13 真相判明【6th】
…何かに揺られている。硬くて冷たい何かに触れている感触…背負われているような…。
「……はっ……!?俺は一体…」
慌てて目を開ける。視線の先にはアストレアの頭部、さらにその先には桃色の髪を揺らしながら歩く女…ミコナの姿が見えた。俺の声で振り向くミコナ。心配と安堵…そんな感じの表情だ。
「のいんさん〜〜!!!!!!」
いつまでも背負ってもらうのも悪いので、アストレアに降ろしてもらったところでミコナの体当たりをくらい地面にひっくり返る。
「心配したんですからね!?今度こそ、もう帰ってこないかとおもって…!!しかも、なんか良く分からない人に変な魔術かけられて…とにかく私はものすごく心配してたんです!!!」
「あ…あぁ。すまなかった…。悪い、槍で貫かれた辺りから記憶が殆ど無…ミコナ、その火傷…」
俺にのしかかり、胸を抑える手を見ると小さな火傷が。まさか…また暴走しただけでなく、遂にミコナに怪我をさせてしまったというのか…。
「これは…大した事無いです!実質あの騎士のせいなので」
「だが……本当に済まない…自分のスキルもろくに制御出来ないとは…」
「あ!それなんですけど、何か大丈夫っぽいですよ?さっき仮面の人が言ってました」
仮面の人…?大丈夫、とは何が大丈夫なのだろうか。良く分からないので、順を追って俺の知らない部分を説明してもらう事にした。
「こほん。まずはですね…ノインさんがあの騎士をぼこぼこにして倒しました。次に…」
「…え。」
「はい?」
「俺が、倒したのか?あれを」
「そうですよ〜。ちゃんと鎧の破片、そして槍も回収済みです!」
何ということだ…思い付く限り最も勝算の高い攻撃を決めて尚、倒すどころかさらに強くなった、あんな化け物を。俺が知らない間に倒したというのか…。
「凄かったですよー!ほんと。で、倒したと思ったら仮面の人が来て、そのノインさんを軽くあしらってました。で、」
「!?あいつを倒した俺を軽くあしらった人間がいるのか…!?」
「はい。あの人…本当に意味わからないくらい速くて強かったです。その人が、ノインさんに良くわからない術式を使用して、いかにも体に悪そうな物を抜き取ってました。それで、もう大丈夫って言ってたので多分、大丈夫みたいです!」
…後半少し説明が雑だった気もするが、とにかく大丈夫と言うのが気にかかる。もう暴走しないということか…?だが、試すにはリスクが伴う。再びミコナを傷つけるわけには…。
「…ノインさん、私を信じてください。あの人は、余計な物を取り除いたと言っていました。考えにくい事ですが…恐らく今までのノインさんの体内には何か、スキルの運用を乱す物があったんでしょう。それがきっと無くなったんです。この先、ノインさんが力に制限をかけてしまっていてはきっと生き残れません。勇気を出して、試してみましょ?」
「…その通りだ。その通りだが…。いや、そうだな。だが、安全には注意しよう。二人とも少し離れていてくれ。」
まずは、身体強化を試す。体中に魔力を送り、筋力を向上…問題ない。次に、炎を出してみる。剣は…そういえば砕けたので手から直接放出した。問題ない。今までと基本的には同じだ。
「…基本的な部分は変化無さそうだ。あまり自分では分からないんだが、いつも俺はどうなってたんだ?暴走すると」
「髪が赤くなってですね…あぁ腕もなんというか、ゴツゴツなってました!あとはシールドみたいなのを沢山作ったり、今日なんかは爆発する凄く速い弾を連射してましたし、最後は腕をとんでもなく熱くして、敵を触るだけで消滅させてました…っていうか、改めて言葉にするとえげつないですね。」
