11 大霊廟
気付けば翌朝。満腹だったせいか、ベッドに転がり込むなり寝ていたらしい。服も着替えず。我ながらなんと自堕落な。アストレアは…どうしていたのだろう。よく分からないが今は少し離れたところで直立している。
「ノインさ〜ん、起きてますか〜?」
ノックもせずに現れたのは、当然ミコナ。俺の顔を見て、寝起きなのを察したのか意味ありげな笑みをこぼしている。
「…今起きたところだ。俺が言えた話ではないが、今日は早めにここを出ようと思う。上部の入り口到達が目標だ。」
「はーい、私は先に下でご飯いただいてきます!ノインさんは…まぁごゆっくり♡」
煽られたので、ミコナが部屋を出た後大急ぎで支度をし一階に降りてやった。
「今日はお二方、どちらに行かれるのですか?」
「今日からは本格的に獣域上部の探索に乗り出そうと思う。」
「あら…ではしばらくの間お会いでき無くなりそうですね…少し寂しく感じます」
「ギルド支部がメイン拠点になりますからね…でもちゃんと時々顔出しにきますから!ね、ノインさん」
「もちろんだ。ひと段落ついたらまた会いに来る。」
「有難うございます。私も支部に出張するときがありますので、またその時にでもお話を聞かせてくださいね。」
少し後ろ髪を引かれるような思いでギルド本部を後にした。あまり体力を消耗したくないので、支部までは魔道列車を用いることに。アストレアはスライムの中に格納、代わりにアストレアの仕様書を引っ張り出して読んだ。胸部に入れた魔石の残存魔力量が減少すると、しばらく休眠状態に入り空気中の魔力で回復…さらに、アンデッド系に限るが術式刻印が完全な状態の魔石を取り付けるとそのスキルが使えるそうだ。相性などもあるらしいが…。では、上部の大霊廟エリアもついでに探索しよう。
ディーネ湖、ギルド支部に到着。
「おぉ!おぬしらか!なんじゃ、もう休息はよいのか?」
「あぁ。今日からは本格的に上部の探索に乗り出したいと思ってな。良ければ、しばらくこっちで厄介になりたいのだが…」
「あぁ、もちろんじゃ。そういえばおぬしの新居、依頼通り支部の近くで作り始めたわい。丁度、手頃な土地があっての。着工が予定より早くなったぞ」
「それは有難い。完成を楽しみに待たせてもらうよ。ところで、じいさん…フリュービウスまでの最短経路を教えてくれないか?それも、霊廟を通るルートで頼みたい」
「…まさか、上部も上部、人類最高到達点まで行こうと言うのか!?いくらお主が強いとは言え、あまりにも無茶じゃろうて…!」
当然の反応、なのだろう。上部のモンスターは一度戦った事があるが一筋縄では行かない。さらに、その強力な個体が当然のようにわらわらと湧いてくるのだから、尚更だ。
「今いる探索家の頂点に立つ、“戦鬼煌軍”をはじめとする“四大クラン”…その誰もが未だ到達出来ずにいるのじゃ…。」
「四大クラン…か。しかし彼等は互いの縄張り争いに躍起になっていると聞くが…」
