第76話 豪雨の中に現れた者
関所を通る際、武器の所有は問題視されない。
当然と言えば当然だ。今世は魔物が何処らかしこに溢れかえる。魔物生息域において武器を持たない者は自殺志願者なのかと逆に問いただされる。
勇者であれば黒の紙を見せることで勇者だと証明出来るし、風貌を見れば大方勇者だと分かるだろう。
こんな時代に腰元の鞘に剣。リュックに物資を入れて旅をしていれば真っ先に勇者が思い浮かぶ。もしくは単なる旅人の可能性もあるが。
黒い剣であるアスティオンを見て関所の者たちはもの珍しそうに見ていた。
アスティオンが宝剣ということは伝えていない。
珍しい剣というだけで特に何も問われなかった。
ただ、獣人のセシルがいたことで何故一緒にいるのかとは聞かれたが、そこは普通に勇者仲間と言えば問題はなかった。
セシルは丸腰の状態で武器の一つも持っていないが、武器にも勝る鋭い爪を出し入れ出来るようだ。
「雨……」
セシルがそう呟いた。
すると数秒後、まだ日の光が射しているにも関わらず雨が降って来る。
「これくらいなら平気平気!」
歩きながら空を見上げていると次第に雲が空を覆い始める。
平気と言ったメアも曇る空を浮かない表情で見上げている。
ポツポツと降る雨。次第に落ちる粒は多くなっていく。
「何処かで雨宿りしましょう!」
と、メアは言うのだが雨宿り出来る関所は既に後方遠く。それ以外俺の視界には雨宿り出来そうな場所は見当たらない。
「そのうち止むだろ」
やや早歩きで道を進んで行く。
そうする間にも降る雨の量は多くなっていく。
道は大きく二手に分かれており、一つは金色に輝く稲が広がっている。
そしてもう一つはただただ道が続いているだけ。
「こっちね!」
メアが先導し、金色に輝く稲がある道を行く。
もう一つの道はアイスベルク山脈とは反対側に向かっている。ここはメアと同じ意見でいい。
雨はいよいよ本降り。
勇者の服は多少なりとも防水性も兼ね備えており、水にどっぶり浸かることでもしない限りびしょ濡れということはない。
それでも少しは雨に濡れてしまうのだが。
ただ、頭だけはどうしても濡れてしまう。
メアはびしょ濡れになった髪を気にしつつ早歩きする。
セシルは……勇者の服ではないのだろう。全身雨に打たれてしまっているが、撥水性でもあるのだろう。雨が弾いているようだ。
だが、時間が経つごとにその撥水性も失われてきたようで水分を吸った服や毛はへたりとしてしまっている。
「セシルは雨が嫌いじゃないのか?」
「ぜんっぜん! だってこうして雨が降って私たちは生きられる!」
セシルは両手を降る雨に向けて広げる。
「……そうか」
セシルはとても純粋な子だ。
嫌な顔一つせず降る雨に手をかざす。
「ううぅ……」
それに引き換えメアは……上着を頭から被り雨を凌いでいる。
まあ、俺もメアのことはあまりごちゃごちゃ言えない。濡れるのはあまり好きじゃない。
雨に打たれる金色の稲はその勢いに負けじと背筋を伸ばしているようだ。
大きな水溜りを避けながら金色の稲の間を進んで行く。
「ねえ、あの人……」
そんな最中、遠くの方に雨に打たれる一人の誰か……
突っ立っているだけでただただ雨に打たれているようだ。
さらに近づいて行くとその者は女だった。
「あの……何してるんですか? こんなところで」
メアが恐る恐るといった様子でそう聞いた。
女は俺たちの方に振り向く。
とても白い肌で真っ黒な長い髪はすっかり濡れてしまっている。
「雨はいいわーーいつ、感じても変わることのない自然の恵み。貴方達もそう思わない?」
こんなどしゃ降りの中、この女は何を言ってるんだ?
