8 孫娘のエルマー
「おぉ…!!よくぞ…!!まさか本当に達成してくれるとはのぅ!!」
スライムからヴァレマーリを取り出し、床に転がして見せると心配気だったテルマーさんの顔がみるみる晴れてゆく。応接間にはもう一人人がいた。若い女性でどことなくテルマーさんに似ている。
「お祖父様。ずっと心配だったのはわかりますが、もう少し落ち着いて下さらないと。皆様初めまして。私、ギルド本部長のエルマーと申します。以後お見知り置きを。」
なるほど。儂の孫は女だと言っていたが、いやはや本部長だったとは。
「…ふふ。不思議ですよね、私が本部長なんて。元々はお祖父様が本部長だったのですが、もう年齢が年齢と言うことで私を後身に指名して支部に移動されたのです。」
テルマーさん、元々本部長だったのか。
「でも、テルマーさんはまだまだ現役に見えるが…なぜわざわざ不便な土地に?」
「儂は外交や書類仕事というもんが苦手での。それに…」
「…それに、なんですか?お祖父様。」
エルマーさんの眼光を受けてテルマーさんが縮み上がる。力関係が透けて見えるようだ。というか、二人とも名前が似ていて紛らわしいからもうじいさんで良いか…。そのうち呼び間違えそうだ。
「さて、それはそれと…。此度の潜入、および対象の捕獲…よくぞやり遂げてくれた!改めて例を言わせてくれ!」
「これで、ギルドにとって最大の問題がひとまず片付きました。私からも是非ともお礼をさせて下さい。情報を集める事はできても、作戦の結構まで私達がするわけには立場上いかなかったので、困り果てていた所でした。」
「いや、俺は自分にとっての危機を排除したに過ぎない。それに、その情報があったからこそ……」
「どうしたのじゃ?」
「その…実は潜入にはある意味失敗したんだ。館の戦闘員ほぼ全員ぶっ倒してしまった。」
「それは…よく無傷で帰ってこれましたね…上級の探索家であっても無傷とは行かないでしょう。自身の館に置く護衛はそれなりに腕が立つもので固めていましたから。」
「そうですよー!ノインさんは最強なんです!前から異常だったのに、今回はもう人間離れしてました!髪の毛も赤くなって、全身凄い熱気でしたもん…別人かと思いました」
「俺はそんな事になってたのか…まぁ、とにかく運が良かった。」
「……赤い髪、人間離れ…。それは興味深い話ですね。どういったスキルをお持ちなんですか?」
「今回はよく分からないが、基本的に身体能力強化と火炎系のスキルだ。」
「…そうですか。すみません、藪から棒に。では今後の話をしましょうか。」
そう言って、別の部屋から一人の女性を連れてきた。
「ヴァレマーリをここに連れてきた時点で私達の勝ちです。その理由がこの者、“覗き姫‘”です。」
「…こんばんは…」
大人しそうな少女だ。歳はミコナや俺とそう変わらないだろう。ヴァレマーリを連れてきた所で、証拠が無ければむしろこちらの立場が悪くなるだけでは?と思っていたが、そう言うことか。なるほど。流石に良いスキル保有者を抱えているな。
「この者にヴァレマーリの脳内を覗かせます。手順や方法は…すみません、万が一のためお見せできませんが」
「いや、構わない。むしろ、この子を俺たちの前に連れてきた事が最大限の信頼の現れだと受け取らせてもらう。退出した方が良いか?」
「…ありがとうございます。お二方はこのままこちらで疲れを癒して下さい。我々は別室にて…」
エルマーさん、じいさん、覗き姫の三人はヴァレマーリと共に別室に移動した。
「…ね、ノインさん」
「おじいさん、ついて行きましたけど、何しに行ったんですかね?」
「確かに。用心棒とかだろうか?門外不出と言うか誰にも現場を見せるわけにはいかないから、万が一の事態が起こっても他の人間を呼べないだろ?じいさんがなんとかするしかないんじゃないか?」
「ヴァレマーリが暴れ出したら、って事ですね。なるほどなるほど。でもおじいさん…戦えるんですか?」
