第13話 商人エリア
「親方、良い人だったろ?」
「ああ、顔はめっちゃ怖かったけどな……」
「はははっ! それは分かる。俺も最初の頃は怖かったからな! でも親方は優しいんだよ。スラムでは皆んなから頼りにされてるしな」
工房を出てからヴィシュと2人で簡単な食事を摂りながら親方について話していた。食事といっても市場で買った果物を2つずつの簡素なものだ。
フーラ親方は元兵士で、隣国アムカリアとの戦争で足を負傷して引退するまでは国境の砦にいたらしい。引退後は、選民なので城市に住めるのに、率先してスラムに工房を開いて下民である孤児達に仕事を与えているのだ。治安の悪いスラムでも、フーラ工房は親方が軍と繋がりがあるためトラブルに巻き込まれることも無い。兵士時代の伝手もあり仕事が切れることも無い。被差別民であるスラムの住人にとって頼れる兄貴分なのだ。
確かに見た目は怖かったが、話をしてみると実直で、効く耳を持っていたし、素材や工具の相談にも乗ってくれた。何よりヴィシュのことを本当に心配していることが伝わってきた。見た目こそ180度違うが、惰性で生きているイオリを雇い続け、ギター工房に引っ張り出していたマスターと似ているのかもしれない……。イオリはそう思うとフーラ親方のことが好きになった。
(親方も言っていたし、ちょくちょく顔を出さないとな……)
2人は食べていたプルーラの種を吹くと、鑑定所のある商人エリアへと向かった。商人エリアへは、最も治安が悪い南スラムを通過しなくてはならないので、親方の言いつけ通りに、乗り合いの台車に乗って行った。台車はソウカクという牛によく似た獣が引いていて、商人エリアへ重い荷物を運ぶのに使われている。確かギターの弦の代用素材になりそうなのもソウカクの腸だと言っていた。台車のスペースに空きがあれば鉄銭1枚で乗せてくれる。
通過した南のスラムは確かに治安が悪いらしく、武器や盾を持った戦士風の男を何人も見た。そうして台車に揺られながら景色を眺めていると、街の雰囲気がガラリと変わった。商人エリアだ。
道は石畳みで舗装され、しっかりとした石造りの建物が多い。スラムは基本的に平家だが、商人エリアの建物は殆どが3階建で、4階建てものもある。街ゆく人々の身なりも小綺麗で、スラムとは種類の違った活気に満ちている。ヴィシュもたまにしか来ないらしく、『この辺に来るのは緊張するんだよなぁ……』とボヤいている。
商人エリアには選民ーーーつまり精霊と契約している“名持ち”ーーーもいる。それに鑑定は選民にしかできない。選民と下民の差別構造は根が深いようで、ヴィシュはすっかり小さくなってしまっている。
商人エリアの中央には大きな街道が通っている。祠の上の丘から見えたのはこの街道だろう。その街道を挟んで区画が分かれ、扱う商品が違うらしい。今日の目的の鑑定所と工具を扱う商店は同じ区画にある。ちなみに街道を挟んだもう一方の区画では食料品や薬効のある植物、生物由来の素材などが売られているそうだ。
イオリとヴィシュは迷わずに鑑定所に辿り着いた。鑑定所は精霊鉱石を扱う商人ギルドの建物内の一角なので、鑑定以外の用事で訪れる人も多い。1・2階が石造りで、3・4階は木造だろうか……4階建ての立派な建物だ。ヴィシュは気後れしているのか『イオリが先に入ってくれ……』と、小さくなっている。
仕方ないので先頭で店に入り、案内係であろう女性に『鑑定してもらいたい石がある』と伝えると、『属性は?』と聞き返される。イオリが『土と水です』と答えると、幾つものテーブルが並べられたスペースのいちばん奥に通された。
聞き耳を立てていたのだろうか? 案内係と会話をしてから何人かの商人がチラチラとこちらを探るように見ている。ヴィシュに釣られてこっちまで緊張してきた。なんせ服装からして浮いているのだ……。
しばらく待っていると鑑定士を名乗る商人風の男女がやってきた。2人ともタトゥーが掘り込まれている。男は右腕の肘から手首まで褐色の紋、女は顔の左半分に青白い紋がある。精霊紋だ……。
「土の鑑定士、トラーガ=ガルシャールだ」
「水の鑑定士、ラズゥ=ウルファルオです。はじめまして」
鑑定士は自己紹介を終えると椅子に座り、『早速、見せて貰おう』と少し横柄な態度で本題に入った。この服装だ……舐められているんだろうな……。ヴィシュは完全に萎縮してしまっている……。フーラ親方も『鑑定所ではフーラ工房の名前を出して、足元を見られんようにするんだ』と言っていた。ここは俺がしっかりしないとな……。
「フーラ工房の紹介で参りました。よろしくお願いします。」
