第36話 宝剣は盗まれる
街中を歩いて行けば、まず、目に付いたのが色とりどりの格好をして踊っているパレードの軍団。
そうか、この時期のバタリアは沈みきった街を少しでも活気づけることを目的として、パレードがあったんだ。
バタリアの名物パレードだ。
ビキニ姿の似合う女性たちが、分け隔てなく街の人々を楽しませる。
音楽のリズミカルなテンポに合わせて踊っている。
そんな様子を、メアと見ていた。
ただ反面、民家と民家の間から覗いている子供らは、楽しんでいるという様子は感じられなくて、小汚い格好をしてそのパレードの様子を眺めている。
バタリアに来たばかりの村の子供たちだろうか?
どうも、そんな気がしてならない。
と、俺がそう思うのは、村から遥々街へ着いたからといっても、そうそう直ぐに生活は安定しないと聞く。
街には既に居住している人々がおり、村から来た人々がまず行くところと言えば食料がある店か、宿屋くらい。
いくら国の管理下にある街といっても、勝手に来た村の住人らを受け入れる体制はバタリアにはまだ整っていない。
俺の知る限りではシーラ王国の管理下にあるセイクリッドを含む街か、ソフィア王国の管理下の街くらい。
バタリアは以前はシーラ王国の管理にあったのだが、過去、怒濤の魔物の襲撃によって無法地帯と化し過ぎてしまった。
今ではパレードを開くほどに回復しているが、無法地帯ということには変わりない。
ただそれも一部の地域だけで、他は街として機能している。
唯一ギルドのみがまだシーラ王国の管理にあるという状況。
一部はやりたい放題している地域もあり、それがまだ残っているのがバタリアの汚点。
そのことをシーラ王国が知らないはずもない。ただ、シーラ王国が何の処置もとっていないというわけでもない。
定期的にバタリアに訪れるシーラ王国の兵団。
誰かが伝えたのだろう。
しかし、そういう時に限ってやりたい放題している連中は雲隠れする。
「行っちゃった」
メアがパレードの様子を見ていた子供たちに近寄ると、逃げるように行ってしまった。
「放っておけ」
「シンって冷たい」
「メア、そんなこと言ったところで、俺たちに何か出来ることはあるか? まあ、せいぜい数日生き延びるように、お金を渡すくらいだろう? ただ一時的だ、そんなもの」
「そうだけど……やっぱり放っておけない!」
「おい! ……」
もう、行方不明になるのは勘弁してくれよ。
しぶしぶメアと子供たちが行った民家の裏通りに入った。
民家の換気扇からは、何かの食べ物が匂いがしてくる。
歩くコンクリートには水溜りがあって、置かれているゴミ箱が中途半端に開いている。
民家の裏通りを抜けると、反対側のパレードほどではなかったが人通りが多い。
目に付くのは一般の人々だが、中には勇者だろう者たちもいる。
何ら不自然な光景ではない。
寧ろこのバタリアでは正常な光景だ。
確か、このまま北の方へ行けば、バタリアのギルド、サルーフがある。
引き受けることが出来る討伐案件の勇者ランクも軒並み高い。
そうして人混みの中を進んで行って、目立つ青髪のおかげでメアとすぐに合流した。
「あいつらは?」
「見失っちゃった」
「気にするなよ。本当に俺たちが必要なら、またひょこって出て来る」
「それもそうだね」
バタリアに来て、まずは宿屋に向かいたかったが、此処からだとギルドの方が近い。
メアが後ろにいることを確認しながら、分け進むように人混みの中を進んで行く。
だが、そう簡単にギルドに着けそうにない。
街道の中心には、何事かと言わんばかりに人だかりが出来ていた場所があった。
「さあさあ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! これから私目が披露するのは、世にも珍しいマジックショー! とくとその目に焼き付けて下さいませっ!」
人だかりの中心にいたのは若い青年。ピエロの格好をしており、見物客を楽しませるマジシャンのようだ。
持っていたステッキが華麗に空中浮遊をし、ブーメランの如く持ち主の元に帰る。
かと思えばそのステッキを空高々と放り投げる。
見物客は、おおっ! と驚きの声を上げる。空中にあるステッキがビタリと止まり、まるでそこに貼り付けられてしまったかのような感じだ。
そして、ピエロマジシャンが何食わぬ顔でパンパンと手を叩くと、地上に舞い降りる天使のようにゆっくりと、ゆっくりとステッキは降りてくる。
「まあまあまあ、ほんの余興です。さあ、ここからですよ!」
ピエロマジシャンがパンパンと手を叩く。
すると、見物客の中から1人の美女が出て来る。
「私目の助手、リリアンです!」
際どい衣装に身を包んだ美女は、マジック道具であろう人1人入れる正方形の樹の箱に自ら入る。
それを、ピエロマジシャンがステッキで角あたりを叩く。
がたりと揺れた後、美女が入っている樹の箱がみるみる浮かぶ。
固唾を呑む見物客とメア。
一体何が起こるのか?
