第11話 作業部屋での留守番
イオリが晴れて白弓一家の居候となって2日が経った。
昨日からヴィシュはフーラ工房へ仕事に出ているし、白弓一家の面々もそれぞれの役割を果たしに外へ出ている。
常に基地に残っているのは3人。無言のヒューイと最年少のソース。2人は毎日カゴを編んだり果実を干してドライフルーツを作ったり、子供ながらに仕事をこなしている。
そしてもう1人、何もせず中庭の椅子に腰をかけてボーッとしている安定のボケ爺だ。ボケ爺の精霊紋がもう一度見たくて声をかけてみたが、ニコニコしているだけで明確な答えが貰えなかった……。そういえば工房の親方も“名持ち”だと言っていた……精霊紋を見せてくれるだろうか?
白弓一家の基地は、現代日本とは比べるまでも無くオンボロではあるが、やはり住処が決まっていると心に余裕が生まれるものだ。心に余裕が生まれると、周りの状況も気になりだす。そして、一家全員が何かしらの役割を持っているなか、自分だけが手持ち無沙汰な状況はけっこうストレスが溜まる……。
市場に行ったり、スラムを歩いたりして社会勉強をしたいとも思ったが、それはヴィシュに『工房の仕事が終わったら一緒に行ってやるから、それまでは我慢しろ』と、止められてしまった。まあ、1人で外を歩けば高確率で迷子になるか、何らかのトラブルになることは容易に想像できるので仕方ない。
ヴィシュから作業部屋に自由に出入りする許可はもらっていたので、素材や工具を眺めて過ごしていた。
素材はヴィシュが自分で採集したものや、白弓一家の仲間から貰ったもの、仕事先の工房で余った物などをかき集めているらしく、かなりの種類と量が所狭しと置いてある。壁には作りかけの罠やスリングショットが掛けてあるが、それは素材が足りなくて途中で止まっている物らしい。
おそらく、欲しい物はお金を出せば手に入る感覚では暮らしていけないのだろう……。スラムとは、お金も無ければ、お金が有っても物が無い……なんてことは当たり前の世界なのだ。
日本時代、イオリは……なかば強制ではあったが……ギター製作の工房に週2日は通っていた。だから木工を中心としたギター作りに関わる手工芸はなかなかの腕である。芸術性はさておき、インレイ細工なども一通りできるし、そういった工房作業は好きだった。だからヴィシュの集めた素材を眺めるのは楽しかった。
素材の多くは木材をメインとした植物由来のもの、骨や皮革などの動物由来のもの、あとは虫に由来するものの3系統がある。虫系の素材は『ここらの森では良い素材は無い』とのことで、もっと危険な森の奥地や山岳部で採集されているため高価で手が出ないものが多いらしい。
一方、工具の方は素材の豪華さとは打って変わって簡素である。大きさの違う木槌、そしてフェラーメの骨で作られているというノミやカッターのような刃物、同じくフェラーメの外皮で作られているというヤスリ類、糸や縄を巻く道具など種類が少ない。
(工具を揃えてギターを作るのはどうだろう……?)
