カルメア①
朝までオーク騒ぎで働いたので、起きるとすでにお昼を過ぎて少し日がかたむき始めていた。俺は窓の外の青すぎる空をにらんで体を起こす。
寝て過ごしてしまうのにはもったいないぐらいの青空だし、このまま寝てしまうと夜寝れなくなりそうなので、目をこすってベッドから降りる。そして、出かける支度を始めた。
とりあえず、今日も大忙しな『金の鶏亭』を出て仕方がないので、とりあえずメソルの工房に向かう。
途中でお腹が「グゥゥゥ」と鳴った。
はいはい、寝ててもお腹は空くもんな。
文句を言うお腹に従ってそのまま買い食いしようと市場に足を向けると、市場はガヤガヤと騒ぎになっていた。
なんだ?
なんだかいつもの賑わいとは違う。
なので、市場の入り口のところで見ていた男の人に「どうかしたの?」と聞いてみた。すると男の人が俺を見て「らっ、ラピス?!」と下手な二度見をするので、俺は「なにかあったの?」と聞き直す。
「あぁ、なんか『エルフを狩る者たちには売らないわよ』って串焼き屋のおばちゃんが言ったらしくてな」
「なっ?!」
俺がそう言って中をのぞくと、いつも俺がお世話になっている魔牛の串焼き屋の女の人が冒険者風の男の人に胸ぐらをつかまれていた。
また、エルフを狩る者だね。
「あんたらはラピスの敵なんだろ? しかも昨晩のオーク騒ぎにも参加しなかったじゃないのかい!?」
「うるせぇ、俺たちは酔っ払って寝てたんだから仕方がねぇだろ? それにお前たちのラピス様が助けてくださったらしいじゃねぇか、街が無事だったんなら俺たちが参加しないかったとしても大した問題じゃないだろ?」
「ふん、そういう問題じゃないよ。私はね、あんたらのその態度が気に入らないって言ってんのさ。冒険者のくせにろくに働きもしないやつらに食べさせる物はないよ!」
女の人がそう言うと男の人が胸ぐらをつかんでいる手に力を入れた。
このままでは不味そうなので、俺は「手を離してよ」と声をかけた。
「なんだと?!」
俺の方を見た男の人は「らっ、ラピス?!」と少し後ずさる。なので俺は「もう一度だけいうよ」と言って腰に下げている袋の口を開けた。
「お姉さんから手を離して」
男の人は「チッ」と舌打ちしたあとで女の人から手を離す。すると女の人が「どうしたんだい?」と首をかしげた。
「あんたは、弱い者にしか強気な態度を取れないのかい?」
すると男の人が「てめぇ」と拳を振り上げたとき、ストンと男の人の手が銀色の魔法の刃に斬られて落ちた。
「「なっ?!」」
周りにいた人たちがみんな驚いて俺を見たけど、俺じゃない。なので首を横に振っておいた。
「グァァァァァァ」
男の人が手をかばいながら転げまわると、奥の方からカルメアが「ごめんなさいね」とゆっくり歩いて来て男の人の近くに立つと男の人を見下ろした。
「私は『街中で問題は起こさないでね』って頼んだわよね?」
「カルメアさん……だけど、そこのババァが」
「ババァじゃない、お姉さんよ。本当に馬鹿ね」
カルメアはそう言って、その男の顔を蹴って気絶させると串焼き屋の女の人に「ごめんなさい」と頭を下げた。
「いや、私の方こそ、すまなかったね」
女の人がそう言って頭をかくと、カルメアは微笑んだ。そして、一緒に来ていた仲間たちに転がっている男の人を運ばせると、俺のところまで歩いて来た。
「ラピス、止めてくれてありがとう、感謝するわ」
カルメアが頭を下げたので、俺は「あのさ」と聞く。
「カルメアの姉ちゃんはどうしてあんなごろつきばかり連れているの?」
「そうね、なぜなのか、知りたい?」
カルメアが楽しげに笑って首をかしげる。俺はそれに「うん」と素直にうなずいた。
「気になるの?」
「気になるよ。だって、あの人たちはカルメア姉ちゃんとかなり毛色が違うからね」
今度は俺は首をかしげるとカルメアは「うふふ」と笑った。
「だけど、私たちの稼業には正義感なんて持ってないああいうやつらのほうが良いのよ。エルフを捕まえたあとで、情にほだされて裏切られたら困るからね」
「でもさ、あいつらだって裏切るんじゃないの?」
「裏切るわね。だけど、こっちだってお金だけの関係だと思っていれば、ラピスみたいに悩まなくて済むわよ」
カルメアはそう言うと「悩んでいるんでしょ? ラピス」と聞いて来たので、俺は「まあね」と答える。するとカルメアは少し驚いた顔をしたあとで「そう」と微笑んだ。
「ラピスはお昼まだなんでしょ?」
「うん、そのために市場に来たからね」
「それじゃあ、一緒に食べない? お姉さんが相談に乗ってあげるわ」
カルメアがニヤニヤと俺の顔を見るので、俺は「そうだね」と言った。するとカルメアが「へっ」と変な声を出す。
「なんだか今日は嫌に素直ね、ラピス」
「だって、カルメアの姉ちゃんはあのお姉さんを助けてくれただろ?」
俺がそう言って串焼き屋の女の人を見たら、カルメアも続いて女の人を見た。すると、串焼き屋の女の人が俺たちにうなずくので、カルメアは苦笑いを浮かべた。
「あのね、あれはこれ以上のトラブルはごめんだから止めただけよ」
「だとしてもだよ」
俺がそう返すとカルメアは再び驚いてから「じゃあ、付き合ってもらおうかしら」と言った。




