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1 不人気エリアで金策を

「ご、五万G!?」

ギルド本部窓口で大声を出している不審者、もといノイン。今回の探索報酬はなんと、彼の予想を大きく上回る五万Gであった。どうやら今回遭遇したボスゴブリンは本来中部のモンスターらしい。そもそもボスゴブリンという名前ではなく(ノインが勝手に呼称しているだけである)グリーンオーガと呼ばれるモンスターで、イレギュラーな出現により緊急討伐依頼が出されていたのだ。さらに、オーガが複数のゴブリンを伴っていた事から依頼報酬が少し引き上げられた。さらに、討伐依頼として掲げられている金額に加え入手した素材の買取価格も含まれての五万である。少々冷や汗をかく場面も見られたが、初回の探索は概ね大成功と言えるだろう。


 ギルドの付近で手頃な宿を見つけた俺は、早くもベッドで寝転んでいた。思い出すのはやはり今日のボスゴブリン、いやグリーンオーガについてだ。初めての探索でどこか浮かれていた部分があった俺はまともに攻撃を腕で受けるという愚策に出た。そのせいで結果必要な場面で腕で受けることが出来ず、苦戦を強いられてしまったのである。今日の事は教訓として心に留めて置かなくてはいけない。とはいえ、中域に出現するモンスターと戦っても勝てると分かったのは収穫だ。効率良く稼いで資金を作り、その金で上質な装備を揃えいつかは上部を踏破したい。かつて、ある探索家達がパーティを組み限界地点までの探索を試みた事があった。最強と名高い探索家が結集した結果、大きな河に到達した。上部の終着点、即ち「果てのフリュービウス大河」である。なぜそこから先は進まなかったのか。当人達は食料が尽きたと述べたそうだが、その真偽は定かではない。そして数十年経った今でも河に到達した者は未だ現れていないのである。俺はこの河を実際に見てみたいのだ。そして対岸に広がっている人類未到の地を探索したい。その話を父にすると、決まって物悲しい顔をするのであった。かつて父も同じものを目指し、夢破れたのだろうか。


 考え事をしているうちにノインは眠りに落ちていた。そして朝になった。ギルドの掲示板で依頼を眺めたのち獣域に入ったノインは、ふと側の小屋に目を向ける。昨日もそうであったが、時折人が出入りしている様子。何があるのか気になったノインは検問所の番人に尋ねてみた。

「あぁ。それは魔道列車の乗り口だ。地下でGを払えば各地のセーフエリアにまで高速で運んでくれるのさ」

「そんな便利な物があるのか!ありがとう」

礼を告げ、早速小屋に向かうノイン。扉を開け、地下に進んで行くと少し広めの空間が存在していた。壁の張り紙によると、日に何回か列車が行き来するようだ。

(なるほど。次にいつ列車が来るかはこの砂時計を見れば良いのか。)

発車時に反転させた砂時計の砂が全て落ち切る頃にはまた帰ってくるようだ。各地のセーフエリアで買い取った素材をここまで運び、さらに地下通路を利用してギルド本部に格納しているらしい。我々探索家はその運搬車両の一室に相乗りする、いわばついでのような立ち位置というわけだ。

(しかし、これは非常に有難い…!値段も安いから毎回利用できる。体力と時間のリターンから考えるとメリットの方が圧倒的に大きいな)

効率の男、ノインはウキウキで列車に乗るのであった。

 徒歩とは比較にならないスピードで中域のセーフエリアに到達したノインは、地上に出るなり天を仰ぎ見た。ここディーネ湖はモンスターの類がほとんど出現しない。周囲に生えた木々は優しく辺りを包み込む、獣域の中にいる事を忘れるような安らぎの地だ。

(あぁ…日光が…風が沁みる…)

物珍しさで最初は楽しんでいたが、しばらくすると変わり映えしない土壁、閉鎖空間、そして軽い振動により後半は気分が悪くなってきた。便利なはずなのにあまり利用者がいない理由はここにあるらしい。何はともあれ、探索家生活二日目にして早くも中部に進出したノイン。辺りにいる同業者も流石に下部の森に居た層とは明らかに顔つきが違う。一度は死戦を潜り抜けてきたのであろう。中には獣域以外で死戦を潜ってきた所謂ならず者もいるようだが。しかし、注目すべき点はもう一つある。