そう言うと、土の鑑定士は引きつった笑顔へと表情を変えた。
「そ、そうか……。よく来てくれた。フーラ=ガルダードは元気かね?」
効果的面である。『ええ、とても……』と笑顔で返しておく。
「それは良かった……。今日は土と水、2つの精霊鉱石を鑑定するということで……随分珍しいですね……」
「ええ、1人1つずつ持ってきました。そんなに珍しいのですか?」
(入手経路を聞かれるのも面倒だし……話題を上手く誘導しないとな……)
「そもそも精霊鉱石は流通が少ないですし……土の精霊鉱石なら2つ同時に持ち込まれることもありますがね……」
イオリはヴィシュに合図して、2人同時にそれぞれの持つ石をテーブルに置いた。
「こちらの鑑定をお願いします」
「「ほう……」」
鑑定士はそれぞれが担当する鉱石を手に取って鑑定を始めた。目を瞑って指を当てたり、カラーチャートのようなものと比較したり、ルーペで見たり……具体的に何をしているかは分からないが、手慣れた手付きで鑑定は進んでいき、鑑定士はそれぞれ木簡に何かを書き込んでいる。その間も、周りの商人たちはこちらをチラチラ気にしていた……。
30分ほどで鑑定は終わったようで、まずは土の鑑定士が説明を始めた。
「まずは土の精霊鉱石ですが、こちらは6等級になります。最近は7等級以上は少ないので、とても貴重な物になります。こちらで買い取りをさせていただくなら大金貨4枚と金貨5枚になります……こちらとしては、ぜひ買い取らせて頂きたいのですが……」
周りの商人たちも見守っている……。ヴィシュは冷や汗を垂らしながら指を折って計算をしている……。そんな様子を尻目にして、水の鑑定士が話し始めた。
「水の精霊鉱石は7等級になります。ガルディアでは希少ですので、こちらも是非買い取らせて頂きたいですね。鑑定額は大金貨3枚と金貨5枚になります……」
(土の精霊鉱石の方が高価なのか……確か作物が育ったりと……かなり重要な使い道が有るって言ってたからな……。水の精霊鉱石だって大金貨3枚と金貨5枚なら充分高価だし、これで工具や素材の調達は安心だな……)
イオリが頭の中で計算していると、遠巻きに見ていた商人のうちの1人が近づいてきて、テーブルの横に立った。茶髪のイケメンでイオリと同い年くらいだろうか? 両腕に青白い精霊紋が浮いている……。
「姉さん……いくらなんでもそりゃ無いだろ……?」
商人は呆れたように笑いながら話を続ける。周りにも聞こえる大きな声だ。
「この水の精霊鉱石が7等級だと? ガルディアの鑑定士は目が付いてないのか??」
周りも騒ぎを見て騒ついている。
「し、失礼ですねっ! ちゃんとした鑑定結果です! 何方かは存じませんが、騒ぎ立てるなら衛兵を呼びますよ!」
水の鑑定士は商人を睨みつけて反論している。
「俺はアルムの商人、ディーカ=ウルオリアだ。衛兵を呼ぼうが事実は変わらん。その水の精霊鉱石は6等級……そうだな……俺なら大金貨5枚は出す」
ここで一気に周りが騒ぎ出した。『アルムのディーカって……』とか『大国の豪商の……』とか『なんでディーカがこんな所に……』などと聞こえてくる。どうやら有名人のようだ。
「いいか、鑑定士の姉さん……。商売ってのは正々堂々やるもんだ。分かったか? 商人の立居振る舞いは国の格を左右する」
水の鑑定士はディーカと名乗る男を睨みつけたまま黙ってしまった。どうやら勝負がついたようだ。置いてきぼりを食らったようにポカンと見ているだけだったイオリとヴィシュは、そこでようやく我に帰った。
「すみません、ディーカ=ウルオリアさん……助かりました……」
イオリが礼を言うと、ディーカは『あの鑑定士が全面的に悪い。セコイことする奴は嫌いなんだよな……』と小声で答えてくれた。そして再び声を大きくして言った。
「土の鑑定士のあんた、水の精霊鉱石は俺が買い取る。土はそっちでってことで良いな?」
そこまで見ているだけでアタフタしていた土の鑑定士はコクコクと首を縦に振っていた。
鑑定所でヴィシュの分の買い取り手続きを済ませると、約束通りに水の精霊鉱石を買い取ってもらうためにディーカが宿泊している宿へ向かった。ディーカの部屋に入ると従者がお茶のような飲み物を出してくれた。
(おお……美味い……! 紅茶……? お茶を出す文化はあるんだな……スラム以外の知識も必要だな……)
「美味いだろ? それはアルムの紅茶って飲み物だ。かの賢者アイザックの発明品のひとつだ」
(またアイザック……どれだけテラデアに功績を残しているんだろう……?)
