詰所
詰所に連れて行かれたあとで事情を説明していると、錆びた武器とゴブリンの耳、それからオークの鼻を確認した兵士の男の人に怒られた。
「お前な、なんで冒険者をからかった」
「からかったわけじゃないよ」
「じゃあ、なんだ。奴らは強く見せてなんぼなんだ、メンツを潰されたと逆恨みされて後でからまれても知らんぞ」
「だってさ、探索に入った騎士団の人たちのことを嘘つきとか言ってたよ」
俺が首をかしげると「あぁ、知っている」と男の人は顔をしかめた。
「それで、お前が仕留めたオークはどの辺りにいたんだ?」
男の人がテーブルに地図を広げるので、俺は街道から一番近い位置にいたオークの場所を「この辺りかな」と指し示した。
「なるほどな、確かに王国騎士団の奴らが襲われた場所に近いな。他にも居そうだったか?」
「うーん、わかんないけど、この辺りにはもういないんじゃないかな?」
「なんでだ?」
「だって、結構大きな声で吠えてたし、断末魔もあったからね。近くにいたら解体しているあいだに寄ってくるでしょ?」
男の人は「確かになぁ」とうなずく。
「わかった。ありがとな」
「ううん、なんか迷惑かけてごめんなさい」
「いや、いい。王国騎士団がバカにされていたからかばってくれたんだろ?」
俺が「うん」とうなずくと男の人は身を乗り出して「ありがとな」と頭をなでてくれた。
「それで逃げてきたって人たちは大丈夫なの?」
「あぁ、逃げて来たって言ってもこっち側じゃなくてテュザァーン領のウッドランドの方だから詳しくはわからないが、体の方は大丈夫でも心はな。まあ、王都に戻ったって言うし、立ち直ってくれるといいな」
俺は「そうだね」とうなずく。
誰が生き残ったのかわからないが、少しでも仲間が生き残ってくれてよかった。
どちらにしても、もうエルフ探索に駆り出されないといいなと思う。エルフのいるとされる森はどこも魔の森だし、派遣されるような部隊はどの隊も下っ端だからね。
俺は15年も王国騎士団にいて初めて今回派遣されたけど、正直あの魔物の数は精鋭部隊でも派遣しないと無理だと思う。
だけど、王国騎士団としてもエルフを奴隷にしたいという貴族のわがままのためだけに精鋭部隊は派遣できない。そもそも精鋭はみんな魔王軍を抑える北のラインの方に派遣されているからね。
くだらない事をしてないでラインを守ることに専念した方がいいと思う。
「ところでお前、名前は?」
「うん?」
「あぁ、構えなくていいぞ。お前、山から降りて来たのならフォレスティアの街は初めてなんだろ? 通行料を払って名前を申告しないと入れないぞ。それとも行商人手形とか、冒険者証とかは持っているか?」
「あぁ、そうか。僕の名はラピス」
「そうか、ラピス。通行料は銅貨3枚だけどあるか?」
「うん」
俺はリュックに入れてあった布袋を出して、そこから銅貨3枚を男の人に渡した。
アルブ名義の王国騎士団の兵隊証はあるけど、使えるわけないからね。
「うん、確かに」
男の人はうなずくと帳面にラピスと書いた。
「あとわかっているだろうけど、街中でのトラブルは禁止な」
「はい」
「だから、次に冒険者に絡まれるとしたらきっと外に出たときだ。気をつけろよ」
男の人がニヤリと笑ってウインクするので、俺は「ありがとう、おじちゃん」と笑っておく。
我ながら気持ち悪いが、男の人のウインクも大概なのでおあいこだよね?
「それと俺はイコブだ。何か困ったら訪ねて来い。まあ、力になれないこともあるが、なれることならなんとかしてやるからな」
「ありがとう、イコブのおじちゃん」
俺はイコブに見送られて詰所を出るとアゴに手を当てた。
うーむ、まずはこの背負っている重い荷物を売っぱらいたいけど、どちらが良いかな?
ここで俺の選択できる選択肢はとりあえず2つ。1つは商業ギルドに登録して、傭兵になること。もう1つは冒険者ギルドに登録して、冒険者になること。
まあ、どちらも仕事内容はあまり変わらないけど、傭兵はお店の用心棒や要人の護衛などが仕事が多くて、どちらかというと対人戦闘がメイン。それに対して冒険者は森に素材を取りに行ったり、討伐依頼の出ている魔物を倒したりといった魔物絡みの仕事が多くて、対魔物戦闘がメイン。
まあ、商業ギルドに登録すると傭兵になって商業ギルドが素材の買い取りをしてくれて、ゴブリンの耳やオークの鼻も持って行けば魔物の討伐報酬も出る。冒険者ギルドに登録すると冒険者になって冒険者ギルドが、という感じだ。
どっちが良いかなぁ?
傭兵は商会に固定で雇われることが多いからお金の面で安定はするけど自由もあまりないって聞くし、せっかくだから自由に魔物をガンガン狩れる冒険者にしようか? 昔は風まかせの冒険者家業ってのも、ちょっと憧れたんだよね。
「うん、そうしよう。そうと決まれば、冒険者ギルドだな」
そう呟いて俺は歩き出した。
だけどさ、冒険者ギルドでも『僕』とか言わないといけないのか……。
意外と辛いな、これ。