「…いや、それはなんとも…下手したらミコナでも勝てたりしてな」
「それは…戦力外も良いとこですね…」
くだらない話をしていると、三人が帰ってきた。ヴァレマーリの姿は見えない。
「お待たせ致しました。これで大体の事が片付きました。」
エルマーさんが一枚の紙を見せる。
「これらは、奴の悪事とその証拠たり得る物の在処です。これらを迅速に押収、そのまま国の司法機関に提出する予定です。」
「これが奴の悪事の全てなのか?」
「いえ…残念ながら全てではないでしょう。これから時間をかけて余罪も調べ上げ、一生牢から出られないように積んでいく予定ですよ♡」
…恐ろしい人だ…。今まで出会ってきた人間の中で一番怖い。何があっても絶対に敵に回してはいけないタイプだ。
「じいさんが支部長に退いた理由がわかったきがするよ…」
「ふふ…それはそれは…。」
「そうじゃ、おぬしに今回の件の礼をさせて欲しいのじゃが。何か要望などはないかの?出来る限りの事をさせてくれ!」
「…そうか。降りかかる火の粉を払っただけだが、しかし俺もまだまだ駆け出しの身。正直手助けしてもらえるというなら願ったり叶ったりだ。少し考えさせて貰っても良いだろうか?」
「えぇ。もちろんです。御二方で熟考なさってください。追々という形でもかまいません」
お言葉に甘え、二人でああでもないこうでも無いと相談した結果、なんとか答えが出た。その間じいさんがニヤニヤとこちらを見ていたが、まぁ気付かないフリだ。大方、こいつらくっつかんかのう、とか考えているんだろう。
「すまない。待たせたしまった。こちらから希望するのは、二人で住める住居、それと消耗品の継続的な援助。さらに、利益率の高いクエストをいち早く斡旋してほしい。どうだろう、少し欲張りすぎただろうか…?」
「いえ!むしろ慎ましいとさえ言えます。加えて、買取金額の割り増し、当面の資金として300万ゴールドの給付等は如何ですか?」
「ふぇ…ノインさん、聞きました!?一生遊んで暮らせちゃいますよ私達!!」
いや、一生遊んで暮らすなら1億は必要だと思うが、かなりの大金には違いない。ありがたく受け取っておこう。
「では、それらも有り難く受け取らせて頂こう。だが、やはり貰ってばかりと言うのもスッキリしない。これからも何か問題が起きたら相談してくれ。汚れ仕事は困るが、それ以外なら力になる。」
「何とも嬉しいお言葉です。たった一人でヴァレマーリの部下を壊滅させたノインさんのお力添えとあれば、大変頼もしいです」
「うむ。その通りじゃ。さて、今晩ももう遅い。良ければまた泊まっていってくれ」
「何でしたら、次の住居をこちらで手配するまでずっと滞在して頂いてかまいません」
「何から何まで有難う。では、今日は休ませてもらおう」
来客者用らしき寝室に案内された俺は、すぐさまベッドに倒れ込んだ。一人になるとどっと疲れが出たみたいだ。それにしても、今日のは一体…。父さんと修行していた頃もこんな状態になった事はなかった。体に支障が無ければ良いが。とりあえず、今日はもう寝よう。考えるのはまた明日…だ。
「ノインさん、おきてますか…?」
どうやらノインさんは寝ているらしい。困りました。いやほんと。これじゃあノインさんの寝室に忍び込んだ女みたいじゃないですか?なんてことを考えながらも、部屋に入り扉をぱたんと閉めるのです。ここまで来たらもう仕方ない。勝手に寝ているノインさんが悪いという事で。我ながら思考回路がめちゃくちゃですが、あんな事があったので仕方がないと思います。
(話し相手になってくれないならせめて抱き枕にくらいなれ!…っと)
服も着替えず、布団も被らずにベッドに横になっているノインさんに、布団をかけて私も忍び込みました。なんだかすっごく悪い事をしている気分なのですが、それもまた原動力となっているような…?不思議ですね。もしかして、さっき飲んだお酒のせいでしょうか。部屋に入ると置いてあったので飲んでみたのですが、ポカポカしてぼーっとします。まぁ、細かいことは気にしません。今日の所は抱き枕。それで勘弁してあげます。
