街へ③
可愛らしい小さな女の子が怪我の治った年配の騎士に手を貸してもらいながら降りてくると、俺を見てにこやかに笑った。
「危ないところを助けて頂きありがとうございます。私はティフォリア、ティフォリア・ルサヴェガスです。ティアとお呼びください」
「丁寧にありがとうございます。ラピスと申します。街道では助け合うのが決まりでございますので、当然の事をしたまでです」
ティアが丁寧に頭を下げてくれたので、俺はそれに応じるように答えて頭を下げる。
「あの、ラピス様は勇者様ですか?」
「勇者? いや、爺ちゃんと山に住んでいたのですが、最近降りてきたばかりで、ただの旅人です」
俺が考えておいた嘘を言いながら、苦笑いをすると、ティアは微笑んだ。
「そうなのですね。ではお爺様の領都フォレスティアまで馬車でお送りしますよ」
「良いのですか?」
「はい、命を救って頂きましたし、お礼をさせてください」
ティアはそう言いながらも、俺が背負う布袋を見ている。
「ありがとうございます。もう荷物がいっぱいでその辺に捨てていこうかと悩んでいたので助かります」
俺が笑うと「よかった」とティアも笑った。
護衛の兵士たちが乗る荷馬車に、荷物と一緒に乗せてもらおうとしたのだが、ティアが頑なに箱馬車を進める。
1日半ぐらいの距離を初対面のティアと一緒はつらいと思うよ。
「僕も何かあったときにすぐに動けるように兵士さんたちと一緒に幌馬車に乗りますよ」
「いえ、ラピス殿には箱馬車に乗って頂いてお嬢様をお守り頂きたい」
そう言う年長の騎士にゴリ押しされて、結局僕は箱馬車に乗った。
だけど、馬車の旅は快適だ。
護衛のみんなは周囲の警戒をしているけど、僕は箱馬車でティアとおしゃべりをしているだけ、ほとんどは聞かれたことに答えるだけだし、たまにゴブリンの群れが襲ってきても、箱馬車から飛び出して、砂鉄玉で先頭の方をまとめて撃って倒せば、他は逃げて行く。
兵士たちがゴブリンたちの耳を切り取って魔石を取り出して、錆びた武器も回収して幌馬車に乗せてくれるから、楽させてもらっている駄賃としてそれらは兵士たちと山分けにした。
これも兵士たちの小遣い稼ぎになるから、独り占めは気まずいもんね。
そんな快適な馬車の旅も1日半でフォレスティアの街を囲む城壁が見えてきた。
夕暮れの城門には多くの人たちが並んでいる。
俺は騎士でも兵士でもないので、そこで降ろしてもらうことにした。
「助かりました、ティア様。乗せて頂いてありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。ラピス様は命の恩人です。本当にありがとうございます」
ティアは丁寧に頭を下げてくれて、その後で泊まるところを確認されたけど「まだ決まってない」と言ったら「我が家に一度遊びに来てくださいね」と言って来た。
もちろん貴族の屋敷に遊びなど行けないけど、俺は「はい」と笑っておく。
「約束ですよ」
にこやかに微笑んでティアが箱馬車に乗り込んで去って行った。
うーむ、まあ、もう会うこともないからいいか。
それから列の一番後ろに並ぶ。
他所の街から来たの行商人風の男、森に行ってきたであろう冒険者のパーティー、荷物を積んだ荷車を引いている親子。
並んでいる人たちはさまざまだ。
それを見ながら列が進むのを待っていたら、後から来た冒険者が「まったく」とため息をはく。
「王国騎士団のやつらエルフの里を探しに入って逃げ帰って来たらしいぜ」
「偉そうにしてても、所詮は王都あたりでのうのうとしている奴らだろ? 辺境の俺たちとは鍛え方が違うよな?」
「あぁ、まったくだ。オークリーダーが率いる50匹近くの群れに襲われたとか言っているらしいが、どうせちょっと大きいゴブリンの群れだろ?」
「それな、部隊は壊滅状態で数人だけ逃げて来たんだろ? 恥ずかしくてゴブリンの群れって言えなくてオークの群れってことにしたんじゃねぇか?」
「そうだな、50匹の群れなんていたんなら俺たちもオークに会ってもおかしく無いもんな?」
「あぁ、どうせ、仲間を見捨てて逃げたのが恥ずかしいんだろうな」
大きな声で言うので、みんなに聞こえているだろうし、俺は良いが元でも仲間が馬鹿にされているのが頭に来た。
「お兄ちゃんたちさ、魔の森に行って来たの?」
「あぁ、そうだぜ。お前のようなガキには行けないだろうがな」
そう言って1人の男の人が俺の頭をグリグリとなでるとパーティメンバーが「ちげぇねぇ」と笑う。
「あのさ、本当に行って来た?」
「おい、なにが言いてぇんだ?」
ゲラゲラと笑っていた男の人が真顔になって凄んだけど、僕は笑った。
「だってさ、オークだったら居たよ。本当は怖くて魔の森に入れないから南の森にでも行って来たんじゃないの?」
「なんだと! ふざけるなよ、ガキ!」
1人が俺の胸ぐらをつかむと、他の冒険者パーティーの男が「まあ、待て」と声をかけて来た。
「なんだ、てめぇ、関係ないやつは……」
俺の胸ぐらをつかんでいた男の人が振り返ってから動きを止めて、俺の胸ぐらから手を離す。
「ダゴルさん!」
「おう、そんな小さなガキに凄んでどうすんだ。ガキの戯言なんて、笑って聞いてやれよ」
「だけどよぉ、なめられたままじゃ」
ダゴルが「そうだな」とうなずく。
「ガキ、冒険者は命を張って森に入ってんだ。だからよぉ、くだらねぇ嘘はダメだぜ」
「嘘じゃないよ」
「嘘じゃない? じゃあ、お前は自分が魔の森に入ってオークを見てきたって言いたいのか?」
「うん、行って来たからこれを背負っているんだよ」
俺が布袋をガシャガシャと音を立てると、ダゴルは「嘘だろ」と目を見開いた。
「おい、これは全部ゴブリンの錆びた武器か?」
「うん、そうだよ」
俺がうなずくとさっき胸ぐらをつかんだ男が「アハハ」と笑う。
「ダゴルさん、こんなガキにそれだけの数のゴブリンを倒せるわけないでしょ?」
「じゃあ、これはなんだ、どう見ても錆びた武器だろ? この子がどこかの親切なやつにでももらって来たと言いたいのか?」
「だけどよ、どっかに投棄されていたのを拾ってきたんじゃ……」
だよね、ギルドに持ち込めばお金になる物を捨てるとは思えないけど、高ランク冒険者なら捨てる可能性もないわけじゃない。
なにせ重いから、俺も捨てようか迷ってたからね。
俺は「はぁ」とため息を吐いて背負っていたリュックと布袋をその場におろした。そして、リュックの中に入れてあった他の布袋の口を開いてたっぷりと入っているオークの鼻とゴブリンの耳を見せた。
「これが証拠だよ」
「そいつは、オークの鼻! ゴブリンの耳!」
ダゴルがそう言うと、サッと慌てたように俺の周りにいた人たちがみんな離れた。
「なんなんだ、おまえ……」
さっき俺の胸ぐらをつかんだ男は腰を抜かすように座り込みながら俺を見上げる。それに、俺はニカっと笑った。
「なんだろうね? なんだと思う?」
「ひぃ」
男が悲鳴をあげたところで「なんの騒ぎだ」と寄ってきた兵士はダゴルから事情を聞いてうなずく。そして、俺は詰所へと連行された。
なんで?