2 異端召喚士
シャワーを浴び、あまり美味しくない食事(楽園とはいえ仮にも獣域なのでこれは仕方ないが)を摂ってから宿を後にした俺は、今日も例の狩場でボアを狩っている。昨日の買取金額、詳しく見ていると角の状態や魔石のサイズによって値段がまばらであった。今日は手当たり次第に倒すのではなく、状態の良い個体を狙って丁寧に狩りたいところだ。朝から昼まで探索した結果、今の所六匹と遭遇して良質な個体は二匹。良質な個体というのはつまり体格が良く、角の状態が良い物を指す。しかし、大きい程角が歪であったりするため中々出会うのが難しい。あまり拘り過ぎてもな、等考えていた矢先のことだ。
「ああああ!!そこの人、避けてくださいぃぃ!!」
山道の上方から声がする。見れば、得体の知れない生き物、さらにその後方にはダブルホーンボアという布陣で山を駆け降りてくる光景が目に映った。なるほど、全く理解できない。声の主がどこにいるのか良くわからないのでとりあえずボアを倒す事にした。まずは事態の収拾である。
すれ違い様にボアの足を切りつけ失速したところをいつものように一撃で沈める。なんとかその場が落ち着いたのでこの珍妙な生き物と会話を…できるのかは不明だが声をかけてみる。
「おい…。お前は一体何なんだ?さっき人間の言葉を話していたようだが」
近くで観察すると、スライムのような形状をしている事に気づいた。しかし、その体はどす黒く赤い亀裂が走っている。とても俺の知っているスライムではないのだが。
「ふぇ…?お兄さんあの猪、倒したんですか!?すっごい!」
………?この不気味な生き物のどこからこのような女の声が出ているのか。近くで見ても全く訳がわからない。しかし…なんとなく好奇心を刺激されるな。
「あっ!ごめんなさい!私とした事が…。今出ますね」
ん?今出ますねとは。首を傾げていると、目の前のスライムが大きく口を開けた。その中から一人の少女が出てくる。ショートボブくらいの、うっすらとピンクがかった髪。銀色の鎧を身につけており、手には杖を持っている。顔立ちも中々の美人ときた。
「ふぅ…申し遅れました!私、ミコナと言います!」
そうか、ミコナと言うんだね…なんてなるわけがない。
「今お前…スライムから出てきたよな?しれっと自己紹介を始めてる所悪いが、実はまだ状況が飲み込めていないんだ」
「あぁ、そうですね…。この子はカースドスライム、私の召喚獣です!」
わかりました?という目で見つめてくるミコナ。なんでちょっと得意気なのだろうか。
「召喚獣という事は、召喚士なのか?それにしてもスライムの体内から出てきたがあれはどういう仕組みなのかも良くわからんな」
「はい!召喚士みたいなものですね。この子の口の中は異空間になっていて、物を保存しておけるんですよ。戦闘力はあまり無い分結構便利なんですよね〜」
ようやく理解できた。それにしてもこのスライム、本当に奇妙な見た目をしている。一体どの地域に出るのだろう、こんな禍々しいモンスターは。
「あ…ごめんなさい、気持ち悪いですよね、私達…はは…」
「いや、不気味なのは間違いないが、少し興味を唆られてな。どこに生息しているんだ?」
「…!あ、このスライムは多分世界で一匹しかいません!たぶんですが!」
曇った表情が一転し元気を取り戻した。見たところ俺と同じく18辺りか。年頃の女の考える事は良くわからない。というか、この女がそもそも変わった性格な気がする。
「それにしても、なんで一人でリメスに?誰かとはぐれたのか?」
「いえ…そういう訳じゃなくてですね…」
ミコナが語り始める。大まかにまとめると、スライムの見た目のせいで皆から気味悪がられ仲間ができず。そして周りの探索家からも軽い嫌がらせを受けるため人の少ない過疎エリアに行くしかなくこのリメスにやって来たらしい。
「という感じですね…普段は召喚を解除しておけばいいんですけど、流石に探索中は出さないわけにも行かないですし…」
「なるほど…。事情はわかった。そこで一つ提案があるんだが。」
「はい?」
「ミコナと言ったか。良かったらパーティーを組まないか?」
「…えぇ!?」
「そのスライムの格納スキルは非常に魅力的だ。人間一人を簡単に飲み込めるというのなら、こんな素材とかもたくさん入るんだろう?」
「そう、ですね?最大を測ったことないですけど結構入ります…でも本当に良いんですか?さっきも言った通り私、嫌われ者なので迷惑かける事に…」
確かに同業者から奇異の目で見られるのかも知れない。しかしそれは俺にとって大した痛手では無い。それよりもメリットの方が圧倒的に多いと思う。
「それについては構わない。どうせ俺もソロ探索家だからな」
「そう、ですか?じゃあ…お言葉に甘えちゃいましょうか!よろしくお願いします!名前聞いて良いですか?」
急に元気になったな。テンションがころころと変わる落ち着きのない奴らしい。
「俺はノイン。この前十八になったとこだ。よろしく頼む」
「じゃあ私より一歳上ですね!どんなスキル持ってるのかも気になります!さっきどうやって倒したんですか?」
聞かれるまま様々な話をしながら、この日は初めて誰かと探索をしたのであった。
今日一日の売り上げはなんと。昨日の三倍、約十五万Gだった。一々運ぶ手間も無く、さらに個体を厳選する必要もないため効率が恐ろしい程向上した。実際、アイテムをたくさん格納できる特殊な袋などはかなりの高額で販売されている。
「やりましたねぇノインさん!私こんなに稼いだの人生で初めてです!どうやって分けましょうか?」
「俺もだ…!ミコナのおかげだ、本当に。半分ずつというのはどうだ?」
「半分…!?良いんですか!?私ただ運んだだけなんですが!」
「その運ぶのが大きいんだ。戦うだけでも、運ぶだけでもこの額は稼げなかった。両方有ってこそだ」
そして俺は受け取った金をきっちり均等に分けた。
「あ、そういうとこはちょっと細かいんですね」
ミコナが何か呟いた気がしたが良く聞こえなかった。悪口だろうか。
「俺はこの辺りの宿に泊まってるんだが、ミコナはどうしてるんだ?」
「私、実はこの通りお金が全然稼げなかったから普段スライムの中で寝てるんですよね。」
「お前…。どこの世界に召喚獣を持ち運びマイホームにする奴がいるんだ…」
「でも今日からは違います!私も宿、ついに取れちゃいます!」
とても嬉しそうだ。会った時から思っていたが、素直な良い子なのかも知れない。かなり変わっているが。
「それは良かった。じゃあまた明日も頼む。朝、リメスの入口で待ち合わせにしよう」
そう言って今日は解散する事になった。