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ウルフ③

 ギルドは夕方の混雑も終わり、ほとんど人が残っていなかった。カウンターでは暇そうにいつもの女の子が欠伸を噛み殺している。


 俺がカウンターまで来ると女の子は涙目で「ラピスさん?」と首をかしげた。


「あのぉ、今日は下調べではなかったのですか?」


「そのつもりだったんだけど、2人が手伝ってくれたから」


「そうですか、そちらの方たちですか?」


 俺が「うん」とうなずくとプルが微笑んだ。


「私たちが街道近くでオークに襲われていたところをラピスに助けてもらったんです」


「そうだったんですね」


 女の子がうなずくとキテオが奥から出て来て「またオークが出たのか?」と言うので、俺は「うん」とうなずく。


 キテオがカウンターに地図を開いて「どの辺りだ」と聞くので俺は指で「この辺り」と示した。


「そうか、街道からかなり近いな」


 キテオが眉間にシワを寄せたので、俺が「ちなみに5匹の群れだったよ」と言うとキテオは目を見開いてそれから頭を抱えた。


「この前のウィルッチのスケルトンの件といい、やはり魔物が活性化しているな」


 キテオは呟くと、顔を上げて俺を見た。


「ラピス、お前に行ってもらってよかったよ」


「うん? いや、僕は1匹手伝っただけだよ」


 するとキテオはウェインとプルを見た。


「2人で4匹も倒したのか?」


「あぁ、1匹ずつ相手できたからな。ついていたよ」


「そうそう」


 ウェインとプルは誤魔化したけど、ウェインたちの力なら余裕だったと思う。だけど、何か理由があるかもしれないので、俺は口を出さないことにした。


 するとキテオが俺を見たので、俺は曖昧に微笑んでおいて、背負っていた布袋をカウンターに置く。


「キテオさん、とりあえず頼まれていたウルフ討伐のクエストも終わったからそっちの報告と、買い取りもお願いしたいんだけど?」


 キテオは俺の微笑みに小さくうなずくと「あぁ、そうだったな」と笑う。


 必要以上に相手の事を詮索しないのが冒険者のルールだし、そのルールはギルドにも適応されるのだからキテオとしてもこの辺りが引きどころだろうね。


 2人を見て、背負っている布袋を指差しながら「それもそうか?」とカウンターに乗せるように促すと、2人がカウンターに乗せた布袋も一緒に中から素材を取り出して女の子と2人で順番に査定を始めた。


 ウルフたちの皮と牙、魔石。


「これはかなり状態も良いな、買い取り額を上げさせてもらう」


 皮を広げながらキテオは微笑んで、それからオークとゴブリンの魔石や、錆びた剣などの査定もしてくれた。


 全ての査定が終わったので、俺たちは山分けしたお金をそれぞれ一部を手渡しでもらって残りをギルドに預けてギルドを出る。


 すっかり日が落ちた街は人気もまばらになり、家路を急ぐ人と飲食店に繰り出す人とで分かれて、それが明と暗のようだから面白い。


「王都に比べると暗いでしょ?」


「あぁ、確かに街灯が整備されているから中心街から比べたらかなり暗いな」


「だよね。だからさ、見上げると星がいっぱい見えるんだ」


「おぉ、本当だな」


「わぁ、綺麗だね」


 3人で夜空を見上げた後で、ウェインが「ラピス」と俺を呼んだ。


「なに?」


 俺がウェインを振り返った時だった「やめてください」という声が聞こえて来て、俺たちはそちらを見る。


 どうやら酔っ払いが女の子にからんでいるようだ。


 すぐにウェインが駆け出したので、俺とプルも続いた。


「やめないか!」


「あぁ? なんだ、ガキ」


 酔っ払いたちは一斉にこちらを見て1人がウェインの胸ぐらをつかんだ。


「うっせぇんだよ。部外者のガキはすっこんでろ!」


「嫌がる相手を無理に誘う行為や、他者への暴力は王国法で禁止されている」


「ふん、ガキが偉そうにしやがって、あの子は嫌がっているわけじゃねぇ、ちょっとごねているだけだ」


 男の人がそう言うので、ウェインが暗がりの中にいた白いフードを目深にかぶった女の子を一度見てから、男の人を睨みつけた。


「年端も行かぬ子を誘うのも犯罪だ」


「うるせぇって言ってんだよ」


 男の人がウェインの胸ぐらをつかむ手にギュッと力を込めながら再び怒鳴ると、ウェインは自分の胸ぐらをつかんでいる男の人の手を両手でつかむと、あっという間に横に捻って転がした。


 そして、男の人の手首をひねって顎を踏むように蹴る。


「お前たちはどうする? この者と一緒に詰所の牢に放り込まれたいか?」


 ウェインが凄むと、残った男の人たちは慌てながら逃げていった。


「危ないところを助けていただき、ありがとうございます」


 フードを目深に被った女の子が丁寧に頭を下げたあとでフードを取ると、月の光に照らされた女の子は色白でハッとするほどに綺麗な子だった。


 するとプルが「えっ! 聖女様?」と驚く。


「なぜこのような場所に聖女様が居られるのですか?」


 プルが聞くと聖女は微笑んだ。


「フォレスティアの街にも教会がございますから」


「あぁ、そうでしたね。聖女様は各地の教会を巡ってらっしゃるのですよね」


「はい、各街の教会を訪ねて、主の教えを皆さまに知っていただくのも私のお役目ですから」


 聖女がうなずくとウェインが「布教と言うわけか?」と目を細める。


「そうですね。そのようにおっしゃる方も居られますが、私は教えは広めるのではなく知ってもらうものだと考えます」


「なるほど、お前たちの考えは教えを広めて導くのではなく、教えを伝え共に歩むだったな」


 ウェインの言葉に聖女が「そうです」とうなずくとウェインは眉間にシワを寄せた。


「手ぬるいな。民は正しく導かねば、弱者を守れやしない」


 ウェインの言葉に聖女は「そうですね」とうなずく。


「しかし、残念ながら私たちには人を変える力はありません。主の教えをこれが正しいと無理強いしても聞く耳を持たぬ者には届かないでしょう」


 聖女はそう言い切ったあとで、寂しそうに笑った。


「私たちに出来ることは人々に寄り添い、主の教えを知っていただき、その方が自分の意思で正しい道を選んで下さることを祈ることだけです」


「自らで悔い改めぬ者は切り捨てるというわけか」


 ウェインの言葉に聖女は「そうです」とうなずいて「残念ながら」と微笑んだ。


 するとウェインはさらに険しい顔をして黙ってしまった。


 俺たちは「助けてくださり、ありがとうございました」ともう一度深々と頭を下げてからフードを目深にかぶって去っていった聖女の後ろ姿をしばらくのあいだ見送った。


 月の光の中を歩いていくその背中は、深い悲しみを背負っているように見えた。

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