俺の魔法
硬い握手をしたあとで「それで、ここはどこ?」と俺は首をかしげる。
どうやらここがあの世ではないことはわかったが、それでも見覚えのない場所だ。
「うん、ここはエルフの里だよ。とりあえず世界樹の実を使うのに連れてきたの」
「えっ?!」
俺が驚いたタイミングでその人たちはぞろぞろと部屋の中に入ってきた。
「起きたのですか?」
先頭で入ってきた男の人がそう言ってあからさまにチッと舌打ちした。眉間にくっきりとシワを入れながら俺を睨みつける。
うん、気持ちはわかるよ。
「起きたよ、うまく行ったみたい」
「そうでございますか、では……」
男の人がそう言い淀むとエレナは「わかってる」とうなずく。
「あのね、アルブ。申し訳ないんだけどさ」
「うん、大丈夫だよ」
俺はうなずいて窓を見たが、窓の外は暗い。
「夜明けと共に出ていくよ」
俺が窓を見ながら言うとエレナがと小さくうなずく。
「ごめんね」
「なんでエレナが謝るのさ。謝らなければならないのは俺たち人族の方だろ? 今まで人族がエルフの人たちにしてきたことを考えれば、彼らの反応の方が正しいよ」
俺が男の人たちを見てうなずくと、男の人は目を見開いた。
「エレナ様の言う通り、人族にしては変わった奴でございますね」
「そうでしょ? だって仲間はみんな逃げたのに、1人だけで私を助けようとしたのよ」
「なるほど、変わっていると言うより馬鹿なのですか?」
男の人がうなずくとエレナが「エラン!」と膨れた。
「私の命の恩人なんだから、そんなふうに言うのはやめて」
「かしこまりました」
エランはエレナに対して頭を深々と下げた。だけど、俺に謝るつもりはない。
まあ、当たり前だよね。
「アルブは夜明けと共に里を出るから、あなたたちは部屋の外にいて」
「ですが……」
「いいから、外にいて!」
エレナが怒るとエランたちはしぶしぶ「かしこまりました」と頭を下げて出ていった。みんな出ていくときにしっかりと俺をにらんでいったけど、エレナが心配なんだろうから仕方ないよね。
エランたちが出ていったのを確認したエレナは、僕に近づいて顔を寄せた。
えっと、確かにかわいらしいけどさ。近いね。
「私が送ってあげるね」
小さい声でそう言ってエレナは「フフッ」と笑ったけど、俺は「えっ?」と驚いた後で「ダメだ」と首を振る。
「でも、アルブは確かにすごい魔力量だけど、ここから1人で街まで戻るのは危ないでしょ?」
「それはダメだ」
「なんでよ」
エレナは口を尖らせた。
かわいいけどさ、無理だよね?
「エレナだってわかっているだろ? 人族の街にエルフが近づくのは危ない」
エルフは綺麗すぎるから人族は何百年にもわたってエルフをさらって奴隷にしてきた。だから、エルフは魔物がたくさん出る森の奥でひっそりと暮らしている。
「俺たちの部隊だって、王都に住む貴族の命令でエルフの里を探すために魔の森に入ったんだ。だけど、予想以上の魔物の数に部隊は撤退を決断。引き返そうとしていたところで俺たちはエレナを見つけたんだ」
「そして、アルブは襲われている私を助けに入ったけど、他の者たちはオークの数に恐れをなして逃げ出した。まあ、そのおかげで大半のオークが人を追いかけてくれて、しかもアルブが頑張って守ってくれたおかげで私は助かったんだけどね」
「わかっているよな? 簡単に言えば、あの人たちも俺もエルフの敵だよ」
それなのに俺の都合でこれ以上エレナに助けてもらうわけにはいかないし、ましてや街まで一緒に行ってもらうことなどできるわけないよ。
「近くまでしか行かないわ」
「ダメだ」
「フードをまぶかにかぶればわからないわよ」
「そんなわけあるか! フードをまぶかにかぶっている奴なんて怪しすぎるから魔の森の捜索に駆り出されている兵士や冒険者に遭遇したらタダでは済まないぞ」
