16 出国 旅立ちのノイン
明け方、一行はギルドに到着。勝利直後の熱気は次第に冷め、誰もが失った仲間に思いを馳せていた。両クランから約五十人ずつ集めて編成された対ディザスター部隊は、今や半数以下にその数を減らしている。出迎えに来たテルマー、そしてエルマーの二人はクエスト達成の報せを受けて内心喜びはしたものの、表立ってそれを表現するわけにはいかなかった。
「まずは、クエスト達成の件…本当に有難う御座いました。クランの長、そしてノインさんの御三方にはこのまま休息を取っていただいた後、報告をお願いしたいのですが…」
「ハァ〜。俺から言う事はなんもねェよ。クランの戦死者、被害報告は後日ギルドまで持って行かせる。“十分な報酬”さえ出るんなら、それで文句ねェ」
「…私も概ね同意見だ。と言うより、此度の戦い、恐らくノインから聞いた方が良いだろう。最も勝利に貢献したのは彼なのだから。細かいことは報告書に纏めて提出させて貰う。」
無駄を省く姫、面倒を嫌うキング。こうなるとノインは断りにくい。
「…そういう事なら仕方ない。積もる後始末が無い分、それくらいは俺がしておこう。」
二人はギルドを後にし、ノインとミコナは約一月ぶりにギルドの客室で休息を取った。気を抜いた途端溢れ出す疲労に誘われるまま、気絶するかのように眠りについた。
気を遣ってか、誰も起こしに来なかったためノインは昼まで眠っていた。ミコナもどうやらまだ眠っている様子。眠りにつくミコナを起こすのは忍びなく感じた様で、一人で一階に降りて行った。
「おお、随分と疲れていたようじゃな。無理も無い、少しは回復できたかの?」
「あぁ。流石に昨日は堪えたが…今は随分ましになった。早速報告…」
テルマーと向かい合い、話すノインの腹部から音が鳴る。そういえば昨日の朝以降何も食べていなかった事をノインは思い出した。
「ほほほっ!元気そうで何よりじゃわい。準備はできておるからの、慌てずゆっくり食べてくれ」
お言葉に甘え食事を摂るノイン。暫くするとミコナも降りてきて…。
「ああーっ!ノインさんだけ、美味しそうなの食べてる!私もお腹空いてるのにーっ!」
「悪いが、これは報告を済まさないと食べては行けないんだ。働かざる者食うべからず。よく言うだろ?」
「え…ええ…!?」
泣きそうな顔でテーブルの上の料理とテルマーを交互に見る。
「これこれ、意地悪はその辺に。もちろん、二人とも気の済むまで先に食べてくれて構わんよ。エルマーも今丁度他の仕事をやっておるからの。」
じとっとノインをひと睨み、ミコナも少し遅い昼食を摂る。昨日とは打って変わって平和な一日になりそうだ、等と考えながら肉を頬張るノインであった。
エルマーも合流し、四人で昨日の出来事についての会議を始めた。事あるごとに驚き話の腰を折るテルマー、それを制止するエルマー。思った以上に報告は長引いた。
「…頑張って落ち着いて聞くようにはしていましたが…イレギュラーに次ぐイレギュラー…。よく生還されましたね…。」
「毎度の事ながら、ノイン君には驚かされるのう…。助けになるどころか、死竜に至っては実質一対一で捩じ伏せたと言っても過言じゃ無かろうて…!」
「一対一…とまでは行かない。死体を配下に置く力、そっちの厄介さを他の皆が引き受けてくれたから俺は専念できたわけだからな…。」
謙遜の姿勢を見せるノイン。だが、これは本心であった。彼の脳裏に浮かぶのは氷結姫、リーエの姿である。自らもその力を振るいながら、全体を把握し適切な指示を行う、まさに知将の在り方。それなりに頭の回転に自負を持っていたノインだからこそ、彼女の振る舞いが目に焼き付いた。初めてみる、自分より秀でた一面を持つ探索家。世界はまだまだ広いという事か。
「兎に角、御二方は想定以上の働きを以てギルドの威信を高めて下さいました。また後で依頼報酬の話をしましょう。時に…その“謎の男”というのが気になりますね。」
「あぁ。意図的に人類に仇為しているのは明白だった。奴の事は、氷結姫も見ていたから後の報告書にも上がってくるだろう。」
「ふむ…しかし、見えない何かを操る攻撃、か。今の所聞いたことも無いからのう…探索家以外の何者か、かもしれん。」
