プルとウェイン①
月がきれいだった。
ルサヴェガス家の屋敷に向かう途中で俺たちの前にその2人は立ち塞がった。僕と変わらない背丈の2人は月明かりの下でも誰かすぐにわかる。
怒ったような顔と不安そうな顔で俺を見て、それからウェインが「その2人をこちらに渡せ」と言ってきた。
「『嫌だ』と言ったら?」
「ラピス、お前も拘束する」
「プルも同じ意見なの?」
俺がプルを見ると、プルは困ったようにウェインを見て、それから「うん」と小さくうなずく。だから俺は大袈裟に「はぁ」と息を吐いた。
「プルはウェインの言いなりなの?」
「なんだと!」
「だってそうだろ? ウェインが正しいと言った物を信じているじゃないか。プルは自分の意思で決めてないだろ?」
「ふん、そんなもの明確ではないか、あの男は確かにカルメアに手を切り落とされて運ばれて来た。カルメア自身も切り落としたことを認めたぞ」
「それはあの男の人が市場のお姉さんに乱暴しようとしたからだ。それをカルメアの姉ちゃんは止めただけだ」
「なんだと……」
ウェインがそう言うと影にいた男の人が「騙されてはダメですぜ」と笑った。
「ドグス!?」
パックスがそう言うとドグスはこちらを見て笑う。
「銀狐のカルメアは嘘をつくのがうめぇんです。ラピスも、それから腰巾着の2人も騙されているんですぜ」
パックスが「てめぇ!」と怒るとドグスは「ケラケラ」と笑う。
「特に2人はカルメアを妄信的に信じているから、少し目を覚ましてやらねぇといけねぇようですぜ」
俺は「騙しているのはどっちかな?」と首をかしげた。
「僕はあの場にいたし、市場のみんなが証言してくれるよ。あの男の人が市場のお姉さんを殴ろうとして、カルメアの姉ちゃんがそれを止めたってね」
「ふん、なるほどな。お前が主犯か? そうまでしてカルメアが欲しいのか? ラピス。しょうがねぇなぁ、子供はみんなお姉さんが好きだからな」
「相手にされない男の人の嫉妬ほど醜いものはないね」
そこでやっとドグスの顔が歪む。
「なにが良いてぇんだ? あんなアバズレこっちから願い下げだぜ」
「くっついて回って甲斐甲斐しく世話をしたのに結局相手にされないから、捨てられるまえに捨てたの?」
俺が首をかしげると、ドグスはギュッと眉を寄せた。
「言わせておけば調子に乗るなよ、小僧のくせに」
「ウェインとプルを手に入れたと勘違いして、調子に乗っているのはそっちだろ? おっさん」
ドグスが「ウェインさん、プルさん、やっちゃってください」と言ったが、ウェインが「ダメだな」と言った。
「なぜですかい?」
「明日、朝イチで市場の人たちから話を聞く。ラピスたちをどうするかはそれから決める」
「なに言っているんですかい? そんなことをしたらラピスにもカルメアにも、それからあの2人にも逃げられますぜ」
「それなんだが、1つ疑問がある。カルメアの首には従属の首輪が巻いてあった。それにお前もあの2人も首を隠しているが、首輪巻かれているのではないのか?」
するとドグスが「なっ?!」と後ずさる。
「なっ、なに言ってるんですかい? 首輪? なんの話だかわからねぇです」
あからさまに動揺すると、ウェインが「なにを動揺しているんだ?」と笑う。
「首輪があれば逃げても無駄だろ?」
「そう、なのですかい? それは知らなかったなぁ」
ドグスがそう言うとウェインの剣の切先がドグスの首元に止まる。そして、スカーフをずらした。
「嘘はつくな。騎士への偽証は立派な罪だぞ」
ドグスが「ヒィ」と声をもらして、それから逃げようとしたけど、あっという間にウェインにたたまれて拘束されて地面に転がった。
「なんなの? この茶番は?」
俺が聞くとウェインが「うん?」とこちらを見た。
「すまないな、これでもこの馬鹿と同じ依頼人からの依頼で騎士団から派遣されているからな」
「あっそ、じゃあ、僕たちは急ぐから」
俺たちがその場をはなれようとするとプルが「ラピス」と声をかけて来た。
「なに?」
「私に手伝えることはない?」
そう言うのでウェインを見たが、ウェインは頭をかいた。
「それはプルの意思なの?」
「そうよ。私はラピスを手伝いたい」
「だけど、それは騎士団の命令に反することだし、プルも王国法を破ることになるかもしれないんだよ」
プルはウェインを見て、それから俺を見た。
「いいよ」
「はぁ?」
俺が首をかしげるとプルは「フフッ」と笑う。
「本当にわかっているの? 命令に反すれば騎士団にはいられなくなるよ。もっと言えば王国法を破って犯罪者になれば追われることになる」
「ラピスは捕まることは考えないんだね?」
「うん? 悪いけどプルが僕につけばウェインにだって僕たちを捕まえることはできないでしょ?」
俺がそう言うとウェインが「おいおい」と言う。
「なんか、ラピスは俺を仲間外れにしようとしてないか?」
「そりゃあ、そうでしょ? ウェインは騎士団長の孫なんだから」
するとウェインは「ふん」と鼻を鳴らした。
「いざとなれば、平気な顔で子供をラインに送り込むような家、こっちから出て行ってやるさ」
ウェインが良い顔でサムズアップしたけど、プルが「いや」と笑う。
「ウェインのところだってお母様は反対したじゃない」
「だが、結局は『我が家が出さないなどありえない』と言う父様に押し切られたじゃないか」
ウェインとプルが変な言い合いを始めると、マヤは「クスクス」と笑い、パックスは「まったく」と苦笑いだ。
「わかったから!」
俺がそう言うと言い合いをやめた2人は俺を見る。
「悪いけど、こっちに来たら引き返せないよ。良いんだね?」
「うん、わかってる」
「あぁ、俺だって覚悟は出来てるさ」
「本当に?」
俺が半眼になると、プルは不安そうな顔をして、ウェインは頬をかいた。
うーん、わかってないね。これは。