「パーティーを組んでる奴も結構いるな…。そういやギルドの掲示板にも書いてあったか。難易度が上がるにつれて単独探索は危険だと」

森や草原が主体の下部とは異なり、中部からは敵の質と環境双方の面で難易度が上がる。事実、獣域での死者・行方不明者は中部の方が圧倒的に多い。そのため、生存確率に対して意識を割く必要が出てくるという事だ。その方法として手っ取り早いのが人を増やす事である。役割分担がもたらすメリットは存外多い。とはいえ、当然デメリットもある。獣域内での犯罪行為はもちろん禁止されているが、実際のところ何をしようがバレる可能性は低い。つまり、パーティーを組んだ相手に騙され金品や命を奪われる恐れもある。

(ただ、パーティーを組むという事はその分取り分も減るという事…。人を増やしてもその分儲かるなら是非とも組みたいが)

彼の懸念はもっともである。安全のために人を増やした結果取り分が減るのなら、下部や中部の中でも難易度の低い所を一人で探索する方が賢い選択と言えるだろう。ちなみに、ギルドの受付に行けば自分が求める人材を他のパーティー募集中の探索家の中から紹介してもらえるのだが、ノインがその事を知るのはもう少し先の話である。

 今回ノインが探索するのはリメス山地。セーフエリア南東に位置する場所だ。下部との境目に位置しているため敵も中部の中では比較的倒しやすいというのが手帳による情報だ。しばらく道なりに歩いていると、ようやく本日最初の敵と遭遇した。前方に伸びた鋭い二本の角。びっしりと覆われた体毛、道なき道を容易く走破できそうな逞しい体躯。

(列車の中で見た手帳に載ってたな…確か…ダブルホーンボアだったか?随分安直な名前だが、それはさておき。筋肉の層が厚そうだな)

ノインは昨日のオーガとの一戦を思い出す。筋組織の塊のようなオーガの胴体は想定以上に硬かった。斬撃よりも刺突の方が有効だというのが彼の結論だ。加えて、モンスターは人間と違い動きが直線的で読みやすく、そして誘導しやすい。これらも加味した上でノインは敢えて敵の攻撃を待つ事にした。しばしの睨み合いを経てボアが二足歩行の獲物目掛けて突進を繰り出す。自慢の双角は容易くその身を突き穿つ算段であったのだがーーー

衝突の寸前で視界から消え去る獲物。その角は惨めにも背後の木に突き刺さってしまった。

「木に刺さったのは予想外だがむしろ都合が良い。悪いが俺の養分になってくれ」

ノインの剣が無慈悲にも脳天を貫く。角がある分頭蓋骨はあまり分厚くなかったようで、スキルにより大幅に強化されたノインの腕力ならば簡単に刺すことができた。剣に付いた血を拭いながらノインは頭の中で計算する。

(ダブルホーンボアの魔石と角が換金対象…合わせて五千Gということは十匹狩ればまた五万G稼げるということか。中々旨みがある…!)

本来このモンスター、リメス山地の中ではかなり倒しにくい部類なのである。スキルにもよるが、攻守に優れた探索家、あるいはパーティーでなけれれば危険なため避けるのが吉とされているのだ。このモンスターよりも換金額は劣るが倒しやすいモンスターもいるため、ここにくる探索家の多くはボアを狩らないのである。そのせいか、ボアとの遭遇確率が上がり、次第に稼ぎにくいエリアとして広まってしまった。そうして人が寄り付かなくなった結果、ここはノインにとって絶好の狩場と化しているのである。

 倒しては素材を集め、持ちきれなくなったら売りに行き…を繰り返した結果、本日のノインの収入は四万五千Gであった。角が重いせいで三匹も狩ると運ぶのが大変になってくる。

(倒しすぎても持てないから三匹ごとにセーフエリアのギルド支部まで運ぶ必要があるのは難点だが、それさえ目を瞑ればかなり好条件の狩場だな。とりあえず今日はこの辺りで切り上げて宿を探すか)

 一度王国内に戻るかどうか迷った末、今日は試しにセーフエリアの宿を借りる事にした。値段はやはり割高だったが、ノインの稼ぎからするとそう痛くは無い出費だった。一つ問題点があるとすれば、昨日この部屋を利用していた人物は探索途中で命を落としたという事くらいか。俗にいう事故物件というやつである。当のノインはと言うとーーー

「明日もリメスに行くか…運搬効率をもっと高めて1日あたりの利益を…」

この通り、特に何も気にしていない御様子。ベッドに寝転んで明日の計画を練っている。図太いという言葉は彼のためにあるのかも知れない。かくして初めての中部探索も無事に成功したノインであるが、今日を境に彼の生活は一変する事になる。変化がもたらすのは幸か不幸か。それはまだ誰にも分からない。



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