「ちょっと、ちょ〜っと離れて下さいね!」
と、ピエロマジシャンは集まっていた見物客を離れさせる。
「では……!」
ピエロマジシャンが高らかにステッキを振り上げた。
空中に浮いてる樹の箱は、それに連動するように壊れた。
美女は……居ない。
見物客がざわざわとして、互いに顔を見合わせる者たちもいる。
「皆さま、落ち着いて! 落ち着いてください! これはショーですよー。あちらを、ご覧ください!」
そう言って、ピエロマジシャンは俺側の見物客の方を指差す。
その、さらに後方。
先程、樹の箱に入っていた美女が、凛としたポーズで立っていた。
なるほど、見事だ。
見物客が感嘆している。
美女がマジックショーの場に戻って来るなり、わあっと歓声が上がった。
そしてそれに答えるように、ピエロマジシャンと美女が深々とお辞儀をする。
マジックショーは終わり、ピエロマジシャンがハットを裏返して置く。
勇者も勇者で魔物を討伐する大変さがあるが、マジシャンもマジシャンでいかに観客を楽しませ、驚かし続けるという大変さがあるようだ。
ハットに金貨銀貨を入れていくお客にお礼を言いながら、ピエロマジシャンは常に笑顔。
こういう、人を喜ばせる職業も好きでないと続かないのだろう。
お客がどう反応し、何に対して喜びを感じるのか。
俺では、到底出来ない職業だ。
間も無く、散って行った見物客。
ピエロマジシャンと美女は後片付けをしている。
マジシャンにとっては、こういうパレードの時期は書き入れ時なのだろう。
さあ、俺たちはギルドに行こう。
おい、メア?
メアがピエロマジシャンと美女の方へ行く。
どうも、メアは俺と違って好奇心が旺盛だ。
「楽しいショーでした!」
「ありがとう! そう言ってくれると、私たちもやり甲斐があるよ」
美女がメアに微笑をする。
「性が出るな。俺はシン、勇者だ」
「どうも。私たちは、見ての通り、通りすがりのただのマジシャンです」
少し、顔を見合わせたのだが、話しながら片付けをする。
「あれ? シン、アスティオンはどうしたの?」
「アスティオン? ……」
やられた。アスティオンがない。
いつ?
俺がパレードを見ている時か?
それとも、先程までやっていたマジックショーを見てた時?
いや、そんなことはいい。
あの宝剣が無ければ、魔王の城への侵入なんて不可能もいいとこだ。
「何か盗まれてしまったんですか?」
美女が心配そうにする。
「ああ。メア、俺はアスティオンを探しに行く! 先にギルドで待ってろ」
「私も探すよ!?」
「……じゃあ頼む」
フィールドじゃないだけまだマシか。
たぶんバタリアに入った時には持ってたから、恐らくはまだこの街にあると思うんだが。
俺のアスティオンを盗むとは良い度胸してやがる。
速技を僅かに解放し、人混みの中を突き抜けて行った。
あんな、特徴的な剣を持っているんだ。
この人混みの何処かに。
注視しアスティオンを探す。
こんなことになるなら、もっと警戒しておくべきだった。
パレードなんてしてるから、思わず警戒心を解いてしまっていた。
ただアスティオンを盗んだ犯人は、それも計算に入れていたのかもしれない。
全く、やってくれた。
何処だ?
しかし、そうそう直ぐにアスティオンを盗んだ犯人は見つからない。
速技を使っているにも関わらず、焦りと困惑のあまり、動揺が伝わって速度を上げてしまった。
「ヒヒイイイン!!」
荷馬車を引いていた馬が鳴いた。
勢いあまり、荷馬車に激突した。
散乱する果物が、横たわる俺の視界に転がっていく。
何してるんだ俺は。
アスティオンを盗まれたくらいで。
転がって付いた汚れをはたく。
「兄ちゃん、大丈夫か? えらくド派手に突っ込んで来て」
「済まない先を急ぐんだ。金貨はこれでいいか?」
だいたいこのくらいだろうという金貨を、数枚ほど手渡す。
「いいかって、事故なんだ。いいも何も、仕方ないだろう」
随分と器の大きいおやじさんだ。
しかし、俺が渡した金貨はちゃっかりと受け取っている。
「少し聞きたい。この辺りで、怪しい奴を見なかったか? 例えば、黒い剣を持っている奴とか」
アスティオンは黒い。
それも真っ黒。
そんな目立つ剣を盗んだんだ。
目立たないわけがない。
目撃者の1人や2人いてもおかしくはない。
「黒い剣? 知らねえが、何か慌ててトーナメント会場に入って行く奴はいたぜ?」
トーナメント会場?
ああ、あれか。
バタリアに来た勇者はこぞって参加する大会。
持ち前の技能をぶつけ合い競う。
「情報感謝する」
取り敢えず、行ってみようか。