19 厄災裁判
列車に揺られる三人。窓から見える景色を楽しみながら、のんびりと列車旅を満喫していた。
「そう言えば…ノインさんの作ってもらった魔道具見せてください!」
「あぁ、そうだった。凄いんだぞこれは」
研究所で一通りの解説を受けたので、ノインは扱い方を理解していた。因みに、レジーナは道具を職員に託す際に、研究所を辞めて旅に出る事を皆に伝えてあった。知らないふりをするよう指示したレジーナのイタズラ心が伺える。
「インフォメーションウィンドスフィアと言うんだが、真ん中のここを押すと…ほら、小さな画面が空中に映し出されるんだ」
膝の上に乗せてボタンを押すと、三人の視線の高さ辺りに画面が投影された。
「すごーい!」
「因みに、そこを捻ると画面の大きさを変えられるぞ」
「……。」
「どうぞ。続けてくれ」
「で、このボタンを押すと入力した情報を見返すことが出来るんだ。」
「一応物理操作もできるように付けたが、画面に直接触れても操作できるからな」
「…」
「どうした?」
意気揚々と解説するも、幾度となく横槍を入れられるノイン。最初に聞いた時はそこまで教わらなかったのだが、それもその筈。レジーナはそもそも自分が後で解説するつもりだったため、詳しいことは職員に伝えてこなかったのである。
「…俺より、レジーナが説明した方が良い気がしてきたぞ」
「そうかい?では私が残りを。」
次々に出てくる、ノインの知らない新情報。最初は面白くなさそうに拗ねていたが、次第にその機能に引き込まれていった。インフォメーションウィンドスフィア───略してスフィアの最大の利点…それは簡単に膨大な量の情報に触れられる事。情報を入力するには別の装置が必要だが、(レジーナが持っていた)一度入れてしまえばいつでも何処でもその情報にアクセス出来る。魔力が動力源だが、自動で魔力を吸収して貯める技術を搭載しているため特に何もする必要が無いのも魅力の一つだと言う。
「あぁそうだ、これの後に出すと少しインパクトには欠けるが…」
ノインは受け取った瓶状の魔道具を出す。
「これは放置しておくと魔力を吸収して貯めてくれる道具だ。つまり、一気に大量消費する状況以外では、新しく回復瓶を買う必要が無くなる」
「地味に便利な道具ですね!買いに行く手間が省けるのは何気に助かります!」
会話を楽しむ、平和なひととき。しかし、列車がイオルス王国に着いた時。この平穏は崩れ去るのである。これまでに無い波乱が、一行を襲うまで後1時間────。
イオルス王国の王都にて列車が停まる。乗った時とは、何処か雰囲気が異なって居る事に気付く二人。
「なんだ…イオルス王国というのはこうも物々しい国だったか…?まるで帝国みたいだね」
「いや、いつもはこんな様子では…。何かあったのか?」
「まさか、またディザスターでも出たりして…?」
国王軍の兵と、ノインの目が合う。遠巻きでよく聞こえないが、近くの兵と彼の方を見て何やら話している。程なくして、数人の兵士がノインを取り囲むように近寄ってきた。
「お前がノインか?隣にいるのはミコナだな?お前達に逮捕状が出ている!速やかに出頭せよ!着いてこい」
「待て、逮捕だと?一体俺が何をしたと…」
「お前には、ディザスターを用いて国の安全を脅かそうとした疑いが掛けられている!兎に角黙って着いて来い!」
訳もわからず、手錠をかけられて連行される二人。レジーナは理解できずにただ立ち尽くしていた。
所は変わり、王都の裁判所。二人の被疑者が中央に立たされる。ノイン達を守ろうとするギルドの重要人物、対岸にはノインを悪と断定する者達。今、彼らの運命を決める戦いが開始された。
「さて。漸く被疑者が発見されたと言う事で、裁判を始めたいと思う。被告人は、先の獣域における“ディザスター“との戦争で、あろうことかもう一匹のディザスターを呼び寄せ、更には片王を捕食させ脅威度を大幅に上げた容疑でここに招集された。この事について、まず何か言う事はあるか?」
二人に発言権が与えられる。突然の事に理解が遅れつつも、兎に角記憶を鮮明に思い出し一連の流れを整理した上で濡れ衣である事を主張した。
「…その、謎の男と言うのが誰かという話だ。本当に存在するのか、君のでっち上げなのか。」
続いて発言を許されたのは敵側。
「では、続いてイオルス王国大臣、“ステラ・ケラリウス“。彼の主張に対し何か言うことは?」