パーティーが肥大化した結果、ギルドに所属する一つの組織としての立場を有する…それがクラン。数の力にものを言わせ、狩場の独占や流通への干渉を行っている。しかし、それは決して悪い事ばかりでは無く素材の安定供給や獣域のゆるやかな開拓にも繋がっているのだ。また、流通への干渉と言っても悪質な場合はクランと言えど簡単に切り捨てられてしまう。ギルドとクランの間にはきちんとした抑止のシステムが存在しているというわけだ。だが、それはあくまでも“ギルド対クラン”の話。クラン同士の競り合いにまで口出しはしていないため、それぞれのさらなる発展のため利益の取り合いが日々繰り広げられている。
「うむ…勿体無い話じゃ。上部の探索は正直片手間程度じゃろう。とはいってもじゃ、ノインくん」
「…あぁ。俺達だけではその“片手“にすら劣るという話だろう。こんなでも身の程は弁えているつもりだ、安全に気をつけて無理なくやっていくさ」
説得しても無駄だと感じたのか、じいさんは大きくため息を付くと遂には情報をくれた。
「大河に至る道筋はいくつかあるが、その中でも大霊廟ルートはほとんどの者が避けたがる厄介なルートじゃ。というのも、あそこに出るモンスターの中には触れただけで致命傷となり得るタチの悪い奴も居る。」
「つまり、近接がメインの俺達では不可能ということか…?」
「まぁそう慌てるでない。大霊廟と言っても場所によって生息するモンスターの傾向は様々じゃ。つまり、お主らにとって相性の良い場所を選んで通過すれば良い。となると…まぁここじゃろうな」
じいさんは、地図を指し示す。大霊廟の右端、狭間の山との境目に近い場所だ。
「ここは、他のエリアとの境目であるが故に生息するモンスターも幾分マシでの。マシと言っても弱いわけじゃない。触れれば致命傷…とはならんがその分基礎力が高かったりする。上部エリアのモンスターは、どれも一癖二癖あるから舐めてかからん事じゃ。」
「つまり、貧弱だが触れれば終わりなモンスター、基礎戦闘力は高いが必殺の能力は持たないモンスター…近接主体の俺にとっては後者の方が相性が良いということか。なるほど。」
「そうじゃ…重要なのは相性が“悪くない”で妥協せず、“良い”を追求する事。人はスキルを持って生まれてくるが、所詮人じゃ。それをうまく有利な点として敵に押し付けなければ、本体の非力さを突かれてしまう。探索業で長生き出来るのは、強い者じゃあない…徹頭徹尾油断せんかった者が生き残るのじゃ。」
全くもってその通りだと感じる。じいさんは…きっと見てきたのだろう。凄まじい強さを誇る探索家が、たった一つの油断で命を落とす様を。なればこそ、俺を信じて情報をくれたその想いを無碍にはできまい。必ず生きて帰る…のが俺達の義務と言えよう。
「…本当に有難う。必ず生きて戻る。ハロルドの冒険譚を越えるような土産話を期待しててくれ。」
「ほっ!!これまた大きくでよったの!楽しみにしておこう…時に、なぜ敢えて大霊廟を通りたいのじゃ?」
「あぁ…先日アストラ家の跡地を調べていると地下室があってな…そこで新たに増えた仲間のために、アンデッド系モンスターの魔石が必要なんだ。」
「アストラ…アンデッド…おぉ、そうじゃそうじゃ!ちとそこで待っとれ」
じいさんは慌てて部屋を出ていってしまった。何か思い出した様子だったが、一体…?