確かに。最早どっちがモンスターか分からないような気がして来た。あの竜騎士こそが中身は人間で、俺はモンスターだったのかもしれない。そう言う事にしておこう。…冗談はさておき、今の話を纏めると、暴走状態の俺は身体強化と魔力放出双方の面で更なる強化を行なっていたらしい。余計な物を取り去ったという言葉を信じるならば、その力は俺の中にまだ眠っている筈だ。今度は、全力の身体強化を行なってみた。そして、ある事に気付く。そう、“天井が上がっている“のだ。
「…なんだ、この感覚…!俺は今までこんな“上澄み“だけで戦っていたのか!?」
これまでの最大値を大きく上回る場所に、新たに設けられた限界点。今の所、意図的にそこまで到達するのは難しそうだ。まだその部分の回路が俺の意識と結合していない。ふと、スキルの修練に明け暮れていたあの頃を思い出す。父に言われるがまま、来る日も来る日もスキルを限界まで使用し少しずつ成長していた、あの日々。きっと、これもそうなのだろう。実戦の中で伸ばしていくとするか。
「なにかわかったみたいですね?」
「あぁ。とりあえず、本当の力を引き出せるようになるまで練習を沢山積むしかなさそうだな…」
「なるほど!一緒に頑張りましょ!ところで、どうしますか?この後。」
「…俺は剣が折れてしまった以上、本来より戦力が落ちている。この状態でさらに進むのはかなり厳しいだろうな。一旦支部まで戻るのが良さそうだ」
「そうですね、私もそう思います!この騎士の素材、売ったらいくらになりますかねぇ」
「その前に無事に帰らないとな…正直、また同じ騎士が出てきたら流石に次は全滅するだろう。」
確かにそうですけどーっ…という風に口を尖らせるミコナ。彼女なりに気を遣ってくれたのかもしれない。
「…まぁ、売ったらかなりの額になるだろうな。特に槍の方はあれだけの力が加わってるのに折れてないんだ、かなりの業物だろう」
「…そういえば、なんでモンスターがあんな武器持ってるんですかね?」
「拾った可能性が高いな…基礎能力に加えてあのモンスターは技術面も桁外れだった。かなり長生きしたアンデッドモンスターと見るのが自然だ」
軽く話を膨らませながら、しかしカースドバットやアストレアも含め全員で警戒を怠らずに引き返した。ちなみに、支部に帰るまでに何度かモンスターと戦闘になったが、あの竜騎士に匹敵する強さのモンスターは一切おらず無事に帰ることが出来たのである。
支部に帰るとテルマーの爺さんが居た。俺の顔を見るなり、手に持っていた資料を放っぽり出しで駆け寄ってくる。副支部長はやれやれという表情、慣れているんだな…。
「よ〜くぞ生きて帰ってきたのう!!!!信じておったぞ、必ず帰ってくると!」
「なんだか久しぶりに会う感じだな、ただいま戻ったよ」
暖かい出迎えを受けて、奥の応接間に案内される。他の探索家からすると一体何者だとなるだろう。部屋で少し休憩を取り、じいさんに今回の出来事を話した。霊廟で強力なアンデッドから魔石を獲得出来たこと、異常な強さの竜騎士が居た事、そして仮面の男のお陰で暴走の恐れはなくなったこと。全てを一旦受け止め、暫くしてからじいさんが口を開く。
「ノインよ…その…竜騎士についてより詳しく聞かせて欲しいんじゃが…」
俺は、素材を見せながら詳細を語った。
「………良いか、心して聞くのじゃ……!!!おぬし…お主が倒したそのモンスター…」
じいさんの目がかっと見開く。
「…セブン・ディザスター第六位、“黒槍の狂戦士”じゃ…!!!!!」
なんだと……!?隣を見ると、ミコナも
(え……嘘ですよねノインさん!?!?)
