「ヴィシュ、聞いてくれよ。とうとうミオンが盗みをやりやがった!! さっきから言い訳ばかりだ」
「私は盗みなんてしてない!!」
珍しくミオンも声を高めて反論している。
「ちょっと待ってくれ! さっぱり分からないから落ち着いて順を追って話してくれ!」
ヴィシュは渦中の2人を座らせて話を聞く姿勢になった。商人エリアで縮こまっていたのが嘘のようだ。やはりヴィシュは一家の中ではリーダー格なのだ。
椅子に座って体制が整うと、まずバールが今日の出来事を話し始めた。『バールがいつもより遅くに森へ向かおうとしたら、市場でミオンを見かけた。ミオンが市場にいるのは珍しいので何となく見ていたら、大量の食料を買い込んでいる。ミオンはお金を持っていないので怪しいと思い、後を尾けた。するとミオンは森へ向かい、普段なら入り口付近で薪を拾うのに奥へ進んでいった。祠まで歩くと、中から大きな男が出てきた。ミオンはその男に持っていた食料を渡し、一部は一緒に食べていた……』という事らしい。
「最近ミオンは持ってくる薪の量も少ないし、食料なんて殆ど採ってこない。それなのにあんなに買い込んで一家の奴じゃない男に渡すなんておかしいだろ? 何か悪いことしてる筈だ!」
バールは興奮してミオンを糾弾している。ミオンは泣きそうになりながら『違う……お金を預かって頼まれただけなの……』と絞り出すように呟いた。
「知らない奴にお金を預ける奴がいるか!」
「バール、落ち着け! ミオンにも何か事情があるかもしれないだろ?」
ヴィシュはバールを宥めている。リーダーのバックはイオリたちが帰る前から堂々巡りだったらしく、どう決着を付けようか困り顔だ……。
イオリはそんな状況を見ながら………(これ……俺のせいかも知れない………)とソワソワしていた。
精霊鉱石やギター製作のことを考え始めて……大事なことをスッカリ忘れていた……。
確かに自分は書いたのだ。
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『了解。また戻る イオリ』
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……と。
イオリは自分が放置したことがキッカケで、ミオンが責められていることに申し訳ない気持ちになった。
(おそらく……祠にいる人物は……オーロだ……)
「皆んな、すまない。この件は俺に任せてくれないか? 祠にいる男って、俺のことを探して待っている奴だと思う……」
「「「「……えっ?」」」」
皆んなが一斉にこちらを見た。
「明日、祠に行ってくる。ヴィシュ、申し訳ないが付き合ってくれ」
ヴィシュは静かに頷いた。
「ミオン……たぶん俺が祠に行かないから、その男はミオンに買い出しを頼んだんだと思う」
ミオンは涙を浮かべながらも不思議そうな表情をしている。
「その男の名前………オーロじゃないか?」
ミオンは何度も首を縦に振った。
ずっとニコニコしていたボケ爺が、一瞬真顔になった気がした……。




