表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/31

7 真紅の暴走

翌朝、ミコナと落ち合った俺は昨晩の会議内容をそのまま伝えた。

「…と言うことで、しばらくの間俺は探索は出来なさそうだ。敵の司令塔、つまり現当主を捕獲するまでは」

「捕獲って…。今の話ぶりだとノインさんは一人で全てやるおつもりのようですが?本当にそんな事ができるんですか?」

かなりの情報は受け取ったから、あとは俺の持つ力を総動員して敵の頭を叩くのみ。とはいえ俺は隠密は別に得意じゃない。一人だけサクッと攫って離脱というわけにも行かないだろうからそれなりに戦闘を覚悟しておく必要がある。大まかな戦力については昨日確認したが、目標を維持しながら戦うのは正直困難を極めるだろう。

「ノインさんって案外水くさいですよね?あれだけ一緒に探索した仲なのに蚊帳の外なんて寂しいです!それにその話だと私だって危ないと思うんですよね。ゴーレムの回収は二人でやってるんですから。つまり私も早期解決に協力する義務があるはずです!」

「わかったわかった…。でも、失敗したら確実に死刑だぞ?」

「ふ…不幸中の幸い、迫害には慣れているんですよ。指名手配されたら逃亡するのみです!」

「なんという悲しい逞しさ…まぁそう言うならミコナの力も借してもらおうか。ただ、これまで通り戦闘は俺が担当するとして、今回はモンスターを召喚したら操作可能な範囲で隠れててくれ。」

「もちろんです!ノインさんは身体能力も上がる上に炎も撒き散らしますからね…」

「何で死因が俺なんだ…敵戦闘員に狙われるから隠れるんだお前は!」

全く、人を危険生物扱いするとは。いずれにせよ離れていて困ることは無い。

「で、どんな感じでいきます?」

「まず前提として対象はただ一人、ディストーラ家現当主・ヴァレマーリのみだ。それ以外は可能な限り接触を避けたい。ヴァレマーリに関しては生け取りが絶対だ。殺してしまうと犯罪が証明できずに俺達がただの犯罪者になってしまう。というか殺人はどんな理由があれ犯罪として成立してしまうからダメだ。」

「なるほどなるほど。私は何をしたらいいんですか?」

「ヴァレマーリをスライムの中に格納してほしい。俺の離脱後、そのままスライムを連れてギルド本部に直行したいからスライムは常時召喚しておいてくれると助かるな。」

「わかりました!詠唱またやりますか…」

「潜入は夜間に行う。ただ、夜間も警備されている可能性が高いのが懸念点なんだが、そこでミコナのカースドバットを借りたい。魔力源の移動を感知して俺に伝えてほしいんだ」

「了解です!バットちゃんに指示を出しておきますね」

ミコナの潜伏場所、俺の侵入経路など細かいことも決めてしまいたい。これに関しては現地観察が必須だ。早速今から下見に行くとしよう。

「泥棒は盗む前に下見するって言いますが、気持ちがわかった気がしますね?ノインさん」

「…まぁ否定はできない」

ミコナの能天気さはどこから来るのかはわからないが、今はそれが有難い。張り詰めた緊張が少しはほぐれた気がする。全てを終えた後もこんな風にくだらない事を言って居られるよう、この潜入は何としても成功させなければ。


 下見の結果、侵入経路と潜伏先は決定した。欲を言えば何か理由をつけて館の中にも入りたいところだが流石に無理だった。当然と言えば当然である。また、ターゲットの顔も確認する事が出来たので下見はこれ以上しなくとも良いだろう。あとはいつ決行するかだが…

「そんなの早い方がいいですよ!鉄は熱いうちに打てってやつです!」

との事で、早速今晩やることになった。少し早過ぎただろうか。しかし、いつゴーレムが作動するかわからない以上早いに越したことは無い。


そして運命の夜はやって来た。街は寝静まり、大通りであっても誰一人姿は確認できない。この世界に居るのは俺とミコナのただ二人。そんな感覚に陥るほどに辺りは静まり返っている。手筈通り、スライムとバットを俺に追尾するように指示したのち、ミコナは近くの茂みに隠れた。館が騒がしくなったとしても見つかることは無いだろう。俺は2回のバルコニーによじ登り、そこから隣の窓を静かに割る事で容易く忍び込めた。市販の粘着性テープを全面に貼り、大きな音が立たぬよう叩き割るだけなのでここまでは難しくない。

