3 新・金策
一度美味しい儲け方を知った俺達はその後も数日に渡ってこの手法を繰り返していたのであるが。それもじきに限界を迎える。
「申し訳ないんですが…本日からしばらくダブルホーンボアの素材買取金額が低下します…」
当然といえば当然で、これまでは需要に対して供給が追いつかなかったからこそのあの金額だったが、安定して供給が続いた事で価値は下がりつつあるという事だ。
「残念ですね…。」
「そうだな…。だが俺は今回の件で分かった事がある。いや、そう大層に言う事でも無いが」
「と、言うと??」
「複数箇所で人気のないモンスターを狩るんだ。今回程条件が整った狩場はそう見つからないだろうが探せば需要が追いついていないスポットがあるはず。不人気な狩場をいくつか把握してローテーションを組めば戻る頃にはも元の値段辺りに戻ってくるんじゃ無いだろうか。」
「なるほど!じゃあ私聞いてきます!そう言うのってギルドに聞いた方が早そうですもんね!」
なら頼む、と言う暇もなく消えたミコナ。人当たりもよく、活動的なのになぜわざわざ探索家をしているのか。スキルに即した職につく法律もないのだから、無関係な仕事をしている人などいくらでもいる。人の事情にあまり首を突っ込む物ではないがやはり気にはなるな。
ガチャガチャと鎧の騒々しい音を立てながらミコナが帰ってきた。手には何やら紙を持っている。
「情報入手してきました!この近くとなると難しいですが、離れた場所に良さげな狩場がありました」
手に持ったメモを見ながら手帳の地図を開く。
「今回仕入れたのは三カ所。一つはイースクラ火山、そしてバロタの大沼…最後の一つは」
「…中部と上部の境目にある地下大洞窟なんですけど、ここは上部の地下霊廟とも繋がっているから上部のモンスターも出現するとのことで、あまりに危険らしいです。」
「なるほど。具体的にそれぞれどんなモンスターが旨みのある奴なんだ?」
「…それは…聞いてなかったかも…えへ」
やれやれ。
「はぁ…はぁ…今度こそ完璧に情報をゲットです!」
「まず火山に生息する奴がボルケーノスネーク。凄まじい炎のブレスを放つ、中部屈指の強敵です。怖いですねぇ。」
「二匹めは大沼の掃除屋、スカベンジ。こちらはたくさんの死体を平らげて分解、その栄養を溜め込む器官を持っていてそれが貴重らしいんですけどとにかく悪臭が酷いとの事です。これはやめときましょう、ね…!」
「ほう、それは中々良さそうだな!」
「嘘でしょ!?一週間は腐臭が取れないらしいですよ!?」
「嘘だ。宿から出禁を食らってしまう…で、最後は?」
「全く…。最後は地下洞窟の沈黙のゴーレム…というモンスターですね。名前の通り動かないみたいですが、動かないゆえに見つけることも困難、完全に運です。そのモンスターは体内に高純度の魔力を貯蔵しているらしく、謎は多いものの価値の高いモンスターなんだとか。」
「動かないと言うのは、その場から動かないだけで攻撃はしてくるのか?」
「いえ、それが本当に微動だにしないそうです。体がそもそも石で出来ているんですよね…。なので中に入っている魔石を取り出すのもかなり骨が折れる作業だと聞きました」
ひとまず情報は出揃った。後はこちらの戦力と見比べてどこが最も効率よく稼げるのかと言う話だ。
「召喚できるモンスターはあのスライム以外にもいるのか?」
「いるにはいるのですが…戦闘向きではないですね」
「なるほど。どんな奴なんだ?」
「探査型のカースドバットというモンスターです。一定範囲内の魔力源を感知できるんですけど、分かったところで…って、そうでした!よく考えたら私、この沈黙のゴーレムに適正のあるモンスター召喚できるじゃないですか!」
自己完結どうもありがとう、カースドバットの能力を考慮すると確かに沈黙のゴーレム収集が最も適しているようだ。探知範囲などの懸念点があるのでまずはデータを取る必要があるな。
「とりあえず方針は軽く決まったからまた明日細かく考えよう。」
「それもそうですね!集合場所はどうします?」
「地下洞窟はリメス山地と真逆の北西にあるからな…明日もギルド支部辺りで集まろうか」
「はい!ではまた明日!」
