爆音
仲介人にメールを送ってからというもの、オーナーが怒鳴り散らしていた十六時十三分の罵声はぱたりとやんだ。地下階の住人が一人でも出ていったら家賃収入が減って生活に困るぞ、という私のテキストメッセージは効果的な脅し文句となったらしい。
おかげで出勤前の時間は、仮眠を取ろうと執筆作業をしていようと、以前と同じように静かに過ごせるようになった。ところが、夕方の時間に代わってうるさくなったのが深夜の重低音である。
午前二時半には鳴りやむ土曜限定だったはずのラテン音楽は、今や平日の夜から明け方までの時間へと大幅に拡大され、さらに音量もこれまで以上の爆音で流されるようになっていた。
そのせいでもっとも集中できていた深夜の時間帯の執筆作業がまったく捗らなくなってしまった。当然ながら眠ることもままならない。
ラテン音楽の出所は依然としてわからないものの、騒音の時間帯が変わったタイミングを考えると、やはり上階に住む中国人オーナーが流しているように思われる。
他のシェアメイトがこの件に関して何ら騒ぎ立てないのも、おそらく私の部屋にだけ音が響いているからに違いない。つまり、迷惑な重低音が鳴らされている場所は、私の部屋の真上にあるオーナーの居住空間ということになる。
仕事から帰った土曜の深夜、自室へ入るなり天井から降ってきた轟音が身体を揺るがし、私は思わず盛大に溜め息を吐いてベッドの上へと己が身を投げ出した。
いい加減にしてほしい。もう何日目かもわからない。一体いつまでこの状態が続くのだ。これならまだ夕方の罵声の方が幾分マシであった。集中して書けないせいでウェブ小説の更新も遅れだしてしまっているのだ。本当に勘弁してもらいたい。
書けるわけがないとわかっていながらも、とりあえずパソコンの前に座って執筆画面を開いた私は、中途半端な箇所で止まったままの文章に繰り返し目を走らせて、続きの映像が頭に浮かび上がってくるのを辛抱強く待った。
あれから一時間は経つというのに、未だ爆音のラテン音楽は鳴りやんではくれない。時刻はすでに午前三時半をまわっている。
集中できないせいで何の考えもまとまらず、とうに書くのを諦めてしまった私は、執筆画面の隣に開いたSNSのタイムラインを上下にスクロールしながら、創作に使える貴重な時間を無為に過去へと流し続けていた。
タイムラインにはウェブ小説家の自作の宣伝や書籍化の告知だけでなく、動画や画像に紛れて個人の生活や思想なんかも流れてくる。世の中には様々な人がいて、それぞれが独自の考えを持って生きているのがよくわかる。
何千万人という利用者がいるSNSのなかで自分のコンテンツを売り込むには、ただ発信するだけではなく、どうにか目立たせて人の興味を惹かねばならない。その目立たせ方にしてもひと工夫しなければ、人の記憶とともに簡単にタイムラインの彼方へと押し流されてしまう。
他人に自分という存在を強く印象づけるなら、どう目立つかがもっとも重要だ。