「これは良いですね……。何の葉を発酵させてるんですか?」
「!! あんた一口飲んだだけで分かるのか? 大した味覚だな……。俺は初めて飲んだ時は何だかサッパリ分からなかったのに……」
(おっと……あまり余計なことは言わない方が良さそうかな……)
「改めて、俺はディーカ=ウルオリア。アルムから来た商人だ。ディーカと呼んでくれ」
「はじめまして。俺はイオリ。さっきは有難うございました」
「は、はじめまして……ヴィシュです……あ、有難うございました……」
ヴィシュはまだ萎縮している。選民がよほど苦手なのだろう。ディーカは困った顔になっている。
「ヴィシュ、緊張しているのか? 俺は商売相手は全て対等だと思っている。選民下民は関係ない! 俺の前で緊張は不要だ。それにフーラ工房の名を出していただろう? フーラ工房は名の通った工房だ。その名を出したなら堂々としているべきじゃないかい?」
ディーカは優しく諭すようにヴィシュに問いかけた。
「あ……、ああ……。そうだった! 改めて、俺はヴィシュ。フーラ工房に世話になっている職人です」
ディーカは満足気に頷いている。なんて良い奴なんだろう……爪の垢を売ってもらいたいレベルだ。
「ではイオリ、改めて水の精霊鉱石を売ってもらいたい。正直なところ、俺は国をまたぐ時に税金を取られる。その分差し引いて計算してるからガルディア国内ではもっと高値で買い取りたい商人はいるかもしれない。それでも構わないか?」
「当然、構いません。俺が売りたいと思ったから売るんです」
「イオリはなかなか豪胆だな! 気に入った! あんた只者じゃ無いだろ?」
「ただのスラムの住人です。この通り」
イオリはそう言って自分の服を摘んで見せる。
「肌がスラムの住人のものでは無い……紅茶の味も見抜いていた……が、深く詮索するのは止めておこう。だが、あの精霊鉱石はスラムの住人が簡単に手に入れられるものでは無い。それが2つもだ。だがイオリもヴィシュも悪人には見えない。だから俺は興味を持った。俺は訳あって定期的にガルディアに赴いている。この宿で俺の名前を出せば手紙や伝言が届く。今後も価値がありそうな物が有ったらいちばん先に俺に教えて欲しい。俺の持論だが、価値のあるものは特定の人間に集まるからな」
「そう言うことなら、真っ先にディーカさんにお伝えしますよ」
ディーカは満足そうだ。
「本当はもっと話していたい所だが、今日は城市に呼ばれていてな……水の精霊鉱石の買い取り額は大金貨5枚と金貨2枚でどうだ?」
「さっきより高くなっていますが……良いんですか?」
「それ以上の価値がある。俺は商人、その辺りは心配無用だ」
「額は問題ありません。ただ……ひとつお願いなのですが、大金貨ではなく、もう少し細かい貨幣で支払ってもらうことは可能ですか?」
「もちろん構わん。その服装じゃ…大金貨なんて使い勝手が悪いだろうからな! ヴィシュの持っている金貨も両替してやろう」
ディーカはそう言って笑うと、『コンファル、支払いを』と数歩後ろに控えていた男に支払いと両替を命じた。
イオリとヴィシュは目的の鑑定と換金を果たし、ディーカの宿を後にした。
基地に戻るまで行きたかったのですが、長くなってしまったのでディーカと別れるまで。
次話で基地に帰還します。




