22 絶対防御の筋肉王
果てのフリュービウスに隠された真実を追い求め、探索家として成長を続けるノイン。様々な敵との戦いの中で自分の戦い方を模索した結果、人間・獣といった括りを脱し我流を見出した事でその能力は飛躍的な成長を遂げる。同時に、最初に仲間になった少女ミコナもまた召喚獣の幅を広げたり、魔力の総量を増やす訓練により基礎能力を上げる事で唯一無二のサポート能力を手にした。人ならざる暗殺者・アストレアも与えられた魔石と仲間との連携を活かし、要所を抑える重要な役割を担っている。アストレアについては、これからの精神的成長も期待して行きたい。さらに、マギナテア騒動を経て仲間になったレジーナ───生ける魔道工房と称されるその頭脳と技術は桁外れであり、王国脱出に際しても多大なる貢献を以てその力を発揮した。彼女が居なければ、きっと彼等の物語は終わっていただろう。次に一行が向かうのは、隣国「ロンドハイン」。大陸南部に存在する国家群において、これほど商業が発展した場所は無いだろう。商業が発展した背景には、ギルドと王国が形成した獣域の特産品の流通経路になったという事実があるが、実はもう一つ。ある人物の影響が大きいのだ。人は彼をこう呼ぶ…輝ける筋肉の王────「マッスルロード」と。
「さぁ…着いたぞ。ここがロンドハインだ!」
山間部を抜け暫く歩くと見えてきたのはイオルスの王都と同等、或いはそれ以上に栄えた街。忙しなく馬車が行き交い、中には運搬用のゴーレムを使っている業者もいるようだ。「無事にこれましたね!追いつかれるかとヒヤヒヤしてました…」
「とはいえ油断はできまい。なにせここは王国とドップリの仲なんだろう?堂々と刺客を送り込むことも…」
「いや、それはきっと大丈夫だ。厳密に言うと、取引の根幹を握っているのはギルド本部らしい。国はそこに少し挟まって上前を跳ねている程度で、ロンドハインに対して強く出る権利は無いはず。ただの受け売りだが…」
以前、エルマーから聞いた話を披露するノイン。獣域は厳密に国の持ち物として定められておらず、その所有権は誰の手にも無い。そのため、そこで獲得した物は発見者の物として計上される。故に、それを買い取り輸出するという行為にも国は過干渉出来ない。
「じゃあ、せっかくですし満喫しましょう!ここの所騒動続きでゆっくりできて無いので」
心配が無くなった途端本領を発揮する女。思い出される過去のトラウマ…ノインは密かに別行動を取る決意をする。
「ふむ…そういえばこの国には確か、奇妙な祭りがあったような…あまり興味が無いので聞き流していたが」
何はともあれ、日々の心労をほぐすべく一旦全部忘れて楽しむことにした。レジーナとミコナは二人で、ノインは一人で散策する事になった。
(レジーナ…すまない。ミコナのお供は頼んだぞ…)
ミコナ達は買い物、そしてデザート巡りといういかにも女の子が好みそうなプランを打ち立て颯爽と人混みの中に消えていく。ノインは安堵したような、寂しいような気持ちで街を練り歩いていた。思えば、彼には好きな物があまり無い。興味の矛先と言えば武器や防具といった探索絡みの品で、食べ物にも無論興味はあるが彼の好む店はこの時間開いていないことが多い。適当にうろうろと見て回っていたノインは、次第に人が増え始めている事に気がつく。人が多く出歩く時間帯なのか、この一帯が特別なのか。答えは明白だ。一つの大きな人だかり、集まっている人は様々で統一感は無い。どうやら知らずのうちにノインは謎の人だかりの中に紛れ込んだようだ。揉まれながらも先頭に躍り出ると、何やら一人の男が居た。
「…ふむ。今日はここで行うとしよう」
筋骨隆々の、まるで筋肉が人の姿を与えられたかのような大巨漢。おもむろに上裸になると、その場で四つん這いのような姿勢をとり、何やら脚をピンと伸ばして上下に動き始めた。
(この男…筋トレを始めただと…!?)
