ピエルとランチ
朝帰りは怒られた。
ピエルの父親のミゲムより母親のサリヤがお冠で「冒険者としての付き合いは大事だけど、ラピスは子供なんだから早めに帰って来なさい」と怒られた。
もちろんただのお客である俺に親身になって怒ってくれるのは嬉しいので「ごめんなさい」と謝る。
その後で、ミゲムの「大人の階段を登ったのか?」という冗談に俺が苦笑いを浮かべていると、ミゲムが正座させられた。
ミゲムが恨めしそうに俺を見る。
だけどさ、知らないよ? 子供相手にくだらないこと言ったミゲムが悪いよね?
ということで朝食はパスして寝てから昼は約束通りにピエルと屋台に行った。
「本当にいいのか?」
「いいよ、昨日はかなり稼げたからね。好きな物を好きなだけどうぞ」
「じゃあさ、行きたいお店があるんだけど」
ピエルがニヤリと笑いながら俺を見るので、俺は「いいよ」とうなずいた。ピエルは「やったぁ」と嬉しそうに飛び跳ねて走り出したので、俺はその後を追ってその店に向かった。
その店はずいぶんと綺麗な店だった。
おいおい、こんな店。子供だけで入れるのかよ。俺たち2人にはハードルが高すぎないか?
俺の心配をよそにピエルが扉を開けて店内に入ると「うぉ」と声を上げるから、店内にいたお客の人たちが「かわいいわね」などとヒソヒソと話をする。
店員の女の子が「お2人ですか?」と聞いて、ピエルが「はい」と緊張しながら答えると、店員の女の子は「あの……」と困った。
そうだよね。うん、心配はわかるよ。
「お金のことなら大丈夫だ」
女の子が困っていると入り口近くに座っていた男の人が言う。
その人はきちんとした格好をした紳士風の人で綺麗な女の人と2人でランチを楽しんでいたらしいが俺を見て、それから店員の女の子を見た。
「そのオレンジ色の髪の男の子が今フォレスティアで話題の石火のラピス。単独でゴブリンリーダーを倒してくる猛者だそうだから、お金の心配はいらないさ」
石火? なにそれ?
俺が首をかしげると、店員の女の子が「この子が……」と目を見開いた。そして、気を取り直して
「ご案内致しますね」と微笑む。
俺が男の人に対して「お兄ちゃん、ありがとう」と頭を下げるとピエルもそれに続いて、男の人は「気にするな」と嬉しそうに微笑んだ。
俺とピエルは窓際の席に座る。
メニューを開いて見ながら固まっているピエルが面白いのでしばらく見ていたが、俺が「ピエル、決まった?」と聞くとピエルはやっとこちらを見た。
「ラピス、すまん。全然わからない」
「そうだね、じゃあ、店員のお姉ちゃんのおすすめにしようか?」
俺が聞くとピエルは「あぁ」とうなずく。
店員さんを呼んでおすすめを頼んだ。別々の物を2つ持って来てもらって分けて食べることにするとピエルは「いろいろ食べられるな」と喜んだ。
「この店がフォレスティアで一番旨いってお客さんが言ってたからさ。ずっと来てみたかったんだ」
「そうなんだ。連れてこられた時はあんまりにもハードルが高そうだからびっくりしたよ」
「ハードルが高いってなんだ?」
ピエルが首をかしげるので、俺が小声で「俺たちにはまだ早そうってことだよ」と苦笑いを浮かべると、周りのテーブルの女の人たちが「ウフフ」と笑う。
そこで料理が運ばれて来た。
まずはジュースが来て、前菜のオードブルに、グリーンサラダ。それからパスタが来た。
1つはトマトベースで玉ねぎとニンニクが効いたソースにエビが入ったパスタ。
もう1つはホワイトソースにやはり玉ねぎとニンニクが効いたソースにアサリが入ったパスタだった。
それらを俺たちは2つに取り分けて頂く。
うん、どちらも海鮮の旨味に玉ねぎの甘さとニンニクが効いていてうまい。
「旨いな、ピエル」
「あぁ、本当に旨い」
ピエルが目を見開いているので、俺は笑う。
やっぱり宿屋の息子だから他の店の料理も気になるんだろうな。これも勉強なのだろう。
食事は和やかに進んだが、ちと足りないなと言ったピエルが再びメニューとにらめっこを始めた。俺はそれをしばらく眺めてから「決まった?」と聞く。
「ラピスはさ、どこかに行っちまうのか?」
「えっ?」
「だってよ。宿屋のお客さんって仲良くなってもみんなどっか行っちまうからよ」
なるほどね。確かに宿屋に泊まる人たちは長期滞在したとしてもいずれはどこぞに行ってしまう。
ピエルからしたらそれは悲しいかもな。
「まあ、まだどこに行きたいとかもないし、しばらくはフォレスティアにいるつもりだよ」
「本当か?」
「あぁ、本当だよ」
俺は笑った。
この先、特にやりたいこともやらなくてはならないこともないし、とりあえずは冒険者をしながらお金を貯めて、磁力魔法の使い方を模索するつもりだ。
あとは……。
エルフを狩る者たちが来て、エレナたちが危険になるなら俺はその者たちを止める。それはエレナたちのためでもあるけど、自分のためだ。
エレナたちが捕まって、世界樹の実のことや俺のことがバレたら俺はどう考えてもやばい。人体実験とか、解剖とかされるのは嫌だもんね。
ピエルが「やっぱり、わかんないねぇや」と言うので、俺はうなずく。
「じゃあ、追加もお姉ちゃんのおすすめにしようか?」
「おう」
だけど「アラカルトはどれもおすすめです」という答えが返って来た。
いやいや、そういう答えは求めてないよ?
「じゃあ、順番に食べたら」
「えっ?」
「ピエルが良ければまた来ようよ」
俺がニッコリと笑うとピエルがパァっと明るい顔になる。
「いいのか?」
「いいさ、これも勉強なんだろ?」
ということでピエルは1番上に書かれていた魔牛のステーキを追加した。
そこでまた周りの女の人たちは笑っているが、ピエルは気がついてないみたいだから放っておく。
俺は嬉しそうにステーキを食べるピエルを眺めてから、支払いを済ませて店を出た。
「旨かったね」
「あぁ、だけど少し量が少なかった」
「うん、次は最初から何か追加したら?」
「良いのか?」
「いいよ」
俺がうなずくと嬉しそうに笑って歩き出したピエルと『金の鶏亭』に戻ると、パコが居て、慌てた様子で駆け寄って来た。