暫く沈黙が流れる。三者三様に思索するが、有益な事は特に思いつかなかったようだ。因みに、ミコナは食後のお昼寝と洒落込んでいる。余りに退屈すぎたようだ。
「まぁ。考えても仕方無いですね。では、報酬の話を。二つのクランには正当な額のゴールド、そして利権関係での優遇を考えていますが…ノインさんは、特に死竜討伐の七割を単身で担う働きを見せて下さいました。これでも“やや少なく見積もって”いるのですが…どのような形で報酬をお出ししましょう?」
正直、何一つ不足を感じていないノインは頭を抱えた。ゴールドは貰わずとも探索をしていれば勝手に入ってくる。武器や装備に不足は無い。家も手に入れたし、これ以上何が必要なのだろう。悩みに悩み、ついに出た彼の結論は。
「世界旅行がしたい…かも知れない」
「り、旅行ですか!?」
予想外の答えを前に驚きを隠せずにいるエルマー。ノインとて、思いつきで適当に喋った訳ではないのだ。
「…幾つか、どうしても作りたい魔道具があるんだ。しかし、この国の技術ではまだ実現できそうに無い。そこで…いつか行きたいと思っていたんだ。魔術研究の本場、“マギナテア”に。」
マギナテア──。それはこの大陸で最も魔術に関する研究が盛んな国。他国と一線を画する
高い技術力で高性能な魔道具や装備品を発明しているが、その多くは門外不出。輸出するのはあくまでも“彼らにとっての”失敗作や凡作のみで、本当に価値のある物は国が保管しているのだとか。だが、その凡作ですら簡単には真似出来ない技術を秘めているのが恐ろしい所でもある。
「なるほど…。確かに、魔道具の事となるとマギナテアが良いでしょう。つまり、ノインさんが求めているのは“紹介状”ですね?」
「あぁ。その通りだ。マギナテアは確か、他国の人間は基本的に招き入れないようにしていると聞いた。同時に自国の人間も出さないようにしているようだが…。しかし、ギルドからの推薦状があれば話は違ってくるんじゃないか?」
「そうですね。私達は世界に二か所しかないアイギスの出入り口…その一つを担う組織です。その上、もう一方のゲートは帝国が管理しており基本的に帝国兵以外は使用できません。マギナテアの中にはモンスターを対象に実験したい…そう考える研究者も居ます。つまり、“ギルドとマギナテアは仲が良い“という事ですね」
よく事情をご存知で…と言った風にノインをみるエルマー。しかし、ノインはそこまで事情を知っていたわけでは無い。ただ、それなりに社会的信頼のある場所からの来客とあらば許可が降りるのではと考えただけの事であるが────敢えて訂正する必要もなかろう、ノインは知っていた風を装って話を続けた。
「では…頼めるのか?」
「もちろんです。ただ、私達の推薦とはいえ、永住権までは手に入りません。というか、永住なんてしないでください!」
「もちろんそんなつもりは無いが、魔道具が完成するまでの間保てば良い。」
「では、二週間程で発行しましょう。それだけあれば足りると思いますが…因みにどんな魔道具を作って貰う予定なのですか?」
ノインはバッグから数枚の紙を取り出す。
「詳しい事はここに纏めてあるが、要は“情報端末“だ。図鑑や分厚い冊子を持ち運ばずとも、情報に触れられる道具が欲しい。」
案書に書かれているのは一枚の板状の物体。板と言っても、手帳程度の小さく薄い物だ。
「まぁ、これは俺の理想を詰め込んだだけだから実現するかは全く分からないが」
「ふぅむ。ノイン君も中々面白い物を思いつくもんじゃ…。もしこれが実現すれば探索業はもっと大きく発展するじゃろうな」
そして、もう一枚の紙には小瓶の絵が描かれていた。
「こっちは…魔力を自動で充填してくれる回復瓶だ。俺達は自然と大気中の魔力を吸収して再充填しているだろ?それを道具化できたら補填も大量携行もせずに済む。スライムの出し入れのたびに召喚獣を切り替えていたんじゃミコナも大変だからな」
「…ふぇ?呼びましたかぁ」
船を漕いでいたミコナが目を覚ます。
「私にはこれが実現可能なのかはわかりませんが…少なくとも、出来ればとても素敵だなと思います!ただ…それだけで良いのですか?紹介状くらいでは今回の報酬として余りにも不釣り合いです。」
