街へ②
ドスドスと音を立てながら木の枝を掻き分けて、そいつは歩いていた。こちらに気づく前に俺は砂鉄の入った布袋の口を開ける。
そして、15センチの玉を作って「行け!」と打ち出した。
ドゴッと玉がオークの頭にぶち当たったが「ブモォ?」と声をもらして「ブヒィ」と頭を振ったオークは目を怒らせて俺を見た。
「嘘だろ? 効かねぇのかよ」
「グモオオオオオオ!」
突進して来たオークをかわしながら、砂鉄の玉を引き寄せる。そして、次は形を変えてみた。
今度は矢尻をイメージして、先を尖らせる。
「くらぇ」
頭を狙ったそれをオークが身をよじってよけた。
バキッ!
木の太い横枝をへし折って枝が落ちる。それを見たオークがブルブルと鼻を鳴らして、牙の横からよだれを飛ばした。
突進するように少し前傾したオークは「ブモォ?」と首を傾げた。
引き戻した砂鉄の塊が首の後ろに刺さったのだが、分厚い脂肪で致命傷にはならなかったようだ。それを嫌がるように手で抜いたオークが後ろを振り返る。
「ブモォォォォォォ!」
「あぁ、ごめんね。そっちには誰もいないよ」
俺は布袋からゴブリンの持っていた錆びた剣を出した。そして、それを投げながら「行けぇぇぇ!」と磁力魔法で飛ばした。
再びこちらを見たオークの胸に錆びた剣が突き刺さると、オークは目を見開いて自分の胸に突き刺さった剣を見る。
「ゴポォ」
血を吐いたオークが俺を見て少し笑ってから前のめりに倒れた。
ズドンと倒れると動かなくなったオークの息を確認してから、仰向けにしようとしたけど動かない。
「くっそ、なんでうつぶせに倒れやがるんだ」
仕方ないので俺は地面に手を置いて「来い!」と魔力を込めて土の中から鉄を引き寄せる。広い範囲から集めた砂鉄を一気に引き上げて、オークを押し上げながら仰向けにした。
「よし!」
という事で、深く突き刺さってへし折れた錆びた剣の横をナイフで切り開きながら引き抜いて、心臓の横に張り付いている魔力を司る機関である魔石を取り出す。
「傷ついてなくてよかった」
と魔石を確認して、オークの鼻を切り落とした。
「ふぅ、なんとかなったけどさ……」
攻撃方法は改善する余地がある。
まあ、単純に砂鉄を増やせば良い気もするけど、槍を投げるときは回転をかけたりするし、矢みたいに空に打ち上げて落下を利用するのもありかもな。
時間ができたらいろいろ試してみたい。幸い子供に戻ったし、不老になったかもしれないらしいから時間はたっぷりあるよね。
今まではツチボコしか出来なかったから、そう考えるだけでなんか嬉しかった。
そこからも街道に出るまでにゴブリンやオークが出たが、特に問題なく倒せた。ゴブリンは砂鉄を使った玉で倒し、オークにはゴブリンの持っていた錆びた剣や槍を投げた。
たまに錆びた剣や槍は折れたけど、それはゴブリンたちから補給できるので問題はない。問題があるとすれば、子供の体で軍支給のリュックと武器がたくさん入った布袋を担ぐのは辛いということだ。
「っていうかさ、これも磁力魔法で浮かせて運んだり出来るんじゃないのか?」
そう思っていたときに街道に出た。
魔の森を貫くように東西に通る細い街道は、東の辺境伯と呼ばれるテュザァーン家の領都とルサヴェガス男爵が治めている領都を繋ぐ唯一の街道だけど、魔物が多く出るので、ここを抜けるのはいつも命がけだ。
ここを通らないと王都に行けないルサヴェガス家はかなり辛いよね。とても良い人だし、領民たちからは愛されているらしいけど、街を経営するのも大変だと思う。
まあ、良い人だからそんな領地を押し付けられているのかもしれないけど、魔物に襲われて道の横に乗り捨てられた馬車の数を思うと、なんとも言えない気持ちになる。