という顔をしている。
「確かに…異次元の強さではあったが…だが、流石に勘違いでは…」
「いいや!!断じて間違いなどでは無い!その槍…そしてその戦い振り!間違えようがないわい…よもや、たった三人のパーティーがセブン・ディザスターを倒そうとは…本当に何から何まで型破りな男じゃわ…」
そうまで言われても信じられない俺達に痺れを切らし、セブン・ディザスターの資料を持ってきたじいさん。確かに何から何まで一致している。こうなると信じない訳には行かない。
「わかった。俺が倒したのは本当にセブン・ディザスターみたいだ。だが、そうなると一つ問題が…。」
結果的に倒せたから良かったものの、下手をすれば大惨事になっていたのだから何かお咎めを喰らうのでは無いか。倒したのがセブン・ディザスターだと分かった途端、その事が無性に気にかかる。素材がいくらで売れるのかという以前の話だ。
「…ふむ。大方、おぬしの考えは察しがつく。その上で言おう。“大丈夫”じゃ。そもそもセブン・ディザスターとの交戦は禁止されているが、明確な罰則は存在せん。あくまでも、悪意を持って刺激する輩への自由抑止力じゃ。しかもこの場合討伐までしておる。何ら問題ない。むしろ、またしても報酬を出さんといかんわな!」
「今回の敵は、刺激して倒せなかった場合どんな被害が出ていたんだ?倒したと言っても俺自身はあまり良く分かっていないんだ」
「そうじゃのう…そもそも、セブン・ディザスターに分類されるのは、周囲にもたらす害が大きい個体とは限らん。あまりにも強いため、討伐が極めて困難…それ故、挑めばほぼ確実に死あるのみのモンスターもそこに加えることで、討伐依頼が出ることや無謀な挑戦者を出さんようにするという狙いもあるのじゃ。今回の敵はそっちのパターンじゃな」
「他にも戦闘力の高さでセブン・ディザスターに入っているモンスターはいるのか?」
「…難しい問いじゃのう。じゃが、純粋に戦闘力“だけ”で入っておったのは黒槍の狂戦士ぐらいかの」
やや含みのある言い方だ。きっと、討伐難易度と周辺被害の両方が極めて高いモンスターもいるという事だろうな。
「さて、報酬の話をするとしようかのう。して、相談なのじゃが…その黒槍、買い取らせてもらう事はできんかの?」
いつになく真剣な眼差しだ。それほどまでに価値がある代物なのか?
「あぁ。俺たちは槍を使わないから必要ない。もちろん良いが…何か特殊な武器なのか?」
「…そうじゃな。討伐者たるおぬしに隠すのも不義理と言うもの。これから話す事は基本他言無用で頼むぞ。……かつて、ヘラクレスの再臨と言われたハロルドが所属していたパーティーの話はしたな?そこには、槍を扱わせれば右に出るものは居ないとまで言われた男が居た。しかし…彼はある時大霊廟での探索中に命を落としてしまったのじゃ。そして、悲劇はそこから始まった。」
大霊廟で命を落とす…この話は俺にとって他人事では無い。スキルのお陰で何度も命拾いしているが、本来なら二度は死んでいるのだから。
「大霊廟には…セブン・ディザスターが二体おってな。その片方が余りにも悪辣、余りにも外道なんじゃよ…!あろう事か、そのモンスターは死者を蘇らせ、配下に置く能力を持っておる…名を、“アンデッドブルータルドラゴン”。」
アンデッドとドラゴン。この二つから概ね外見は想像がつく。加えて死者の蘇生・兵器化。確かに最悪の能力だ。
「わるいときは悪いことが重なるもんでな…その槍の使い手である男が死んだその場に死竜が現れおった。最初から狙っていたのかと思う程じゃったそうな。死竜に術をかけられた男は…立ち上がり、仲間を襲い始めた。」
「…まさか、黒槍の狂戦士というのは…」
「……あぁ。その時の男じゃ…。儂もよく知っておった。何度も話したこともある。懐いておったんでな」
「ノインさん…魔石が感知できなかったのって…」
「恐らく、そもそも無かったんだろうな…。それもそうだ、元は“人間”なんだから…」
…じいさんは、どんな気持ちで彼をモンスターと称しているのだろう。セブン・ディザスターに名を連ねた時、どれ程苦しかったのだろう。俺には、推し量ることすら出来ない。文字通り、計り知れないのだ。
「…大霊廟に行こうとする俺を、よく行かせてくれたな…。それほどまでに信じてくれたことを本当に嬉しく思うよ」
「お主は…死なぬじゃろうと思ったのもある。あるが…それでも断腸の思いじゃわい」
椅子から立ち上がり、窓を眺めている。小柄なのに、なんと温かみのある背なのだろう。
