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塩小さじ2

「おはよう、アンデラ」

「おはようございます、お父様」


 食事をルーナと一緒に運びながら食堂に向かうと、お父様がテーブルについていた。


 私の髪がローズピンクなのも、お父様が赤い髪をしているおかげだと、密かに感謝している。金色の瞳はお母様譲り。


「今日はオムレツかい? アンの作るオムレツは美味しいから嬉しいな」


 ニコニコと笑いかけるお父様に嫌な予感がして、私は先回りする。


「お父様? 私、行きません(・・・・・)からね?」

「アン〜」


 お父様の残念そうな表情に、やっぱり、と思う。


「でも、隣接するスマド伯爵家からの招待状だよ?」


 父はスマド伯爵家の封蝋がされた封筒を見せながら、情けない声を出した。


「伯爵家ならばお断りできるでしょう。うちは忘れられたとはいえ、公爵家なのですから」

「でもそれじゃあ、この公爵領はどうするのさ」

「私が立派に跡をついで、その後は養子でも取りますわ」

「それじゃあ可愛い孫の顔を見れないじゃないか」


 ばっさりと切ると、お父様はしょぼくれた顔で言う。


(やっぱり、それが本音か。ていうか、可愛く言えば私が聞くと思っているのかしら!?)


 別に女性が一人生きていくくらい、前世では普通だった。


 ただ、このザルト領は私にとって塩天国なので、誰の手にも渡したくないし、お取り潰しもごめんだ。


 だから私がしっかり跡を継いで、優秀な養子でも迎えいれようと考えているのだ。


「でもこんな領に養子に入ってくれる優秀な子なんて見つからないんじゃない? やっぱりお婿さんを娶ったほうが……」


 お父様は私の結婚を諦められないらしく、笑顔で食い下がった。


「それならそれで、私はこの塩田たちと心中しますわ! 私は生きている間に塩に囲まれればそれで良いですもの」


 なんなら死後は塩漬けでミイラにしてもらおうかしら?


「アンの親不孝者! 塩バカ!」


そんなことを考えていると、お父様はへそを曲げて、

先に出されたオムレツをもぐもぐと食べ始めてしまった。


「お嬢様も朝食にしましょう」

「そうね」


 いつものやり取りに慣れたルーナは、黙々と私の席に朝食を準備してくれていた。私は席について食事を取る。


「あれ、今日、ラントは?」


 いつもお父様、私、ルーナ、執事のラントの四人で食事を取っていた。お母様が亡くなってからの習慣だ。 


 未だに拗ねているお父様からは返事がない。変わりにルーナが答える。


「ラントさんは塩田の様子を見に行かれましたよ?」

「え、ずるい!」

「……お嬢様……」


 ルーナの返答に思わず立ち上がれば、はしたない、という目で見られる。


(朝食を終えたら私も行こう……)


 私は黙って着席すると、朝食を続ける。


(はー、やっぱ美味しい)


 オムレツを口に運び、私はすっかりご機嫌になる。


 ザルト領で取れた塩を私が火魔法を使ってサラサラに仕上げた、特製の塩。必要に迫られて作った物だけど、卵に合うとわかってからは、朝食に重宝している。


「アン、塩が好きなのはわかったけど、君の将来の幸せも考えてみてくれるかい?」


 朝食を終えたお父様は立ち上がると、そう言い残し、食堂を後にした。


「旦那様もお嬢様が心配なんですよ」

「わかってるよ……」


 ルーナが諭すように言ったので、私は口を尖らせて答えた。


(貴族令嬢なんて、良い結婚相手捕まえてナンボだもんね)


 つくづく、アンデラに生まれ変わった環境は嬉しいけど、面倒くさい。


 このザルト領の塩田は、国の自然保護区に指定されていた、神聖な物。塩がまだ必要とされていた時代は職人さんも大勢いて、活発だったとか。


 しかし、今ではほんの僅かな塩しか供給を必要とされていない。職人は除々に少なくなり、塩田も縮小の一途をたどるばかり。


 そんな塩田ごと、この領を押し付けられたのが先代公爵のお祖父様である。それを継いだお父様。人がよくて気弱なお父様。私は大好きだけど、貴族社会に向いていないと思う。


「この領の将来を考えると、私のことを心配してくれていることくらいわかるわ」

「だったら、旦那様のお話にもう少し耳をお貸しなされませ」 


 ルーナはため息混じりに言うけど、私はギラッギラに男漁りをする社交界(あの場)が苦手だ。


 デビュタントで王都に行ったとき、出会う人々に塩の素晴らしさを語ったら、引かれてしまった。


『おい、お前、本当に公爵令嬢か? ただの塩の変態じゃないか』


 そう言ったのは確か、お父様が招待状を受け取ったスマド伯爵家のとこのバカ息子だ。


(塩を馬鹿にした振る舞い、許すまじ!)


 それから私は社交界に顔を出すことは無くなった。深層のご令嬢はすっかり忘れられ、だからこそあの変態呼ばわり伯爵令息がいまさら声をかけてきたのだろう。


 貧乏だろうが忘れられようが、腐ってもうちは公爵家だ。その肩書きに目を付ける貴族はいる。


「私の塩語りについて来られる人なら考えても良いんだけどねえ」


 朝食を済ませ、紅茶を自ら入れる私にルーナが片付けをしながらも白い目で言った。


「お嬢様、それは一生無理だと思います」

「辛辣!」


 紅茶に目を落とし、そうだよなあ、と私は肩を落とす。


 私は塩があれば一人でも良いんだけど。


「はあ……天ぷら食べたい……」

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