俺は黒い大きなシミのある1台の馬車に合掌して、荷台に乗り込んだ。貴重品の類はもちろん漁られた後だけど、俺が欲しいのは子供服だ。
ガサゴソと荷物を漁ると出てきた。
木綿のシャツとズボンは仕立てが綺麗だけど、飾りっ気のない平民が着る物なので、これで問題ないだろう。
俺は着ていたエルフの服を脱ぐと、その服に着替えた。街道を歩きながら他の馬車なども探して、子供用の革靴と布のリュック、布の袋を数枚発掘した。
そして、それらに自分が背負っていた騎士団から支給されたリュックの中身を移す。
俺はたぶん脱走兵ということになるから、このままはまずいもんね。
騎士団から支給されている火をつける魔法道具と水が出る魔法道具。金属の小さな鍋やコップ、カトラリーのセット、それから寝袋とテント。そして、干し肉と堅パンの残りがかなり少ない。
食料となる動物も狩らないとダメかも……。
「ゴブリンやオークはさすがに食べたくないよ」
俺はそう呟きながら、再び街道を歩き出した。
目指すはルサヴェガス男爵が治めている領都、テュザァーン辺境伯の領都には同じ部隊だった者たちがいるから、無事を祈るが俺は鉢合わせしたくない。
まあ、今は子供の見た目だから大丈夫だと思うけど一応避けた方がいいよね?
歩いて、たまに襲ってくるゴブリンを倒して解体しながら進むと、背負っている錆びた武器が重い。
「もう無理じゃない? 少し捨てて行くか?」
俺がそんなふうに思いながら、歩いていると戦闘音が聞こえてきた。
戦っているね。
街道の先でゴブリンの群れに襲われている箱馬車を騎士たちが守っていた。
うーん、旗色が悪そうだね。
ゴブリンの数が多いし、どうやら後ろの方にゴブリンリーダーやゴブリンチーフがいるようで統率されているからゴブリンたちの動きが良い。
それに騎士と兵士たちはゴブリンの弓で年長の騎士が怪我をしたことでみんな浮き足立ってしまっているんだね。
「助太刀するよ!」
「うん、助かる!」
俺が大きな声で一番近くにいた歳の若い男の子に声をかけると、男の子は俺の声に応じたが俺を見て少し固まった。
「子供……」
だけど、固まっている場合ではないので、俺は腰の布袋から砂鉄を出して、砂鉄玉にして撃ち出した。
騎士たちの前にいたゴブリンたちが砂鉄玉に撃ち抜かれて、バタバタと倒れる。
「ギィギィギ!」
森の中から声が聞こえると「グゲェゲェ」とか「ギイギ」とか言って、まだ無事なゴブリンたちが一目散に森の中へと引いて行った。
すると、俺が声をかけた男の子は目を見開いたままで俺を見る。
「すごい……」
「そんなことよりも、お兄ちゃんは怪我人の手当をした方がいいんじゃない?」
「あぁ、そうだね」
男の子がうなずくと箱馬車の中に声をかけて、それから兵士たちに周囲の確認と年配の騎士の手当を指示した。そして、俺のところまで歩いて来る。
「僕はルサヴェガス家の騎士をしているギール。助かったよ、ありがとう」
「僕は旅人のラピスだよ。みんな無事みたいで良かった」
俺はとっさに偽名を使ったけど『ラピス』って、古代語で『石』だ。とっさだったから目に入った物の名前を言ってしまったけど……。
まあ、古代語に出来ただけマシかな?
「ラピスか、正直に言って君が来なかったら危なかったよ」
「ううん、街道では助け合うのがルールなんだし、気にしないで」
俺が笑うと、ギールはもう一度目を見開いて、それから「ありがとう」と破顔した。
すると騎士たちによる周囲の安全確認が終わったので、箱馬車からその人が降りてきた。