第10話 目覚め
ミオンは変わらない日常を繰り返す。
薪を拾い、少しの食料を集め、仲間の元に戻る。
仲間の中では足手纏いで、感謝されることは無く、後ろめたさが募る。
幼馴染のヴィシュは優しくて、いつもミオンを庇ってくれたが、そんな彼がグングンと成長し、仲間の中でもリーダー格になっていくと、ヴィシュへの感謝より申し訳無さの方が大きくなっていった。
そんな日を繰り返すうちに、少しずつ感情の起伏は小さくなっていた。
後ろめたさから逃げ出して仲間の元を離れれば、きっと生きてもいけないだろう。だから逃げ出すこともできなかった。もう2年もすれば、多くのスラムの少女がそうするように、南のスラムへ移って娼婦になるしか無い……、そんなことを考え始めていた。
そんな彼女の日常に、不意に変化が訪れた。
『変わらない日常が、今日もやってきた……』
昨日、そう平坦な気持ちで森へ向かった。そしてあの男に出会った。
その出会いはフラッシュバックのように、いまでは思い出すことも少なくなっていた父のことを鮮明に思い出させた。
(こんなに心を揺さぶられたのはいつ以来だろうか?)
自分でも自分の心の揺れ幅に驚いた。
そしてその夜は、ヴィシュの雰囲気がいつもと少し違っていた。
歳下のくせにしっかり者で、手先も器用で仕事を貰ってくる。元気だけど落ち着きがある。そんなヴィシュが珍しく歯切れが悪い受け答えをしていた。大量に持ち帰った食材について、ヴィシュは『ああ……親方から急な頼まれごとをしてさ……けっこう大変だったから給金を弾んでもらったんだよ……ははは』と目を泳がせていた。
ミオンは白弓一家に入る前からヴィシュのことはよく知っているが、あんなにオドオドしているのは珍しい。きっと何か隠し事をしているのだと思った。
あんなにたくさんの食料を買って帰るなんて………、確かにフーラ親方から大きな仕事を突貫で任された時はたくさんの給金を貰っていたことはあるが……、昨日は森へ行っていたのだ。どう考えてもおかしいだろう。
他の仲間はたくさん食べられることへの喜びが優って気付いていなかったが、ミオンは確かに違和感を覚えていた。
いつものミオンだったら、もっとヴィシュに問い詰めたかもしれない。しかし、ミオンはミオンで他のことに意識を奪われていたので、その違和感から別のことへ思考を切り替えた。
父に似た隻腕の男。
彼は……岩陰に隠してきたが……無事だろうか?
目を覚ましただろうか?
明日も会えるだろうか……?
ミオンは明日も男に会いに行くと決めていた。目覚めた彼と話をしてみたいと思っていた。
声を聞きたいと思った。
仲間との団欒は上の空で、眠りに落ちる寸前まで、ずっと男のことを考えていた。
翌朝、ミオンはそっとヴィシュを呼び出した。
「ごめん……少し多めにお芋を分けて欲しいのだけど……」
「ああ………別に構わないけど………森に行くんだろ? 気を付けていくんだぜ! ほらよっ」
ヴィシュは少し不思議そうな表情をしたが、自分も何やら隠し事をしているから……蒸した芋を多めに渡してくれた。あの男が目を覚ましているかもしれない……その時には食べ物があった方が良いだろう……そう考えていた。
ミオンはいつものように家事を済ませ、いちばん遅くに基地を出ると森へ向かった。
今日は薪を拾わずに、一目散に昨日の岩陰を目指した。
(良かった……!)
男は昨日と変わらぬまま、そこに倒れていた。分厚い胸板も上下に動いている。
ミオンは心底ホッとして、男の傍に腰掛けた。
「あ……あのう……? 大丈夫ですか……?」
………反応は無い。
ミオンは横たわる男の傍に持ってきた芋と水袋を置いて、男が見える範囲で薪を集めることにした。薪を集めながら、亡くなった父のことを思い出していた。
(よく見ると父さんより随分大きな人だけど……本当によく似ている……)
(父さんも生きていたら、あのくらいの歳になっていたかな……?)