トタトタと去って行く彼女の後ろ姿をしばし見送ったのちいつもの宿に帰る。今日はいつもより早く寝よう。地下洞窟は油断が許されないエリアのようだから十分に体力をつけておかねば。
翌日、予定通り合流した俺達は今日の予定について話し合う事にした。
「まずはカースドバットの能力について詳しく把握したい。後、バットを出しながらスライムも出せるのかという点も気になっていたんだがどうなんだ?」
「まず、二匹同時召喚ですが、大丈夫です。私の大事な物が失われますが…」
大事な物、とはなんだろう。まさか寿命か?召喚者の魂の一部を分け与えて維持する召喚システムのようなものがあるのだろうか。そんな事させるわけにはいかないが…。
「すごく大事な物なんです…。恥って言うんですけど…」
「なんだって?」
「恥!です!ノインさんと違って私は乙女なので恥らいというものがあるんですー!」
ミコナの行う召喚には2種類あり、一つは召喚中常に微量の魔力を消費する簡易召喚、もう一つは初めに大量の魔力を消費して行う完全召喚との事らしい。そして完全召喚には詠唱が必要で、それが気に入らないようだ。
「というか、二匹とも簡易召喚ではダメなのか?」
「簡易召喚は同時に複数分できないんですよ…」
「そうか。なら潔く詠唱するしかないな」
「はぁ…。まぁお金のためと思って腹くくりますよ…」
その後俺たちはスライムの容量ならば沈黙のゴーレムは恐らく十分格納できるだろうという事、そしてバットの索敵範囲はテストの結果今回の探索で大きく役立つだろうという事で話をまとめて、必要な道具を買い揃えた後洞窟の入り口にやってきた。
「この先は視界も悪いし予め召喚しておいたらどうだ?」
「…それもそうですね…じゃあ少し離れててください」
と言って手に持った杖を地面に突き立てるミコナ。いつものふわっとした表情から一転、高い集中を感じさせる顔つきへと変わる。
「汝の贖いの時が来た。我が身に宿りし七つの罪が一つ、暴食の獣よ、主の呼び掛けに応えよ。」
杖の先についた触媒が黒い輝きを放ち、目前に見慣れたモンスターが現れる。カースドスライムだ。
「無事成功したみたいだな。それにしても七つの罪というのは…?」
「それが詠唱したくなかった理由なんですよね。私の召喚スキルは少々特殊なんです。元々は普通にどこにでもいるようなモンスターを呼び出すだけだったんですけど、色々あって変質しちゃったんですよね」
ミコナは視線を伏せ、杖を握りしめている。あまり聞かれたくない事だったのだろうか。
「そうか…込み入った事情があるみたいだからあまり詮索はしない方が良さそうだな」
「それほどでもないんですけどね。少し特殊な環境で育ったという感じです」
詠唱に刻まれた罪、そして召喚時の禍々しい雰囲気、何より他ではみない奇妙なスライム…。気にならないと言えば嘘になるが、これからも協力していく仲間なのだからいつかミコナの方から教えてくれるのを待つか。
完全召喚で大きく消費した魔力を先程買っておいたポーションで回復する。魔力が尽きるとカースドバットの方は消滅してしまうため、いくつか買っておいた。少なくとも今日は十分足りるだろう。ちなみにバットの方もスライムと同様に禍々しい見た目をしている。本来一つのはずの眼球は一箇所に複数存在しており、さっきテストで一度見たがまだ見慣れない。スライムもいい勝負をしているがこちらの方がより不気味だ。嫌いではないが。
「地下洞窟はたくさんの道と大小様々な空間で構成されている、言わば迷宮だ。既に多くの探索家によってマッピングされているが未だ謎な部分が多い。さらに、沈黙のゴーレムは動かないためマッピング済みの場所でも見落とされている可能性もあるから、まずは比較的安全な探索済みの所から洗い出していくか」
「そうですね!マッピングできていない所は危険が多そうなので賛成です!」
バッグからランタンを取り出し中に燃料用魔石をセットする。一つの魔石で大体半日は持つそうだ。沈黙のゴーレムはこれまで中層や下層からのみ見つかっているとの事だから、まずはそこまで降りて行く。道中に出てくるモンスターは弱いが換金率も低いのでなるべく戦闘を避けて進んだが、中層に着くまでに一時間くらいはかかった。最短ルートでこれほどかかるのだから、地下洞窟の広大さが伺える。
「ここからは別のエリアにつながる道もあるせいでモンスターが大幅に手強くなる。注意して進むぞ」