戸惑うノインをそっちのけに、周囲の人物から歓声が上がる。
「うおおお!マッスルロード様が今年の聖地をお決めになられた!!」
「まさかウチの店の前が聖地になっちまうなんて!夢にも思わなかったわ!!アンタ、ぼさっとしてないで仕込みしなさいな!“ナカトバ亭”一世一代の大イベントだよ!」
「俺たちもやるぞ!今日は何回腕立てやるんだ!?」
男が腕立て伏せを始めると、祭りでも始まったかのように騒がしくなった。何がどうなっているのかわからないので、適当な人間を捕まえて聞いてみることに。
「えぇ?あんた、知らんのかい。これはマッスルパレードって言ってな…」
ある日、ロンドハインの街で突然一人の男が服を脱ぎ筋トレを始めた。どういうわけか、決まって飲食店の前でトレーニングを行い、終わるとその店で腹を満たすのだ。満足した男は、次の街に旅立っていく。その先でも同じことをしているようで、次第にその奇行は国中で噂になってゆく。街は丁度三百六十五個あるため、毎日これを続けていると丁度一年後には帰ってくる計算。住人達は少しずつ、その変わり者が来るのを楽しみに待つようになった。それどころか、知名度が高まるにつれて彼に着いていく者が現れ始める。一人加わってはまた一人、誰かが抜けてもまた新たな信者がやってくる。気付けば男の周りには常に人だかりができるようになった。そんな事を繰り返しているうちに、誰かが彼の逞しい風体に筋肉王と名付けたり、この一年に一度の来訪を「マッスルパレード」などと呼び始めると、それが瞬く間に広まった。周囲の環境がどう変わろうと、彼自身は毎日寡黙にトレーニングを続ける様に惹かれる者も多いと言う。さらに、このパレードの聖地として選ばれた店は一年間繁盛するというジンクス(今のところ例外なくそうなっている)もあってか彼を呼び込もうとする店も多い。ロンドハインは流通業で栄えたが、多くの人間を連れ歩き、消費者集団を毎日移動させる人物のお陰で国内での金の動きも良くなった。人よし店よし国家よし。この祭りは、十数年の時を経て国名物となっている。だが、何故この国でこのような行動をしているのか、筋肉王に関して知っている者は誰一人居ない。
「…なるほど。筋トレをしていたら、気付けば数百人を従える大所帯になっていた。一年に一度、マッスルパレードがやってくると聖地を中心に祭りが開催される…なんというか、変わった風習もあるもんだな」
男が長時間に渡る筋トレを終える頃には、真似してやっていた者は皆ダウン。本日の鍛錬に満足したのか、遂にナカトバ亭ののれんをくぐった。待ってましたとばかりに人が次々に入店し、あっという間に満席に。ちゃっかり最前列に立っていたノインは、流れに任せてカウンターに座ってみた。出てきた料理はなんとも言えない味で、元は閑古鳥が鳴いていたと言うのも頷ける。
「六百ゴールドになります」
会計場で支払いをしようとしたノインは、そういえば金を持っていない事に気が付いた。
「すまない…手持ちが無いのを忘れていた。良ければ、働いて返させてくれないか?」
もし断られたら、持ち物を換金してくるか…考えていたところに、快く二つ返事で許可が降りた。店も今日から人手が欲しかったらしく、早速制服を渡され勤務が始まったのである。
────捌けど捌けど、一向に客足が途絶えない。常に満席状態で、ピークが平均値と一致している異常事態を前に、珍しくノインの心が折れそうになってきた。
(マッスルパレードの宣伝効果、凄すぎないか…?)
聖地として選ばれた店は、流石に毎日常に満席とはいかないがそれでも格段に客足は増加する。ある意味、人の人生を大きく変えるイベントとも言えるのかもしれない。
「だいぶへばってきたねぇ!そろそろあがるかい?」
食い気味に頷くノイン。探索業を除けば初めての労働という事で、気疲れした部分もあるのだろう。着替えて店を出ようとすると、店主が金の入った封筒を手渡した。食事分を引いた日当らしい。ともすれば食い逃げ犯として突き出されてもおかしくなかったというのに律儀に差分をくれる店主に礼を言い、店を出た。
貰った金を握りしめ、街をぶらつく。お祭りムードに染まる街を歩くのは二度目だ。どこでも屋台の品は同じような物なんだなと思いながら、ノインは人が少ない場所を探し歩いた。いい加減人混みに嫌気がさしてきたようだ。街の中心部から離れるように移動すると、小高い場所に噴水広場が見える。ベンチに座り休憩しようとしたノインの耳に、物騒な会話が聞こえてきた。
「おっさんさぁ、マッスルなんとかって言われて良い気になってるけど実際大した事なさそうだよなぁ」
「図体だけデカくても、俺達のスキルにかかればイチコロってわかってんのか?」
「…おい、聞いてんのか?金を出せっつってんだわ。」
十人程のチンピラが、大柄な男性を取り囲みカツアゲをしているようだった。
(…あの男…まさかマッスルロードか…?)
