4 地下の墓守
この部屋での用は済んだので、元来た道を引き返していた俺たちは、ふと何かの音に気付き足を止める。何かを引き摺るような金属音がだんだんと大きくなっているようだ。一本道の通路であるため、音の主とかち合う事は必然。退けない状況を前に様々な想像が浮かんでは消えていく。無慈悲に訪れた現実は最悪のシナリオだった。
ランタンの光に遂に照らし出されたそれは、モンスターに間違いない。茶色の使い古されたマントから覗く手や顔に肉はなく、今にも朽ちそうな骨があるのみだ。だらりと垂れ下がる両の手には小型の斧を持っている。
「モンスターだ!一旦引き返して開けた場所まで撤退するぞ!」
「はい!」
瞬時に駆け出し、敵との距離を確保したはずだった。しかし、部屋まで引き返すとなぜか先程のモンスターが先に到着し佇んでいたのだ。
「嘘だろ…?二体いるのか?いやそんな筈はない…」
なぜなら後方からはもう斧を引き摺る音もしない。気配は完全に消失している。考えられるのは一瞬でここまで走り抜けたか、あるいは瞬間移動したか…。どちらにせよかなり厄介そうな敵である事には違いないとみた。様子見せずに最初から全力で行きたいが、長期戦になった場合の魔力切れのリスクを考えると迂闊なことは出来ない。ひとまずは定石通り温存して当たるべきだ。敵が自分よりも圧倒的に速い場合に備えながら剣を手に駆け寄る。眼球もありやしないのに俺を補足し続けながら斧で体を守った。武器と武器は交差し、純粋な押し合いに入る。しかし、圧倒するどころか互いの力は拮抗してしまっている。
「骨しかないくせにどこにそんな力が…!?」
見た目からは想像もつかない程の膂力を有する敵に、ますます警戒心が高まる。一旦距離を取って再度攻撃を仕掛けるべく、バックステップで後ろに下がった。すると今度は敵の方から接近してきた。とはいえ先刻のような異常な距離の詰め方ではなく、ゆっくりと。このままの速度と力では埒が明かない事は明白だ。まだ底は知れないが八割程で戦う事とする。先程とは段違いの速度で敵の頭蓋へと切り掛かる。さしもの相手もこの速度には付いてこられず、頭部を斜めに両断され動きが停止する。
(しかし油断ならないな…さらにもう一発…!)
念の為、同じ威力の攻撃を叩き込むべく再度剣を振りかぶった瞬間。異音と共に敵の姿が消失した。間髪無く後方で再び異音が聞こえ、振り向くとそこには傷が癒えた状態の敵が佇んでいた。
「ミコナ…俺は今確かに頭を叩っ斬ったよな」
「はい…音も確かに」
異様な感覚だが、気を取り直して再び反応域外の速度と力で次は腕を切り落とした。すると、やはり異音と共に敵が消失し、部屋の別の位置に出現した。その後も何度か繰り返したが、結果は同じだった。
「ノインさん!手帳に載ってました、このモンスターは…霊廟の守り手という種類らしいです!能力は…えっと…瞬間移動とそれに伴う再生能力、そして…攻撃を受けるごとに能力が向上していくって書いてあります…」
確かに、僅かずつだが硬くなっている実感があった。最初は刃こぼれでこちらの攻撃力が落ちたかと思ったが。合点が行った。
「ありがとうミコナ。そう言う事なら対処法はある!」
攻撃すると逃げられるのならば、その能力が発動する余地の無い程のダメージを入れれば良い。一撃で魔石を破壊する。またも俺から距離を取った守り手に急接近する。走りながら、剣に魔力を込めた。岩壁を破壊した時よりも、さらに多くの魔力を流し込む。大抵の武器はこんなにも流し込めば破損するが、これは魔力に対する耐久性が高い。俺の能力に合う特注品なのだと、こんな時だが実感した。敵との距離が十分に縮まった瞬間、これまでのように切るのではなく、胴の鎧の隙間に剣を突き刺した。
「斬撃にして飛ばすだけじじゃない。剣の先端部分から一点放出する事も出来る。こんな風に…なッ!」
鎧の中で解き放たれた炎は比類なき爆炎となり上下左右の穴から溢れ出た。その様を遠巻きに見ていたミコナに言わせれば、真紅の十字架のようだったと言う。
流石の瞬間再生アンデッドモンスターでもこの一撃には耐えきれず、黒焦げの鎧や武器を残して消え去った。鎧の中には融けて原型を留めていない魔石が残っていた。
「すっごい火力でしたもんね…」
これでは鑑定してもらっても証拠とならないかもしれないが、一応その他の物品とまとめて持って帰る事にした。そんなこんなでその後もゴーレム集めを繰り返した後俺達は洞窟から抜け出した。ランタンの燃料交換を忘れたり、壁を壊す時にバットを巻き込みそうになったりとゴタつきはしたものの、概ね成功したと言えるだろう。換金してもらうのが楽しみである。
結論から言おう。勿体ぶりたい気持ちを抑え、買取金額を暴露する。
「二十五万ゴールドの売り上げだ…!!」
「な、な…!?ほんとですかッ!?」
ゴーレム一体三万、そして骸の守り手が十万という計算で、二十五万。これだけあれば山分けしてもしばらく遊んで居られる。それにしても守り手が換金対象になってくれたのは嬉しい誤算だった。融けた魔石の中にかろうじて判別可能な術式の残滓があったのと、持ち帰った武器も本物だと判断されたため少し安くはされたが十万も貰うことができた。特異な性質から戦う探索家は少なく、大抵は逃げるか隠れてやり過ごすのだとか。手練れの探索家でなければ戦ったとしても倒すのは不可能な強敵だったみたいだ。
「前から思ってましたけど、ノインさんってほんと強いですよね?純粋な戦闘力だけなら上位の実力があるように思います」
「俺のスキルは確かに万能で瞬間火力もあるが、弱点もちゃんと存在するんだぞ。スピードが速くなると言っても筋力強化だから、高速移動スキルを持った相手には追いつけないし」
「たしかに…防御力をあげても生身には違いないですもんね。とはいえ強靭な体に炎を操るなんて、ドラゴンみたいで羨ましいです…」
「物は言い様だな。俺からするとミコナのスキルの方が羨ましいけどな。いくらでも格納できるスライムなんか、使い方を工夫すれば大軍をこっそり運び込めるから国家転覆も可能だぞ。別にしたいとは思わないが」
それに…。今はまだ二匹しか知らないが、他にも召喚できるモンスターは居るだろう。スライムやバットを見ている限り他の能力も状況が噛み合えばとんでもない効力を発揮するに違いない。
「さて、雑談はこの辺にして今日は帰るか。俺は戻って明日からの予定を考えたい」
「そうですね、良い時間ですし!じゃあまた明日も宜しくお願いします!」
と言う事で解散、宿屋に帰り基本的なことを済ませた後今日の振り返りをしてから就寝した。
次の日。昨晩整理したデータをもとにミコナと会議をしている。実は整理している時にある事に気づいたので、それについて話をしたいのだ。
「このマップを見てほしい。この印はゴーレムを発見した場所なんだが、気付くことはないか?」
「うーん…。あ!行き止まりの部屋にばっかりいるとかですか?」
「そうだ。だから今日はその傾向に基づいて行き止まりの部屋を重点的に探したい。基本は昨日と同じ感じで頼む」
「わかりました!今日もたくさん儲けましょうね!」
「…あぁ」
少し気掛かりな事があるが、とりあえず今日の探索を終えてからだ。俺たちは昨日と同様にゴーレム探しをするのであった。