「はい。まず、私達の部下が数人その戦いに参加していました。と言っても、獣域で戦闘している様子を見かけて援助に加わった…という流れですが。その部下の供述をお聞き下さい。」
大臣、ステラが座り、代わりに別の男達が立ち上がる。
「我々は、瀕死の“肉塊”を追って行く彼の姿を見ました。私達も後を追い森を抜けると、丁度彼が死竜の口に肉塊を放り込んでいるのを見ました。」
「あの男は、戦いの中で不思議な鎧のモンスターを従えていました。つまり、アンデッド系モンスターを操れるのです」
「奴だけではない、その仲間も正直言って怪しいところが多い。他国から来たようですが、使役するモンスターはどれも見たことのない悍ましい物ばかり。この国を崩壊させるために来たのでは無いかと思うほどです。」
好き放題供述する男達をキッと睨むミコナ。裁判長は、次に弁護側の話を聞く事にした。起立するエルマー、その隣にはテルマーともう一人女性が座っている。
「まず、こちらの書類に目を通して下さい。これは、先日の一件の出来事について細かく纏めた報告書です」
裁判官らしき人物が、エルマーから2枚の紙を受け取り裁判長の元へと運んだ。
「…一枚はギルド所属の探索家、リーエ氏が提出したもの。もう一枚は彼、ノイン氏が提出した物となります。そこに書かれている通り、死竜を呼び起こし、さらに肉塊を食べさせた犯人は別の男です。また、鎧のモンスターとありますが、あれはノイン氏が独自に開発した魔道具の一種です。当ギルドで安全性についても確認済みであり、モンスターではありません。また、仮に目的が国の混乱だったとして、どうしてその彼が命懸けで立ち向かうのでしょうか。」
エルマーらしい、論理的な反論。そこに、敵側の陰湿なる二手目が投じられる。
「では…私が。まず、その文書が捏造である可能性について考える必要があるのでは無いでしょうか。つまり、誰かが犯人を守るために偽造したのでは無いか…という話です。」
現段階では、両者理性的に基づき自由な発言が許されている。言葉の合間を縫い、反撃するエルマーの主張はこうだ。
「私達が、厳重な管理体制の元保管していたため第三者による改竄はほぼ不可能です。」
「言い方を変えれば、貴方達であれば改竄し放題だった…そういう風にも捉えられますねぇ。」
「本件に関して捏造を私たちの手で行う必然性がありません。根本的な話です。仮に私達がノイン氏に利益をもたらすために文書を捏造したとしましょう。しかし、捏造する必要があると言うことは、“供述内容がそもそも彼にとって不利な内容“だったからですね?その場合、ノイン氏は“自白しようとしている”ため、この場で即座に罪を認める筈です。また、ノイン氏を庇うためにリーエ氏の主張を捻じ曲げたとしても、一つ矛盾が生じます。私達は、リーエ氏に対して“彼女の功績”に対して内訳を明らかにしながら報酬を支払いました。こちらの紙をどうぞ。」
「…どれも戦闘時の功績のようだね」
「はい。当ギルドでは、過去に何度か“嘘の申告を暴いた”人物にも報酬を渡しています。本件のような、特段大きい案件等正にその対象…しかしその内訳書にはその旨の記載がありません。にも関わらず、リーエ氏は血印を押して居る。これが二人の証言内容が一致している証拠…ひいては私達の改竄があり得ない理由です。」
「なるほど。全くもってその通りだと感じるが…大臣、何かあるかね?」
「…そのリーエ氏とやらが束ねていたクラン…そもそも何故参加したのかと言うと、どうやらギルド長である貴方に“弱みを握られているから”だと小耳に挟みましたが?であれば、例え自分に不都合であってもギルドの命令とあらば真実に蓋をしたとしても何ら不思議はありませんが…如何です?」
「…まず、彼女のクランが参加したのは私が弱みを握っていたから…これは真実です。しかし、それでもこの情報は根拠足り得ません。私が握っていた弱み…それはかのクランに利益をもたらすある素材の独占市場の黙認。それにより得られる利益より、本件に潜む嘘を看破して得られる報酬の方が大きい。それは過去の事例からも明白です。つまり、私がそれを理由にリーエ氏の口封じを画策した所で、実現不可能という事です。」
「ふむ。弱みの内容が何か…私達には分からない以上、これ以上の追求は無駄のようですね。良いでしょう…文書改竄の指摘はこれにて。続いて、その内容が虚偽であるという指摘を致しましょうか。その“謎の男”とやらは、見えない攻撃を行い二人をあしらってディザスターを捕食させたとありますが…それ程の実力がありながら、何故その場で二人を殺さなかったのでしょうか?犯人とやらの意図が不明瞭であり、被告の嘘である可能性が拭えません。」
