よみがえり
「ん、うん?」
目が覚めると、見上げた先には見慣れない天井がある。
でもそれは太い木の梁に何枚も板が渡された馴染みの造りの天井だし、寝かされている敷布団もかけられている毛布も特に変わった物というわけではないようだ。
天国というところは煌びやかな場所だと聞くし、地獄というところはもっと野蛮な場所だと聞く。
ここはあの世じゃないのか?
俺はそんな風に思いながら体を起こした。
「良かった、目が覚めたのね」
「えっと……」
ベッドサイドにちょこんと座り、俺に優しく笑いけた少女には見覚えがあった。
青い目で俺のことを真っ直ぐに見つめている女の子は、肩までのサラサラの金髪から白くて尖った耳がひょこっと出ていた。
「君は森でオークに襲われていた女の子だよね?」
「うん、助けてくれて、ありがとうね」
「いやいや、というかさ、俺、死んだよね?」
俺はオークリーダーに思いっきり殴られて、派手に吹っ飛ばされたあげく大木に思い切り激突した。あちこち骨折して内臓もかなり損傷してたし、あの嬉しそうに俺を見下ろしていたオークリーダーが見逃してくれたとは考えにくい。
俺が首を傾げると、女の子は「そうだね」とうなずく。
「残念だけど、私の仲間が助けに来たときはもう手遅れだったよ」
彼女が悲痛な顔でそう告げる。
「そうだよね、やっぱり俺は死んだんだよね? だけどさ、死んだ俺と一緒にいるってことは君も死んだの?」
俺が部屋を見渡しながら聞くと女の子は「私は死んでないよ」と首を振る。
「えっと、君は死んでないの?」
俺はそこで頭をかいた。
だって、意味わからないもんね? 俺は死んで、女の子は死んでない。なのに同じ場所に居れるものなのか? もしかして俺、霊にでもなったのか?
そして、確かめるために足を見て、それから驚いて手を見た。
「なっ、なんじゃこりゃ!」
その手は見慣れた手ではない。手のひらのゴツゴツとした剣ダコはすべて消えて、明らかにツルッとしてきれいで小さい手だった。
「えっ? ええっ?!」
すぐさま体のあちこち触ったり、服をめくってみたりして確認したけど、最近ぽっこりとしてきたお腹はへっこんでツルツルだし、鍛えて太かった腕も足もひょろひょろと細い。
それに、最初に見た足も小さい……。
うん、俺は間違いなく子供になっているね。
「えっと、どうなってんの?」
俺がなんども首をかしげると、あの女の子が「フフッ」と笑う。
「驚くのも無理ないけどさ、安心してよ。蘇生させる世界樹の実の副作用で体が小さくなっただけだから」
「小さくなっただけ?」
「そう、副作用の中ではとても軽いものらしいよ」
女の子は『良かったね』と言わんばかりにニッコリと笑ったが、俺は笑えない。だけどさ……。
「軽いものってことは他にも副作用があるの?」
「うん、人によっては犬歯が伸びて夜な夜な血を啜るようになったり、理性を失っていきなり仲間を襲って食べたり、骨になっても死ぬことのできない魔物になったりするんだって」
無邪気に笑いながら女の子は言った。
だけどさ、その副作用ってどれも怖すぎないか?
「とても人とは思えないものになっているよね? それ?」
「そうだね。秘薬の中の秘薬でエルフにとっても貴重な薬だけどさ、なにせ人を蘇らせるわけだから副作用もそれなりのリスクは仕方ないってことじゃない?」
「よく使ったね、そんな薬」
「うん、私の命を助けてもらったからね、気にしないでいいよ」
いやいや、そういうことではないよね?
『そんなやばい副作用がある薬を使ったのか?』って意味だったけど、どうやら女の子には伝わらなかったようなので、俺はとりあえず苦笑いを浮かべた。
「これってしばらくしたら元の姿に戻ったりするのかな?」
「いえ、たぶん戻らないよ」
「えっと、そうなんだ。じゃあさ、普通に成長したりはする?」
「さあ、それはわからないけど」
女の子は可愛らしく小首をかしげて「うーん」とうなると、俺を見て笑った。
「前に幼い見た目になった者は、老いることがなかったらしいよ」
「えっと、それじゃあ、その人はまだ生きているの?」
「いや、先祖たちの手によって滅された」
ケロッとした顔で女の子が言うので、俺は「マジかよ」と眉間にシワを寄せてから「なんで?」と聞いた。
「うん、長く生きたことで傲慢となってこの世界に厄災をもたらしたから滅されたらしいよ」
おいおい……。
だけどさ、確かに老いることのない体になっていたとして、このまま何千年も生きていけば、いずれは精神は破綻すると思う。
自暴自棄になり暴れるかもしれないし、そんなに永く生きていたらつまらなくなって暇潰しに国を1つ滅ぼすなんて訳のわからないこともやらないとは言えない。
俺が頭を抱えると女の子は「とりあえず、魔物にならなくて良かったね」と笑った。
確かにそうだし、命を救われてしかも若返ったんだからこれ以上なやんでも仕方ないか?
俺は女の子に向かって微笑む。
「そうだね。蘇らせてくれてありがとう。俺はアルブだ」
「ううん、こちらこそ襲われていたところを助けてくれてありがとうね。私はエレナよ」
微笑みあった俺とエレナは「よろしく」と硬く握手をかわした。