ある程度の薪を集め、ミオンは再び男の側に座った。そしてもう一度話しかけた。
「あ……あのう……? 大丈夫ですか……?」
………。
「すまない……助かった……。」
「!!!!!」
男は目覚めていた。
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「俺はオーロという。お前は?」
「ミ……ミオン………です」
「そうか、ミオン……世話になった」
「いえ! 特にお世話なんて……」
「この岩陰まで運んでくれたのだろう? 重労働だ……」
「あ………で……でも、大丈夫です!」
そう言ってミオンは力コブを作って見せた。
「ブハッ!!」
オーロは口に含んだばかりの水を吹き出し、豪快に笑い出した。
「これは大層な剛腕だ! 失礼した!」
そう言っても、オーロはまだ笑いがおさまらない。
ミオンは恥ずかしくなって話題を変えた。
「オ……オーロさんはずっと倒れていたのに……もう大丈夫なんですか?」
「ああ……、もう大丈夫だ。たまに気を失うことがある。気を失うというより、身体が動かなくなるのだ。その間も意識はある。ミオンが俺の身体を動かそうと奮闘していた時は……お前の腕が折れるのではとヒヤヒヤしておった」
ミオンは話題を変えたのに恥ずかしさから解放されず、モジモジしている。オーロはその厳しい風貌からは想像もできない優しい笑みのまま話を続けた。
オーロはたまに気を失うように動けなくなることがあるらしい。でもその間も意識はあって、自分の周りの状況は理解しているという。だから昨日ミオンが世話をしてくれた一部始終も知っていた。オーロは用事があって15日ほど森の中にいたが食料が尽き、街へ調達しに行く途中だったそうだ……。そこまで聞いて、ミオンはハッと思い出した。
「あ、あの……これ……」
オーロは目を見開いて驚いている。ミオンが差し出したのは蒸した芋だ。
「俺にか……?」
ミオンがオーロの掌に芋を乗せると、その巨大な掌の上でずいぶん小さく見える。
「はい……食べてください……これしか無くて……」
「ありがとう……。ありがたく頂く。まともにメシを食うのは6日ぶりだ……」
そう言って、オーロはさらに表情を崩してミオンの頭を撫でた。ミオンはそれがとても嬉しかった。人に感謝されるのは久しぶりだし、頭を撫でられるなんて、恐らく7年振りだった。
2人は芋を食べ終わると、再び会話を続けた。
オーロは人に会うために森に来て、ずっと待ち続けているのだという。本当ならば食料を調達してすぐに森の中に戻る筈だったが、動けなくなってしまった。だから直ぐにでも森に戻りたいと言う。
「奥の祠は知っているか……? 俺はあそこに直ぐにでも戻りたい。祠で人を待たないといかんからな。そこで……ひとつ頼まれて欲しいのだが、食料を持てるだけ、祠に持ってきてはもらえないだろうか?」
ミオンは少し考えてから答えた。
「あの……ごめんなさい……私、貧乏で……そんなに食料を集められるか……」
そこまで言うと、オーロはミオンの手を取って、銀貨を握らせた。
「釣りは要らん。余ったらミオンが使え」
銀貨は10枚もある。ミオンが運べる量の食料なんて、銀貨2枚もかからないだろう。
「こ……こんなに受け取れません……! 食料は持っていくのでこれは返します!」
そう言って銀貨を8枚、オーロの掌に握らせた。
「ずいぶん欲が無いのだな……。本当に申し訳ないが、他に頼める者もおらん。頼む。俺はすぐ祠に戻る」
ミオンは力強く頷いて了承すると、オーロは安心した顔になって森の奥へ視線を向けた。そして去り際に言った。
「ミオン……」
「俺は必ずお前に恩を返す。必ずだ。覚えておけ」
ミオンはその時、初めて花のような笑顔で笑った……。
そしてオーロは急ぎ足で森に消えていった。
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ミオンは薪を背負って白弓一家の基地へと向かって歩いていた。
薪の量は少なく、いつもだったら暗い気持ちになるところだが、今日のミオンは違っていた。
オーロに頼み事をされたことが、なんだかとても嬉しかった。何を買っていこうか考えるのが忙しくて、落ち込むことを忘れてしまっていた。
(明日、また会えるんだ……)
そう思うと足取りは軽かった。
白弓一家の前まで着くと、建て付けの悪い戸の向こうから、いつもより騒がしい声が聞こえてくる。
「ただいま……ごめん、遅くなって……」
そう言って部屋を見回すと、全員が揃っていて一斉にミオンへ視線を向けた。
「おかえり、ミオン」
「遅いよ〜」
仲間たちが思い思いの声をかけてくるなか、バックとヴィシュの間に見慣れない男が立っている。スラムの住人にしては珍しく、肌は白く、服も真新しい。表情も柔和だ。
そして、バックとヴィシュが新しい仲間だと紹介してくれた。
「はじめまして。俺はイオリ。縁があってヴィシュの仲間にしてもらった。これからよろしく」
そう言ってイオリは右手を差し出す。
ミオンはその手をそっと握り返した。
「はじめまして……、イオリ。私はミオン。よろしく」
昨日までのミオンより、その声はほんの少しだけ張りが有った。
オーロとイオリ。
この2人との出会いがミオンの人生を大きく変えていく。




