驕りの代償②
ミゲムたちが詰所で事情聴取を受けた後で、俺たちは『金の鶏亭』に戻ってきた。
店の中はすっかり荒れ果てていて、従業員たちが慌ただしく片付けをしている。
その様子に言葉が出なかった。
だから俺はその場ですぐにミゲムたちに土下座をした。正座して頭を床につける。
「なにしてんだ? ラピス」
「ミゲムのおじちゃん、僕のせいで……」
俺はそう言ったが、ミゲムは「お前のせいじゃねぇだろ?」と小さく笑う。
「いや、今回のことは僕の驕りが招いたことだよ」
俺はそこで一度言葉を切ってから続ける。
「冒険者ギルドで奴らに『俺たちの邪魔はするな』と言われて、僕はあんな奴らに負けるわけないと思って『僕はあんたたちが嫌いだからそれは約束できない』と昂った」
俺は頭を上げてミゲムを見る。
「だから、こんなことになったんだ、本当にごめん」
「そうか……」
ミゲムは顔をしかめて、それから頭をかいた。
「ラピス、お前は神からすごいギフトを頂いた。だがな、その力に驕って他者を馬鹿にすれば、その報いが返って来るのはなにも自分だけじゃねぇ、お前の家族や友達に向かうこともあるんだ」
ギュッとミゲムが歯を食いしばる。
「今回の件でわかったな」
「うん、わかった」
「そうか、じゃあ、荷物をまとめて出てってくれ」
ミゲムがそう言って、俺が「うん」とうなずくと、俺たちを送りに来ていたイコブが「ミゲム、ラピスは」と顔を歪める。
「わかっている。だけどな……」
ミゲムがそう言ったときに「あんたたちは本当に不器用ね」とサリヤが呆れ顔した後で、俺を見た。
「ラピスはこのまま、私たちとさよならで良いの?」
「いや」
「どうなの? もう会えなくても良いの?」
「……いやだよ」
「そうでしょ? 私だって嫌よ」
サリヤがそう言って俺を見ながら微笑むので、また視界がにじむ。
「あんたはどうなの? もうラピスと会えなくても良いの?」
サリヤがそう言うとミゲムはギュッと目を閉じた。
「あんた、亡くなった息子が帰ってきたみたいだって喜んでたじゃない。泊まり客にウィルッチをうちの息子が救ったと自慢してたでしょ?」
サリヤがそこまで言うとミゲムはガシガシと頭をかいた。
「わかっている。だか、こうでもしないとラピスはいつまでも自分を許せねぇだろうが、それに力を与えられし者の戒めを得るのきっと今だろ?」
目を開き、真っ赤にした目でそう言ったミゲムの背中をサリヤがバシッと叩く。
「そんなことを聞いているんじゃないわよ。あんたの気持ちを聞いてんの」
「嫌に決まってんだろうが!」
ミゲムがそう叫ぶと片付けをしていた従業員たちが驚いて、サリヤが「じゃあ、決まりね」と笑う。
「ほら、いつまでもそんなところで座ってんじゃないよ、ラピス。そんなことをするぐらいならあんたも片付け手伝って」
サリヤがそう言って俺にウィンクした後で、ミゲムの顔を覗き込んだ。
「あんた、もしかして泣いてんの?」
「ばっ、馬鹿やろう。これは、お前があんまりにも強く背中を叩くからだ」
ミゲムとサリヤが片付けに向かう背中を見ながらイコブが「ラピスは良き親を得ることが出来たな」と笑う。
「それに、どうしてこんなひどい目にあってもあのように笑っていられるのか、俺には考えられねぇよ」
そう言ったイコブが、立ち上がった俺の頭に手を置いた。
「本当の強さってのはさ、理不尽に潰されたとしても曲がることのない、ミゲムたちのような者たちのことを言うのかもしれねぇな」
「そうだね」
俺もそう思う。ちょっと魔法が使えるようになって俺は思い上がっていた。世界樹の実で蘇ってから新しく得た力で強者になったと思い込み、奴らを馬鹿にした。それが、この結果だ。
「ラピス、失敗してもいいんだ。だかな、決して曲がるな。今日という日を胸に焼き付けて、そして、お前が与えられた力はどのように使うべきなのか、考えながら生きていけ」
「うん」
俺がうなずくとイコブは「なんてな」と俺を頭をなでて微笑む。
「よし、じゃあ、俺は邪魔になるから帰るぞ」
そう言ったイコブの後ろ姿を見送ったあとで、俺も片付けを手伝う。
片付けの途中でピエルが寄ってきて「いつでも奢ってくれて良いんだぜ」と言いながら「へっへっへ」と笑った。
まったくどこのチンピラですか?
なので、俺は「わかったよ」と答える。
うん、ランチぐらいいくらでも奢ってやるさ。
「いや、そこは普通に断れよ」
「いや、僕のせいでミゲムおじさんたちに迷惑かけちゃったからね」
「いやいや、だから、ここでお前が素直にうなずくと、俺がゲス野郎みたいになるだろ?」
「うん? 気づいてないの?」
俺が首をかしげると、ピエルが「てめっ、このやろう!」と笑う。そして、俺も笑って、2人でゲラゲラと笑った。
「こら、ピエルもラピスも遊んでんじゃねぇ、真面目にやらねぇと終わらねぇぞ」
「「はーい」」
俺たちはそう返事して再び片付けを続ける。そして、夜になって、片付けがひと段落した頃に男の子がその手紙を持って来た。




