願い③
だから俺は「そっか」と笑った。
「いいよ。僕が代わりに騎士団に行く」
「良いのか? ラインは死地じゃぞ」
「うん、実感はないけど、わかってるよ」
俺はそこで俺に抱きついているティアの頭をなでた。
「だって、どう考えても僕の方が向いているよね?」
それにどうせ15年も兵士をやってきた俺にはそれしか出来ることはないし、きっと騎士にならなくても冒険者としてこの先も魔物と戦うだろうし、目的があって誰かに喜んでもらえるならそっちの方がいいと思う。
「そうじゃな、街道でティアを助けてくれた話を聞いてわしらもラピスを見ておった」
「初めてキテオさんが出してきたクエストはどう考えてもFランクの子供が1人で受けるような内容じゃなかったもんね」
「あぁ、わしらもまさかゴブリンリーダーがおるとは知らんかったがな。じゃが、ラピスはゴブリンリーダーを打ち倒し、今度はシルバースケルトンまで倒して見せた」
通常シルバースケルトンは騎士団でも少尉クラスが相手をする相手だからね。それを俺は狩って来た。
「じゃが、それだけではない。お主の人となりも見てきたつもりじゃ」
ウィスが真剣な顔でそう言うので、俺は少し頭をかいた。
「それで騎士団入隊の期限はいつまでなの?」
「2年半後じゃ」
「じゃあ、お金は僕が用意するからさ、来年1年間、士官学校に通わせてくれない?」
「構わんが、入学金だけで金貨500枚だぞ」
「うん、それは僕がなんとかする」
普通貴族の子供は騎士団に入ると下から3番目上級兵スタートだけど、士官学校を出れば下士官として下から5番目の伍長からスタートで分隊を与えられる。
騎士団は上官命令は絶対だからもちろん小隊長や中隊長の指示に従うが、せめて分隊の指揮権があれば、ある程度自由に動けそうだもんね。
ということで、とりあえず来年の3月までに入学金以外にもその他もろもろかかると思うから最低でも金貨800枚を冒険者をしながら貯めることとなった。
そのあとは、士官学校入学と同時に婚約して、騎士団入隊に合わせて結婚することになった。と言ってももちろん結婚とは名ばかりで俺はそのままラインに送り込まれて、魔物と戦う毎日となる。
俺が王都に行ったらもうティアと会うこともほとんどないだろうね。
俺がそう思っていたら、ティアが俺の顔を覗き込んだ。
「休みの度にちゃんと会いにきてね? それから士官学校にはかわいい子もいると思うけど絶対に浮気したらダメだからね」
「いやいや、王都からここまでどれぐらいかかるかわかってる?」
「馬車で1週間」
「ほら、普通に考えて会いに来るのは無理だよな?」
俺が言うとティアは「なに言っているの?」と首をかしげた。
「ラピスが士官学校に入るなら、私は王都の貴族院に通う。ラピスは戦うの専門だし、私が領地経営とか覚えないといけないからね。だから、お母様と2人で王都の屋敷に住むから」
ティアがニコニコしながらそう言ったけど。
「えっと、貴族院の入学金は?」
俺が聞くとティアではなくウィスが「それはうちが出すから大丈夫じゃ」とうなずく。
おいおい、貴族院に通わせるお金はあっさり払えるのに支援金は払えないって、一体支援金はどんだけ高いんだよ。
「だけどさ、士官学校って訓練が厳しいと思うんだよね」
「そうね」
「だからさ……」
「うちで休めば良いじゃない」
「本気で言ってる?」
俺が首をかしげたら、ティアは「当たり前でしょ?」とうなずく。
「婚約者なんだから、当然よ」
俺が「あはは」と乾いた笑いで助けを求めてウィスたちを見たが3人は揃って首を横に振る。
おいおい、さっきまでの小さく震えていたティアはどこに行った?
ティアが上目遣いで俺を覗き込むので俺が「うん、なるべく頑張るよ」とうなずくとティアは「むふぅ」と言いながら再びギュッと俺の腕を抱きしめてきた。
そこで執事が入ってきた。
「親方様、玄関にラピス様の助命を嘆願する者がいらしておりますが……」
「うん? 誰じゃ?」
「『金の鶏亭』の主人のようです」
「ラピス?」
ウィスが俺を見るので、俺はうなずく。
「今お世話になってる宿屋の主人です」
「そうか。では今日のところは帰ってやるといい。ラピスはあくまでもティアとお茶会に来た。良いな」
「うん、わかったよ。ウィス爺」
「すまんな、ラピス」
俺が「気にしなくていいよ」とうなずくとウィスたち3人が「ありがとう」と再び頭を下げた。
俺がティアに送られて玄関まで来ると、心配そうなミゲムが待っている。
「ミゲムおじさん、どうしたの?」
「あぁ、お前が騎士に連れて行かれたって聞いたからよ。俺は……」
「うん、お嬢様のお茶会の相手をしてたんだ」
俺がうなずくとティアが「ティ・ア」と言いながら俺の脇をつまむ。
イタタタ、痛いよ。それ?
「ティアとお茶会してたんだ」
なぜかミゲムが「そうか」と苦笑いした。
「心配してくれてありがとう、ミゲムおじさん」
俺が笑うと、ミゲムが「馬鹿やろう」と笑った。
「お前はうちの上客だからよ。心配するのは当然だろうが」
ミゲムがそう言ってすごく恥ずかしそうにするから、それが嬉しくて俺は「うん」とうなずく。
ティアに見送られて、俺とミゲムは並んで帰る。
日暮れが迫って、行き交う人々は家路を急いでいた。今日はその光景がなんだか寂しそうに見えて少しだけ母さんのことを思い出した。