ここに有る工具だけで作るのは難題だが、『ここでできない作業は工房でやる』と言っていた。それに『金属製は高くて買えない』とも言っていた。有る所には有るのだ。テラデアでどれだけの工具が揃うかは分からない。それにギターに価値があるかも分からない。でも、イオリができることも少ないのだ。言わずもがな体力系は普通以下なので肉体労働系で活躍できるイメージは湧かない。計算はできるので商人の手伝いくらいはできるだろうが、頭脳労働も未経験だ。
(ヴィシュに頼んで工具を見に行きたいな……)
問題はひとつ、『高い』と言われる工具を買う元手だが……、それもイオリにはアテがあった。虎の子の精霊鉱石が……あと3つある。相当な価値がある筈だ。なんとか1つを換金して工具を揃えるのは悪くない作戦だと思う。
(なんせ、工具は資産だからな……)
いま思い浮かんでいるのが身近なギターというだけで、工具さえあれば、他にも色々とアイデア次第で作れるかもしれない。自分でもできそうなことが思い浮かぶと、イオリの心は高揚してきた。
(ヴィシュ……早く帰ってこないかな……)
陽が落ちる頃になると、白弓一家には仲間が1人、また1人と帰ってきて賑やかになり、その日の成果の報告会が始まる。イオリはもちろん成果など無いので肩身が狭く、そのまま作業部屋で過ごしていた。すると、いちばん最後にヴィシュが帰ってきた。
ヴィシュはメインの部屋での会話を早々に切り上げ、直ぐに作業部屋に来てくれた。
「お待たせ! 職無しで外出禁止だから退屈だったろ?」
「ああ……、退屈だったのは間違いないな。ただ、素材や工具は興味深いよ。俺、ものづくりは得意なんだよ」
「ほ〜! 何か思い出したのか? どこかの工房で働いてたとか?」
(異世界から転移してきた……って言っちゃえば楽なんだけど……まだ唐突だよなぁ……)
「いやぁ……そこまでは思い出していないんだけどな……、作ってた物とか、作り方とかは覚えてる……それで、相談なんだけどさ……」
そこまで言いかけると、ヴィシュが割り込んで話し始めた。
「そうだイオリ! その前に俺も大事な話があるんだけど……先にいいかな?」
イオリが視線で了承すると、ヴィシュは真面目な顔になって話し始めた。
「精霊鉱石のことなんだけど……あの鉱石、売っても良いかな……?」
さらに少し声のトーンを下げて続ける。
「実は……一家の誰にもまだ言ってないんだけど……俺、自分の工房を構えて手工芸の職人になりたいと思ってるんだ……。それで……イオリもこの作業部屋にいて気付いたと思うんだけどさ、工具が全然足りないんだ。いままでは工具を買うなんて考えもしなかったんだけど……親方に精霊鉱石のことを聞いてから、現実的になってきたっていうか……それで、今日親方にも相談したんだよ……」
ヴィシュは小声だが、その声には力が篭っている。
「親方は賛成してくれている……。それに、工具の扱いは早いうちから触ってた方が有利だって。ただ、工具って本当に高いだろ? だからあの精霊鉱石を売らないと買えないからな……」
イオリはそこまで聞いて笑って答えた。
「あの石はヴィシュの物だって言っただろ……。ヴィシュが好きに使って良いし、それに俺も賛成だ」
ヴィシュはホッとしたように肩の力を抜いて頬を緩めた。
「そうは言っても超貴重品だから……あ! それで親方がイオリに会いたいって言ってるんだ。明日、俺と一緒に工房に行ってくれないか?」
(ああ……親方は俺のこと怪しんでいるんだろうなぁ……。でもヴィシュの仕事先か……どんな工具があるか興味があるし……ちょっと緊張するけど……)
「もちろん……俺が怪しくないって、ちゃんと挨拶しておかないとな」
「わ、悪いな……。ところでイオリの相談って?」
「ああ、偶然にも……俺も工具が欲しくなってな。作りたいものが有るんだ……だから……解決だ」
「へ〜? 何を作るんだ? 工具はどんなものが必要なんだ?」
「ああ、ギターを作る。工具は……できれば工房で見せてもらったり、売ってる場所へ連れて行って欲しい……」
イオリがそう言うと、ヴィシュは不思議そうな顔をした。
「ギター??? なんだそれ? まあいいか。工具なら工房でいくらでも見せてもらえると思う。ある程度は金属の工具も使ってるからな」
一通りの会話を終えて、2人は仲間のいる部屋へ行き食事を済ませた。
明日は念願の外出だ。そう決まると遠足前夜のように心が沸き立つ。
そして、ギター作りをしていた日々を思い出し、ライブハウスのマスターに意識が及ぶと…、申し訳ない気持ちになった。
(マスター……心配かけてごめんな……)
イオリは眠りに就いた………。




