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0.旅立ちと初陣

暖かな日差しと美しい緑に包まれた小さな村。少し離れたところに佇む小さな家。本物語の主人公、ノインの生まれ育った家である。耳辺りまで伸びた黒髪はきちんと整えられている。背丈は平均ながら体格は良く、日々の鍛錬が目に浮かんでくるようだ。今、ノインはテーブルにつき、朝食を摂りながら父と話している。


「本当に行くんだな」

父は念を押すようにそう言った。今日、俺は村を出て探索家になるべくギルドエリアに向かうのだ。

「あぁ、この一年…いや、探索家になりたいと思ってから結局一度も心変わりはしなかった」

去年の今頃、一年間その気持ちが変わらなければ探索家になる事を許すと父は言った。物心ついた時から時々村に来る探索家をみては目を輝かせていた俺にとって、これ以上魅力的な職業はないのである。考えてみてほしい。人界では決して手に入らない奇妙な品、危険を潜り抜けて到達する未知の領域。最高の刺激が待ち受けているのだ。

「そうか…。お前を危険な世界に進ませたくはないが、俺自身もかつては探索家だった。気持ちはよく分かる。最早止めはせん」

「しかし、何度もいうようだが探索は本当に危険な仕事だ、くれぐれも無茶だけはしてくれるな。それから…これを持って行け」

そう言うと父はテーブルの端に置いていた包みを寄越した。開けてみると、中には一振りの剣といくつかの小瓶が入っていた。

「そいつは昔の知り合いに頼んで打ってもらった特注品だ。お前のスキルに合わせてある」

「父さん…。ありがとう。大事に使うよ」

「行き詰まった時はいつでも戻って来い。生き方は何も一つじゃ無いんだからな」

甘やかす事はなく、しかし過剰に厳しくする事もしない。それが俺の父さんだ。その事を改めて実感し胸の奥が熱くなる。必ずまた戻ってこよう、行き詰まらなくとも。そう決意し、俺は家を後にした。




家を出てから数時間後。ノインは探索ギルドの門前に立っていた。このイオルス王国のみならず、隣接するロンドハインの探索者もやって来るため非常に賑わっている。ギルド本部の建物は非常に大きく装飾にもこだわって作られており、探索業がいかに重要視されているかを物語っていた。

(さて、じゃあ早速登録を済ませるとするか)

中に入ると外観に反して窓口はそう多くなく、また並んでいる人数も数えられる程度であった。一体なんのためにこれほど大きな建物を作っているのかとノインはやや疑念を抱いたが、自分の順番が回って来る頃にはすっかりと忘れていた。

「こんにちは!本日のご用件をお伺いします」

「探索家の登録をしたいのだが…」

では、少々お待ちください。と言い残し、受付の女性は奥に入っていった。数分後、書類やペンを持って帰ってくるとノインに必要事項の穴埋めをするよう指示した。探索ギルドの登録には能力試験の類は存在せず、登録に関しては誰もが簡単に行える。それ故に犯罪歴がある人物も中には存在するため同業者であっても警戒を怠ってはならない職業であるとも言える。

「それでは最後にこちらをどうぞ。」

受付嬢はノインに手帳程の大きさの冊子を手渡した。

「ここには遭遇頻度の高いモンスターの情報や高価買取可能な素材といった探索に役立つ情報、そして探索ギルドが提示している規則などが記載されています。特に規則の方は守っていただけないとギルドとの取引が出来なくなりますのでお気をつけください」

「ありがとう。それでは」

こうしてノインはギルド本部を出て、近くの道具店に入っていった。探索を始める前に必要なものを買い揃えるようだ。

(回復薬は父さんからいくつか貰ったから…あとは素材を入れるための袋か。手帳の情報によると、モンスターが落とす魔石や素材はさっきの本部に持ち帰らなくても、獣域にあるギルド支部で買い取りが可能…。なら機動力を落とさない程度の大きさで十分か)