「…カースドバットに動きは無い。館の人間は皆寝ているようだな。」

情報通り、廊下を進んでいくとヴァレマーリの寝室が。念の為扉に耳を押し当ててみるが音は一切しない。いびきの一つでもかいていてくれたほうが逆に安心できるのだが…。

扉を開けた、その時だった。バットが騒がしくなると同時に、何かが俺の胸部に飛来した。一瞬の熱さ、遅れてやってくる激痛…見れば、弓矢が胸部に突き刺さっていた。

「…ッ!!?かはッ…!なぜ…」

血が込み上げて上手く喋れない。熱い。その場で膝を付くのが精一杯だ。

「ふはははは!愚かな、実に愚かな!!」

見上げればそこに居るのはヴァレマーリ。隣には数人の兵士がいる。うち一人の放った矢に貫かれたようだ。

「私が放った刺客が死んだと言うのに、警戒しない訳がなかろう!奴め、この程度のガキに殺されおったのか?」

ぬかった。正にその通りだ。次の刺客を寄越すことばかり警戒していたが、相手は裏社会にどっぷり浸った、言わば揉め事のプロだ。同時に守りも固めるくらいの事はするだろう。敵の場数を舐めていた。かろうじてバットとスライムに後退するよう指示を出す。ミコナは異変に気付くだろう。願わくばそのまま逃げてくれ。

「…俺を殺せば…洞窟のゴーレム、の計画に関する情報を全て…ギルドに流すようにしてある…それでも良いなら殺せ…」

「ふん、大方ギルドとは繋がっているだろう?にも関わらずお前はたった一人で来た。いや、そうするしか無かった。それが答えだ。ギルドに情報を流したところで動かんのは明白だ!奴等とて馬鹿じゃァない。こっちが尻尾を出すのを待っているだろうがそんなヘマはせんよォ!そして事が起きた後にはもう勝負は付いている。そういうもんだ」

「本当にそう思うか…?お前は一つ…見落としている…!」

「黙れ。それ以上醜態を晒す前に殺してやろう、そして思いしれ。ディストーラに楯突く事の愚かさを」

弓使いは再び弓を引く。鋭い鏃がまたしてもこの体を貫く。他の戦闘員たちも各々のやり方でとどめを刺そうとにじりよる。せめて、何か一矢報いる事は出来ないだろうか。それにしても、熱い。心臓を貫かれる等という体験は、当然初めてだ。しかし、なんだこの異常な熱さは…。もう何も分からない…。意識が朦朧として行く中で、消えゆく意識の中で、瞼の裏に大きな赤い何かを見た。


 急所を貫かれたノインは気を失い床に倒れ伏す。

「中々しぶとい奴だったな。死体を確認しろ」

ヴァレマーリが部下に指示を飛ばす。剣を握りしめた男は、自分が対象に最も近いのでノインの体に近寄った。その瞬間、死んだはずのノインから激しい爆炎が溢れ出した。辺りを焼き滅ぼさんとするその炎は、やがて彼の体に収束する。絶命したと思われたノインは、あろう事か再び立ち上がったのだ。その姿を大きく変えて。

「…!?バカな!あの傷で立ち上がることなど!!何を見ている!早く殺せ!!」

当主の叫びに呼応し、部下たちがそれぞれの方法でノインを沈めるべく攻撃を繰り出す。何度も放たれる弓、誰かのスキルと思わしき電撃。最も近くにいた男も、毒がべったりとついた刀で切り掛かる。しかし、物理攻撃の全てがノインに届かない。攻撃がふれた瞬間に皮膚の表面に半透明の赤いシールドが発生している。矢は地に落ち、剣は届かず。それだけでは無い。漆黒の髪は今真紅に染まり、全身から溢れ出す熱気でゆらゆらと靡いており、どこか人間離れしたオーラを漂わせている。人間離れといえば、先ほど受けた致命傷はほとんど塞がりかけており、極めて異常な回復速度を発現させているようだ。あまりの出来事に、攻撃の手を止めて立ち尽くす部下たち。今度はノインが攻撃を仕掛けた。凄まじいスピードで部下の一人に接近、慌てて剣で守りを固めた所に渾身の殴りを叩き込む。剣は砕け、それでも衝撃は殺しきれず背中から壁に叩きつけられる。同様に他の部下達も一瞬にして薙ぎ払われた。騒ぎを聞き付けて次々と駆けつける、戦闘可能な部下達も大した足止めにもならず倒れてゆく。今、ノインは一匹の獣と化していた。そこに自我はなく、ただ自身に仇なす者を叩きのめすだけの生物だ。