絡まれているのは、暫く前ナカトバ亭の前で筋トレをしていた、祭りの中心人物のようであった。どうやら彼の人気を妬む不良集団のようだ。この辺りで勝手に祭り騒ぎを起こした事に怒っているのかもしれない。
「…だんまり、か。身包み剥ぐだけで勘弁してやろうと思ったが…気が変わった。おい、殺っちまえ」
「いいんですかぃ…。コイツ殺しちまったら世間が…」
「なぁに、証拠が無ければただの失踪扱いだ。やる事は“いつもと”かわんねぇよ」
にじり寄る手下達。それでも微動だにしない男に、ノインは不安を覚える。体格と腕力の差があれど、攻撃系スキルを持った集団に絡まれれば無事では済まないだろう。見かねたノインは、助けに入る事にした。男の一人が、手を金属に変換して殴りかかる。そこに割り込み、右手で代わりに受けた。実力者ではないようで、大して痛みを感じない。
「一人相手に大勢で…恥ってものが無いのか?チンピラ共」
「なんだ?てめェ…そいつの連れか?」
「馬鹿が!カモが二匹に増えただけの話だ、まとめて殺せ!!」
「助力に感謝しよう。だが、少し離れていた方が良い」
男はノインを軽々とつまみ上げると、空中に投げ上げた。
(…なんで投げられてるんだろう)
ふと下を見ると、チンピラが一斉に取り囲むようにして攻撃している。電撃、高速斬り…攻撃の種類は様々だが、共通しているのは「全て効いていない」と言うことだ。
「なんだテメェ!!スキルか…!?傷一つついてねぇ!」
「守りだけと侮る勿れ!吾輩の“魔力補填”は攻防一体の力である!」
男の体を中心として黄金の魔力が放たれた。衝撃を受け、チンピラ共は一人残らず気絶。落ちてきたノインを受け止める。
「無事か、少年」
「…あぁ。アンタ、強いんだな。てっきり筋肉で全員ねじ伏せるのかと思ったが…」
「フ…こう見えて格闘は不得手でな。それより、少年。君は何者だ?」
「俺はノイン…イオルス王国で探索家を…やってた者だ」
「すまない、名乗り遅れたな。吾輩はブラストン。ブラストン・ゴルドウィンだ。して、どうしてこの国へ?」
こうして、ノインとブラストンは語り合った。ブラストンは元帝国兵だったが、階級が上がるにつれて帝国の黒い部分が目につくようになり嫌気がさして脱退したらしい。
「そうか…アンタも帝国から抜け出してきたんだな…。それが何故こんな事に人生を費やすようになったんだ?」
「当然の疑問だな。吾輩は、あの国を変えたかった。若者の未来を奪い、全男児を兵として獣域に送り込む政府…そして得た利益で人の道を外れた人体実験を繰り返す研究機関。愛する女をモルモットにする資金を稼ぐために死地に赴く度し難い狂気が蔓延する国を…変える力が吾輩には無かった。否、今もまだ力不足だ。吾輩は、探しておるのだ。この中立の国にて、世界の闇に立ち向かえる同志を。勿論、自分の鍛錬も目的だがな」
「…酷い国なんだな。王国が随分マシに見えてくる。」
「…一概には言えんぞ。確かな事はわからないが、帝国と王国は水面下で密接に繋がっているという話を聞いた事がある。王国も裏ではどんな悪行をしているやら…」
「…そうか。王国と…。」
ノインは暫く考え、到達した結論をブラストンに提示する。
「ブラストン、俺と共に来ないか?アンタは帝国を正したい。俺は…正直迷っていた。王国に立ち向かうか、外国に身を潜めるのか。だが、アンタの生き方を見て考えがまとまった。」
真剣な眼差しで、ブラストンを見据える。
「俺はイオルス王国を打倒する。帝国の後でいい…その力、俺達に貸してくれ。」
「ふむ…。良いだろう。国を相手どる気概…気に入った!だが、水を差すようで悪いが一つ条件がある。ノイン…お前とその仲間の力を見せてくれ」
その後、ミコナ達とノイン達が合流する。
「…ノインさん!?そそ、その人ってもしかして…マッスルロードさんでは!?」
「これは驚いた…街で見た張り紙と瓜二つじゃないか…!」
事細かく経緯を説明し、彼が今仲間に加わるかどうかの分岐点である事を伝える。能力を見せるのであれば、なるべく人の少ない場所が良いだろうという事で、またもさっきの噴水公園に移動した。夕日に照らされるブラストンの肉体は、生ける芸術品とも言える美しい輝きを放っている。ミコナとレジーナがそれぞれの能力について話す。続けて、ノイン達が擁する暗殺者、アストレアの力を示すとブラストンは大層驚いていた。
