願い②
俺が「なにこれ?」と首をかしげると、ティアが腕を絡ませて来た。
「お爺様たちにもラピスの魅力がわかったのよ」
「いやいや、絶対に違うよね?」
俺が苦笑いながらティアを見ると、ティアは「そう?」と首をかしげた。
「あのぉ、とりあえず説明してくれる?」
俺がそう言うとウィスが「そうじゃな」と顔を上げた。
「ラピスは魔物の侵攻を防いでいる北のラインを知っているか?」
「うん、騎士団の精鋭部隊が配属されているんだよね?」
「あぁそうじゃ。しかし年々そのラインは南下しておる」
「えっ?」
俺が目を見開くとウィスはうなずく。
「それじゃあ、そのうちに……」
「そうじゃな。このままだといつかは王国国内は魔物で溢れるじゃろう」
「もしかして王国内の魔の森で魔物が異常発生したりするのって、そのラインが押し下げられているのが原因なの?」
「無関係ではないじゃろうな」
活性化の話は聞いていたけど、それほどまでに深刻な話だったのか。それで予想以上にオークやゴブリンの群れが大きかったり、普段は出ないようなシルバースケルトンが現れたりしたんだな。
「それで?」
「国王が大々的に騎士団の増員をはかって本格的にラインを押し返すとおっしゃってな」
ウィスは顔をしかめた。
「王国の各貴族家は高額な支援金を騎士団に支払うか、もしくは、息子か娘を騎士団に入隊させるのか、どちらかを選べと告げて来たのじゃ」
「それでルサヴェガス家ではその高額な支援金を用意することは出来ないってことだね?」
「あぁ、そうじゃ」
ウィスがギュッと目をつぶると、ティアが俺の腕を抱えている手にギュッと力を入れた。
ドキドキとした鼓動が聞こえる。
ティアはまだ子供だから怖くて仕方ないだろうね。それに人のことで泣くような優しすぎるティアには騎士団で魔物と戦うなんて無理だよ。
俺は少し震えているティアの腕をポンポンと軽く叩く。
「話はわかったよ。僕がルサヴェガス家に養子に入って騎士団に行けば、ティアは行かなくて済むってことだよね?」
俺がうなずくとウィスは「違うのじゃ」と苦笑いを浮かべた。
「子供を養子に迎えて騎士団に入団させるのはダメじゃそうだ」
「なんで?」
「考えてみろ、それを認めてしまったら孤児でも拾って来て、それで済ます貴族家が続出するじゃろ?」
なるほどね。
「基本的に貴族の方が魔力適性が高いからか……」
「そうじゃ、だからそのやり方は認められておらん」
ウィスが「じゃが」と笑う。
「自分の子供よりも魔力適性が高い者を子供の配偶者として家に迎えて代わりに騎士団に入団させることは認めるそうじゃ」
「それはつまり、僕なら」
「そうじゃ、ラピスならティアよりも魔力適性が高いじゃろう? だからティアの婿に来てくれればティアの旦那としての身代わりでの騎士団の入団も許されるのじゃ」
あはは。ウィス、身代わりって言ったね。
だけどさ……。
「国王としてはより強い騎士が欲しいから、半分は自分たちの息子や娘を出したくない貴族たちに自分の領内から魔力適性が高い者を探させる腹積もりなんだね」
「そういうことじゃろうな」
ウィスがアゴをさすりながらうなずく。
「でもさ、わざわざ配偶者にするのはなぜ?」
「うーむ、それはいろんな意味があるじゃろうな。じゃが、鎹にするつもりなんじゃないかとわしは思う」
「鎹ってことはその家に縛っておくためってことだね」
「いや、その者に帰る場所を与えるのじゃ」
「帰る場所……」
「そうじゃ。帰る場所がある者とない者では、ある者の方が強いからのぉ。生への執着のない者は弱い」
ウィスがうなずくので、俺は「なるほどね」とうなずき返した。
生への執着かぁ。一度死んで次は死ぬのかわからない身体になった今の俺には少し欠落しているかもしれないね。
それにしてもこの話を聞いてティアたちの行動がなんとなく腑に落ちた。
「ティアも初めからそのつもりだったんだね」
俺がそう呟くと、ティアは「ごめんね」と小さくうなずくので、俺は小さく震えるティアを見た。
ティアもこれを聞かされていたんだね。だから初めて会ったときに俺に対していきなり『勇者』なんて言ったのか?
でも確かにティアが生き残る道はこれしかないような気もする。でもさ……。
「支援金は本当に用意出来ないの? 例えばさ、魔の森にはエルフもいるよね?」
俺が首をかしげるとウィスはギュッと顔をしかめた。
「ラピスはエルフたちがさらわれることをどう思うのじゃ」
「どう思うって、好きとか? 嫌いとか?」
「あぁ、そうじゃ」
「嫌いだよ」
俺が言い切るとウィスは目を見開いた。
「なぜか聞いても良いか?」
「うーん、あんな泣き叫びながら連れ去られているエルフを見て、さらってきて金を稼ごうと思う奴はゲスだよね」
「まったくその通りじゃ」
ウィスはうなずくけど、俺は「だけどさ」と言う。
「孫娘の命がかかっているなら話は別なんじゃないの?」
俺の言葉にウィスは小さく「そうじゃ」とうなずく。
「しかし、我が家は……」
やっぱりか。
「ルサヴェガスの先祖がエルフたちのために王国内に点在する魔の森を作ったんだね」
俺が言うとウィスは困り顔になった。
「そうじゃ、じゃが、我が家だけではない、魔の森と共に暮らしている貴族家は他にもあるのじゃ」
なるほどね。魔法道具のためには魔石が必要だから魔の森には手を出さないってのが一般的に言われていることだけど、本当はエルフの保護を掲げている教会と各地の貴族家が魔の森を守っているんだね。
「木を伐採して、魔の森を通る街道を広げないのもそのためなの?」
俺の言葉にウィスは「そうじゃ」とうなずいた。
それにしてもウィスは立派な人だな、だってきっと他にもやりようはある。
重税を課して領民たちからお金を集めるとか、金持ちの小さな不正を調べて財産の一部を没収するとか、エルフや領民を泣かせば自分の孫娘を救う方法はあるような気がする。
それをしないと決断するのも苦しいだろうな。