「…じいさん、この槍は俺からの贈り物としてうけとってくれ。決して、これは金銭等でやり取りして良い物じゃないと感じた。在るべき場所に戻させてくれ。」
「…そうか…。誠に恩に着る…。」
「いいんだ」
「…すまんな、話を逸らしてしもうたか。気を取り直して報酬の話をしよう。ノイン君は、どういった形での報酬をご所望かな?ちなみに、今回の一件の報酬はゴールドにして約三百万と言ったところかのう。この前のように、現ギルド、目下の悩みを取っ払ってくれたのには少々劣るが、それでもディザスターの一角を落としてくれたのは多大な貢献じゃ。それも踏まえて色は付けての金額じゃが、どうするかの?」
「俺たちからすれば事故みたいなもんだから、そもそも素材買取金額以外に金が入る時点で儲け物だ。受け取り方は現金で、そのままギルドに貯蓄する形で頼みたい。」
「あぁ、一つ言い忘れておった。その黒い鎧の破片…それは恐らく“呪われて”おる。買い取りたいところじゃが、正直アンデッド以外が身に付けると何か害が怒るかもしれんでのぅ…市場に回すことも躊躇われるんじゃ。まぁ、買い取って研究資料という形で厳重保管も手じゃが。」
事実、アンデッドモンスターから得た素材で作った装備品を身につけた結果、原因不明の病を患ったという話を聞いた事がある。しかも、今回はセブン・ディザスターのもたらす呪いなのだから尚更装備品にするのは悪手だろう。
「そうだ。アンデッドといえば一人いるじゃないか。アストレアの強化素材として使おう。これを加工できそうな腕利きの鍛冶屋に心当たりは無いだろうか?」
「おぉ…確かに!そうじゃのぅ…一番腕の良い鍛冶屋と言えば、“ドン・ハンマ”の所じゃな。間違い無く」
ドンハンマ。変わった名前だな。
「分かった。日が暮れる前に一度行ってみるよ」
「場所はすぐ近くじゃ。ただ、腕が良いだけあって何年も先まで予約が埋まっとる。そこで…」
じいさんが紙に何かを書いている。
「ほれ、これを。見せれば優先的にやってくれるじゃろう。ギルドとは長い付き合いじゃからの。」
つまりは、推薦状のような物か。これは有難い。中には、折れた俺の剣の面倒も見るように依頼してあった。至れり尽くせりで少し申し訳ない。
「ありがとう。じゃあ早速行くとするか…」
「うむ。完成したら、また見せてくれ。おぉ、そうじゃった…完成といえば、おぬしらの家も完成したぞ!」
いや…いくら何でも早過ぎないか。早いのは嬉しいが、早すぎると些か不安だ。
「…なんじゃ、手抜き工事したのかこのじじい…と言いたげな顔じゃな?儂が、あろうことかおぬしの事で手を抜く筈がなかろう!できる限りの“ツテ”を利用して最速で仕上げたんじゃ!」
「いや、そこまでは思ってないが。じゃあ、今日からは其方に移らせてもらうとするか」
「なら、鍵と簡易地図を渡しておこう。また、気が向いたらこっちにも顔出すんじゃぞ。」
「あぁ。すまないな、何やら取り込み中だった所を。」
「ゴーレムの撤去が済んだは良いものの、少なからず地形が変わってしもうたからの…資料の更新、その他諸々でここの所はずっとこうじゃ。どっかの誰かさんはディザスターをサクッと倒してしまうから、尚更じゃわい!ほっほっ…」
あまり長話になっても良くない。鍛冶屋にも早く行きたいので、軽く挨拶をしてギルドを後にした。
じいさんの残した案内に従って少し歩くと、お目当ての鍛冶屋に到着。ドアを開けると受付には誰も居なかったが、開閉時に鳴った鈴の音が聞こえたのか、奥から大柄な男が出てきた。
「取り込み中のところ済まない。ここが最高峰の鍛冶屋だとテルマーのじいさんに聞いて、依頼に来た。」
ポケットから手紙を取り出し、男に渡す。手の皮膚は厚く、まさに“職人の手”と言う様子だ。頭には手拭いを巻いており、筋骨隆々の腕は槌を振るう様子を見るものに想起させる。
「…おめぇが…ノインか。良く知ってるぜ、入んな。直ぐやってやる」
俺の事を知っている…?じいさんから聞いたのだろうか。案内された奥の鍛冶場は大変暑く、数分もすれば汗が滴り落ちてきそうな程の熱気が充満している。ミコナは余りの暑さに、
「ちょっと…私外で待ってます…あっつい……」
と言って受付の方に引き返して行った。
「まずは…おめぇの剣からだ。にしても、どんな使い方したら“アレ”が折れるんだ…変な使い方したんじゃねェだろうな?」
「モンスターの攻撃を咄嗟に剣で受けたら、砕けてしまったんだ。…だが、“アレ”とは?なぜ俺の剣を知っている?」
「なんだ、聞いてねぇのか?それを鍛えたのは俺だ。」
