塩小さじ5
「ようこそいらっしゃいました、ユーリ・デルタ王太子殿下」
数日後、王太子殿下がお供と近衛を連れてやって来た。大人数で来るかと思えば、意外に少数だった。
「突然の申し出を快く受けてくださり感謝する、アンデラ嬢」
金色の短髪は前髪が真ん中で少し分かれており、全体は軽く巻かれている。
(天パかな?)
私より2歳歳上の王太子殿下は、流石の品格がありイケメンである。
近衛隊と色違いの白い隊服を着こなし、帯剣している姿は大人の風格を醸し出している。塩、塩言っている私とは大違いだ。
何より、淡い色の赤い瞳が、岩塩のようで美しく、思わず見入った。
「アンデラ嬢、早速だが……」
殿下の言葉で我に返る。
「お疲れでございましょう! 夕食を準備しておりますので、ぜひ召し上がっていってください!」
「ああ、ありがとう。そうさせてもらうよ」
殿下に本題に入らせる前に私は先手を打った。
(よしよし、塩を売り込む作戦開始ね)
「お嬢様、お顔……」
ルーナが呆れながらも注意してきたので、慌てて淑女の顔に戻す。
いつも塩田作業のため農夫のような格好をしている私も、今日ばかりは綺麗なドレスに身を包んでいる。それでもレースやら飾りやら控えめにしてもらったが、動きにくいこと、この上ない。
お父様の案内で屋敷に入っていく殿下。
「あ、あなたたちもどうぞ」
お付きの人は一緒に入って行ったけど、近衛隊は外で待機していたので声をかけた。
「え?」
近衛隊の隊長らしき逞しい人が驚いてこちらを見た。
「お食事、皆さんの分もありますから」
「私たちにも……?」
近衛隊の人たちはお互いに顔を見合わせながら、ざわざわとしていた。
そもそも、もっと大勢で来ると思っていたので仕込みすぎたくらいだ。
「もちろん殿下たちとは別室になりますが、どうぞ」
「ありがたい……!」
近衛たちは何故か感謝しながら屋敷内へと入って行った。
「普通、従者の分まで用意しないんですよ」
キッチンに着くと、先に料理に取り掛かっていたルーナが教えてくれた。
「えっ、じゃあご飯どうするの?」
「持ってきた常備食をお庭で食べるとか?」
「えっ、それは迷惑ね」
動きにくいドレスにエプロンを結びつけ、手を洗う。
「ふふふ、じゃあ、殿下を塩漬けにする作戦、スタートしましょうか」
「お嬢様、言い方……」
もはや諦めた顔のルーナのツッコミは精彩がない。
「アンデラ様、指示お願いします!」
するとキッチンからは次々に声が上がる。
「はい、ただいま!」
私は元気よく返事をした。
今日この日のために、料理を手伝ってくれる人を領民から募った。塩田で働く職人の奥様たちで、私とルーナだけではさすがに回らなかったので助かる。
久しぶりにキッチンが活気に満ち溢れ、嬉しくなった。
「じゃあ運ぶわね」
キッチンをルーナたちに任せて、私はラントと一緒に食事を運ぶ。最初に殿下とお父様がいる客室で、次に近衛隊たちの所だ。
最初は前菜。我が領で収穫したトマトとチーズを合わせたカプレーゼ。
私秘蔵の塩の花を出し惜しみなく使った一品だ。
エプロン姿で登場した私に、殿下は最初は驚いた表情を見せたけど、すぐに笑顔を作った。
御前に皿を置くと、「ありがとう」と微笑んだ。
事前に家の事情を知っていても、実際に見ると、やはり驚かれたのだろう。
(すぐに王太子殿下の顔に戻られるとは、流石ですね)
謎の称賛を心の中でしながら、私は殿下の反応を待つ。
カプレーゼを口に入れた殿下の瞳が大きく見開かれる。
「これ、は……」
「大粒の塩を使用しておりますので、塩気がじわじわと口の中でやってきますでしょう」
驚く殿下に私は得意げに説明をした。
「これは、塩なのか? 柔らかく、溶けていったぞ」
「そういう塩ですので」
驚く殿下に心の中でガッツポーズをした私は続いて料理を出していく。
スープには焼塩、魚料理にはザルト塩田の天日塩、そしてメインディッシュの鹿肉は、お父様が狩ってきた物。
もう掘削されていない貯蔵の岩塩を泣く泣く削り、ハーブを数種類混ぜて見た目も鮮やかにした、シーズニングで味付け。
「……旨い……! 鹿肉がこんなに柔らかくて旨くなるのか……?」
「それも塩の力で肉を柔らかくし、旨味を出しています」
感動する殿下に私はまた得意げに説明をする。殿下は感心しながらも私の話を聞いてくれているようだった。
(理不尽な王族だと思っていたけど、意外と良い人?)
焼塩の件もあって王族に良い印象を持っていなかったけど、素直に美味しいと料理を口にしてくれる王太子殿下に、私は単純ながらも考え直す。
「ところで……今日の料理、塩が多様されていたように思いますが……殿下に仇なすおつもりで?」
食事を終えると、殿下のお付きがギラリとこちらを睨んで言った。
(えっ、それ、食べ終わってから言うの?)
お付きも美味しそうに食べていたのに、いちゃもんつけるなんて……と思いつつも、想定内である。
「ルーナ」
私はルーナに目配せして用意していた物を彼女から受け取る。
皿には今日使った量の塩が盛られている。
「今日お料理で使った塩の量です」
それを殿下とお付きの前にドン、と置く。
「これだけでこの味を……?」
「食材と相性の良い塩は少し使うだけで美味しくなります。塩を使い分けることによって減塩にもつながるんですよ?」
「今日の料理の塩は全部違う種類の塩だったと?」
驚く殿下に畳み掛けるように説明すると、彼はますますその岩塩のような瞳を大きくさせた。お付きの人も驚いて声が出せないらしい。
殿下に私はにっこりと笑って決め台詞を言った。
「殿下、よろしければ塩田をご覧になりませんか?」
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