「はい…!」
数分歩いたところで小さめの空間に出た俺たちは、早速中層のモンスターと対面した。イビルゴブリンだ。サイズや雰囲気は共にゴブリンだが、片方の腕が不自然に肥大化しており皮膚も暗く変色している。環境に適応した結果なのだろうか。こんな所には住みたくないものだ。
「相手の実力がわかるまでは様子見で行く。ミコナ、お前は離れ過ぎない程度に距離を取れ。」
頷くとすぐさまスライムの中に入るミコナ。その様子はまさしくシュールそのものだ。スライムに見守られながらイビルゴブリンと向かい合う俺もそれなりに異様だろうが。
油断して負傷しても世話が無いので最初からスキルを発動する。ほんのり赤く染まる体表、出力としては四割に留めた。相手は様子を伺っているようなのでまずは俺から切り掛かる。速度が読めないため、空振りを想定しあまり力まずに剣を振るう。そうすれば一太刀目は躱されても二撃目で捉えられるからだ。だが、イビルゴブリンは一味違った。攻撃をバックステップではなく上方に跳ぶことで躱したのだ。さらに肥大化した腕で天井に捕まり体を反転させた。
(まずいな…流石に避けきれない)
案の定ゴブリンは天井を蹴って加速し、砲弾のように突っ込んでくる。薄ら明るい洞窟の中で轟音と砂埃が舞い上がった。
「…ッ!ノインさん!!」
「大丈夫だ。そう簡単には死なない」
手を突き出し飛来するゴブリンに合わせて剣で受けた。何も装備していない生身の腕だ、押し負けなければ勝手に自滅してくれる。俺の背後には剛腕を削ぎ落とされたゴブリンが転がっていた。とはいえ危なかったのは事実だ。咄嗟に出力を上げていなかったら押し負けていただろう。イビルゴブリンは攻撃、耐久、速度の面で秀でた厄介なモンスターのようだ。魔力消費は考えずに挑むべきかもしれない。
「もぅ、ノインさん…ヒヤヒヤさせないでください」
ミコナが珍しく膨れっつらをしている。確かに、こんな所で俺が倒れてしまうとミコナも共倒れだ。怒るのも無理はない。
「俺の方が見通しが甘かったみたいだな。ごめん」
「本当、気をつけてくださいね?それはそうと、朗報です!今回接敵したゴブリンの魔力反応よりもずっと大きい反応を検知しました!何倍もの魔力量なので沈黙のゴーレムの可能性が高いかと」
「おぉ、こんなにも早く手がかりが見つかったのか!バットに案内してもらおう」
カースドバットの後を追い、通路を抜けて先程よりも大きめの部屋に出る。行き止まりのようだ。バットは部屋の付きあたり壁を凝視している。見渡してもそれらしき物体はない。壁の向こうに埋もれているということか。
「ミコナ、少し下がってろ。標的は壁の中らしい」
「えぇ、そうみたいですけど…。どうやって削るんですか?いくらノインさんが筋力強化できるとはいえ、岩の壁はちょっと無理があるような…」
疑問を呈しつつも壁から距離をとるミコナ。そういえば前にスキルの話をした時は言ってなかったか。まぁ良い機会だ。バーサーカーだからと言って殴って切るだけではない事を見せておこう。剣を構え、腕に魔力を集中させる。剣と手が魔力回路で繋がっているようなイメージで、その魔力を流し込む。俺の赤い魔力を受け、刀身が赤く変色した。後はこれを放出するだけだ。込められた魔力を投げ飛ばすように剣を振るう。それは赤い斬撃となり岩壁に炸裂した。爆発音と炎が辺りを埋め尽くす。どれくらいの威力で打ち込めば良いかわからないのでまずは抑え目にしてみたが、ちょうど良かったみたいだ。
「ノインさん今のは一体なんですかッ!そんな魔道具使うなら先に言ってくださいー!」
「すまない、魔道具ではなくスキルの応用みたいなもんだ。それよりこれを」
「これが…沈黙のゴーレムでしょうか?」
所々岩壁に覆われて視認できない部分もあるが、間違いない。人型かつ動かない、岩でできたゴーレム。これが今回の標的だ。
「こんなすぐに見つけられるとはな。幸先が良い、このゴーレムをスライムに格納してくれ」
高さはともかく、体積で言うと人間よりかなり大きい。しかしスライムは難無く飲み込んでしまった。この調子でどんどん狩って大儲けしたいところだ。等と考えている時点で俺の気は緩んでいたのだろう。この後俺達は死の淵に立たされることになる。