昔の知り合いに頼んで作ってもらった特注品とは言っていたが、まさか最高の鍛冶師による一振りだったとは。どうりで業物だったわけだ。
「このドン・ハンマの剣を砕くモンスターが居るとは…セブン・ディザスターにでも手を出したか?」
「あぁ。実は、もう一つの鎧の方もその時に得た素材を使って強化したいんだ。」
「……倒したのか…。そうか…。」
しばしの間、ドンは槌を握りしめたまま唖然としていた。彼もまた、“生きていた頃の“狂戦士の知人だったのかも知れない。
「ノイン…。俺の鍛冶人生に賭けて誓おう。必ず、最高の装備を鍛え上げてやる。」
そう言うと、ドンは早速仕事に取り掛かった。折れた剣も一応持ってきたが必要無かったようだ。
「おめぇの戦い方、使う能力、要望を聞かせろ。“これから“の事も踏まえて考えろ。一生物を作ってやる」
戦い方…そして、“これから“。暴走状態の俺の特徴や、通常時の戦い方などについてドンに伝えた。彼は、暫く考え込んだ後、こう言った。
「…なるほどな。だが、その話だと能力を使いこなせるようになれば剣の出番が無いんじゃ無いか?」
「その可能性については考えていた。実は、俺も自分に何が必要なのか判断出来ずにいるんだ」
「…俺が言うのも何だが、おめぇ…“武器は必要無い“んじゃねェか?話を聞いていて思ったが、お前は”バーサーカー“じゃねぇ。どっちかって言うと、”獣“だ。自我どうこうじゃ無くて戦い方、もっと言やぁスキルそのものがソッチ寄りだ。似たようなもんだが全然違うんだぜ」
迷いの元凶が少し見えた気がした。探索家は皆武器を持っている…その固定観念によって自身を縛っているのかも知れない。
「ドンさん…ありがとう。少し、分かった気がする。」
「まぁなんだ、戦い方は色々ってこった。で、鎧の強化ってのは?さっきの嬢ちゃんか?」
「いや、あの鎧じゃ無い。…アストレア。」
霊体化を解除し、アストレアが姿を現す。
「ほぉ。こいつは驚いた。モンスター…じゃなさそうだな。コイツの鎧か?」
「あぁ。この素材は呪われていて生身の人間が身に付けると悪影響が出るが、アンデッドと同じような構造のアストレアなら問題が無いと考えた。」
「なるほど。だが…なにぶん見たこともねぇ素材だ。まずは情報を見ねぇとな。どれ…」
ドン・ハンマは鎧の破片を掴み、凝視しはじめた。
「“ヒウチカミの慧眼”発動。……成程な。こいつは久々に見る“ヤベぇ”やつじゃねぇか。腕がなるな」
「?見たものの情報がわかるスキルか何かか?」
「まぁ、そんな所だ。適切な温度とかタイミングって言う、鍛冶をやる上で最も重要なもんが見える。まぁ、正解が分かったところで実行出来るかは別問題なんだがな」
鍛冶の申し子とも言うべきスキルを保有している事が、彼を鍛冶屋の頂上たらしめている一因という事か。探索家で言うと、モンスターの弱点と攻撃タイミングが分かるスキルと言ったところだな。確かに、分かったからと言って出来るかどうかはまた別だ。
「これを使って今ある鎧を補強していけば良いんだな。良いだろう、暫く外で待っとけ。要望だけそこの紙に書いたら、あとは嬢ちゃんの相手でもしてろ」
作業に集中するためか、或いは作業中の鍛冶場は一般人にとっては地獄と化すため気を遣われたのか、兎に角追い出された俺はミコナの隣に座る。
「あれー?もう終わったんですか?全然叩く音とか聞こえなかったのに」
「いや、まだだ。今から始まるとこだ。それと、アストレアの外装だけ強化してもらうことになったぞ」
ミコナに先ほどあったやり取りを伝えると、妙に納得した様子だった。
「たしかに、ノインさん人間離れしてますからね。ついに武器すら持たなくなったというだけの話ですね!ふふっ」
談笑していると、程なくして奥から音が聞こえ始めた。始まったようだ。ちなみに、アストレアは外装を外してもコアがついていれば能力は遺憾無く発揮できるようで、今は霊体化している。
「なぁ、ミコナ。俺のこの力って、何なんだろうな。使いこなしてたと思ったら、それはほんの一部でしかないし、何故か暴走する…おまけに、なんだ“余分な物を抜き取った”って。なんで俺のスキルの中に不純物があるんだ?」
「う〜ん…ノインさんに分からない以上、私にもよくわからないですが…少なくとも、自分の意識がのまれるスキルと言うのは聞いた事が無いですよね」
「俺なりに色々考えてみたんだ。スキルの効果の中には自動迎撃までもが盛り込まれていて、それがああいった形で発現しているのだとか。実際、本人が気絶しても効力を保ち続けるスキルは存在する。だが…俺のは何か異質過ぎる気がするんだ。破壊衝動の異常な高まり…自動迎撃の類じゃなくて、明確な意思を感じた。まるで、俺の中に“誰かいる”かのような。」