獣域とはつまりモンスターが蔓延る領地のことである。人類が築き上げた巨大な壁・アイギスの向こうはそのほとんどが謎と神秘に満ちた暗黒の世界であり、人は大陸南端でしか安全を確保できないのが現状だ。とはいえ探索家もこれまでの活動を通して着実に地図の余白を埋めつつあり、獣域の地図情報も更新が進んでいる。ギルド支部もその成果の一つだ。獣域において比較的安全なエリアには、探索効率を上げるため少しずつ拠点が作られていった。最初は探索家が個人的に寝泊まりするための場所であったが、今となってはライフラインも整備され、快適とまではいえないが十分生活可能な設備が整っており、そこに支部も設置されている。ここで素材を買い取ってもらうと少し手数料がかかるものの大幅に探索効率が上がるためほとんどの探索家は支部で売却を済ませているようだ。本部の窓口が少ないのもそれが理由なのだろう。

 袋を入手したノインは、早速獣域に入るべくアイギスにある検問所に向かった。手帳と共に受け取った登録証を見せればすんなりと通れるようだ。

壁を越えると、そこにはだだっ広い草原が広がっていた。周囲には謎の小屋があるのみで、それ以外には人工物らしきものの姿は無い。草原の奥には森があり、彼よりも先に入っていった探索家はそちらに向かっているようだった。この森は駆け出しの探索家に最適な狩場のようで、生息するモンスターのほとんどは弱く数も多い。それ故このエリアで手に入る素材や魔石は価値が低いため薄利多売といったところか。

(まずは簡単なところで腕試しが無難だな…。目標は今日の宿代と飯代を捻出できる額…とりあえず1万Gもあれば足りるか)

差し当たっての目標を定め、ノインは森を目指すのであった。

 森の中は薄暗い。所々見たことのない植物もあり、独自の生態系を構築している様子が伺える。ノインはその一つ一つを観察しながら探索を進めていた。彼は元来好奇心旺盛な質であるというのも頷ける話だ。常に未知と隣合わせの生活は、まさに天職と言えるのだろう。しかしその植物観察も長くは続かないのが道理というもの。なぜならここは獣域、即ち舞台の主役はモンスターなのだから。呑気に散歩しているように見えて警戒も怠っていないノインは、すぐさまその気配に気付く。振り返れば、後方から丸いゲル状の何かがこちらを見ていた。イオルス国内においてその名を知らぬものは居ない、スライムである。スライムといえば、加工次第で肥料にも燃料にもできる体組織を保つため生活のあらゆるシーンで用いられているのだが。この生物が有名なのは生活に欠かせないからではない。単に極まったその弱さゆえに有名という、気の毒なモンスターなのである。

(なんだ、スライムか…。まぁGの足しにはなるか…)

さしものノインもがっかりした様子であったが、しかし今は1Gでも手に入れたい身。試運転も兼ねて狩る事にした。ノインは剣にかけていた手を下ろし、スライム目掛けて走り出す。魔力を込められた指先は淡い赤に変色し、そのままスライムの体液を貫き核を抜き出した。核を失った事で形を維持できずその身がどろりと音を立てて崩れる。あっけないもので、ノインの初戦は一瞬にて幕を閉じた。否、最早戦いと称して良いのかすら疑問である。

 戦利品、と呼ぶには渋すぎるスライムの素材を袋に詰めている時のことだった。袋からスライムが漏れ出さないか等と考えていると、不意に背後で小枝を踏み折る音が聞こえたのである。見れば人の子供程の大きさの生き物が立っていた。薄緑の皮膚にボロい布切れ、拾ってきたような棍棒。ノインはこれがゴブリンであるとすぐに気付いた。のだが。問題はその数だった。多くの方から一匹、また一匹と増えて行きついには十を超える群れとなった。

(おいおい…スライムからの高低差、えげつないな)