「じゃあ、道具作成の代金、それと旅行に必要な金を支給して欲しい。大量生産では無く一点物の魔道具にかかる費用…俺の全財産で払える保証が無いからな。」
値段が未知数という点に於いて、ある意味最も恐ろしい提案をして見せた。だが、エルマーはあっさりと承諾する。それだけの成果をノイン達があげたという事だろう。
「ミコナは何か欲しい物等無いのか?」
「うーん。私はお小遣いがあれば。買い物がしたいです」
例の一件にて買い物の楽しさを知った少女は、またもその楽しみに浸ろうという魂胆。だが、それもまた当然の権利である。
会議が終わり、二人は昼下がりの街を練り歩いていた。念の為、両クランからの報告書とノインの証言、三つを照らし合わせた上で全ての報酬を各方面に支払う手筈に。因みに、ノインが最後に持っていた黒死竜の魔石はどうなったかと言うと────。
「死竜の魔石…本当に破壊して良かったんですか?」
「あぁ…惜しい気もするが、万が一誰かに奪われて悪用された時のことを考えるとな…。魔石に刻まれている術式を行使できる技術がある以上、あまりに大きいリスクを抱える事になる」
事実、アストレアのようにアンデッドの魔石であれば術式を使えるのだから、他にもそれに類する技術が無いとは言い切れない。
「ふぅん。まぁ、ノインさんが良いって言うなら私も別に!それより、今からどうします!?ゴールドは直ぐに貰えたので買い物に行こうと思うのですが!」
「買い物か…。まぁ今日は探索に行く気分でも、時間でも無いから俺も着いて行こう。」
と言うことで買い物をする事になった二人。ノインは、後に安易な考えでついて行った事を
後悔する事になる────。
「まずはこの店です!」
そう言って引き込まれたのは可愛らしい装飾のなされた帽子屋。ノインは、気まずそうに後に続いて入店する。
「この前、服はたくさん買ったけどその他の物はあまり買わなかったから…あ、これ可愛い」
数ある帽子の中から、一つを手に取り被ってみる。しっくり来なかったのか、陳列棚に戻して別の物を見始めた。何度かそれを繰り返し、ようやく購入。
「帽子一つ選ぶのも、結構手間がかかるんだな」
「そうですねぇ…でもまだ早い方ですよ!服はもっと時間かかります」
「まだ…かかるのか…。」
続いては2件目、靴の店。あれもこれも手にとって見たものの、気に入らなかったのか退店。
(見ても買わないのか。なんだったんだこの時間…。)
そんなこんなで三か所目。またもや靴の店である。
「おぉー!ここは…良いですねぇ♡」
目を輝かせながら物色して回る様子を見るに、店のコンセプトと好みが余程合っていたのだろう。一つ一つを比べ、ようやく二個まで絞った。しかし、本当の地獄はここからだ。二つに絞ってからが、なんとも長い。
「こっちは凄く可愛いけど…少しヒールが高いし…。こっちは丁度良い高さだけどここにもう少し凝った装飾が欲しいかなぁ…。そうなると、さっきのあれの方が…」
「!?」
何とか二つにまで絞ったはずが、ここに来て三種類に戻る驚愕の光景。ノインは底知れぬ恐怖を覚えた。その後も長時間悩み続け、結局…。
「これ、三つとも下さ〜い」
思わずズッコケそうになるノイン。買い物に振り回されるのは男の宿命である。
その後も同じような事が続き、気付けば夜に。店も閉まり初め、辺りには仕事を終えた探索家が増えていた。
「そ、そろそろ晩飯にしないか?店も閉まってきてるからな」
「そうですねぇ…。まだまだ見たい物あったけど、また今度にします!」
ついに終わったミコナの猛撃、ノインの体力は既に瀕死域である。迷う、という事に拒否反応を示したノインは、適当にそれらしい店に入る事にした。その店ではモンスターの肉のステーキを売りにしていたので試しに食べて見た二人。店を出る頃には満足気な顔をしていたので、それなりに口に合ったのだろう。部屋に帰るとノインはシャワー、ミコナは買った物の整理を始めていた。
(本当は今日、私服で周りたかったなぁ…。そうだ、外国に行く時、幾つか持っていこっと!)
