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うん、死んだ

「グモオオオオオオ!」


 雄叫びを上げたオークは俺を見据えて、右手に持った棍棒を振り下ろした。


 ブォン!


 風を切るそれを俺がギリギリでかわすと、棍棒は地面をえぐり、小石や木の根を粉砕して周囲に撒き散し、それらがバチバチと俺とオークに当たる。


 豚鼻をブルブルと震わせて牙の傍から涎を垂らしたオークが目を怒らせた。再び棍棒を振り上げて、今度は横なぎのように振り回す。


 ブゥン!


 俺は大きく後方に飛びながらそれをかわして、少し離れたところに倒れている少女に声をかけた。


「ねぇ、君、大丈夫?」


 だけど、返事はない。ぐったりと横たわるその子を見て、俺は「はぁ」と息を吐き出した。


 再びオークが振ってきた棍棒を避けて、少女に近づくもう1匹のオークを目掛けて石を投げる。


 石がパチっと後頭部に当たるとブルルと鼻を鳴らしながら振り返ったオークが俺を見るので、自分のショートソードの腹でラウンドシールドを叩いた。


「おい、豚やろう! お前の相手は俺だろ?」


 カンカン、カン!


 叩きながら俺がニヤリと笑うと、オークは目を血走らせた。


「グモォォォォォォ!」


 雄叫びをあげたオークは体を前傾させて、ドシドシと突進してくる。


 俺はそれを横に転がりながらかわす。


 ズドン!


 体当たりされた木がミシミシと音を立てながらゆっくりと倒れた。


「あんなの食らったら洒落にならねぇぞ」


 俺は素早く立ち上がって、もう1匹が振る棍棒を避けながら、頭を振ってこちらを振り返るオークを確認して、少女を見た。


 気絶だよな? 無駄死には嫌だぜ。


 俺はそう思いながら、再びショートソードでラウンドシールドを叩く。


「よし、どこまで踏ん張れるか、足掻けるだけ足掻いてみるとしますか?」


 俺はそこから2匹のオークが振るう棍棒をよけ続けた。


 もうなんどオークの攻撃をかわしたのかわからない。返しで切りつけていたショートソードも先ほど真ん中から先が折れて無くなった。


 周りの木々はオークの体当たりでことごとくへし折られて、無惨な形で倒れている。


 そのかわり、2匹のオークもだいぶ傷だらけになってあちらこちらから血を流していたが、その目は血走ったままで、退いてくれるつもりはないようだ。


 オークたちが息を吐くたびにブシュブシュと口の端から泡が飛ぶ。


「ヘッ、2人してバテたのか? 世話ねぇな」


 俺はハアハアとあがる息を整えもせずに、笑ってみせた。するとオークたちは目をギョロと動かして、棍棒を再び振り回す。


 ブォン!


 凶暴なうなりをあげる棍棒を俺は転がりながらギリギリでかわした。


 正直、俺も限界に近づいていた。


 棍棒の一撃や体を使った突進を1発でもまともにもらえば、即死とまではいかなくとも俺は動けなくなる。つまりそれは死を意味しているのだ。だから、かわすたびにヒリヒリと神経はすり減っていた。


 地面に転がった俺が立ち上がろうとした時、オークは無理な体勢から再び突進してきた。


「それを待ってたんだよ」


 俺は地面に手を置く。


「くらえ、ツチボコ!」


 俺がそう叫ぶと、オークの足元の土が10センチほど盛り上がって無理な体勢で突っ込んできたオークがそれにつまずく。


 そして、たたらを踏んだオークが前のめりに倒れて、折られてトゲトゲになっていた切り株に突っ込んだ。

 

「グボォ」


 オークが血を吐き出す。


「よっしゃ、ざまあみやがれ」


 俺ら動かなくなったオークを見ながら両手を上げて笑った。


 あと、もう1匹。


 そう思った時に援軍が来た。


「ブモォォォォォォ!」


 雄叫びを上げたそいつはバキバキと横たわる木を踏み潰して、ノシリノシリとゆっくり近づいてくる。


「嘘だろ?」


 力ない自分の呟きが耳に届いて、俺は思わず小さく笑った。


 なんでこのタイミングで来るんだよ。


 力なく手を下ろした俺のところまでニタニタと笑いながら歩いてきたオークは革鎧を身につけて、鉄製の斧を握っている。


 オークリーダーは斧を振るう。


 ブゥン! ブゥン! ブゥン!


 2度目まではなんとかかわしたが、3度目の横なぎが俺の体を捉えた。


 俺は左腕のラウンドシールドでそれをガードしながら右側に少しでも跳んで威力をいなしたが、そんな抵抗はむなしくラウンドシールドは粉砕されて、俺は弾かれるように吹き飛ばされる。

 

「ゲフゥ」


 地面で何回かバウンドして、木に激突して止まる。一撃で盾を構えていた左腕はおかしな方向に曲がった。どうやら肋も折れたらしく、ヒューヒューと息するたびにおかしな音を立てる。


「グハッ」


 俺は地面に黒い血を吐いた。


 横倒しに倒れ込み、地面に丸くなりうずくまる俺は走馬灯を見た。


 流れるように、でも乱雑に、記憶は次々に思い出された。


 その多くは病気で亡くなった母を看取るまでの闘病の日々。


 もちろん闘病は大変なことや辛いこともあったのだが、どうやらこんなときに思い出されるのは楽しかったことや嬉しかったことのようで、それはなんだか不思議だ。


 30歳になるまで俺は母と2人で暮らしてきた。


 恋人もおらず、仲が良いと呼ぶべそうな友達も数えるほどしかいない。仕事以外の趣味といったものも特になく、酒は付き合い程度で、ギャンブルもしない。


 仕事も王国騎士団の兵士として勤めて15年、特に目立った功績もなく階級も上級兵止まり、若い子たちに混ざって当番制で門の警備や王都近くの森を巡回するだけで、王国内にいくつかある魔の森の1つに派遣されたのも今回が初めてだった。


 今日まで悪いこともせずに真面目に生きてきた。どうという事のない人生だったが、どうやら死ぬようだ。


 だが、離れて暮らしていた祖父に続いて同居の母も亡くなって、他に家族も恋人もいない俺に思い残すことはない。それよりも近くにまだ横たわっているはずの少女の命を助けられなかったのが、悔しい。


 ヒュー、ヒューと俺は呼吸を繰り返す。


 痛みと熱をおびる体をなんとか動かして俺は仰向けになると、最後ににじむ視界で木々のあいだから空を見た。それが俺の門出にはもったいなぐらいに青いから、馬鹿みたいにまぶしい。


 そこにのっそりとオークリーダーが顔を見せる。


 満足げにブルブルと鼻を鳴らして、俺に向けて盛大によだれを飛ばした。


「この世の最後に見るのがお前の顔かよ」


 俺は精一杯の悪態をついた。


 ニヤリと笑ったオークが斧を振り上げる。


「うん、死んだ」


 俺はそう言って目を閉じた。

よろしくお願いします

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