群れを観察すると、一匹明らかに強そうな個体がいることが分かった。恐らくこの群れのリーダーなのだろう。しかし、これ程の脅威を前にしているにも関わらずノインは笑っている。ようやく張り合いがある奴が来たと言わんばかりのその表情、とても今日初めて獣域に立ち入った者とは思えない。対するゴブリンは人間の表情など歯牙にかけずノインに迫り来る。ボスゴブリンの指示であろうか、右と左から同時攻撃を繰り出してきた。だが、ノインは微動だにしない。木の塊が肉を撃つ鈍重な音が辺りに響く。一人の探索家の生命がここで途絶えたかのように思えたが。なんと、信じがたい事に彼は無傷で立っていた。その体からは赤い蒸気が立ち上っている。

(ゴブリンの攻撃程度ならノーダメージ…次は攻撃に移るか)

ノインは抜剣し、再び殴りかかってきた二匹を瞬時に両断した。一転し今度は自らゴブリンに接近する。スキルにより強化された身体能力は、常人の倍の速度で動くことを可能にしていた。敵は対応に遅れ、なす術無く切り伏せられて行く。ある者はすれ違い様に首を切り落とされ、またある者は腕のついでに胴体まで斬り込まれ、いとも簡単に屍と化すのである。知能の低いゴブリンといえどあまりの恐怖心から立ちすくむ者も出始めた。十数匹いた彼らは早くも五匹にまで削られているのだから無理もない。突如、後方で鎮座していたボスゴブリンが立ち上がった。手持ちの棍棒で怯えるゴブリンを殴り飛ばしながらノインに近付いてくる。体格はノインよりも一回り大きいほどで、ゴブリンの割に筋肉質。相当苛立っているようで、呼吸が荒々しい。

「ようやく王様のお出ましってとこだな」

ほうっ、とノインは一つ大きく息を吹く。初めて戦うまともな敵を相手にし、気合十分といったところか。しばらく対面していたが、静寂を破ったのはボスゴブリンだった。雄叫びを上げながら棍棒で殴りつける。流石のノインも先程のようにノーガードで受けはしない。頭上より振り下される棍棒を、両腕を交差させ受け止める。

「…ッ!」

「グルァァァ!!」

なんとか耐えたものの想定以上に響く攻撃。人の如き脆弱な生き物に渾身の一撃を防がれたボスゴブリンは、さらなる攻撃を繰り出そうとしている。

(何発もくらうのはまずいか…。であれば速度で押し切るまで!)

締め上げていた筋肉の緊張を解き、ノインは素早くボスゴブリンの後ろに回り込む。剣を抜き、片手で大きく振り被り、その分厚い胴体を両断する意気込みで振り抜いた。さしもの彼でも両断とまではいかないが、かなりの深手を負わせた。苦痛の叫び声をあげながら傷口を抑えるその手からは血液がとめどなく溢れている。だが、仮にも一集団の王。傷を負うとも敵への執念は揺らぐ事なく、むしろさらに殺意を高めているようだ。最早傷口を抑えることもせず、臓物をはみ出させながらただ一人の敵を見据え駆け出した。手負いの獣は最も恐ろしいと言われている。それは、行動方針が大きく変わり予測不能な動きを始めるからだ。事実、ノインは量りかねていた。次の一撃はどのように繰り出されるのか。先刻とは打って変わって、棍棒の間合いや相手の出方を伺うような素振りが見受けられない。これまでの修練は人間と行なってきたため、初めて迫られる暗闇の中での選択に焦燥感を覚えていた。

(どうする…!?流石に再び腕で受けるわけには…)

ここで、ノインに光明が差した。通常の人間よりも大きな体格のボスゴブリン。左右・後退その全てがリスクを伴うなら。その股の間から裏を取れば良いのである。考え無しに突撃するボスゴブリンであったが、突如駆け寄ってくるかと思えば視界から敵が消えるという状況に理解が追い付かず、攻撃は虚しく空を切る。背後に躍り出たノインはそのまま攻撃に転じ、背中に剣を深く突き立てた。ボスゴブリンはそのまま前方に倒れ込み二度と動く事は無かった。ノインの勝利である。

(獣域下部でこんなに強い奴がいるのか…先が思いやられるな…)

持てるだけの素材を収納すると、袋がいっぱいになってしまったため今日は早いが街に戻る事にした。


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