「貴様…!!その異形、その力!そうか…!ようやく見つけたぞ!!」

 茂みの中から心配げに館を見つめていたミコナも、変わり果てたノインの姿を確認した。窓から男が吹き飛ばされたと思いきや、その向こうには様子は違えど確かに彼だ。

(あれも…ノインさんのスキル…?いや、でも流石に雰囲気が変わり過ぎている…!?)


このまま放って置いても良いはずがない。私が彼を止めなければと使命感に燃えるミコナは、しげみを飛び出し彼の元へと駆け出した。

 何かを喚くヴァレマーリ。何を言っているのかは全く分からない。その力?何のことを言っている?よく分からないが、とにかく殺そう。他の奴と違って、こいつは、悪だ。殺さなければ…。…?殺すのが目的だったか?違う。こいつに口を割らせないと。計画を阻止する必要が…。駄目だ、思考がまとまらない。気付けばコイツを殺そうとしてしまう。

「もう…良いか…」

「良くないです!!しっかりしてくださいノインさん!」

何だろう。誰の声だ?わからないし面倒だ。とりあえず目の前の雑菌を始末してから考えよう。

「…!待って…ください…って、熱!?」

誰かが俺の体にしがみつく。動きにくい。

「それでも…!私が止めなきゃ!ノインさん、言ったじゃないですか!殺さずに捕まえなきゃだめだって!自分を取り戻してください!こんな所で終わって良いんですか!?」

この声…そうか、ミコナの…。隠れているはずなのにどうしてここに居るのだろうか。

「ミコナ、なぜここ、に…」

「…!当たり前じゃないですか!私達、同じパーティーの仲間ですよ!気味悪がられて誰からも受け入れられない私を、私の子達を心の底から仲間として接してくれた。利用するんじゃなくて、対等の仲間として見てくれた。私にとっては初めてできた大切な…大切な人なんです!これからもあなたと色々な所に行きたい!今日は沢山稼げたねって…今日はあんまりだねって…そんな風に生きていきたいから、止めるんです!ワガママ上等です!女の子はいつだってワガママなんですから!!」

なんだそれは…。意味の分からない締め括りだ。勢い任せにも程があるんじゃないか、ミコナ。だが、その通りだ。探索家になって間もないと言うのに、くだらない陰謀に巻き込まれて逃亡生活を送る羽目になるのは納得がいかない。

「ミコナ…ありがとう」

あれほど散漫だった思考が収束して行く。身動きが取れないよう、気絶で済む程度の打撃を加えたところで、気付けば俺の状態変化は解けていた。一体なんだったのだろう。ミコナに止められるまでの記憶が殆どない。それに…

「…矢で貫かれた傷が塞がっている…」

「!?知らない間に死にかけるのやめて下さい!…というか、本当に矢刺さったんですか?痕跡…全く無いですけど」

「あぁ。心臓の辺りに刺さっていたのを覚えている。ほら、血もこんなに…!?」

負傷した地点を見ると、思わずクラっと来る量の血が溜まっていた。

「…血の池みたいな量ですね…」

「なんで生きてるんだろうな…ほんと…」

「ノインさんだからじゃ無いですかね?」

「お前の中で俺は何なんだろうな…問いただしたいが、今はそれよりもやるべき事がある」

予定とは異なり、アクシデントはあったものの目標は捕えた。このままスライムにこいつを収納してギルドに持っていこう。事前に今晩決行日なのを連絡してあるので、ギルド本部にはテルマーさんが待機してくれているはずだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