イーナとトリアス
俺が街の方を見ていると、プルが「聖女様」と呼びかける。ルシアは「なに?」と答えた。
「あなたですよね?」
プルが聞くとウェインが「プル」と肩をつかむ。
「証拠もなしに追求は出来ないぞ」
「だけど、明らかじゃない」
「それでも、実際にエルフを狩る者たちを襲っているところを見たわけじゃないんだ」
ウェインがギュッと顔をしかめながらルシアを見るとルシアは「なんの話かわからないけど、そうね」と微笑んだ。
俺たちが街に戻ると街はすでにお祭り騒ぎで、オークたちの解体やクレーターの片付けは冒険者と兵士、それから街の人たちが総出でやってくれるそうだ。
正直疲れたから助かるね。
そして、ウィスが俺たちのところに来た。
「まずは街を救ってくれたこと、感謝するのじゃ、ありがとう」
「やれることをしただけだよ」
「そうね」
俺とルシアがそう言うと、ウェインとプルもうなずく。
「それで? イーナ様とトリアスはなぜここにおるのじゃ?」
「ウィス爺、俺たちは王国騎士のウェインとプルだ」
ウィスが「うん?」と首をかしげて、それからウェインをまっすぐに見た。
「そうかのう、それで通すなら儂はなにも言わぬが、ラピスは友ではないのか?」
ウェインはそれに目を見開いたあとで「そうだな」とうなずく。そして、俺を見た。
「ラピス、俺はトリアスウェイン・フラートゥスト。三男だが、フラートゥスト現当主の孫だ」
ウェインがそう言うとプルが頬をかく。
「私はイーナプルウィア・ラルクスガリア」
「えっ? ラルクスガリアって……」
「うん、いちおう第四王女って事になってる」
おいおい『貴族だろうな』とは思ってたけど、フラートゥストは現王国騎士団長が当主の侯爵家、プルに至っては王女ってマジか……まずいね。
俺はその場で土下座した。
「存じ上げなかったとは言え、申し訳ありません」
「ラピス?」
呼ばれた俺が顔をあげるとプルが俺を見て首をかしげてから「プフッ」と吹き出した。
「やめてよ、ラピス。私たちは友達でしょ?」
「いえ、僕は平民ですし、友達などとおこがましいです」
俺がそう言うとプルは「やめて!」と怒鳴った。
「つぎ同じこと言ったら本気で怒るからね」
プルが膨れて、ウェインが頭をかいた。
「プルの母さんは平民出だからな」
「王妃様が平民出?」
「うん、私を産んだからいちおう第五王妃ってなっているけど暮らしているのは王都の端にある離宮ってことになっている小さな家だし、私は一度も国王様に会ったことないよ」
「それにな、俺も侯爵家だが三男だし、俺もプルも2年半後にはラインに送られるのが決まっている」
ウェインは「フフッ」と笑った。
「ウェイン、笑い事じゃないだろ?」
「表向きは『我が家で一番才能がある』って理由でラインに送られるんだ。笑ってでもいないとやってられないだろ?」
「そうか、僕もティアの代わりにラインに行く」
俺がそう言うと「えっ?」とプルが驚いた。
「なんで? ラインに代わりに行くなんて……ラピス、正気なの?」
俺が「うん」と答えるとウェインは「なるほどな」とうなずく。
「身代わりの婚約者か?」
「うん、そんなところ」
俺が言うとウィスは「違うじゃろ?」と笑った。
「まあ、ラピスはこんな感じじゃが、ティアは本気じゃ」
「ティアはまだ子供だからだよ」
俺が笑うと「お主も子供じゃろうが」とウィスも笑う。
「それにいつまで座っておるのじゃ、ラピス。ささっと立て」
「でもさ……」
俺がそう言うとプルが「ねぇ」と言った。
「なに?」
「さっきも言ったけどさ、私はラピスを友達だと思ってるよ」
いきなりプルにそんなことを言われて、俺はゴクリと唾を飲み込む。するとプルは俺の前にしゃがみ込んだ。
「確かに最初は監視の為だったけど、私はラピスと一緒に狩りとかしてすごく楽しかった。もちろんラピスに嘘をついていたことは謝る、ごめんね」
そう言って涙目になりながら、俺の両腕をつかんで顔を覗き込むのは反則だ。
「僕だって……」
俺はそこまで言ってグッと歯を食いしばる。
俺だって2人といるのは楽しいし、友達としてやっていけると思っていた。だけどさ……。
「悪いけど、2人がやつらと一緒にいる限り、僕は2人と仲良くできない……ごめんね」
俺がそう言うとプルは「そっか」と顔を歪めて、それから笑った。
俺は俺の両腕をつかんでいるプルの手を丁寧に払って立ち上がる。そして、ルシアを見るとルシアは静かにうなずいた。
そうだね。これが俺の選んだ道だ。
「ウィス様、申し訳ないけど疲れたから帰るね」
「そうかのう、わかったのじゃ。ありがとな、ラピス」
「うん」
俺はうなずくと2人に「じゃあね」と声をかけてルシアと共にその場を離れた。
「私は……私は諦めないから!」
プルはそう言ったが、俺は振り返らない。
振り返ってしまったらきっと俺は迷ってしまう。2人と戦うことが出来なくなってしまう。
それはダメだ。
俺は命を救ってくれたエレナを守ると決めたから、それに俺の秘密を守るためにも、エレナたちをエルフを狩る者たちに渡すわけにはいかないんだ。
俺がギュッと歯を食いしばると今度はウェインが「お前が」と言う。
「王国法を犯すというなら、俺が友達として止めてやる」
俺はその言葉にも答えずに歩く。だって、油断すると揺らいでしまいそうだった。
そこでイコブが「ラピス」と寄って来た。
「これ、ラピスのだろ?」
「うん、そうだよ。ありがとう、イコブのおじちゃん」
俺はそう答えて板の魔法道具を受けとる。
「こっちこそ、ありがとな」
「うん、イコブのおじちゃん、無事で良かった」
「あぁ、ラピスのおかげだ」
「そんな事ないよ。正直に言ってあの2人とルシアが来てくれたおかげだよ、1人じゃ時間を稼ぐことも出来なかった」
俺が苦笑いを浮かべると、イコブは「そんなことねぇよ」と俺の頭をなでた。
「お前は充分すげぇ。俺たちはお前が来てくれなかったらたぶんあの大量のオークに押し潰されて死んでたと思う。俺たちはお前に命を救われたんだ」
イコブがそう言って少し離れたところにいた兵士たちを見ると兵士たちは俺を見てうなずく。
「本当にありがとな」
「そっか、それなら良かった」
俺がそう言って笑うとイコブは良い笑顔をしたあとで俺の頭をなでてくれる。たったそれだけの事がなんだかすごく嬉しかった。