暫くして戻ってきたじいさんの手には、一つの魔石があった。
「はぁ…はぁ…すまんの、急に。これが何かわかるか?」
「見たところ、魔石のようだが…違うのか?」
「うむ、魔石は魔石じゃが、これはとあるモンスターの魔石じゃ。お主もよ〜く知っておろう。“守り手”の完全状態の魔石じゃ…」
なんだと…。あのモンスターは少しでも体の破片が魔石に残っていれば、そこからすぐさま瞬間移動と再生を行う厄介な術式を持っていた…完全状態の魔石を残すには、器用に抜き取るか周りの体組織を全て消し去るしかないはずだ。
「そんな芸当、一体誰が…?」
「…アストラ家の元当主、そしてハロルドのパーティーが持ち込んだのじゃ。流石にこれは市場に流せんかったわい。あの日からずっとギルドに保管しておいた。」
買い取った物を一存で保管するとは職権濫用な気もするが、まぁじいさんらしい。
「ノイン、これを君にやろう。必要なのじゃろう?」
「…!?いや、それは出来ない。この魔石の価値を知っていれば、なおさらだ。」
「良いのじゃ、元よりこれは儂の物ではない。勝手に留めておいた、言わばここに無いのが普通の物…であれば、ギルドとしてはこれを真に必要とする者に渡すのが筋じゃろうて」
「理屈で言うとそうかもしれないが、しかし良いのか?せめて代金を支払わせてくれ」
ふむ…と髭を触りながら思案しているじいさん。
「では、しつこい様じゃが必ず生きて帰ってきてくれ。それを以て対価としよう。ギルドに所属する優秀な探索家が生きて帰ってくる…これも立派な儂等の利益じゃ」
「…なるほど。料金未払いのまま死ぬわけにはいかないな…連帯保証人であるミコナに迷惑がかかってしまう」
「…へっ!?私ですか!?」
「…本当に有難う。必ず約束は果たして見せる」
「うむ。待っておるぞ。」
こうして俺達は、ギルド支部を後にした。向かうは初めての獣域上部・大霊廟エリアである。
必要な装備を整えた後、ディーネ湖を後にした俺たちは、かなり順調に進行し気付けば大霊廟の間近まで到達していた。譲り受けた魔石をセットすると、アストレアは守り手の能力を獲得したようで近距離内での瞬間移動、及び本家には劣るがそこそこの再生能力を発揮していた。戦闘要員が二人に増えたので戦闘効率は格段に上がったのは非常に喜ばしい事だ。アストレアは魔石の能力も相まって強力で、戦闘時は魔力の剣を発現させ敵の死角から弱点を上手く突いて倒してくれる。今の俺たちはパーティーとしてかなり仕上がっているのではないだろうか。ミコナの召喚獣、カースドバットにより敵の位置を捕捉、さらに非戦闘時においてアストレアはスライムの中で休息し、魔力回復に専念させる事で魔力を消耗しても次の戦闘時にはあらかた回復している。惜しむらくは遠距離攻撃の手段が乏しい事か。
それにしても…
「大霊廟…聞きしに勝るとはこの事だな…」
「えぇ…ほんとですよ…もう上部エリアに到達したって事で帰りません?」
まだまだこれからだろう…。が、実際大霊廟は物凄く不気味だ。地上には大量の墓石があり、所々骨と…よく分からない肉の混ざったような山がそびえている。どれ程の死体が集まればあんな事になるのか。ここに居ても腐臭が漂ってくる。遠巻きに見ているとモンスターの存在に気付く。人型も居れば、よく分からない形のものも居るな…。因みに、じいさんの話によると大霊廟エリアにはセブン・ディザスターが2体居るらしい。明らかに異質な見た目をしているので、見ればわかるから直ぐに逃げろと言われた。今ここから見ているぶんには見当たらないが…大霊廟は広い。この地上エリアも広大だが、地下にも迷宮が広がっている。見える所に居なくとも当然だろう。
「さて…行くか…。」
「うぅ…」
ミコナが俺の袖を掴む。少し動き辛いがそれほど気にならないためそのまま探索を開始した。驚いたことに大霊廟のエリアにも植物は生えているようだ。ただ、どれも毒々しいというか…瘴気を内包していそうな見た目だ。土壌自体が汚染されていると植物もこのようになるのだろう。早くもディーネ湖の青々とした風景が恋しい。そんな事を考えながら歩く事数分。早速モンスターと出会った。
