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失敗

 ギルドを出た後で、自分がやってしまったことに気がついて、俺は走った。


 やばい、やばい、やばい。


 行き交う人たちにジロジロと見られながら大通りを走ってその店に着いたとき、ほとんど息が上がっていないことに驚いた。


 西門の近くのギルドから走って来て、東門の近くの店まで来たのだからなかなかの距離を走って来たはずなのに、子供の体力はやばいな。


 そう思いながら宿屋の中に入ると、食堂の方から賑やかな声が聞こえている。


 俺はカウンターまで行って「すみません」と声を掛けようとして止まった。カウンターには『満室』の木の札がかかっている。


「マジかよ」


 俺はがっくりと肩を落としながらその宿屋『子豚のしっぽ』を出た。


「うーん、まずったね」


 荷物が重すぎて先に宿を決めずに、冒険者ギルドに行ってしまった。


 ギルドの女の子にフォレスティアで安くてまともな宿屋はこの『子豚のしっぽ』ぐらいしかないと教えられて慌てて来たのに間に合わなかった。


 あとはベットが汚いとか、食事が美味しくないらしい。


「うーん、ベットが汚いのは嫌だから、ここは朝食を捨てるか?」


 そこで俺は自分の格好を見た。


 この見るからに平民の子供って格好じゃ、高級な宿は無理だろうし、今からまともな服を買う時間もない。


 商人の息子など金持ちを相手にしている子供服の古着屋ならそろえられなくもないけど当然高いし、どう考えても無駄な出費だよな。


 一気に金持ちになったけどさ、だからと言って無駄遣いは違うよね?


 とりあえず、食事がまずいと評判の宿屋に向かおうとがっくりと肩を落としながら大通りを戻っていたら同じようにがっくりと肩を落としている男の子がいた。


「どうしたの?」


 俺が声をかけたら男の子は「えっ?」と驚いて、それからまた暗い顔になった。


「なかなかお客さんが捕まらなくてさ」


「お客さん?」


「うん、うちは宿屋をやっているんだけど、声かけしてもなかなかついて来てくれないんだよな」


「そうなんだぁ」


 まあ、確かにそんな暗い顔で声をかけられても確かについて行きづらい。


「リーズナブルながら父さんが作る食事もそこそこだし、部屋だって従業員さんと俺で毎日綺麗に掃除しているし、母さんはとっても美人なのに……」


「なのに?」


「ちょっと、立地が悪いんだ」


「どこ?」


「南街……」


 なるほどね、南街はいわゆる花街だ。顔の整った男の子や女の子がお酌する高い飲み屋や浮世宿などがひしめいている。


 そんな場所に家庭的な宿屋があっても一般的な客は泊まりづらいし、浮世宿の客は宿屋など利用しないし、お酌を受ける高級飲み屋の客は安宿には泊まらない。


 でも、そんなところで綺麗な奥さんと小さな男の子と宿屋をやるってことは、たぶん旦那は腕っ節が強くて、強面なんだろうな。


「僕が泊まろうか?」


「本当に?」


「うん『豚のしっぽ』が満室で困ってたんだ」


「あぁ、あそこは人気だし、良い宿だもんな」


「うん? 負けを認めるの?」


 俺が首を傾げると、男の子は「負けてない!」と怒った。


 うん、宿屋の息子はそれぐらいじゃないとね。


 俺が男の子について行くと、男の子が振り返る。


「俺はピエル、お前は?」


「僕はラピスだよ。よろしく、ピエル」


「あぁ、よろしくな。それでラピスはなんでフォレスティアに来たんだ?」


 俺は「うーんとね」と笑う。


 確かに宿屋の息子の会話としては自然な流れなんだと思うけど、今の俺には1番聞かれたくない質問だね。


 子供が目的もなく、こんな辺境で特に観光もない街に来るというのは不自然すぎる。


 ぷらっと立ち寄ったなんて無理だよね?


 となると……。


「最近山から降りてきたんだ」


「えっ? 山から降りてきた?」


「うん、山の中で爺ちゃんと2人暮らしだったんだけど亡くなったから降りてきたんだ」


「そうだったのか、なんか、ごめんな」


「あぁ、気にしなくて良いよ」


 俺は笑ったが、ピエルが申し訳なさそうな顔をするのでなんかこっちが申し訳ない。


 まあ、母さんが元気な頃によく遊びに行っていた山に住んでいる爺ちゃんが母さんが亡くなる少し前に亡くなったのは嘘じゃないし、まあ、これ系の話をしていれば、相手が気を使ってそれ以上突っ込んで来ないと思ってこんな話にしたけど、なんか気まずいね。


「でも、その歳でひとり旅なんてすごいな」


「うん、僕は少し魔法が得意だからね」


「そうなのかぁ」


 ピエルが振り返りながらそう言ったところで、俺たちは花街に入った。


 ぽんやりと灯った明かりの魔道具が辺りをオレンジに染めて、行き交う少し歳の離れたカップル風の人たちは俺を見てギョッとして、ピエルを見て納得しているようだ。


 あれ? ピエルの宿屋って花街では有名なのか?


 そして、ピエルが立ち止まった。


「おい、ピエル、お前のうちは安宿なんだよな?」


「なんのことだ?」


「おい!」


 ピエルが「へへへ」と笑う。


「へへへ、じゃねぇ! お前のうちは高級宿じゃねぇか!」


 ピエルの後ろに立っている宿は立派だし、きれいだし、どっからどう見ても高級宿だ。


 あほか? 


 高級宿ならそりゃあ部屋も綺麗だし、飯もうまいだろうし『子豚のしっぽ』に負けるわけがない。


「だってよぉ……」


「僕が金を持ってなかったらどうするつもりだったんだ?」


「いや、持ってるだろ? だって冒険者の奴らが言ってたぜ。鮮やかなオレンジ色の髪をした余所者のガキは1人でオークを倒す猛者で、きっと訳ありの貴族の子供だから気をつけろって」


 おいおい、誰だよ、そんな変な噂流したやろうは……まあ、たぶんダゴルか? あの門なところで胸ぐらを掴んできた冒険者だろうとは思うけど……まったく。


「あれって、ラピスの事だろ?」


「いや、いろいろツッコミどころは満載だけど、確かにオークを倒して来たガキってのは僕のことだと思うよ」


「ほら、お金持ってんじゃん」


「いや、そうだけどさ……」


 まあ、金はあるから泊まるのは問題ないけどな。


 俺が苦笑いながらピエルを見ると、ピエルは頭をかいた。


「それでピエルのうちは一泊いくら?」


「おう、朝晩2食つけて銀貨1枚と銅貨5枚にしてもらう」


「おいおい、大丈夫なの?」


 多分『金の鶏亭』は高級宿だから一泊銀貨2枚はすると思う。


「大丈夫だ……」


 ピエルがそういうので俺は「はぁ」とため息をついて「部屋を見てから考える」と答えた。


「ありがとう」


 満面の笑みをしたピエルに続いて、俺は『金の鶏亭』に入った。

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