「…おやすみなさい…ノインさん…♡」
そして朝になった。なったのだが…。
「これは一体…!?」
布団の中に何かが居るような気がしたので恐る恐る開けると、ミコナが横で丸くなって爆睡していた。猫みたいなやつだ…って、そうじゃない。
「おい…なんでここで寝てるんだお前は…」
無防備な事この上なし。じっくりと眺めていたいが、なんとか理性が勝利した。再び布団をかけて揺さぶる。
「…うぅん…?どうしてのいんさんがとなりに…すや…」
「…!?のの、のいんさん!?なんで一緒に寝てるんですか!?」
待て待て、まるで俺が忍び込んだみたいな言い方をするな。危うく俺が忍び込んだ側かと不安になったじゃないか。
「それは俺のセリフだ…。なんでお前がここに?」
「…はっ…思い出しました…!昨日、部屋に置いてあったお酒を飲んで…それから…それから…ごめんなさいぃぃ!」
「酔ってねぼけて部屋を間違えたのか…。ほんとドジだな」
(そういう事じゃないですけど…勘違いしてくれてる方が都合がいいので訂正はしないでおきましょう…)
困った奴だが、昨日はミコナにピンチを救われた。まぁ多少のことは多めに見よう。というか、俺としては嫌な気は全くしないからな。
「おはようござい…おや、お邪魔でしたでしょうか…」
エルマーさんが最悪のタイミングで登場。昨晩、二人で住める家をと言った事がここで効いてくる。概ね悪い意味で。そんなつもりで言ったのではないが、言い逃れは難しい。
「いや、全く気にしないでくれ。こいつは…そう、猫だ。ミコナに似ているが猫だ。」
「まぁまぁ♡ミコナさんは“ノインさんの猫“なんですね♡」
「エルマーさん…楽しんでないか?」
「あら。ばれましたか?こんな事もあろうかと、私がお二人を起こしに来て良かったです。役得というやつですね。」
ニッコリとするエルマーさん。この人は本当に、どこまでも怖いな…。どうやら朝食の準備が出来たので呼びに来てくれたらしい。お言葉に甘え、ご馳走になる事にした。
「こんな所ですので、料亭のように素敵な物はお出しできませんが…お口に合うと幸です」
チーズや野菜を挟んだパン、それに燻製肉をたくさんテーブルに置いてくれているものだから、遠慮なく食べてしまった。普段の自分では考えられない食欲が湧き上がる。
「…わぁ…それどこに入ってるんですか?」
そう聞かれても俺にも分からない。自分でも驚いているのだ。昨夜、余程エネルギーを使ったのだろうか。
次の住居が見つかるまで居てもいいと言われたが、さすがにずっと居るのも気を遣わせてしまう。それに時間ばかりあってもする事が無かったのでは…。という事で夕方までゆったりと探索に行く事にした。
「表からも出られますが、裏口もありますよ。お好きな方をご利用くださいね。それと、ノインさん…」
おっとりとした雰囲気は崩さず、しかしその瞳でしっかりと俺を捉えながら続けた。
「もし行き先が決まっていないようなら、アストラ家の廃墟を訪問されてはどうでしょうか?諸事情により、あの土地はギルドの持ち物となっていて、たまに一般の方も観光に訪れる場所です。かつて“ヘラクレスの再臨”と呼ばれた探索家と縁がありますからね。軌跡は薄れつつありますが、それでもまだ彼等を慕う人は居るのでしょう。探索も良いですが、もう少し体を休めてみるのもいいかもしれませんよ?」
「…確かに。ミコナ。今日は予定変更して廃墟探索にしよう」
「えぇ。私も療養には賛成です!無理してまたあらゆる意味で熱くなられては困りますからねぇ…?」
おっと。言われてしまった。少なからずミコナにも迷惑をかけているからな…。正直、体調も魔力も違和感は無いが、エルマーさんの勧めとあれば何か理由があるのだろうという考えの元方針を変えたのだ。これが吉と出るのか凶と出るのか…行ってみなければわからない。俺達は場所を教えてもらい、早速向かう事にした。