「どうして言い切れるの?」
「そんなもん、俺が兵士だからに決まってるだろ? 俺は兵士や冒険者に捕まって泣き叫ぶエルフたちを何人も見てきたんだぞ」
エレナは「あっ」と小さく言って目を見開いたが、驚きたいのはこっちだよ。まったく。
「まあ、アルブの魔力量ならなんとかなるか? というか、なんでオークリーダーに後れをとったの? アルブならオークリーダーぐらい余裕でしょ?」
「はぁ? そんなわけあるか! だいたいな、さっきからすごい魔力量ってなんだ? 俺は土魔法でしかもポコっと土を盛り上がらせることぐらいしかできないぞ」
エレナが「えっ?」と首をかしげる。
「なにそれ? そんなわけないよ」
「いや、本当だって」
「そんな馬鹿げた魔力を持っているのに、まったく信じられない」
「うん? もしかしてさ、これも世界樹の実の副作用か? 今なら綺麗に道を整備したり、瞬時に落ちた橋を直したり、旅の途中で安全な建物を造ったりできるのか?」
「なんか願望が平和的だね。でも、できるんじゃない? すごい魔力量だし」
エレナの言葉に「そうか」と笑ってみせた俺は「あのさ」と続けた。
「外で試してみてもいいか?」
「いいよ」
ということで、さっさと外に出た。部屋の入り口にいた人たちにも、通路にいた人たちにも、家の周りにいた人たちにももちろん睨まれたけど、もう試したくて仕方ない。
ウキウキしながら手を地面について土を上に引き上げるイメージをする。
「よし、来い!」
グッと魔力を込めたけど、できたのはポコっと小さないつものやつ……土が10センチほど盛り上がっただけだった。
ここまで期待させといて、ツチボコかい!
俺が地面に手をつけながらがっくりとうなだれると、エレナは「おかしいね」と簡単に言った。
「そんなわけないんだけど……」
と言いながらツチボコを触って、それから笑う。
おいおい、笑い事ではないよ?
「わかったわ。アルブの魔法が土魔法じゃないのよ」
「えっ?」
俺が顔をあげると、エレナはツチボコを持ち上げた。
「これ、鉄よ」
「はぁ? いや、確かに今は塊だけどな、でも魔力を解くとこうやってさらさらと崩れるぞ」
「そうよ、これは砂鉄、砂のような鉄なのよ。アルブの魔法はきっと磁力なんだわ。だから土の中の砂鉄を引き上げたのよ」
「磁力?」
「うん、試しにさ。立ってこの砂鉄を塊に戻して引き寄せてみてよ」
俺はエレナに言われるがままに立ち上がり、それから右手を前に出して、ツチボコに「来い!」と言う。
するとツチボコは塊になって、ヒュッと吸い寄せられて、俺の右手にくっついた。
「えっ? ええっ?」
「ほらね、やっぱり磁力じゃない」
「マジか……」
俺が手にくっついたツチボコを見ていると、エレナは「フフフッ」と笑う。
「磁力ならいろいろやれるよ。例えば、反発させてそれを飛ばしたり、鉄製の武器や防具を吸い寄せたり弾き飛ばしたり……つまりは鉄製の武器では斬ったり刺したりできないから、アルブはもう木製の武器か、魔法じゃないと倒せない」
そう言われて俺は近くの木に向けてツチボコが張り付いている右手を伸ばした。そして「行け!」と叫ぶ。
ビュン!
風を切る音の後、ズドン! とツチボコが激突したその木はあっさりと幹の真ん中が粉砕された。そして、ゆっくりと倒れる。
俺とエレナは顔を見合わせた。
「あはは、ありえない。あの大きさでオークの突進並み」
「あぁ、そうだな。俺にこんなことができるなら、もっと前に知っておきたかったよ」
「うん、少なくとも知ってたら死ななかったね」
俺とエレナは苦笑いしあったあとで「何事ですか?」と集まってきたエルフたちにかなり怒られた。