「…でも、もう今は居ないんですから大丈夫ですよ。それに、その力が結果私達の命を幾度となく救ってくれたのもまた事実です。」
確かに、そうとも言える。俺にとって有害なだけなら、とうに死んでいたはずだ。少なくとも、丸っきりの害では無い。だが、だからと言ってこの疑問…蓋をして良いものだろうか。分からないし手がかりも無い以上どうしようも無いが…。
「いや…待てよ。仮面の男だ。そいつなら何か知っているかも知れない。それ程強いなら絶対に名前が通っているはず。またじいさんに聞いてみよう。」
「そうですね!そうしましょう。それにしても、アストレアちゃんの鎧、どんな格好になって帰ってくるんでしょう…」
「どうだろうな。材料はそこそこあったから、少なくとも見た目が何も変わらないって事はないと思うが…まぁ、どうあれさらに強くなるのは間違いないだろうな。」
あれやこれやと議論に花を咲かせていると、奥から大男が出てきた。ドン・ハンマだ。どうやら作業が終わったらしい。
「終わったぜ。来な」
連れられて再び中に入ると、そこには一新されたアストレアの外装が展示されていた。全体的なカラーリングが黒で統一されている。目元が格子状ではなく、完全に隠れたヘルムへと変化し、上向きの角が生えている。ティアラが載っているのは元のままだ。但し色がどゴールドに変化している。ボディや手足に大きな変化は無いが、腰から足元にかけてドレススカートが追加されている。
「元の耐久力から数倍上がったが、軽量化も出来てる。後、余った分で新しい機能を付けてみたがどうだ?使えねぇなら追加で武器かなんかに作り替えるが」
アストレアに装着させると、関節やその他の隙間から青い魔力が漏れ出し、以前より神々しい見た目に変化した。スカートの裾は魔力で縁取られるように発光し、ヘルムの後方からはたなびく髪のように魔力が放出されている。放出というよりは滞留か。
「新しい機能というのは?」
「…本当は余った分で耐久性をもっと上げたかったがな。鎧のそいつは正面きってカチ合うタイプじゃねぇだろ?お前の書いてたの見てる限り、どっちかって言うとアサシンだ。姿を消せる、瞬間移動もできる…でもそれらは“コアを入れ替える”手順が必要だ。その手間を無くすもんをつけといた。」
アストレアが、何かに気付いたかのように胸部装甲を解放する。新たな挙動で開いた装甲の下には、魔石を装着するスロットが新たに二つ追加されていた。
「詳しい構造がわからねぇ以上、本体の仕組みに手出しはできねぇが、“ガワ”の事に関しちゃ別だ。新たにスロットをつけて、魔力の流れる路を切り替えれば適応されるコアも変わるようにしといた。一々入れ替えなくても、本人のタイミングで使い分けれるって事だ。」
魔石を入れ替えないといけないのは、確かに不便だったが…しかしあれほどの技術力を持ったアストラ家の製作者が成し得なかった(或いは、まだその機能を付けていなかっただけかも知れないが)事をやってのけるとは…。
「ドンさん…あんた鍛冶だけじゃなくて魔道具に関しても超一流なんじゃないのか?」
「ふん…そりゃ依頼があったら作れる程度には齧ってるが、今回のはそういう話じゃねぇ。素材が特殊だっただけだ。言っただろ、これは“ヤベぇ”って。」
ほんの僅かに残った素材、そのカケラを手に取り見せてきた。
「コイツはこの硬さのせいで金属にしか見えねぇが、実は細胞に近いんだ。お陰でうまく加工してやれば神経が通ってるみてぇに扱えたりもする。変に回路や術式を弄らなくても、添えるだけで元からあった器官かのように使えるんだ。まぁ、回路の役割を持たせるなら硬質化させずに柔らかさを保ったまま組み込む必要があるがな。」
恐るべし、さしずめ生体金属といった所か。セブン・ディザスターの一角たる黒槍の狂戦士からしか得られないだろうからこの先お目にかかる事はもうないかも知れないが、我ながらなんて物を持って帰ってきたんだろう。欲を言えばこの余っているカケラで魔道具なんかを作れたら良かったが…呪われているからそれも無理な話だろうな。
「…それ、そんなに手で持ってて大丈夫なのか?」
「ん?あぁ、この程度の大きさなら呪われてるって言ってもしれてる。気づかねぇ程度の悪さしかしねぇ」
…呪いに量という概念があるのか…?小さければ影響も少ない、という。初めて知ったが、それならば…!