「…感服だ。吾輩も様々な能力者を見てきたが、これ程の逸材はそう居ない。特に…ミコナと言ったか。その力は極めて特異だ…そのようなモンスター、帝国兵として獣域に潜っていたが見た事も聞いたこともない。召喚士と言うより式神使いに近いのだろうが…」
「そうですね。私の召喚する子達は特殊な方法で生まれたモンスターです」
「で、あろうな。さて…ノイン。残るはお前だ。」
二人が対峙する。戦闘特化スキルであるノインは、戦う他に力を示す術を持たない。
「始めようか。ミコナ、開始の合図を…」
「いや。その必要は無い。ノイン、お前が出せる最高の一撃を吾輩に叩き込め!」
「それは…まずく無いか?」
「問題無い。だが、そうだな。ガードくらいはさせて貰おうか」
少し悩んだ末、ノインは八割程の威力で強力な炎の球を飛ばした。大量の魔力を凝縮し、触れた瞬間激しい熱が迸る、言わば炎弾の強化技だ。ブラストンはガードをしようとしたが、何を思ったか腕を下ろした。ノーガードでノインの炎弾を受けたのである。
「吾輩は…最高の一撃と言った筈だぞ?見くびってくれるな」
直撃したはずが、無傷のブラストン。全力で無いとは言え、八割も出して無傷という事実に驚きを隠せないノインは、今度こそ本気の一撃を放つ決意をした。爆発系の攻撃はダメージ効率が良い。しかし、防御力が高い相手に対しては貫通性能を上げた方が効果が大きくなる。彼が持つ技の中で最も貫通力が高いのは熱線放射だが、今のノインには一つのビジョンがあった。それは、先刻の戦いでフレイムジェネラルが行っていた爆発を推進力に変える技巧。身体能力も強化できるノインが使えばその威力は飛躍的に伸びるだろう。
「ブラストン…全力以上…出しても良いのか?」
「ほう!!一向に構わん、来い!!」
ノインは手刀を作り、瞬時に身体能力を全開まで上げる。地面を蹴る足、肩。複数箇所で指向性を持った爆発を起こし、さらなる加速を実現してみせた。それだけでは飽き足らず、手に凄まじい熱を纏う。赤熱する手に黒い亀裂が走るその様は、かつての狂戦士戦を彷彿とさせた。ブラストンもこの一撃は先程の比では無い事を感じ取り、咄嗟に両腕を構える。
「お…おおォォォ!!!これ…は!!」
手刀の先端が、ブラストンの腕に刺さる。第一関節の半分ほどがめり込んだところでノインは手を抜き、スキルを解除する。
「これ程とは…!吾輩の体に傷を付けたのはお前で二度目だ!文句なしの実力…是非その力を貸してくれ」
「認められたようで、何より───」
「だが。ノイン、一つ聞きたい事がある。それは本当に…お前のスキルなのか?」
「…どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。自分でおかしいと思ったことは無いか?言われた事は無かったか?なぜ系統が大きく異なる身体強化と炎の能力を持っているのかと。いや…それだけじゃ無いな。俺の体に当たる瞬間、指を負傷した筈がもう治っている。」
「言わんとする事はわかる。実は、以前…」
ノインは語り始める。元はレッドバーサーカーというスキルだと思っていたが、謎の暴走やディザスター戦で己の内に見た赤い竜…謎の男が摘出したと言う“不純物“。何かが人とは違う事は薄々感じていた。ただの特殊なスキルという事ではなく、その成り立ちから、根本から違っている。
「…ふむ。意識の中で見た赤い竜…。竜と言えば、火を噴くものだ。もしかすると、お前のスキルは本来身体強化で、そこに何らかの理由で竜の力が結びついたということか…?」
「それは中々面白い仮説だねぇ。私としても興味がある…どうだろう、ノインの中を見てみると言うのは」
「中を見る!? え…えぇ!?解剖しちゃうんですか…」
「いいや。私の能力で、回路を接続し構造を明らかにするだけだ。構わないか?ノイン」
「あぁ…俺自身も気になる。是非頼みたい」
上半身をあらわにし、その背にレジーナが触れる。回路が接続され、一時的にノインの身体が彼女の管理下に入った。
「これは………!!!」
目を閉じ、彼の体内をまさぐっていたレジーナの顔に驚きが刻まれる。ノイン自身の魔力回路に、絡みつくように伸びるもう一つの回路。赤く荒々しいそれは心臓から伸びていた。さらに驚愕すべきはその心臓…まるで、二つの心臓が融合したかのような形状と回路を構築しているのだ。その部分を詳しく調べようとした瞬間、何故かレジーナのスキルが解除された。不審に感じつつ、ノインの体内について知った事を共有する。新たに得た情報をもとに導き出される結論は一つ。
