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塩小さじ1

 塩は石こうと同じくらいの硬度だと知ったとき、美術室に置いてある、あの女の人の像を思い出した。


 あの像が全て塩で作られていたなら、なんて最高なんだろうって。


 塩は綺麗で面白くて奥深い。何より、食を豊かにしてくれる。


 私が一番好きなのは天ぷら!素材を美味しく食べられる最強の組み合わせだと思う。


 給料日の夜、私はいつも持ち歩いている塩パレット(・・・・・)を握りしめ、お気に入りの天ぷら屋さんに向かった。


 しかしその日、私が天ぷらを口にすることは無かった。どうやら生涯を終えた(・・・・・・)らしい。



「お嬢様――? アンデラお嬢様?」

「おはよう、ルーナ」


 このお屋敷でたった一人のメイド、ルーナがキッチンに入ってくるなり呆れた声で言った。


「お嬢様、また塩水を飲まれていたのですか?」

「だってルーナ、味覚は鍛えられるのよ? 塩の繊細な違いがわからないなんて、考えられないわ!」


 黒い髪を後ろで一つに結わえるルーナは、私よりも十歳年上で、メイドというよりお姉さんのような存在だ。


 そのルーナが、聞き飽きたかのように言った。


「はいはい、アンデラお嬢様は塩が大好きですもんね?」


 私、アンデラ・ザルトは忘れられた公爵家と言われる、ザルト家の一人娘。このローズピンクの髪の色が岩塩みたいで気に入っている。残念ながら瞳は金色だけど。


 幼い頃、熱中症で倒れた私は、本能的に塩水を摂取しなければ、と思った。


 塩水を口にした私に、前世の記憶が流れ込んできたのはその時だ。


 いつの間にか前世の生を終えていたことも、異世界転生ってやつにも驚いたけど、私はそれ以上に思ったことがあった。


『味覚を鍛えるなら今から始めないと!』


 幼い子供ほど味覚に敏感で、その違いがわかる。大人になるほど鈍感になっていくので、私はそれから塩水を毎朝飲んで鍛えるようになった。そして15歳の今に至る。


 ちなみにこの方法は、前世で私が崇拝していた、塩の神の教えである。その神が開催するワークショップにも足繁く通った。


「でもお嬢様、塩はこの公爵家と共に忘れられてしまっているのに……」

「はっきり言うわね……」


 ルーナが片頬に手を置いて、残念そうな表情を見せたので、私は半目になる。


 そう、この世界に塩は必要とされていない。


 魔法が発展したからだ。


 昔、保存食や貯蔵室に重宝されていた塩。ましてや人類の生命維持には必要不可欠なのに。

 

 魔法があるから保存が可能、塩いらない。魔法で練り上げられた魔法薬があるから、塩いらない。


「はああああ……」 


 私は盛大な溜息を吐き出す。


(塩は金の重さと同等に交換されたっていう逸話も残るくらいなのに!)


 どうやら私のいた前世とは何もかもが違う。魔法が発展している、ってだけでむしろ進んでいるのか?


「あーあ、野菜も魚もお肉も、似たような素材はあるのに!」

「お嬢様? 訳の分からないこと言ってないで、朝食の準備をしますよ?」

「はーい……」


 嘆くまでがお決まりの私の行動に、ルーナは気にもとめずフライパンを取り出し、朝食の準備を始める。


 そんなルーナを恨めしい顔で見ながらも、私は手を動かす。


 塩にこだわる私は、こうしてルーナと一緒に食事作りをしている。というか、このザルト公爵家に使用人はルーナと執事のラントの二人だけ。


 お母様は病気で他界し、お父様と二人きり。二人のことは使用人というより、家族のように思っている。


 そういうわけで、自分のことはもちろん、食事作りも率先してやっている。というか、やらせて欲しい。


(塩を変えることによって食事の味が変わるのに、この国の人たちときたら……)


 私は卵に塩を加えて混ぜる。この国への不満を思い、つい力が入った。


「でもお嬢様の作るお料理が美味しいのは確かですよね!」

「この塩のパレットが埋まったらお料理も、もっと美味しく出来るのに……」


 私は20個の仕切りがある透明のパレットを見て、寂しくなる。半分も埋まらないそれぞれには、代々我が家が守るザルト塩田(年々縮小)の塩、我が領の岩塩層から掘削された岩塩(現在閉鎖中)、そして私が密かに作っている海水塩(趣味)のサンプルたち。


「それだけあれば充分じゃありませんか?」


 私が塩で味付けた卵を受け取り、フライパンで焼いていくルーナ。


「いやいやいやいや……」


 はああ?という顔でルーナを見るも、彼女はまったく興味が無さそうだ。


(初めて複数の塩で色んな料理を振る舞った時は感動してくれたのに……)


 やっぱりこの数では塩の違いによる魅力を伝えられていないらしい。


「お嬢様、そんなことばっかり言っていると、また変態って呼ばれますよ」


 すっかり四人分のオムレツを作り上げたルーナが残念そうに言った。


「変態? 塩の変態だからその通りじゃない」


 きっぱりと告げると、ルーナはがくっと肩を落としていた。


「お嬢様は可愛らしいのに、私は悔しいです」


 どうやら、私がデビュタントで言われたことを未だに根に持っているらしい。


 私はそんなことはどうでも良かった。


 このザルト領は、忘れられた公爵家と言われる通り、裕福ではない。でも塩はあるし、自給自足で野菜も魚もお肉も手に入る。それを美味しく仕上げるのは私のやりがいである。


 しかし、食材も小麦粉もあるのに、無いものが一つ。油だ。


 油は一部の貴族しか手に入れられない代物だ。それは希少な光魔法に匹敵するほど。


 平々凡々な私は火魔法が使えるだけ。でもそのおかげで燃料費がかからなくて良い。


 色々な魔法を石に閉じ込めて、王都では売られているらしい。人々はその魔法石を使い、豊かな暮らしをしているのだとか。


 豊かな暮らしをしたいとは思わない。私の願いは一つだけ。


「ああ、天ぷら食べたい」

 

沢山のお話の中からお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じていただけたら、広告の下の↓評価☆☆☆☆☆から応援していただけると励みになりますm(_ _)m

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