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塩小さじ4

 ザルト領はもちろん海に面している。


 私の可愛い可愛い塩田は、海のすぐ近くにある。


「よしよし、海水は付着しているようね」


 塩田の土をすくい上げ、確認する。


 私の小さなこの塩田は、海の干満差を利用して海水を引き入れてある。塩田周囲の溝から毛細管現象により海水が行き渡るのだ。“入浜式塩田”という方法で、これも前世の知識を総動員して作った物。 


「よいせ」


 私は土を樽に集める。そこに海水をかけて濃縮した海水を釜に移す。そして火魔法で煮詰める。


 結構な重労働である。ラントとルーナが時々手伝ってくれるとはいえ、私一人で作るには限界があり、また色々な実験をしたいがため、量はさほど作れない。


「ああ、綺麗……!」


 塩田のすぐ横に小さな小屋がある。


 その中で塩を煮詰めていると、トレミー状の塩が表面に浮かんできた。一番塩は塩の花とも呼ばれる希少な物だ。


 私はその塩を丁寧にすくい取り、風当たりの良い所に移す。


「だいぶ集まったわね」


 ずらりと並ぶ塩の花に私は得意げに独り言ちた。


 一粒手に取り、口に入れる。


「んん……! スッキリとしつつ、後からくる旨味……! 魚に合いそう!」


 塩の出来に思わず感動する。


 塩と食材のペアリングを考えるのが一番幸せな時間だ。あ、違った。一番は考えたペアリングで実際に食べた瞬間。


「天ぷら食べたいなあ……」


 ポツリと詮無きことを呟く。


 油も光魔法を扱える人もこの領では出会えない。


 その二つがあれば私の塩ライフが格段に輝きを増すのに。


「あーあ、王族とかに生まれていたら違ったのかしら」

「王族に生まれていたら塩作りなんて、できないですよ」

「ルーナ!」


 いつの間にか小屋の入口に立っていたルーナが呆れた顔で私を見ていた。


「そもそも貴族のご令嬢が塩作りをしていることもおかしいのですが……」

「いいじゃない、『忘れられた』貴族なんだし。私、変態だし?」

「お嬢様は変態なんかではありません!!」


 お小言気味だったルーナに自虐的に笑ってみせれば、ルーナは真面目なトーンで声をあげた。


「えっ……と、ルーナ?」


 驚いて恐る恐るルーナを見れば、彼女は悔しそうに言った。


「お嬢様は綺麗だし、塩バカですけど天才ですし、何よりこの領を、領民を愛してくださっています!」

「途中、悪口も入ってない……?」


 少し涙目のルーナに私は、はにかみながら彼女の手を取った。


「ルーナ、ありがとう。でも私、変態って呼ばれるの嫌じゃないのよ?」


 前世、神と仰ぐ人は、「私、塩の変態だから」と言って笑っていたのを思い出した。私もその神と同じ領域に入れたのではないかと嬉しく思う。


「お嬢様、その考えこそ変態です」

「辛辣!」


 いつもの調子に戻ったルーナと笑い合う。


「あ、そうだ、お嬢様、旦那様がお呼びです」


 私を呼びに来た理由をルーナがしれっと告げる。


「えええ……、私、まだここにいたいんだけど」


 渋い顔でルーナに言えば、小屋の入口からお父様の声がした。


「そう言うと思って私が来たよ」

「お父様!?」

「アンは呼んでもいつも塩優先だからな……」


 ため息混じりにお父様が漏らす。娘の行動パターンが読めてきたので諦めて自ら出向いて来たらしい。


「スマド伯爵家のお茶会なら、参加しませんからね!」


 先手必勝とばかりに私はお父様に告げた。


 目の前の釜に向き直り、火魔法を注いでいく私にお父様は呆れながらも言った。


「それはわかっているよ……。それよりも重大なことだ」

「重大なこと?」


 このザルト領は海に面していて、他国に脅かされることは無い。なぜか魔物も出ない。街道沿いに出る魔物討伐のために王都から騎士団が派遣されて常駐はしているけど。


 そんなザルト領に起こる重大なこととは何だろう?と首を捻っていると、お父様がゴクン、と喉を鳴らしてから言った。


「アン、王太子様が我が領に視察にいらっしゃる!」

「へ」

「王太子様が……」

「ええええええ!!」


 本当に重大だった。お父様が、固まる私に二度告げようとした所を思わず遮って叫んでしまった。


「……お嬢様」


 ルーナがはしたないですよ、と言わんばかりに咳払いをする。


「それでだな、アン」


 驚く私にお父様が追い打ちをかける。 


「お前と話をされたいそうだ」

「私に? 何で?」

「アンは、火魔法の使い手としても優秀だからな。隣国への火魔法石の出荷は国の肝いり事業だし……」


 ああ、なるほど。


 お父様の説明に納得がいく。


 隣国のバーラルディルはデルタ国と並ぶほどの大国で、軍事力に優れた国だ。豪雪に悩まされるほどの雪国でもあり、その雪が更に国の擁壁となっている。


 そのバーラルディルはデルタ国とは友好国で、魔法が発展する我が国の魔法石を輸出することで、他国からの脅威を牽制してくれている。加えて、武器製造にも精通していて、デルタ国の魔法石と掛け合わせて造る研究も進められているのだとか。


 その中でも火魔法を込めた魔法石が雪を排除するのに重宝され、バーラルディルに多く輸出されている。


「王都には魔法局があって、そこで働く人もいっぱいいるでしょ。今さら私の火魔法に用があるとは思えないけど?」

「アン、確かに我が国は魔法が発展して大きくなった。しかし大きくなった分、魔法そのものが足りなくなってきているんだよ」


 面倒くさそうに話す私に、お父様は諭すように言った。


「結局は魔法に頼りすぎて後先考えず来た結果、後戻り出来なくなったんでしょ」

「お嬢様……言い方」


 普段自分も辛辣なくせに、ルーナから注意された。


 まあ、便利な生活からは戻れないからね。そんなの前世の記憶がある私もわかるからね。


 ただ富のあるものたち限定なのが気に食わない。


「私、この領民と塩のためにしかこの魔法は使いませんから」

「アン〜」


 きっぱりと告げた私にお父様は涙目になってしまった。


 ん、待てよ? と思う。


 雪……、魔法……


「そうだ! 王族に塩の良さを伝えるチャンスだわ!」


 へっ、とお父様とルーナが固まる。


「お父様、私、王太子殿下を接待します!」

「本当か? ありがとう、アン!」


 私の言葉にお父様が笑顔になる。


(そうよそうよ、上手く行けば塩を売り込めるじゃない!)


「お嬢様、悪いお顔になってますよ」


 ニヤニヤする私にすかさずルーナが突っ込んだ。それに私も乗っかる。


「王太子殿下を塩漬けにしてあげるわ」


 いひひ、と笑う私にルーナは表情を変えずに言った。


「お嬢様、それは極刑になります」

「辛辣!!」

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