「竜の…心臓ということか…?それが俺のスキルと融合し、炎を扱えるものに変質したと」
「なるほど。ノインさんは前から人間じゃないと思ってましたが、まさか竜の心臓を持っていたとは…。スキルの変質自体はあり得る話です。勿論、簡単な事ではありませんが私という実例が、ここに居ますので」
「だが…なんだろうな。君の話では竜の意志のような物は全て消えて力だけが残ったという事らしいが、私のスキルがまるで“誰かに強制解除されたかのように”崩れた事の説明が付かない」
「それはノインが無意識の内にお前が入れた異物を排除しただけじゃないのか?」
ブラストンの指摘にレジーナが反論する。
「いや、それは考えにくい。と言うのも、回路の接続はある意味私の管理下に置くと言う事だからな。無論、接続を拒否する事は出来るが今のは拒絶による切断では無く崩壊だった。私の勘違いといえばそれまでだが…しかし一考の余地が有るのでは無いかと思ってな」
黙っていたノインが、ぼつりと呟く。
「もう一度…見てくれないか?前のようによく分からない物をそのままにして、仲間を危険に晒すような事は二度と御免だ。頼む、レジーナ」
「ノインさん…私は別に…」
「…俺自身が嫌なんだ。この状況だって、言ってみれば俺が招いた不幸だ。俺と関わっていなければ皆…」
「それは言いっこなしと言うものだ、ノイン。さぁ背中を向けろ」
「そうですよ!私は迷惑とか、後悔とかありません。今日も二人で歩きながら話してたんです。これからどうするのかについて…だからノインさんがブラストンさんを連れてきた時は嬉しかったです!私達も同意見でしたから」
「そう言うことだ。さぁ。力を抜いて」
「ミコナ…レジーナ…。有難う」
上裸では締まるものも締まらないが、皆の考えが一致していた事がわかりノインの心が和らぐ。レジーナが、再び回路を接続し始めた。彼女の回路が心臓部分に到達する。今度は崩壊せず、ゆっくりと分析が出来ると思った矢先────。
「!!心臓に触れた瞬間…また崩壊した…。これはまさか…」
「どうした?」
「もしかすると、ノイン…君は一つ大きな勘違いをしているのかもしれない。身体強化、回復強化…炎。それら全て“本来の君の力”では無いんじゃないか…!?」
生じる考えを否定する自分と、そうとしか考えられないと主張する自分。自問自答の果てに到達した答えがそれであった。
「どういう事でしょうか?」
「…私の回路で心臓に触れてみた。一瞬で崩されたから保証は出来ないが…ノインの心臓にはもう一つ別の魔力回路が備わっていたのを感じた。」
「スキルは心臓に刻まれた回路が生み出す能力…竜の心臓と別にもう一つあると言うのはわかるが、それが身体強化では無い理由は何なんだ?」
「なんというか…君の竜の心臓から伸びる回路が、もう一つの回路を“押さえつけるように”発達していた。融合ではなく封印…つまりは今君本来のスキルは封印状態にあるのでは無いかと言うのが私の考えだ。」
思い当たる節が全くないという様子のノインに、レジーナが追い討ちをかけるように付け加える。
「…もう一つ言わなければ行けない事がある。その封印…竜の意志が消失したせいか、解けかかっているぞ」
────場面は変わり、ロンドハインの宿屋にて。ノインのバイト代、そしてレジーナの所持金を使用して一人一部屋をおさえ休息していた。善は急げという事で、早くこの街を出て帝国に向かう事を決意した皆であったが、しかしノインは先ほどの事が気にかかる。封印されたもう一つのスキルと、何故か体内にある竜の心臓。謎の男ならば何か知っているのかも知れないが、こちらからコンタクトを取る手段が無い以上どうしようも無い。
(しかし…そう悲観的になる事も無い…のか?竜の力が制御不能だったのは、そこに別の意思が混入していたからだ。俺本来のスキルが制御不能になる事は無いだろうが…しかし封印というのが気にかかる)
基本的に、自分のスキルが制御不能になるなどという事は無い。手が思い通りに動くのと同じくスキルの挙動は持ち主の脳によって制御される。しかし、封印される物には相応の理由があると言うのもまた物事の道理だ。誰がどう言う意図で施したのか分からないが、自身の出生には謎があるのかと、ふと考えるノイン。
「全部終わったら…父さんに聞いてみるか」