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金の鶏亭

 ピエルに続いて『金の鶏亭』に入ると、カウンターにいた女の人が俺を見て少し驚いた顔をしてから微笑む。


「母さん、客を連れてきたよ」


「お客さんなの?」


 ピエルの母親が眉間にシワを寄せるとピエルが「そうだ」とうなずく。


 わかるよ、高級宿に子供が1人で泊まりに来ることなんてないと思うし、俺の格好は小汚くはないけど、一般的な平民の服だからね。


 ピエルの母親がそんな顔になるのはわかる。


「こいつはラピス。ラピスはすごいんだ。この歳でオークを1人で倒しちゃうんだぜ」


「そうなの? 確かにそれはすごいわね」


 ピエルの母親が俺を見て「魔法を使えるの?」と聞くので、俺は「うん、少し得意だよ」とうなずくと奥から男の人が飛び出して来た。


「ピエル、どこ行ってやがった」


「うん? 客引きだよ」


 ピエルがとぼけた顔をして、俺を見るとピエルの父親は「馬鹿やろう」とピエルをにらみつけた。


「遊んで来たのを誤魔化すために、こんな坊主を無理やり連れて来るってのはどういう了見だ」


「無理やりじゃねぇよ。確かにうちの前に来るまで料金は言わなかったけどさ」


 ピエルがそう言うとピエルの父親は「このっ」と言いながらカウンターから出てくるので、俺は「ちょっと待って」と止めた。


「僕は客だからさ、今日のところはピエルを許してやってくれない? ピエルはまだ子供なんだからたまには遊びにだって行きたいよ」


「いや、坊主。俺だってピエルが遊んで来たことを怒っているんじゃねぇんだ。それを隠そうとおめぇを無理やり連れてきたからよ」


 父親がそういうので、俺はうなずく。


「確かにそうだけどさ、僕はちゃんとお金も持ってるし、今日のところは客引きをして来たってことにしてあげてよ」


 俺が言うとピエルが「ラピスはこう見えて1人でオークだって倒しちゃうんだぜ」と笑う。


「そいつはすげぇな。それで、ラピスは1人で旅して来たのか?」


「うん」


「マジかよ」


 いや、マジじゃないけど、森は抜けて来たし、今なら1人で旅できると思うから勘弁してね。


「わかった。今日のところはラピスの顔を立ててやる」


 父親はうなずくと、カウンターにいるピエルの母親に声をかけた。


「子供だし、少しまけてやってくれ」


「わかったわ」


 母親がうなずくと父親は満足した顔で奥へと消えて行った。


 なにそれ男前すぎるよ。


 そこからピエルが母親と交渉を始めて、最終的に当初目標としていた銀貨1枚と銅貨5枚にした。


 ピエル、やるね。


「本当にいいの?」


「良いわよ」


 俺はとりあえず10日分として金貨1枚と銀貨5枚を支払った。


「ピエル、ありがとう」


「こっちこそ、かばってくれてありがとな。良かったら延長もしてゆっくりしててくれよ」


「うん、わかったよ」


 ピエルが仕事に戻って行くのを見送った後で、俺は従業員の人に部屋を案内される。それから花街の入り口にある大きな銭湯に行った。


 やっぱり花街の客を相手にしている銭湯は少しお高めだが綺麗だし、なにせ広いので快適だ。


 うん、これは毎日通うとしよう。


 そして、夕食を『金の鶏亭』の食堂で食べて、自分が場違いなことに気がついた。


 うーん、この服はないね。


 と言うことで、翌日は朝食を済ますと服を買いに来た。と言っても、手持ちが少なくなったので、まずは朝混雑している冒険者ギルドによってお金を下ろしてから商人の子供が着るような子供服が置いてある古着屋に来た。


「こんにちは」


「あら、いらっしゃい」


 店員の女の子はニコニコ笑って出迎えてくれた。


「親御さんは?」


「えっと、僕は1人で旅をしているからいないよ」


「そうなの……」


 女の子は「なるほどね」と小さく言った。


「それでどんなのを探しているの?」


「うん、僕には服のこととかよくわからないから丈夫で『金の鶏亭』に泊まってもおかしくない服をお姉ちゃんが見繕ってくれる?」


「いいわよ」


 と笑った女の子はあっという間に何点かの服を持ってきて、俺の手をつかんだ。


「じゃあ、こっちにいらっしゃい」


「えっと、なにするの?」


「もちろん、試着よ」


「えっ?!」


 俺はおどろいたが、服を左手でたくさん抱えた女の子に手を引かれて、試着室に押し込まれた。


 女の子がニヤニヤしながら僕の服を脱がす。


 僕を脱がした女の子が固まって、それから僕の手を確認した。


「あの……失礼しました」


 女の子がいきなり土下座するのであっけに取られて俺が見つめていると、女の子は頭を下げたままで「どこの坊っちゃまであられますか?」と言う。


 うん? 坊っちゃま?


「いや、僕は坊っちゃまじゃないよ」


「いえ、その鮮やかなオレンジの髪はペルペトゥス家ですか? それともアルティクス家ですか?」


 女の子は泣きそうな顔で僕を見上げた。


 確かペルぺトゥスが侯爵家、アルティクスは辺境伯家だから、まあ泣きそうになるのもわかるけど、紛れもなく誤解なので僕は女の子に微笑みかけた。


「誤解だよ。僕はただの平民だし」


「お忍びなのですね……わかりました。ですが、1つよろしいでしょうか?」


「なに?」


「お忍びなら肌は見せないようにお気をつけてください」


「えっと、なんで?」


 僕が首をかしげると女の子は笑った。


「だって、肌に傷一つない平民の子供などいませんから」


 あっ! そうか生き返ったときに全身の傷もみんな治ったんだったね。


 俺がそう思うと女の子は俺の手をつかんだ。


「それにこの手は重い物を持ったことがないと言わんばかりにツルツルで綺麗だし、それに平民は基本的に歩いて移動しますが、坊っちゃまの足は馬車に乗る者の足です」


 そうだろうね。言わば、生まれたてなんだから。


「無いとは思いますが、誘拐などを企む者もおりますので、お気をつけください」


「そうなんだ、もちろん僕には関係ない話だけど、勉強になったよ。ありがとう、お姉ちゃん」


「いえ、どういたしまして」


 女の子が微笑んだあとで、試着は再開された。


 シャツとパンツとベストは3セット、それからサスペンダーにブーツも買った。下着は新品があったのでこちらも購入。服が増えてリュックだけでは辛いので、店の隅に置かれていた小さな中古の旅行バックも買う。


「こんな大人買いしといて貴族じゃないとか、無理がありますからね」


『だから、本当に貴族じゃないって』と思ったが、俺は女の子に向けて「えへへ」と曖昧に笑っておいた。


 もう多分信じてもらえないだろうからね。

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