「…それを使って道具を作ることは可能なのか?身につけても大丈夫なような。」
「あぁ。ごく僅かに魔力を吸われている感覚があるかもしれねぇが、ほぼ無害な装備が作れるぞ」
「じゃあ、一つ作って欲しいものがある。」
今の俺に最も必要な物。この素材だからこそできる、俺のスキルをより引き出すための、武器では無い装備品。それさえあれば、修練効率が桁違いに伸びる確信がある。俺は、やや興奮気味に作って欲しい物を伝えた。
鍛冶屋を出た俺達は、新しく建てて貰った家の前に立っていた。
「これが…私達の家!豪邸では無いものの、二人なら十分の大きさですね!」
「あまり大きくても維持管理が大変だから、ちょうど良い大きさでと頼んだら、まさにドンピシャなのを用意してくれたな。また礼を言いに行かなければ。」
鍵でドアを開け、中を見渡す。ソファーやテーブル、調理器具まで置いてある。最低限の家具は揃っているようだ。冷蔵庫もあるが…魔石が入っていないためまだ使えない。後で買い物に行った時買うのを覚えておこう。
「2階も良い感じですよ!ノインさん!はやく、見にきてください!」
「あぁ、わかったわかった。」
急かされ階段を登った先には幾つかの部屋があった。半開きの明かりがついた方に入るとミコナが部屋の中を落ち着きなくうろうろしている。ミコナのために用意された部屋だろうか?大きな姿鏡、白いミニテーブルやピンクのマットが設置されており、まさに女子の部屋という感じだ。もう一つ決定的なのが、杖を刺して立てておく傘立てのような物がある所だろうか。細かい所まで木が届いている。ふと、じいさんの「手を抜くはずがなかろう」という言葉を思い出した。
隣の部屋は俺の部屋だ。そう特筆すべき点は無く、基本的な所はミコナの物と同じだ。問題はその隣だった。寝室のようだが…。
「…ノインさん、これってノインさんの注文ですか…??」
恐ろしいことに、ベッドがあった。それも、一つの大きなベッドが。
「…待て、誤解だ。これは俺の注文じゃないぞ…」
「……むぅ…」
恥ずかしいやら、怒りやら、よく分からない感情で俺をジトっと睨むミコナ。本当に誤解だ。だが、改めて考えるとミコナは出る所がしっかりと出ていて男の欲を駆り立てる体型をしていると、思う。加えて目鼻の整った顔立ちと透き通るように白い肌。本人が警戒するのも頷ける話ではある。
「と、とりあえず今日はミコナがここで寝てくれ。俺は下のソファーで寝るから、また明日ベッドを買い足しにいこう。」
俺の部屋は小さいベッドなら一つくらいおいても問題無い。別室で寝るのが良いだろう。
「まったく…では、それで手を打ちましょう。ノインさんは早く向こうの部屋いってくださ〜い!」
子供の頃、絶対イタズラばっかしてたタイプだろうな、あのじいさん…。とんだ災難だ。
きっと、テルマーさんの独断なのだろうという事は分かる。そして、相手がノインさんなら一緒に寝るのは…正直抵抗が無い。というか、この間あんな事を自分からしているのだから、あるはずが無かった。でも、それじゃダメ。だってそれじゃあノインさんの事好きみたいになるから。自分が否定しなければ、いつか歯止めが効かなくなる。こんな“曰く付き”の女が言い寄って良い人では無いのだ、彼は。
「はぁ…辛いな…」
…だめだ。こんな弱気でどうする。この前も、良き仲間として隣に居ると決めた所じゃ無いか。もっと自分の気持ちに蓋をするの、上手くならなきゃ…。とりあえず、今日はもう寝よう。買い物、夕食、シャワーは済ませた。後は大人しく…一人で眠るだけ。