「あわ…なんか、強そうです…」
「…あぁ。大霊廟と大山の境目では、こういうモンスターが出現するんだな。聞いた通りだ」
俺の背よりも一回り大きなゴリラのような見た目だが、明らかに通常のゴリラでない事はわかる。顔の半分が溶けて骨が露出し、腕や胴も所々腐り落ちている。
「よくこの状態で生きているな…いや、一応死んでるのか…?まぁ良い…アストレア」
「………」
スライムの口から出てくると、魔力の剣を携えて俺の隣に立つ。命令待機中のアストレアに指示を出す、いよいよ戦闘開始だ。
「アストレアは俺の対角の位置から敵を挟撃してくれ。ミコナは引き続き、バットで周辺の監視とコイツの魔力反応を注視していて欲しい。」
「わかりました!やる事はそんなにかわんないですね!」
バットを上昇させ、本人はやや後方へ下がる。アストレアは既に敵の背後に瞬間移動していた。それを確認し、俺が始めに敵へと突っ込む。上部での出し惜しみは死に直結する…最初から最大出力だ。まずは敵の戦闘力を徐々に削るため、いかにも脆そうな腕を狙う。剣を両手に持ち直し、既に骨が露出している所に直撃させた。さらにその直後、アストレアが敵の首あたりに剣を突き立てる。直撃した部分の骨は砕け、肉とともに地面にずり落ちたが腐れゴリラは物ともしていない様子。首を刺されてもビクともしない。
「これは…骨が折れそうだ」
続いて、我々を破砕するべく重い音を響かせながら接近するゴリラのその目を目掛けて炎の斬撃を飛ばす。元より片目だったが、これにより完全に視界を塞がれる形になった。しかし、敵は速度を落とす事なく迫り来る。すんでのところで回避すると、そのまま地面に顔からのめり込んでいった。立ち上がり、なぜかこちらを再捕捉するゴリラ。瞳を失った空洞で何を見ていると言うのか。
「顔…とんでもない事になってるぞ…」
露出していた骨の部分が砕け、さらに表面の肉も今の顔面スライディングで削れ落ちている。最早大部分が骨だ。何事もなかったかのように再び俺を潰さんと迫り来る。
「これは…手足を切り落とすかコアを潰さないと止まらないな…ミコナ、魔石の位置はわかるか!?」
「えぇ…と…多分胸部のまんなからへん…です!バットちゃんはそう言ってます!」
「わかった。助かる」
今までの俺なら、こちらにやってくるゴリラを剣で迎え撃ち、勝手に魔石を砕ける位置取りをしただろうが、今は。
「アストレア、後ろから胸部中央を狙え!」
そんな危険な橋を渡る必要がない。移動中のゴリラの背後に瞬間移動し、的確に中央に狙いを定め深く剣を捩じ込むアストレア。その剣先は確かに魔石を捉え、正面側の体表さえも貫き顔を出す。同時にその穴から魔石がぬめりと地に落ちたところで敵は失速し地に伏せた。
「よくやった、アストレア。攻撃役としてとても優秀だ」
任務終了と同時に俺の元に寄り、跪くアストレアの頭部を撫でる。
「えぇ〜?私は?私も魔石の場所見つけましたよ!」
「そうだな。有難う。ミコナの力にいつも助けられている。ただ、少し詰めが甘いな。だって…」
俺のほうを向いて不思議そうに首を傾げるミコナ…のその向こう。後方にはゴリラでこそ無いが、似た様な雰囲気のモンスターがこちらににじり寄ってきている。
「後ろにまたモンスターがいる事に気付いてないだろ?」
「…え…?えぇ…?」
恐る恐る振り返るミコナ。背後のモンスターと目が合う。
「キシャァァァ!!」
目が合うなり威嚇。たまらずミコナが慌てて俺の背後に隠れる。
「いやぁぁぁ!!!無理です!なんとかしてくださいノインさんん!!」
「やれやれ………。逃げるぞ!」
戦っても良かったのだが、今回は素材集めでは無いので無駄な戦闘は避けて行きたい。恐らく、さっきのゴリラ型アンデッドや後ろに居たモンスターは同系統だ。狭間の大山に生息していたモンスターが、ここの瘴気に当てられて変化したのだと考えられる。よって、純粋なアンデッドモンスターと異なり固有の能力は有していない。というか、そもそもアンデッド系の魔石を有しているのかも怪しい。であれば、このまま境目あたりを直進し、生粋のアンデッドを探した方が良いだろう。しばらくは戦闘を避ける時間が続きそうだ。




