手合わせ①
翌朝、俺がギルドに着くと朝の混雑はそれほどでもなく落ち着いた様子だった。
歳の若い冒険者たちが掲示板の前で相談しながらクエストを選んではいたが、その数は驚くほどに少なく。他にいるのはギルドに併設された酒場で朝から酒を飲んでいるエルフを狩る者たちだけだ。
俺がそれを見ながら欠伸をして涙目になると、後ろから「おはよう、ラピス」と声をかけられた。
俺が振り返るとウェインとプルがいる。
「おはよう、ウェイン、プル」
「うん、おはよう。ラピス」
プルが微笑んで、ウェインが頭をかいた。
「それにしても、ずいぶんと眠たそうだな」
「うん、僕はまだ子供だからね。寝ても、寝ても、寝足りないよ」
俺が答えるとウェインは「そうか」と苦笑いして、プルが「うふふ」と笑う。
「私たちも子供だけどね」
「そうだね。ということは、眠たそうじゃない2人がおかしいんじゃない?」
「なんでそうなるの?」
楽しそうにプルが笑い、ウェインは「ラピスがこれなのは今に始まったことじゃないだろ?」とプルを見る。プルが「そうだったね」とうなずく。
俺たち3人がカウンターに近づくとカウンターにいたキテオは疲れた様子で若い冒険者のパーティーと話をしていた。
「キテオさん、俺たちだってこれぐらいのクエストこなせるよ」
「何度言えばわかる? お前たちにはまだ早い、もっと力をつけてからにするんだ」
「でもよ、ラピスなんて10歳ぐらいの歳で単独でゴブリンリーダーのいる巣を壊滅させたんだろ? 俺たちはもう15だぜ」
「ラピスは別格だ『ああいう化け物と自分たちを比べるな』とダゴルも言ってただろ?」
「でもよぉ」
男の子がそう言って振り返ると「なっ?!」と驚いた。
「ラピス……」
「うん?」
俺がその男の子を見ながら首をかしげると、キテオが「ラピスと手合わせして一本取れたらこのクエストを受けてもいいぞ」と言い出した。
「本当か? キテオさん」
「あぁ、一本取れたらな」
「よし!」
と男の子は意気込んだけど、俺は「手合わせなんかしないよ」とキテオをにらんだ。
「ラピス、お前のせいで若い冒険者たちが死んでも良いのか?」
「その人たちが勝手に無理をするのは僕のせいではないでしょ?」
俺が首をかしげるとウェインが「そうだな」とうなずく。
「自分たちの腕前も他人に教えてもらわないと推し量れないなら冒険者などやめさせた方が良い」
するとプルが「ちょっとウェイン」と止めた。
「そんな本当のことを言ったら、あの子たちがかわいそうだよ」
いや、止めてないな、これは……。
「ラピスの腰巾着が偉そうなこと言うなよ」
男の子がやめておけばいいのにウェインにそう言い放って、ウェインはそれに「ほぉ」とうなずく。
「それは俺に対する挑戦と取っていいのだな?」
「あぁ、かまわねぇよ。俺が畳んでやるぜ」
ということでみんなで練習場に行ったのだが、男の子はもちろんウェインにあっさりとそして完膚なきまでに畳まれた。
ボコボコにも程があるよ?
「あのさ、もう少し手を抜いてやっても良くない?」
「ラピスがそうやって甘やかすから奴らが本当の力の差を痛感できないのだ」
「えっ?」
「どうせ手を抜いて相手の攻撃を丁寧にかわしてやり、最後に寸止めで剣を喉元に当てて勝負を決めたのだろ?」
ウェインがまるで俺とマケトの手合わせを見たかのようにそう言ってから首を横に振った。
「そのやり方では、あのようなレベルの者たちにはラピスの凄さが分からないのも無理はない。そもそもその域に達していないのだ」
ウェインがニヤッと笑う。
「剣を振り始めたばかりの者には、太刀筋や相手の呼吸を見切ってギリギリで交わすことの凄さはわからない。それがわかる者たちはそもそも無理などしない」
ウェインが木刀を俺に突きつける。
「力を持つ者には責任がある。その力をきちんと示し、他の者の見本となり、正しく導くべきだ」
「僕には力なんてないよ」
俺が首を横に振ると、ウェインはボコボコにされた男の子を見た。
「彼らはそうは思ってないはずだぞ、お前に憧れるばかりに無理をする。ゴブリンリーダーを単独で倒す者の力をきちんと見せるべきだ」
「僕は魔法使いタイプなんでしょ?」
「ナイフは使えるのだろ?」
ウェインが首をかしげると、プルが「素直に言ったら」と笑う。
「そうだな、ラピス。俺と手合わせしろ、お前の力を俺が知りたい」
「あのさ、ここで僕がウェインにボコボコにされたら僕の凄さって伝わらなくない?」
「ふん、歳下の俺にあそこまでボコボコにされたのだ。あれで己の力不足を痛感できないならいっそ死んでしまえば良い」
「おいおい」
俺は苦笑いを浮かべたが、ウェインどころかなぜかプルもキテオも、それから野次馬に来た若い冒険者たちまでもワクワクしたような顔をしている。
俺は「はぁ」とため息を吐いた。
ここで断ったら後でなにを言われるかわからないもんね。
「ウェイン、頼むから殺さないでね」
「あぁ、善処しよう」
ウェインがそう言ったあとで、練習場の真ん中に移動して行った。俺はすみに置かれている木刀から自分に合った短い物を選んで、ウェインのところまで移動して対峙する。
「ラピスは飛ばす魔法以外なら使ってもいいぞ、俺は使わずにまずは相手をしよう」
「うん? 力のある物はきちんと力を示すんじゃなかったの?」
「あぁ、そうなのだが、下手をするとラピスが死ぬからな」
ウェインはあのイケメン顔で怖いことをさらっと言ったが、俺の脳裏には首をスパッと斬られて並んだ3体のオークの姿が浮かんだ。
「いやいやいや、ウェインはもう絶対に魔法を使わないで、僕は死にたくないし」
「いや、それはラピスの力を見てから考える」
ウェインは再びニヤリと笑い「さあ、楽しもうじゃないか?」と木刀を構える。
いや、俺には楽しむ余裕なんてないと思うよ。まあ、死にたくないから頑張るけどね




