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ゴーグル①

 メソルの工房は『金の鶏亭』のある花街の南、職人街にあった。


 思ったよりしっかりとした工房で、店舗スペースと大きなテーブルが置かれて細工などを行う作業場、それから炉や金床のある鍛冶場が分かれていて、どちらでも歳の若い弟子たちが作業していた。


 店舗スペースを通り、大きなテーブルのある作業場に入ると1人の女の子だけが顔を上げて「親方、おかえりなさい」と微笑む。メソルはそれに「帰ったっすよ」と答えて「何か問題はないっすか?」と聞いた。


「特にはないです」


「そうすっか、それはよかった。ちなみにこちらがラピスさんっす」


 メソルがそう言うと、女の子以外の弟子たちも全員手を止めて俺を見た。


 いやいや、君たちは親方が帰ってきてもみんな無反応だったよね?


「あれが石火のラピス、本当に小さいな」


「って言うか、小さいし、細っ。あれで本当にゴブリンリーダー倒したのかよ」


「しっ、失礼なこと言わないで下さい。ラピスさんはウィルッチを救ってくれた英雄なんですから」


「そういやぁ、お前はウィルッチ出身だったな。ラピスがシルバースケルトンを倒したんだろ?」


「それなぁ、それも眉唾だよな」


「だから、やめて下さい!」


 女の子が立ち上がると、男の子たちは一瞬だけ止まってまた会話に戻る。


「それにしても親方が訳のわかんない板作ってたけど、ラピスの依頼って本当だったんだな」


「なんに使うのか知らないけどあんな板、その辺に転がっている鉄の板でよくない?」


 そう言って「あはは」と笑い出したけど、メソルはまるで気にしていないようで、その大きな作業場を通り過ぎて奥の小さな作業場に入るとゴーグルを作るための魔鉄の用意を始めた。


 ここがメソルの作業場なのかな?


「あんなこと言われたけど、良いの?」


「良いっすよ。別に」


 メソルは少し笑ってから俺を見て首をかしげた。


「例えばラピスさんが戦い方を教えてくれと頼まれたとするっす」


「うん」


「そしたらとりあえず基本を教えてあとは狩りに連れて行くっすよね?」


「そうだね」


 確かにそうするだろうね。応用や実践的なことは、狩りをしながらの方が学べるはずだ。いくら理論的なことを教わったとしても、実践に勝ることはないと思う。


『見て覚えろ』とか言うつもりはないが『敵がこんな感じに動いたらこの角度で手を動かして、次に足をこう動かして』なんて説明しても意味ないよね?


「そして、狩りの中で学ぶも学ばないも弟子の勝手っすよね」


「うん。つまりは弟子がメソルを見て学ぶも学ばないも本人の自由ってこと?」


「そうっす。あの板がなんなのか? ラピスを連れて来てまで何をするつもりなのか? 俺なら気になってお茶でも出すふりして見に来るっす」


 俺が「なるほどね」とうなずくと、メソルも満足げにうなずく。


 そして、俺の顔や頭などの計測を始めて、その数値を紙に書き込むと図面を起こし始めた。その流れがあまりにも早いので驚いた。


「すごいね」


「そうっすか? 慣れれば誰でも出来ることっすから俺からしたらラピスさんの魔法の方が百倍すごいっすよ」


「そんなことないよ。僕のともだ……知り合いに言わせれば僕の魔法は雑だし、無駄が多いらしいよ。やっぱりきちんと基本を学んでずっと頑張って研鑽してきた技術の方がすごいと思う」


 俺がそう言うと驚いたように目を見開いたメソルは「ありっす」と笑った。


 すると、さっきの女の子が入って来てメソルと俺にお茶を出しながらテーブルに置いてあった図面をチラチラと見た。


 思わず「フフフッ」と笑ってしまいそうになったが我慢する。


「フィニも手伝ってみるっすか?」


「えっ!? 良いんですか?」


「良いっすよ、なにせ最低でも2時間以内で仕上げたいので猫の手も借りたいっすから」


 メソルはそんな風に言ったけど、フィニは嫌な顔するどころか嬉しそうに「はい」と答えた。


 そして、親方と弟子は図面を見ながら「ここはもっとこうっすね」とか「この辺はもっと削れるんじゃないですか?」とか意見を出し合いながら図面を引き直していった。


「とりあえず、こんなところっすかね」


「そうですね」


「あとは作ってみて改良するっす」


 メソルがそう言うとフィニが図面を見ながら「これがゴーグルってことは」と微笑む。


「親方が作っていた板は乗り物なのですか?」


「そうっす。ラピスさんはあんな板1枚で馬の10倍以上の速さで地面スレスレを飛んで行くっすよ」


「10倍……」


 フィニは顔を引きつらせながら俺を見て、それから意を決したように「私にも見せて頂けませんか?」と聞いて来た。


 まぁ、職人なら当然の反応かもね。まるで未知の物なんだから参考にしたいと思うだろう。


「構わないけど、あの板は僕の魔法でしか動かせないから、その、物としては参考にならないと思うよ」


「それでも良いです」


 フィニがキラキラした目で見てくるので、困ってメソルを見るとメソルも「出来たらお願いするっす」と笑った。


「ラピスさん、鍛冶をする上で大事なことはなんだと思うっすか?」


「うーん、基本かな? なんでも基本が大事でしょ? 僕にはそれが欠けているけどね」


「確かにそうっすね『鍛錬で始まり鍛錬で終わる』鉄を叩いて鍛えることが鍛冶のすべてっす。だからもちろん基本は大事っすけど、自由な発想を持つことも大事なんす」


「自由な発想……」


「ひたすらに鉄と向き合って槌を振るい、己がすべてを注ぎ込んで剣だけを作っている鍛冶師もすごいとは思うっすけど、やっぱり型にとらわれず自由な発想で新しい物を生み出すやつが一番すごい」


「魔法道具師だから職業は違うけど、イスティさんみたいに?」


「そうっす。それでその自由な発想には、やっぱりいろんな物を見てたくさんの刺激を受けるのが1番っす」


 そう言ったメソルは奥にあった机の引き出しからスキットルを出す。


「姉さんの暖をとる新しい魔法道具はすごいっす。だけど、これを知っているから考えついたんすよ」


「知ることが大事ってことだね?」


「そうっす」


 メソルがニヤリと笑うので、俺は「わかったよ」うなずく。


「あとで見せるから最高のゴーグルをお願い」


 俺がフィニを見るとフィニは「はい」と答えた。


 なるほど、この素直さと迷いの無さももしかしたら良い鍛治師になる条件なのかもしれないね。

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