早ければ明日には行けるとの事なので、早めに準備をすすめるミコナ。準備といっても、スライムの口に必要な物を放り込むという簡単な作業なのだが。
「おーい、上がったぞ〜」
「はーい、私も続けて入っちゃいます!」
とたたた…と階段を降りて脱衣所に向かうミコナだったが、扉を開けて思わず赤面する羽目になる。
「おっと…。着替えはまだなんだが…」
「きゃ……!?!?」
そこにはまだタオルで体を拭いている途中のノインの姿。一糸纏わぬ肉体を見られるも、余り動じていない彼と対照的に、ミコナは咄嗟に顔を覆った。
「ごごご、ごめんなさい!てっきり、もう服くらいは着てるのかと…!!」
「いや、俺のほうこそ悪い。……よし、もう大丈夫だ」
下着を身につけ、しかし依然として上裸。
「大丈夫じゃないですー!!」
一つ屋根の下で共に暮らしてこそ、見えるものもある。ノインは閉鎖的な村で、男手一つで育ったため鈍感、或いは無知な所も散見され、ミコナも異性との関わりの少なさ故、耐性が全く無かった。これからの二人暮らしが思いやられるかと思いきや、この家に帰るのは随分先になる事を、今はまだ誰も知らない。
翌朝、ギルドに顔を出すとエルマーが二人を出迎えた。昨日の内に早くも両名から報告書を受け取っていたようで、手には推薦状を持っている。
「おはよう御座います。朝食はお済みですか?」
既に食べ終えている二人は、奥に入らずそのまま待合席で話を進める。
「こちら、例の推薦状と…魔導列車のチケットです。マギナテアは国を二つ超えた先にあるので、今回は魔導列車の中でも最も速くつく物を押さえておきました。」
見れば、超特急と書いてある。停まる駅の数を減らし、常にトップスピードで走る事が売りらしい。
「こんな物があるのか。獣域で使っているあの地下列車とはどっちが速いんだ?」
「地下列車は停まる駅が最初から少ないのと、真っ直ぐな一本道と言うこともあり、常に超特急です。なので…大体同じ位でしょうか?」
「ほう…。何気なく使っていたが、あれはそんなに凄い代物だったんだな。」
加えて、地下であれば向かい風や乱入物の心配もない。超特急に勝るとも劣らずの列車をギルドは保有しているのだ。
「何時間くらいかかりますか?場合によってはお昼ご飯、持っていった方が良いかもですね」
「恐らく、順調に行けば昼頃に到着する筈です。でも、軽食くらいはあっても良いかも知れませんね!…では、早速ですが行きましょう。私も一緒に本部まで戻ります。」
三人は一緒に列車で本部に帰る事になった。乗り合わせた探索家達の好奇の目が二人に注がれるが、最早ノインもミコナも気にする様子は無い。
本部に到着すると、二人はエルマーに別れを告げて列車の駅へと向かう。どのような軽食を持って行くかで少し手間取ったものの、時間内に到着し指定された席に座ることが出来た。二人は時々窓際の席を譲り合い、目的地までの景色を楽しみながら列車に揺られる。向かう先は異国の地、マギナテア。
だが、ノインの行く所に波乱あり────平和とは掛け離れた旅が幕を開けたのであった。