いくら雨が良くても、こんな場所で一人濡れていてはおかしな人に見られるだけだ。
「思うー!」
「あら、獣人のお嬢さん気が合うわね。良いわよね、雨」
コクコクと頷くセシル。セシル、お前はこの女とは違う。
「じゃ、じゃあ私たち急ぐんで……」
メアが良いタイミングで言う。
「貴方達、もしかしてこの先の村に行くのかしら?」
「村?」
メアが繰り返すように女に聞いた。
「ヘリオスの村か」
この金色に広がる稲の先にあるのは、バタリアで出会ったルイとルリカの故郷であるヘリオスの村がある。
「知っていたのね」
女は笑みを浮かべた。
「ヘリオスの村って、ルリカとルイの……」
悪魔族の雷動に終止符を打ち、世界の国々が魔物消滅の為に協力を申し出たと言われている村。
「道のついでだ。行こう」
アイスベルク山脈を越える為には関所を越えた後、北へ行く必要がある。
俺の目的である魔王の城に眠る秘宝を盗み出すまで、可能な限り情報収集はしておきたい。
関所の先にヘリオスの村があることは以前から知っていた。
ルイとルリカ、よくバタリアまで来れたと感心してならない。
たった2人だけでバタリアに来たのか、それとも違うのか。いずれにせよ、ヘリオスの村出身者の魔力は平均して高い。
悪魔族の大半を消滅させたほどのヘリオスの村の住人たち。
何か良い情報が得られるかも知れない。
振り返ってまだ俺たちの方を向く女を気にするセシル。
メアが前を向くようにセシルの腕を引っ張る。
謎めいた女が何故か魅力的に映ってしまうのは、男の心理的なものから来るのだろう。
最も、冷静になって考えてみればどしゃ降りの雨の中打たれる変な女には違いない。
「あの人、大丈夫かな?」
セシルが心配そうに聞いて来る。
「雨が好きなんだから大丈夫だろう。さあ、俺たちは行こう」
雨に打たれる謎多き女を後にして、俺たちは続く金色の稲の道を進んで行く。
◇
金色の稲の道を抜けても降る雨の勢いは一向に止まらない。
雨の飛沫に反射するように光っていた金色の稲は見事なものだった。
金色の稲には魔物が嫌う成分が含まれており、邪魔をされずすくすく育つというわけだ。
人々にとっても貴重な穀物は街や国に運ばれて行く。
「二人とも大丈夫か?」
「見て分かんない? 大丈夫なわけないでしょ」
防水性を兼ね備えていたであろう服ももはや全く意味を持っていない。
メアが着る服は雨ですっかりびしょ濡れだ。
セシルも着る服と毛は雨の水分を吸収し、もふもふとした以前の状態と比べても見る影も形もない。
ただ、それでも元気そうに見えるのは雨の有り難みを知っているからだろう。
痩せ我慢をしているようには見えない。
しばらく降る雨の中を歩いていると道の途中にぽつりとあった樹で雨宿りをした。
水分を吸った服を絞ると大量に水が出る。
メアも自身の服を絞った後、セシルの毛の水分を取っている。
「俺も手伝おうか?」
「だめっ! セ……獣人の毛は繊細だから。女のメアにしか頼めない」
「そういうことよ、シン。私に任せておいて」
メアが萎んだセシルの尾の水分を両手で握るようにして絞る。
セシルが「んん」と声を出す。
確かにセシルの言う通り獣人の毛は繊細で、人間にはない五感以外の感覚器官となっている。それは僅かな風の流れを読み取ることや、動物と同じように毛で体温の調節が出来る。
反面、こうして雨に濡れてしまえばそれら2つの機能は極端に失うことになる。
人間にはない優れた一面を持つ獣人だが、万能ではないという事だ。
そうして、一向に止まない雨を見ながら暫くの間、俺たちは樹の下で休んでいた。