「それに関しては当時我々も疑問に思いました。辿り着いた結論はこうです。その場で殺さなかったのは、“そのほうがメリットが大きかった”からでしょう。逆に言うと、直々に手を下すデメリットの方が多かった…と言い換えられます。つまり、その人物がもつ殺害方法では、自分に疑いが及ぶ何らかの証拠を残しかねない等、何らかの理由によりモンスターに消させる方を選んだ。当時、ノイン氏はその書類にも記載している通り戦いの中で飛躍的な成長を見せています。そのため、犯人がノイン氏と遭遇した時点では確実にディザスターが仕留めてくれるという算段が立っていた物と考えられます。因みに、今回ギルドで把握しているスキルと証言を照会しましたが、類似する能力者は居ませんでした。つまり…“探索者以外の誰か”が真犯人である可能性が濃厚です。」
じろりと大臣を睨むエルマー。
「…なるほど。実に筋の通った理屈ですねぇ。所で、お伺いしたいのですが。あなた方は以前、ディストーラ家に攻め込んだ被告人…ノイン氏の代理裁判を行っていますねぇ。」
「…裁判長、大臣は本件に関係のない裁判時の情報を流用しようとしています。」
「構わない。その件の担当官…及び参加者も偶然同じ人物だ。裁判内容の流出にはならない。」
一転してエルマーの顔に焦りが見られる。テルマーも、じっとしているがその額には汗が流れていた。大臣は主張を続ける。
「その際、ノイン氏の攻撃を正当な行為として主張していましたが…あれは確か“真偽を看破できる能力者”による証明を根拠としていましたね?今回も同じく、それを行ってはどうでしょう?」
「うむ。裁判長たるこの私が言うのもなんだが、絶対性を担保された証拠は裁判を進める上でも重要な鍵となる。では、可能であれば前回行ったように、能力者の力で真偽を暴いて貰いたい。対象はあちらの証言人に対してだ。」
エルマーは何かを言いたげに暫し沈黙していたが、言葉を飲み込んだ。なぜ行使対象がノインでは無いのか。そう問うた所で、ギルドと親密な関係であれば何らかの対策を行っているかもしれないと指摘されるのがオチである。逆に、こちらが同じような指摘を行うのも悪手だ。それは彼女のスキルの絶対性を弁護側が疑う行為であり、証拠としての強度を貶めてしまう事になる為である。ここで彼女の絶対性を落とせば、前回のノインの代理裁判における証拠が不十分との事で二度目の審議が行われるだろう。結果的にはディストーラの悪行を暴けたが、時系列的にノインの襲撃の正当性が担保されずに有罪となる可能性が極めて高い。端的に言えば八方塞がりである。エルマーは残り僅かな可能性────大臣側の証人が、こちらの看破者のスキルに対する対策を取っていない事に賭けるしか無かった。しかし、希望は虚しくも潰えてしまうのである。ギルドの虎の子、“覗き姫“のスキルは、対象の脳を覗いて特定の記憶を探ること。その際、他にも対象者を選択し、自分の見た内容を同じように見せることが出来るという物である。覗き姫は裁判官、エルマー、そして大臣に視覚を共有して証人の脳を観測した。そこに映っていたのは、証言通りディザスターを捕食させるノインの姿であった────。
「………く…うッ……!申し訳ありません…ノイン様……」
エルマーが膝から崩れ落ち、涙を流す。テルマーは再審を求めて叫ぶあまり摘み出されてしまった。
「…では、これより判決を言い渡す。最後の映像が最も有力な証拠であった…被告は有罪である!ノイン、及びその仲間とされるその者にも後日裁判を行う予定である。両者を王都地下牢国へ投獄せよ!!」
「待て、ミコナは無関係だ!!なぜ投獄されなければいけない!?」
「それに関しては本人の口から聞いたらどうだね?」
勝ち誇った笑みを貼り付けて口を挟む大臣。
「…黙れ!エルマーさん、俺の事は良い!それよりもミコナを…!」
「……」
俯き、黙りこくるエルマー。
「…良いんです。ノインさん」
兵が駆け寄り、暴れるノインを抑えつけた。彼は手間が掛かると判断してか、無抵抗なミコナが先に馬車へと連れて行かれる。
「…私が犯罪者なのは…事実ですから…。」
最後の言葉はノインに届いただろうか。思い出されるのは、彼と過ごした冒険の日々。危なっかしくも楽しい、彼女の人生を通して間違いなく最高の時間であった。ミコナの頬を、一筋の涙がつたう。